出立②
翌朝、浅い眠りから覚めて支度をした。
そのまま皆と合流して、講堂へと向かう。
講堂にはサイネスも含めて数十人が緊張しながら、座っていた。いつも通り前に座るものの――僕も含めて、皆が緊張している。
20分くらいすわってい時間通りにツアーズが現れた。顔からして、彼にも普段と違う気合いが入っているようだ。
「よくぞ集まった……早速、本題に入ろう」
ツアーズの言葉を受けて、彼の従者が紙を配っていく。
僕はその内容を見て、ひっくり返りそうになった。
・ヘフラン派遣軍 編成(暫定)
総数10000
将軍 ジル・ホワイト
兵3000
右将 サイネス・ターナ
兵2500
左将 アルトン・グロノ
兵1500
以下、1000未満の将が続く。
……将軍? 僕が?
見間違えかとまばたきを何度もしてしまった。
「馬鹿な! あり得ん!!」
振り返ると、いきなり叫び立ち上がったのはやはりサイネスだ。周囲もどういうことかと不審に思い、騒いでいた。
ある意味、当然だ。
僕でさえどういうことか、わかっていなかった。
サイネスはずかずかと講堂を横切り、ツアーズの立つ教壇へと駆け寄った。
ものすごい剣幕のサイネスだが、ツアーズの表情は崩れず冷静だ。
「どうしてあり得ないと思うのか?」
「男爵であろう、奴は!? 俺を差し置いて……よくも、こんな……!!」
「地位はこの場合、関係ない。ジル男爵は筆記でも実技でも稀有な成績を残している。……私が不公平だとでも言うつもりかね」
「納得できん、3000もの兵をなぜ……!!」
なおも詰め寄るサイネスに、ツアーズは努めて静かに反論している。
しかし、そんなツアーズの態度が気に入らないのか、サイネスはますますヒートアップしてきている。
「皆もおかしいとは思わないか!? こいつが将軍なぞ……指揮下に入りたいと思うのか!」
「そうだ、そうだ!!」
「おかしい! こんなやつに命を預けるだなんて!」
同調しているのはターナ派閥の人間だろう。でも誰かが不満をぶちあげ始めると、途端に収拾がつかなくなってきた。
元々、僕の成り上がりを快く思わない人は多い。イヴァルトからこちら、嫉妬を買ってばかりだ。
さらに1万の将軍ともなれば――話は大きく違ってくる。
ディーン王国において、1万の将軍になることは今後、国家の中枢に身を置くことを意味する。
ゆくゆくは大臣か、はたまた《三騎士》のように要衝を委ねられるか。
つまり超エリートコースなわけなのだ。
サイネスが騒ぐのも、そうした慣習があるからに他ならない。
無論、サイネスの一存で覆るわけはないが――でも、指揮下に入るべき人間が大勢そっぽを向いたら、わからない。
僕の後ろ楯は、ナハト大公だけ。彼とて軍として成り立たないのでは、擁護にも限度がある。
サイネスの激昂はとどまるところなく続いている。
さて、どうしたものか――。
「こんな、運だけで生き残ってきた奴に!」
「許せません!!」
講堂に、イライザの怒声が響き渡った。
隣で立ち上がったイライザを、僕はぽかんと見る。
「一体全体、どうしてジル様のことを知りもしないで! 好き勝手なことばかり!」
キレていた。イライザが。
初めて見た。
わなわなと震えながら、イライザはサイネスに近づいていった。イライザの魔力が氷のように冷たく、放たれている。
「サイネス様、何が納得できないのですか!?」
「そ、そなた……」
サイネスもイライザの剣幕に、気圧されていた。
「指揮に不安がある――そのようにお考えですか!?」
「……そうだ、一軍を率いたこともない者の指揮下に入れるものか」
「あなた様も子飼の私兵以外、率いたことなどないでしょうに!」
痛烈な反論だった。
ぐっと言葉に詰まるサイネスに、ツアーズが追い討ちをかける。
「……承知しているとは思うが、ジル男爵の指揮権はヘフラン到着までの道中だけだ。ヘフランに到着次第、城代のライオット卿の元で、派遣軍は再編される」
「そ、それは……当然、そうだな……帝国の者もいる。だが、その道中とて……」
サイネスはもごもごと言いつのっている。
イライザも最初の勢いは過ぎ去っていたが、その言葉はなおも、つららのような冷ややかさを伴っていた。
「ジル様の補佐として、経験豊富なガストン将軍が付きます! なおもご心配なら、先日のようにトーマ様にご同行願えば宜しいではありませんか」
「……それは……まぁ、しかし彼も何かと……」
さらに口を開きかけたイライザに、講堂の入口から待ての声がかかった。よく通る、澄んだ声だ。
「ほっほう……もう十分であろう、イライザよ」
扉を開けて入ってきたのは、誰であろう――ナハト大公その人であった。




