模擬戦⑦
大気が震え、闘争の気配が満ちる。
セラートが並んだゾリンから一歩、前に出る。
「ゾリン殿、いかがする?」
「ふぅむ、ヴァンパイアの娘っ子の方が組みやすしそうだが……俺はいつも通り、待つ」
「なら、私が前に出よう――《疾風剣》の名の通り」
《静寂なる》ゾリンは腕を引き、木剣を短く持った。小回りのきく持ち方で、防御を重視した構えだ。
《疾風剣》セラートは二つ名からして、攻撃的な剣術だろう。
対してライラとアエリアも、緊張の面持ちで並び立つ。リーチがあるのは槍のライラだ。
いかに名のある使い手のセラートとはいえ、2対1では不利だろう。
じりじりと距離を詰めるなか、右脚に力を込めたセラートが踏み出し――跳んだ。
まさに飛翔と言っていい。
左に立つアエリアの方へと、セラートは高らかに飛ぶ。そのジャンプ力は超人のそれであり――一息にアエリアの背を飛びこす信じがたいものだ。
とっさのことに、アエリアの反応がわずか遅れる。セラートの曲芸めいた動きは、攻撃のものではない。アエリアの肩越し、数メートル後ろに彼は着地する。
さらにセラートの飛翔と同時に、ゾリンも動く。それまでの様子見からは信じられないほど、弾かれたようにライラに向かう。
間合いをモノともしないゾリンの猛攻が、ライラを襲いはじめる。意表を突くセラートは、アエリアを狙う。
「見ろ、挟み撃ちだ!」
「あっという間に流れを掴んでる……さすがだ!」
機先を制したのは、ゾリンとセラートだ。拳を握りながら、見守るしかない。
懐に入り込もうとするゾリンを阻止しようと、ライラは連撃を放つ。
乾いた木剣と槍のぶつかる甲高い音が響き、恐るべき速度の攻防が繰り広げられる。
しかし、先程のように圧倒的な勝利とは行かない。ゾリンは器用に――目を疑うほどの技前で槍をさばいている。
「……足止めか……。ライラが、攻めあぐねてる」
一方、着地したセラートは体勢を整えアエリアに猛然と仕掛ける。
低空を走り、剣を振り抜く動きはまさに一陣の風のごとく。
「うわわっ!?」
「ほぅ? この一撃を防ぐか……」
紙一重でアエリアは木剣を交差させ、セラートの一撃を防いでいた。
そのままセラートは立ち止まることなく、ふたたび攻撃に転じる。嵐、もしくは竜巻のような剣術だ。
「槍の攻撃を難なくしのぐゾリン様、刈り取るような剣術のセラート様……」
こぼれる僕の言葉に、周囲は気づく様子もない。技量としてはゾリンとセラートの方が、上回っている。単純にそれだけの、致命的なことなのだ。
このままではアエリアが先に潰され、2対1になってしまう。そうなれば、どうしようもない。
ライラは神聖魔術を使っている訳ではないようだけど、どうするつもりか。
「もう、ライラ様……持ちません!」
悲鳴をあげるアエリアに、ライラが目もくれず叫ぶ。
「仕方ありません、作戦通りに!」
「……うう、はぁい!!」
セラートの一撃離脱戦法、その離れた瞬間にアエリアが二刀のうちの1本を投げつける――ゾリンに。
不意を突く行動、というより訳がわからない。皆が呆気にとられる。
当然、ゾリンほどの使い手が武器を投げる技を警戒しないわけはない。手首を回して最小限の動きで、アエリアの投げた剣を弾く。
誰もがアエリアの投げた剣に意識を向けた一瞬――僕はライラの魔力が爆発したのを悟った。
ゾリンの腹部にライラの槍が、突き刺さる。
一緒に訓練したのでなければわからないだろう、それほどの短い時間だがライラは神聖魔術を使った。
勝つために、あるいはこの程度ならわからないだろうと踏んだのか。
アエリアの剣は、目くらまし。
一瞬の神聖魔術で討ち取るための、そのための動きだった。
『なっ……!?』
会場中が絶句する。
端から見れば、ゾリンが隙を出してやられたようにしか見えないだろう。
それほどに意表を突く、まばたきほどの一撃だった。
それはセラートも例外ではない。目を見開き、反応が遅れる。
ちらと横目で見ると、サイネスもあんぐりと口を開けていた。




