出立⑤
ナハト大公と僕のやり取りで、全ては終わった。少なくても、僕のやるべきことは全部終えたのだ。
ツアーズに促されるように、僕達は講堂を出た。後はそれぞれが判断するだろうし――多分、うまくいくと思う。
あそこにいた多くの貴族は、かつての僕と同じで貴族としての足場が弱い。
僕が将軍になることに反発はあるだろうけど、男爵でも一軍を率いる見本になったとも言える。彼らにとっては、確実に刺激となるだろう。
「ジル様、料理が冷めてしまいますよ?」
僕は今、イライザと王宮のテラスにいる。テーブルを隣り合うように囲み、ふたりきりで昼食を取っていた。
夜には就任の諸々で豪勢な宴をするらしいが、その前にささやかにお祝いをしようとイライザが誘ってきたのだ。
突然のことだったので、フィオナは残念ながら呼べなかった。まぁ、晩餐には普通に来るみたいだけれど。
なので久しぶりにイライザとふたりだけだ。イライザから誘われたということもあって、胸がわずかに高鳴る。
そして目の前には、オレンジを添えたステーキが用意されていた。
「ああ、ごめん……考え事をしていたんだ。今から食べるよ」
ステーキはイライザがもう切り分けている。そこまでしてもらわなくても良かったのだけれど、譲ってくれなかったのだ。
ステーキにフォークを刺す。すごく柔らかくて、じゅわっと肉汁が出る。
このステーキは、ディーン王国では縁起物とされている。人間を産み出した太陽の神を示すオレンジ、塩胡椒を振っていない肉のセットは、神話の頃から続く伝統だ。
太陽の神と人間が、死の神との最終決戦前夜に食したものだとされている。
そのため、何か大きな軍事の決まりごとがあると用意されるのだ。
僕の父もフィラー帝国と戦い前に、食べていた記憶がある。
そのままステーキとオレンジの欠片を頬張り、いにしえの習慣を味わう。
野性味溢れる肉の汁と爽やかなオレンジが重なりあい、すぐにつるんと喉元へと落ちていく。
「……ところで、今日のイライザにはちょっと驚いたよ」
もぐもぐと食べながら、何気ない風を装って言ってみる。実際、イライザがあそこまで激したのを見たのは初めてだった。
いや、外交官である以上それなりの気位と重責を負っているわけで――単に僕の前では出していなかった、ということかも知れないけれど。
「お恥ずかしい限りです……我慢できなくて」
「僕は、僕のために怒ってくれたと思ってるから――逆に嬉しいよ」
それは本心だ。ちょっと驚きはしたけれど。
僕の言葉に、イライザ我慢できなくほっとしたように胸を撫で下ろした。
横顔を見ながら、僕は少し不安に駆られる。
やっぱりおかしい。
普段のイライザなら、こうしてふたりきりで食事しようなんて――多分、言わない。
何でもないことなら、晩餐でも皆がいるときにでもいいはずだ。
ぐっとステーキにフォークを刺して、イライザを見つめずにいられなかった。
聞くべき、なんだろう。
きっと重要なことを話そうと、僕を誘ったのだ。ぐっとステーキを一口に食べて、僕はイライザに問う。
「…………どうして今、ふたりきりになろうとしたの?」
思ったよりも静かな問いかけになった。イライザがわずかに目を泳がせ、表情を消す。
その仕草も、初めて見た。
今日はイライザの知らなかった一面をよく見つける一日だ。
やっぱり普段と少しだけ、いや大いに様子が違う。ほんの少し、悲しくなる。
イライザの態度が、じゃない。
なぜ、イライザが普段と違うのかがわからないからだ。
今日、確かに色々あった。
でもどれもイライザがここまで知らない一面を見せることだろうか?
「……ごめん。言いたくないなら……」
「いえ、そんなことはありません」
声に緊張をにじませ、イライザが答えた。
「申し訳ありません。自分でもおかしいとは、思っているのですけれど……なんというか、その……」
口ごもるイライザが頭を下げる。
その綺麗な青色の髪を手に取り、僕は顔を寄せる。
イライザがわずかに震えるけれど、それだけだ。逃げたりは、しなかった。
「……ジル様」
「気にしないで、イライザ。本当に」
イライザがどういうつもりかわからないし、なんと言っていいかわからなかったので――僕はできるだけ優しく答える。
数呼吸の後、イライザが意を決したように声を出した。
「聞いて、くれますか?」




