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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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180/201

出立②

 翌朝、浅い眠りから覚めて支度をした。

 そのまま皆と合流して、講堂へと向かう。


 講堂にはサイネスも含めて数十人が緊張しながら、座っていた。いつも通り前に座るものの――僕も含めて、皆が緊張している。


 20分くらいすわってい時間通りにツアーズが現れた。顔からして、彼にも普段と違う気合いが入っているようだ。


「よくぞ集まった……早速、本題に入ろう」


 ツアーズの言葉を受けて、彼の従者が紙を配っていく。

 僕はその内容を見て、ひっくり返りそうになった。


 ・ヘフラン派遣軍 編成(暫定)

 総数10000


 将軍 ジル・ホワイト

 兵3000


 右将 サイネス・ターナ

 兵2500


 左将 アルトン・グロノ

 兵1500

 以下、1000未満の将が続く。


 ……将軍? 僕が?

 見間違えかとまばたきを何度もしてしまった。


「馬鹿な! あり得ん!!」


 振り返ると、いきなり叫び立ち上がったのはやはりサイネスだ。周囲もどういうことかと不審に思い、騒いでいた。


 ある意味、当然だ。

 僕でさえどういうことか、わかっていなかった。


 サイネスはずかずかと講堂を横切り、ツアーズの立つ教壇へと駆け寄った。

 ものすごい剣幕のサイネスだが、ツアーズの表情は崩れず冷静だ。


「どうしてあり得ないと思うのか?」


「男爵であろう、奴は!? 俺を差し置いて……よくも、こんな……!!」


「地位はこの場合、関係ない。ジル男爵は筆記でも実技でも稀有な成績を残している。……私が不公平だとでも言うつもりかね」


「納得できん、3000もの兵をなぜ……!!」


 なおも詰め寄るサイネスに、ツアーズは努めて静かに反論している。

 しかし、そんなツアーズの態度が気に入らないのか、サイネスはますますヒートアップしてきている。


「皆もおかしいとは思わないか!? こいつが将軍なぞ……指揮下に入りたいと思うのか!」


「そうだ、そうだ!!」


「おかしい! こんなやつに命を預けるだなんて!」


 同調しているのはターナ派閥の人間だろう。でも誰かが不満をぶちあげ始めると、途端に収拾がつかなくなってきた。


 元々、僕の成り上がりを快く思わない人は多い。イヴァルトからこちら、嫉妬を買ってばかりだ。


 さらに1万の将軍ともなれば――話は大きく違ってくる。

 ディーン王国において、1万の将軍になることは今後、国家の中枢に身を置くことを意味する。


 ゆくゆくは大臣か、はたまた《三騎士》のように要衝を委ねられるか。

 つまり超エリートコースなわけなのだ。


 サイネスが騒ぐのも、そうした慣習があるからに他ならない。

 無論、サイネスの一存で覆るわけはないが――でも、指揮下に入るべき人間が大勢そっぽを向いたら、わからない。


 僕の後ろ楯は、ナハト大公だけ。彼とて軍として成り立たないのでは、擁護にも限度がある。


 サイネスの激昂はとどまるところなく続いている。


 さて、どうしたものか――。


「こんな、運だけで生き残ってきた奴に!」


「許せません!!」


 講堂に、イライザの怒声が響き渡った。

 隣で立ち上がったイライザを、僕はぽかんと見る。


「一体全体、どうしてジル様のことを知りもしないで! 好き勝手なことばかり!」


 キレていた。イライザが。

 初めて見た。


 わなわなと震えながら、イライザはサイネスに近づいていった。イライザの魔力が氷のように冷たく、放たれている。


「サイネス様、何が納得できないのですか!?」


「そ、そなた……」


 サイネスもイライザの剣幕に、気圧されていた。


「指揮に不安がある――そのようにお考えですか!?」


「……そうだ、一軍を率いたこともない者の指揮下に入れるものか」


「あなた様も子飼の私兵以外、率いたことなどないでしょうに!」


 痛烈な反論だった。

 ぐっと言葉に詰まるサイネスに、ツアーズが追い討ちをかける。


「……承知しているとは思うが、ジル男爵の指揮権はヘフラン到着までの道中だけだ。ヘフランに到着次第、城代のライオット卿の元で、派遣軍は再編される」


「そ、それは……当然、そうだな……帝国の者もいる。だが、その道中とて……」


 サイネスはもごもごと言いつのっている。

 イライザも最初の勢いは過ぎ去っていたが、その言葉はなおも、つららのような冷ややかさを伴っていた。


「ジル様の補佐として、経験豊富なガストン将軍が付きます! なおもご心配なら、先日のようにトーマ様にご同行願えば宜しいではありませんか」


「……それは……まぁ、しかし彼も何かと……」


 さらに口を開きかけたイライザに、講堂の入口から待ての声がかかった。よく通る、澄んだ声だ。


「ほっほう……もう十分であろう、イライザよ」


 扉を開けて入ってきたのは、誰であろう――ナハト大公その人であった。

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