模擬戦⑥
唖然としてしまった。
外野は、がやがやと騒いでいる。
僕を追い落とすのに、そこまでやるのか。
外部から人を呼び寄せるだなんて。
「……それは聞いてはいないのだが」
ツアーズは顎に手を当て、目を細めた。声は尖り、不愉快そうなのが伝わってくる。
「突然の話なのは、申し訳ない。しかし悪いことばかりではないぞ? 男爵と一戦終わったら、他の者にも稽古をつけさせよう」
おおっ、と周囲から声が上がる。
……まずい。サイネスが呼び寄せたのはディーン王国でも武芸者として有名な人たちだ。何の役職にもない下級貴族からすれば、繋がりができるまたとない機会でもある。
「やれせてやれ!」
「羨ましいぞ、暁の騎士と手合わせなんてな!」
ターナ派を皮切りにして、次々と浴びせかけられる。逃げ場がない。
ため息をこれ見よがしにつく、ツアーズ。
「余計なことは、困るのだが……」
「余計? ふははっ、投資と評してもらいたいものだ」
納得しかねると首を傾げたまま、ツアーズは僕の元に歩いてきた。小声で僕に耳打ちする。
「すまん……言っても聞きそうにない。どうする?」
ツアーズのささやきからは、親身に僕たちのことを心配している風がある。
僕たちに向ける労りがあるのが、意外なほどだった。
僕もイライザたちを見ると、彼女たちは目をそらさずに頷き返してくる。
挑戦は受ける、そう思っているようだ。
確かに無茶な話だが、《暁の騎士》トーマはターナ派でも屈指の猛者だ。
なんとかケガなく終わらせられれば、逆にもう手出しはされない――かも知れない。
トーマ以上の手駒は、サイネスもそう簡単に用意できないだろう。
「……ここで逃げるのも得策ではありません。なんとか、穏便に終わらせます」
「わかった、無茶はするなよ。……何かあれば、すぐ動く」
短いやり取りをして、ツアーズが離れる。
僕はトーマに向かい軽く礼をする。貴族と騎士なのでこれで充分敬意は示せているだろう。
「トーマ様、お手合わせをお願いいたします」
「ぐははっ、そうこなくてはな……!」
歯を剥き出しにし、トーマが唸る。獣の笑いともいえる、獰猛な表情だ。
「若に呼ばれたが、肩透かしになるのではないかと心配していたぞ」
ツアーズがトーマ一行に、厳しい声をかける。
「ルールは承知しているか、トーマ様? ケガをさせるような戦いは――」
「わかっとる、わかっとる! 皆までいうな、ルールは把握しておるわ。肩慣らしに……そうさな、5分くれ。その後、始めるのでどうか?」
「……構いません」
「ようし、いい答えだ!」
5分か。作戦時間にするしかない。
周囲はこれまでになく、盛り上がっている。
誰もが思いもよらない催しと――僕の敗北を確信して、興奮しているようだ。
僕たちも集まり、対策を練る。とはいえ、情報はあまりなかった。王宮勤めの騎士だと、イライザにしかわからない。
「まず、組分けは変えない……その方がいいと思う」
「……そうですね。もし危なそうなら、すぐに棄権をしてもいいわけですし」
まずトーマはリーダーだろう。他も手練れとはいえ、ライラがいればある程度は大丈夫なはずだ。
「……トーマ様については、イライザは知ってる?」
「荒々しい剣技と聞いています。武器に魔力をまとわせて、魔術を斬るような戦い方をするとか……」
「それって、僕のスキルも斬られるのかな……?」
「その心配はないはずですが……しかし、拘束が通用しない場合も考えるべきかと」
腕組みをして、すぐに戦術を組み立てる。グロノ子爵との戦いで、血の拘束術はすでに見せていた。
当然、対策はされるだろう。血の拘束術にはあまり速くは動かせないという欠点がある。
僕の意識を超えて動く相手には追いつけない――特にライラやシーラ級だと、初見でも避けられる。もちろん、僕自身の集中も邪魔されると維持できない。
「まだ、単なる武器にする方がいいかな」
血の武器は液体であるので壊されにくく、間合いを変えたりして不意をつける利点がある。
牽制しながら、身を守れば――試合時間の5分くらいはなんとか無事に終わらせられないか。
ライラとアエリアはふたりで熱心に作戦を決めている。
「時間だ、位置につくように」
アエリアとライラが、前に出る。武器はさきほどと同じく二刀流と槍だ。
隣の観客から、ため息が聞こえる。
「まずは《静寂なる》ゾリン様と《疾風剣》セラート様か……」
「こりゃ女子供じゃ勝負にならねぇな」
トーマの組からは、30台半ばの騎士ふたりが出てきた。
ふたりとも顔に傷が多く、模擬戦であっても手を抜くような雰囲気ではない。
ふたりとも、片手剣だけを悠然と持っている。
「……ケガのないように、始め!」
同時に、ゾリンとセラートが闘気を放つ。
びりびりと肌が身震いする。
将として活躍するガストン将軍とは、また違う。武芸者の実戦さながらの気合いに、見ているだけの僕ですら――寒気が走った。




