模擬戦④
相手は3人とも長剣を武器にしている。
奥にいる目つきの鋭い男が、リーダーのグロノ子爵だろう。
「まさか、先鋒がこうも容易くやられるなんてな。甘く見すぎていたか」
「僕たちのことを、どう聞いてるんだ?」
「幸運な男と取り巻きの女、としか聞いてないぜ」
「……そりゃ、情報不足もいいところだ」
ツアーズが手を上げる。
「時間は同じく5分――はじめよ!」
グロノ子爵たちは、警戒している。三人がひとかたまりになって、ゆっくりゆっくりと向かってきた。
見た感じでは、先の二人と同じくらいの技量か。普通の兵士と比べれば、かなり強い部類だ。
僕は右腕の甲から、血を大量に流し始める。
《血液操作》と《血液増大》を合わせ、足元の地面に血を満たしていく。
「それがお前のスキルか? 血なんて出して、どうするつもりだ?」
グロノ子爵が流れる鮮血をにらみつける。
彼らは僕の意図を全く見抜けていない――多分、スキル持ちとの戦闘経験もなさそうだ。
「ただの血じゃないよ」
ここまでは、見せると決めていた。
操作系のスキルで最もオーソドックスな戦術は、とにかく敵を捕らえてしまうことだ。
僕の場合は、もちろん血だ。
その血に意識を集中させ――そのまま地面を波打ちながら走らせる。
さながら、真紅の蛇が駆け回るかのようだ。
「ぬうっ! これは!?」
グロノ子爵が叫び戸惑うのも構わず、走る血を3つに分ける。
血は避ける隙も与えずに、グロノ子爵たちの足から胴体へと巻き付いていく。
さらに意識をこめて――巻き付いた血で引き倒すように力をかける。
「ぐっ……くそっ!!」
悪態をついて振り払おうとするが、もう遅い。魔術師なら瞬間的に魔術を放ち、脱出できる可能性はある。
しかし力任せの動きでは、いわば液体の縄をはね除けるのは不可能だ。
モンスターの怪力でさえ、逃れられない。
「ぐ……うわああ!?」
思いっきり血を引き寄せ――グロノ子爵たちはたまらず倒れる。
さらにぐるぐると3人の身体を、血の縄で縛り上げる。
「……降参する?」
「ま、まだだ……ぐああっ!?」
諦めないグロノ子爵を、ちょっと強く締め上げる。彼の喉から、悲鳴が絞り出される。
この模擬戦は、今のところどちらかが降伏しないと終わらないようだ。
まぁ、ツアーズが止めるとは思うけれど――どこで止めるかはわからない。
「勝負あり、だ。ジル男爵の勝ちとする」
ツアーズが片手を上げるが、グロノ子爵は即座に異義を挟んだ。
「終わっていない!」
「いや、ジル男爵が殺すつもりなら――少なくても3つ数える前に、お前は死んでいる。もう決着はついた」
つまなさそうに、ツアーズがたしなめる。
いずれにせよ、審判役から勝ちと判定は貰った。
《血液操作》で巻き付いた血を固めて、粉状にする。野外なのもあって、血の縄はすぐに散っていった。
「お見事でした、ジル様。私の出番はありませんでしたね……」
「これでなんとかならなかったら、力を借りてたよ、ね?」
シーラに向き直ると彼女は警戒したまま、
「はいです、もちろん」
「……相手はスキルも使わなかったしね」
さすがに血の鎧や神聖魔術までは見せるつもりはなかったけれど、ここまでスキルを使ったのは僕だけだった。
隣でも武器の打ち合いだけで、スキルを使ってはいないようだ。
「強いスキルを持っていたら、ここには来てねぇよ」
立ち上がったグロノ子爵が、立ち去りながら吐き捨てる。よほど悔しいのか、僕たちを一瞥もせずに観客の列に戻っていく。
「……彼の言うとおりなんだろうね」
僕も《血液増大》と《血液操作》がなければ、こんなにも強くはない。
そして、スキルの強さはまさにこういう戦いに発揮される――持つものと持たざるものを、残酷なまでに区別する。
観客たちを見渡すと、誰もが信じられないという目付きをしていた。ぽかんと、呆気にとられている。
かろうじてサイネスだけは、プライドが許さないのか――間抜けな顔は晒していない。
しかし、動揺と衝撃は見て取れた。
「さて……他の組の邪魔になる。戻ろう」
皆のところに戻ろうとすると、人波が割れる。これまでのような、陰口はなくなっている。
なんとはなしに、彼らからいままでとは違う雰囲気を感じていた。
ひとつは、畏怖。
圧勝した僕たちを、素直に凄いと認める人たち――多分、生粋のターナ派ではない人たちだ。
もうひとつは、憎悪。
正々堂々だったはずだけれど――そもそも僕が勝つことを全く望んでいない人たちだ。
中心には、もちろんサイネスがいる。
子飼いでは勝負にならないとわかったはずだ。彼は、どう出るのだろうか。




