模擬戦⑩
「どうした……早くも臆したか?」
トーマは近づかずに、僕の動きを待ち構えている。すぐに決着をつけるつもりは、ないらしかった。
(どうして、血が……絡め取れなかったんだ)
頭をフル回転させ、思いつく要素を潰していく。
魔力で振り払われた? 違う。騎士であるトーマには不可能だ。
殴られるときにも、大した魔力は感じなかった。
僕の集中が切れた? それも違う、鎧は維持できている。
意識が切れたなら、鎧にも弱まるはずだ。
……トーマのスキル? ありえる。しかし、血の拘束術を無効にするようなスキルだ。一体、どんなスキルだ?
「来ないなら、こちらから行くぞ!」
吠えるトーマに、意識を振り分ける。
加速のついたトーマが、爆発的に迫ってくる。
今度は血の盾を作って、防御する。
瞬時に鎧から血が集まり、ラウンドシールドが出来上がる。
ストレートパンチの直線上に、僕は真紅の盾を構えた。
鈍い音が響き、盾から衝撃が突き抜けた。あまりの圧に後ずさりする。
「ぐぅぅ……!」
「そらそらそら! どうした、反撃はしないのか!?」
トーマの連撃に、後退を強いられる。
血の盾は鎧と同じく、鋼鉄並みの硬度があるはずだ。
放たれる魔力は、大きいものじゃない。
身体強化のレベルが高い――というわけでは、ないはずだ。
あり得ない。
素手で盾を殴れば、ダメージがあるのは自分自身だろう。それにやはり、血の盾から縄も棘も作れない。
スキル、スキルだと思う。
この異常な強さは、そうとしか考えられない。
でも――何の?
見当もつかず、盾ごしに殴られ続ける。鈍い衝撃がひっきりなしに続く。反撃の糸口が見出だせない。
「好き勝手に……!」
もう、破れかぶれだ。足元から、血だまりを作り出す。
さっき使った手だけど、仕方ない!
やらないよりはマシだ!
地面から立ち昇る血の蛇は、すぐに振り払われるだろう。
だけどとにかく、立て直す時間が欲しい。
「ほう、器用な真似を!」
血の蛇がトーマの足に絡み付く。
そのまま振り払われる――だけど、そうはならなかった。
「……?」
疑問を浮かべた瞬間、トーマがぐわっと大きな手で血の蛇を掴む。うねっていた血の蛇は止まり、引きちぎられ消え去った。
(……触られて止まった?)
血の蛇を止めるだけなら、蹴りでもなんでも良かったはずだ。
魔術でもスキルでも、腕から使わなければならない理由はない。
わざわざ、拳で触れなくてもいいはずだ。
そう、拳で――
「あっ……!」
《暁の騎士》の異名。
それは数日間に渡って戦い続け、幾度も朝日を浴びたという武功からだ。
「どうした、何か気が付いたか?」
「……ええ」
答えはひとつだ。やはり、スキルしかあり得ない。
では、どんなスキルか? 僕にはなんとか見当がついていた。
トーマは楽しそうに――さっきよりも抑え気味に攻撃を仕掛けてくる。
僕が喋れるようにだ。
ささやくように、僕は彼へ語りかける。
「《人体操作》……そう呼ばれる強力なスキルがあるそうですね」
文句なしにA級のスキルだ。
筋肉や骨は言うに及ばず、内蔵や――血液まで操作するスキルのはず。
自分に使えば、恐るべき身体能力となる。
それこそ神聖魔術を使わなくてもだ。
そして、同じ操作系のスキルは拮抗する。僕と彼のスキルが相殺され、無効化されていたのだ。
僕もかつて他人の血を操作したことがある。トーマも同じように、僕の《血液操作》に干渉した。
「どこでそう思った?」
にやりと笑ったトーマの手は、さらに遅くなりつつある。
おかけで僕は、少し余裕を持って話せた。
妙だけれど、手加減してもらってる……?
わからないが、話を続けるしかない。
「仕掛けた拘束を外したのが――全部、拳だったからです」
操作系は、対象が自分の肉体に触れていないといけない。
これが絶対のルール。蹴りや武器を持っていては駄目なのだ。
何日間も戦えたのも《人体操作》のおかげだろう。思い通りにいくのなら、疲労や傷を治せる。
とはいえ、効力は自分の肉体が触れる範囲まで。
《血液操作》がうまくいかなかったのは、トーマの触れた部分だけだった。
「……ちゃんと勉強していたようだな。劣勢にあっても冷静だ」
「自分で言っていて、嫌になりますよ。……勝ち目が見えない」
「ふん、お前の勝ちとはなんだ?」
トーマが踏み込み、盾に掴みかかる。血が震え、盾の内側が波打つ。
「え――っ?」
トーマの《人体操作》により、僕の血の盾が変化させられているのだ。
両手なら、そんなことができるのか!?
驚く間もなく、盾のさざ波は文字となった。
盾の構えている僕にだけ、読める。
『口裏を合わせろ』
盾の裏側からトーマを見ると、彼の目だけが頷いていた。




