模擬戦⑪
(口裏を合わせろ……これは……)
なんとはなしにトーマは手加減をしていた――と思う。
少なくても、殺気のようなものはなかった。
戦いたいというのは本音というか本能だろうが、それ以上の意図はない。
もしトーマが本気なら、もっと激烈な戦いになっていたはずだ。
(油断させるため……じゃないよな……)
ちらと頭をよぎるが、そういう小細工をするタイプにも思えない。
「あいつ、トーマ様と組み合ってるぞ……」
「ま、まさかな……すぐ化けの皮が剥がれるさ!」
とりあえず、外野はまだ不信がってはいない。
盾を掴むトーマの力が緩む。中心部分だけだけど、動かせるようだ。
意識を盾の中心に合わせ、トーマがしたように文字を作り出す。
トーマの荒い息が聞こえるせいか、あまり長文は作れそうになかった。
『どうやって?』
『一旦離れて、ダッシュで近づいて殴るからうまく吹っ飛べ。それで終わりだ』
『死ぬんじゃないの?』
『手加減する』
『やだ』
『言うことを聞け! くそ、狙うのは腕にしてやる!』
むう、本気か。
トーマの一撃、痛そうだな。
でも、ある程度のところで終わらせるには、これしかない気がする。
僕が痛い目を見れば、外野の溜飲も下がるだろう。
ただ、やられっぱなしは嫌だ。
『わかった、でも』
『なんだ?』
『相討ちにして。それなら、口裏合わせる』
チッ、とトーマから舌打ちが聞こえた。
『ちゃっかりしてやがる。それでいい』
おお、受けるとは思わなかった。これならまぁ、いいか……?
ふっと僕が力を抜くと、トーマが打ち合わせ通りに数歩下がる。
トーマが息をぜーはーと吐いて、
「……中々だな。やりづらいぜ」
「それは、光栄……」
がやがやと外野が騒いでいる。どうやら、トーマから離れたことが驚きのようだ。
「おい、トーマ様があんな風に言うなんて……」
「まぐれだ、まぐれ!」
「でも、あの血の鎧は……」
やはりトーマの名声は凄いみたいだ。中央にも縁がない僕には、いまいちピンとはきていないけれど。
下がったトーマが右手を胸の高さに持ってきて、これみよがしに力を込める。
「埒があかねぇ、これでおしまいにしてやるぜ」
台詞がちょっと棒読みだ……。自分で言うのもあれだけど、下手くそな芝居だなぁ。
「受け止めてやる……!」
「やってみやがれ!」
ふう、と息を整える。トーマの次の攻撃は右ストレートだろう。
腕を胸の前に持ってくる。盾を砕かせて、そのまま腕に当てさせるのだ。
攻撃の刹那、反対の左半身を僕が狙う。流れはこれでいいはずだ。
大きく踏み込むトーマに覚悟を決める。
繰り出される拳の圧は、これまでとは比べ物にならない。
「ぐっ……!」
渾身の一撃が盾に触れる瞬間、トーマの動きが止まる。狙い時だ。
血の鎧から刺を出し、トーマに差し向ける。
拳が盾に突き刺さり、ひび割れて砕かれる。
足元に力を込めていないので、吹っ飛ばされるしかない。
仰向けに宙に放り投げられる――トーマも血の刺を左半身にたっぷりと受けていた。
10メートルも飛ばされ、地面にごろごろと転がる。
激痛が全身を走る――しかし、腕ほどじゃない。
確実にひびが入っていた。もしかしたら、もっと重傷かも。
「……やるんじゃなかった」
立ち上がれず、血の鎧を解除する。トーマは立ったままだった。
さすがにツアーズも止めに入る。
「勝者、トーマ!」
「「うおおおお!!」」
歓声が重なり、トーマを称える。仕方ないか、僕は嫌われものだ。
見上げるとトーマは半身に刺さった血の刺を抜いていた。傷は刺を抜いた端から回復している。
本当に便利なものだった。
イライザ達が地面にうつ伏せの僕に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、ジル様……!!」
「はは、まぁ……」
曖昧に応える僕に、トーマがずしりと険しい顔で近寄る。
「……何の用でしょうか。もう決着は……」
「どけ」
低く威圧するトーマの声。だけど、音にならないほど小さくトーマの唇が動く。
はっきりと、ひとつの意味を告げていた。
『治す』
はっと女性陣の動きが止まる。ぐいっとイライザを押し退けて、トーマが僕の腕を取った。
「痛っ!」
「……力を抜け」
強引に腕を引っ張りあげられる――痛みは最初だけだった。
顔には出さないようにするけれど、驚くほどあっさりと腕の痛みが消える。
「他人の肉体も、操作できるんですか?」
「無論」
つくづく便利なスキルだ。というより、万能過ぎるような。
そのまま立ち上がった僕を、トーマがゆっくりと上下に見る。
「いい戦いだった!」
突然、トーマがにやりと笑って言ったのだった。




