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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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178/201

模擬戦⑪

(口裏を合わせろ……これは……)


 なんとはなしにトーマは手加減をしていた――と思う。

 少なくても、殺気のようなものはなかった。


 戦いたいというのは本音というか本能だろうが、それ以上の意図はない。

 もしトーマが本気なら、もっと激烈な戦いになっていたはずだ。


(油断させるため……じゃないよな……)


 ちらと頭をよぎるが、そういう小細工をするタイプにも思えない。


「あいつ、トーマ様と組み合ってるぞ……」


「ま、まさかな……すぐ化けの皮が剥がれるさ!」


 とりあえず、外野はまだ不信がってはいない。

 盾を掴むトーマの力が緩む。中心部分だけだけど、動かせるようだ。


 意識を盾の中心に合わせ、トーマがしたように文字を作り出す。

 トーマの荒い息が聞こえるせいか、あまり長文は作れそうになかった。


『どうやって?』


『一旦離れて、ダッシュで近づいて殴るからうまく吹っ飛べ。それで終わりだ』


『死ぬんじゃないの?』


『手加減する』


『やだ』


『言うことを聞け! くそ、狙うのは腕にしてやる!』


 むう、本気か。

 トーマの一撃、痛そうだな。


 でも、ある程度のところで終わらせるには、これしかない気がする。

 僕が痛い目を見れば、外野の溜飲も下がるだろう。

 ただ、やられっぱなしは嫌だ。


『わかった、でも』


『なんだ?』


『相討ちにして。それなら、口裏合わせる』


 チッ、とトーマから舌打ちが聞こえた。


『ちゃっかりしてやがる。それでいい』


 おお、受けるとは思わなかった。これならまぁ、いいか……?


 ふっと僕が力を抜くと、トーマが打ち合わせ通りに数歩下がる。

 トーマが息をぜーはーと吐いて、


「……中々だな。やりづらいぜ」


「それは、光栄……」


 がやがやと外野が騒いでいる。どうやら、トーマから離れたことが驚きのようだ。


「おい、トーマ様があんな風に言うなんて……」


「まぐれだ、まぐれ!」


「でも、あの血の鎧は……」


 やはりトーマの名声は凄いみたいだ。中央にも縁がない僕には、いまいちピンとはきていないけれど。


 下がったトーマが右手を胸の高さに持ってきて、これみよがしに力を込める。


「埒があかねぇ、これでおしまいにしてやるぜ」


 台詞がちょっと棒読みだ……。自分で言うのもあれだけど、下手くそな芝居だなぁ。


「受け止めてやる……!」


「やってみやがれ!」


 ふう、と息を整える。トーマの次の攻撃は右ストレートだろう。

 腕を胸の前に持ってくる。盾を砕かせて、そのまま腕に当てさせるのだ。


 攻撃の刹那、反対の左半身を僕が狙う。流れはこれでいいはずだ。


 大きく踏み込むトーマに覚悟を決める。

 繰り出される拳の圧は、これまでとは比べ物にならない。


「ぐっ……!」


 渾身の一撃が盾に触れる瞬間、トーマの動きが止まる。狙い時だ。

 血の鎧から刺を出し、トーマに差し向ける。


 拳が盾に突き刺さり、ひび割れて砕かれる。

 足元に力を込めていないので、吹っ飛ばされるしかない。


 仰向けに宙に放り投げられる――トーマも血の刺を左半身にたっぷりと受けていた。

 10メートルも飛ばされ、地面にごろごろと転がる。

 激痛が全身を走る――しかし、腕ほどじゃない。

 確実にひびが入っていた。もしかしたら、もっと重傷かも。


「……やるんじゃなかった」


 立ち上がれず、血の鎧を解除する。トーマは立ったままだった。

 さすがにツアーズも止めに入る。


「勝者、トーマ!」


「「うおおおお!!」」


 歓声が重なり、トーマを称える。仕方ないか、僕は嫌われものだ。

 見上げるとトーマは半身に刺さった血の刺を抜いていた。傷は刺を抜いた端から回復している。

 本当に便利なものだった。


 イライザ達が地面にうつ伏せの僕に駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか、ジル様……!!」


「はは、まぁ……」


 曖昧に応える僕に、トーマがずしりと険しい顔で近寄る。


「……何の用でしょうか。もう決着は……」


「どけ」


 低く威圧するトーマの声。だけど、音にならないほど小さくトーマの唇が動く。

 はっきりと、ひとつの意味を告げていた。


『治す』


 はっと女性陣の動きが止まる。ぐいっとイライザを押し退けて、トーマが僕の腕を取った。


「痛っ!」


「……力を抜け」


 強引に腕を引っ張りあげられる――痛みは最初だけだった。

 顔には出さないようにするけれど、驚くほどあっさりと腕の痛みが消える。


「他人の肉体も、操作できるんですか?」


「無論」


 つくづく便利なスキルだ。というより、万能過ぎるような。

 そのまま立ち上がった僕を、トーマがゆっくりと上下に見る。


「いい戦いだった!」


 突然、トーマがにやりと笑って言ったのだった。

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