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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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171/201

模擬戦④

 相手は3人とも長剣を武器にしている。

 奥にいる目つきの鋭い男が、リーダーのグロノ子爵だろう。


「まさか、先鋒がこうも容易くやられるなんてな。甘く見すぎていたか」


「僕たちのことを、どう聞いてるんだ?」


「幸運な男と取り巻きの女、としか聞いてないぜ」


「……そりゃ、情報不足もいいところだ」


 ツアーズが手を上げる。


「時間は同じく5分――はじめよ!」


 グロノ子爵たちは、警戒している。三人がひとかたまりになって、ゆっくりゆっくりと向かってきた。


 見た感じでは、先の二人と同じくらいの技量か。普通の兵士と比べれば、かなり強い部類だ。


 僕は右腕の甲から、血を大量に流し始める。

《血液操作》と《血液増大》を合わせ、足元の地面に血を満たしていく。


「それがお前のスキルか? 血なんて出して、どうするつもりだ?」


 グロノ子爵が流れる鮮血をにらみつける。

 彼らは僕の意図を全く見抜けていない――多分、スキル持ちとの戦闘経験もなさそうだ。


「ただの血じゃないよ」


 ここまでは、見せると決めていた。

 操作系のスキルで最もオーソドックスな戦術は、とにかく敵を捕らえてしまうことだ。


 僕の場合は、もちろん血だ。

 その血に意識を集中させ――そのまま地面を波打ちながら走らせる。

 さながら、真紅の蛇が駆け回るかのようだ。


「ぬうっ! これは!?」


 グロノ子爵が叫び戸惑うのも構わず、走る血を3つに分ける。

 血は避ける隙も与えずに、グロノ子爵たちの足から胴体へと巻き付いていく。


 さらに意識をこめて――巻き付いた血で引き倒すように力をかける。


「ぐっ……くそっ!!」


 悪態をついて振り払おうとするが、もう遅い。魔術師なら瞬間的に魔術を放ち、脱出できる可能性はある。

 しかし力任せの動きでは、いわば液体の縄をはね除けるのは不可能だ。

 モンスターの怪力でさえ、逃れられない。


「ぐ……うわああ!?」


 思いっきり血を引き寄せ――グロノ子爵たちはたまらず倒れる。

 さらにぐるぐると3人の身体を、血の縄で縛り上げる。


「……降参する?」


「ま、まだだ……ぐああっ!?」


 諦めないグロノ子爵を、ちょっと強く締め上げる。彼の喉から、悲鳴が絞り出される。


 この模擬戦は、今のところどちらかが降伏しないと終わらないようだ。

 まぁ、ツアーズが止めるとは思うけれど――どこで止めるかはわからない。


「勝負あり、だ。ジル男爵の勝ちとする」


 ツアーズが片手を上げるが、グロノ子爵は即座に異義を挟んだ。


「終わっていない!」


「いや、ジル男爵が殺すつもりなら――少なくても3つ数える前に、お前は死んでいる。もう決着はついた」


 つまなさそうに、ツアーズがたしなめる。

 いずれにせよ、審判役から勝ちと判定は貰った。

《血液操作》で巻き付いた血を固めて、粉状にする。野外なのもあって、血の縄はすぐに散っていった。


「お見事でした、ジル様。私の出番はありませんでしたね……」


「これでなんとかならなかったら、力を借りてたよ、ね?」


 シーラに向き直ると彼女は警戒したまま、


「はいです、もちろん」


「……相手はスキルも使わなかったしね」


 さすがに血の鎧や神聖魔術までは見せるつもりはなかったけれど、ここまでスキルを使ったのは僕だけだった。

 隣でも武器の打ち合いだけで、スキルを使ってはいないようだ。


「強いスキルを持っていたら、ここには来てねぇよ」


 立ち上がったグロノ子爵が、立ち去りながら吐き捨てる。よほど悔しいのか、僕たちを一瞥もせずに観客の列に戻っていく。


「……彼の言うとおりなんだろうね」


 僕も《血液増大》と《血液操作》がなければ、こんなにも強くはない。

 そして、スキルの強さはまさにこういう戦いに発揮される――持つものと持たざるものを、残酷なまでに区別する。


 観客たちを見渡すと、誰もが信じられないという目付きをしていた。ぽかんと、呆気にとられている。


 かろうじてサイネスだけは、プライドが許さないのか――間抜けな顔は晒していない。

 しかし、動揺と衝撃は見て取れた。


「さて……他の組の邪魔になる。戻ろう」


 皆のところに戻ろうとすると、人波が割れる。これまでのような、陰口はなくなっている。


 なんとはなしに、彼らからいままでとは違う雰囲気を感じていた。

 ひとつは、畏怖。

 圧勝した僕たちを、素直に凄いと認める人たち――多分、生粋のターナ派ではない人たちだ。


 もうひとつは、憎悪。

 正々堂々だったはずだけれど――そもそも僕が勝つことを全く望んでいない人たちだ。

 中心には、もちろんサイネスがいる。


 子飼いでは勝負にならないとわかったはずだ。彼は、どう出るのだろうか。

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