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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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173/201

模擬戦⑥

 唖然としてしまった。

 外野は、がやがやと騒いでいる。


 僕を追い落とすのに、そこまでやるのか。

 外部から人を呼び寄せるだなんて。


「……それは聞いてはいないのだが」


 ツアーズは顎に手を当て、目を細めた。声は尖り、不愉快そうなのが伝わってくる。


「突然の話なのは、申し訳ない。しかし悪いことばかりではないぞ? 男爵と一戦終わったら、他の者にも稽古をつけさせよう」


 おおっ、と周囲から声が上がる。

 ……まずい。サイネスが呼び寄せたのはディーン王国でも武芸者として有名な人たちだ。何の役職にもない下級貴族からすれば、繋がりができるまたとない機会でもある。


「やれせてやれ!」


「羨ましいぞ、暁の騎士と手合わせなんてな!」


 ターナ派を皮切りにして、次々と浴びせかけられる。逃げ場がない。

 ため息をこれ見よがしにつく、ツアーズ。


「余計なことは、困るのだが……」


「余計? ふははっ、投資と評してもらいたいものだ」


 納得しかねると首を傾げたまま、ツアーズは僕の元に歩いてきた。小声で僕に耳打ちする。


「すまん……言っても聞きそうにない。どうする?」


 ツアーズのささやきからは、親身に僕たちのことを心配している風がある。

 僕たちに向ける労りがあるのが、意外なほどだった。


 僕もイライザたちを見ると、彼女たちは目をそらさずに頷き返してくる。

 挑戦は受ける、そう思っているようだ。


 確かに無茶な話だが、《暁の騎士》トーマはターナ派でも屈指の猛者だ。

 なんとかケガなく終わらせられれば、逆にもう手出しはされない――かも知れない。

 トーマ以上の手駒は、サイネスもそう簡単に用意できないだろう。


「……ここで逃げるのも得策ではありません。なんとか、穏便に終わらせます」


「わかった、無茶はするなよ。……何かあれば、すぐ動く」


 短いやり取りをして、ツアーズが離れる。

 僕はトーマに向かい軽く礼をする。貴族と騎士なのでこれで充分敬意は示せているだろう。


「トーマ様、お手合わせをお願いいたします」


「ぐははっ、そうこなくてはな……!」


 歯を剥き出しにし、トーマが唸る。獣の笑いともいえる、獰猛な表情だ。


「若に呼ばれたが、肩透かしになるのではないかと心配していたぞ」


 ツアーズがトーマ一行に、厳しい声をかける。


「ルールは承知しているか、トーマ様? ケガをさせるような戦いは――」


「わかっとる、わかっとる! 皆までいうな、ルールは把握しておるわ。肩慣らしに……そうさな、5分くれ。その後、始めるのでどうか?」


「……構いません」


「ようし、いい答えだ!」


 5分か。作戦時間にするしかない。

 周囲はこれまでになく、盛り上がっている。


 誰もが思いもよらない催しと――僕の敗北を確信して、興奮しているようだ。


 僕たちも集まり、対策を練る。とはいえ、情報はあまりなかった。王宮勤めの騎士だと、イライザにしかわからない。


「まず、組分けは変えない……その方がいいと思う」


「……そうですね。もし危なそうなら、すぐに棄権をしてもいいわけですし」


 まずトーマはリーダーだろう。他も手練れとはいえ、ライラがいればある程度は大丈夫なはずだ。


「……トーマ様については、イライザは知ってる?」


「荒々しい剣技と聞いています。武器に魔力をまとわせて、魔術を斬るような戦い方をするとか……」


「それって、僕のスキルも斬られるのかな……?」


「その心配はないはずですが……しかし、拘束が通用しない場合も考えるべきかと」


 腕組みをして、すぐに戦術を組み立てる。グロノ子爵との戦いで、血の拘束術はすでに見せていた。


 当然、対策はされるだろう。血の拘束術にはあまり速くは動かせないという欠点がある。

 僕の意識を超えて動く相手には追いつけない――特にライラやシーラ級だと、初見でも避けられる。もちろん、僕自身の集中も邪魔されると維持できない。


「まだ、単なる武器にする方がいいかな」


 血の武器は液体であるので壊されにくく、間合いを変えたりして不意をつける利点がある。

 牽制しながら、身を守れば――試合時間の5分くらいはなんとか無事に終わらせられないか。


 ライラとアエリアはふたりで熱心に作戦を決めている。


「時間だ、位置につくように」


 アエリアとライラが、前に出る。武器はさきほどと同じく二刀流と槍だ。

 隣の観客から、ため息が聞こえる。


「まずは《静寂なる》ゾリン様と《疾風剣》セラート様か……」


「こりゃ女子供じゃ勝負にならねぇな」


 トーマの組からは、30台半ばの騎士ふたりが出てきた。

 ふたりとも顔に傷が多く、模擬戦であっても手を抜くような雰囲気ではない。


 ふたりとも、片手剣だけを悠然と持っている。


「……ケガのないように、始め!」


 同時に、ゾリンとセラートが闘気を放つ。

 びりびりと肌が身震いする。


 将として活躍するガストン将軍とは、また違う。武芸者の実戦さながらの気合いに、見ているだけの僕ですら――寒気が走った。

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