模擬戦③
長槍の敵がライラの側面に回り込むように動き始める。剣盾持ちはアエリアの側だ。
それぞれ、同じ武器で戦おうとしているらしい。
対して、アエリアとライラは前には出ない。敵はじりじりと二人に迫ってくる。
イライザがやや心配そうに、
「……武術の心得がないのでわからないのですが、お二人は大丈夫なのでしょうか?」
イライザは本格的な武術訓練を受けていない。護身術として、武器を振るえる程度だ。
モンスターと違って、今回の敵は貴人――つまり武術の鍛練は元より身体強化やスキルを使う。
アエリアとライラが常人よりも強いのはわかるとしても、貴人の中でどうなのかはわからないのだろう。
「身体強化の差はそんなにないから――体格と技量によるはずだけどね……」
貴人はたしなみとして、身体強化の魔術くらいは使える。だけど、ここで差はあまり出ない。
結局、だいたいは同じレベルなのだから。
身体能力が数割上昇しても、相手も同じ程度上昇するなら意味がないのだ。
なので、やはり体格と技量が勝敗を分けることになる。
「……アエリア様はどうなのでしょう?」
アラムデッドを離れたアエリアに、イライザは敬称をつけて接している。まぁ、もうメイドではないし。
「武術のみなら、僕より強いよ」
ちょっと苦笑いせざるを得ないけど。
イライザが目を見開く。
「ヴァンパイアってのは、それだけ恵まれてるってこと……ほら」
始まったのはアエリアの方だった。
敵は盾を前面にしながら、剣を引き気味にしている。基本に忠実な動きだ。
体格差がある場合、盾で押し潰すような戦術は特に有効だ。盾でアエリアの体勢を崩そうとしている。
『行け! 行け!』
力の差を考えれば、一瞬で終わるはずだった。外野は盛り上がり、敵は盾の陰から舌なめずりをしている。
アエリアは無造作に、剣を横薙ぎに振るう。
はたから見ると、やけっぱちな一撃だ。敵は当然、盾で防ぐだけ。
『行け! 行――け?』
だが、歓声は急に静かになる。
アエリアの一撃で、敵がよろめいたからだ。
そのままアエリアは足を前に出しつつ、連撃を繰り出す。
敵は盾と剣で弾いていくが、その度に後退を強いられる――まぎれもなく、圧されているのだ。
身長2メートルの男が、頭一つ以上小さな女性の攻撃に。
「遊ぶな、前に出ろ!」
「何やってんだ!?」
仮にも敵も貴人の家柄だ。模擬戦とはいえ、大勢の前での敗北は屈辱以外の何者でもない。手を抜くはずはなかった。
アエリアは両手の木剣を流れるように、相手にぶつけ続ける。
敵は完全に防戦一方。立て直す隙を与えないまま――ついに身を屈めて、懐にアエリアが入る。
左手の剣で相手の剣を押さえ――ぴたりと首先にアエリアが剣を突きつけた。
「……これって、どうすれば勝ちなんですかね?」
息を少しも切らさず、アエリアがツアーズに問いかける。
「両者が降参するまで、戦いは続く。片方が負けを認めても終わらない」
「ふうん……なるほど。それで、あなたはどうします?」
ちょっとだけ剣を前に出し、アエリアが聞く。周囲の野次はすっかり止んでいた。
「……初戦からケガをするのもバカらしい。降参する」
そのまま、敵は両手を上げて降参した。
様子を見ていた槍の男はつばを飛ばしながら、声を張り上げる。
「ちくしょう、俺が二人に勝てばいいんだよな!?」
「そうだ、それでも問題ない」
そのまま、槍の男はぐわんと槍をしならせて――ライラを突いた。
「……ふう」
ため息にも似た、呆れ気味の声。
ライラは自分の槍から手を離して、相手の槍を掴んだ。
「な……っ!?」
驚愕する敵に構わず、ライラはぐっと槍を引く――そのまま、敵は無様に地面に倒れた。
前のめりに、腕を伸ばして。
「続けますか?」
「ど、どういうことだ……何が……?」
「続けるんですね?」
前に一歩出たライラに、槍の男は叫ぶ。
「や、やめろ……!!」
「勝負あり、それまで」
ツアーズが手を上げて、戦いを止める。
完勝だった。
「まぁ、こうなるよね……」
「お二人とも、強いのです」
ヴァンパイアの単純な身体能力は、人間を大きく上回っている。体格をものともせず、圧倒するくらいには。
ライラはパフォーマンスとして、あえて槍を手づかみしたのだ。一瞬だけ神聖魔術を使い、心を折った。
周囲は言葉もなく、アエリアとライラを見ている。無理もない。勝負にもならなかったのだ。
「次、後ろの組――出てきなさい」
今度は僕とイライザ、シーラの番だ。
敵三人の体格はやはり大きい。しかも全員、鍛えられている。
どうやら徹底して武闘派チームのようだ。
だけど、はやし立てるような声はもうなかった。
「どうしますか、ジル様?」
「……僕の力で、手っ取り早く終わらせるよ」
ツアーズの合図に、僕は意識を合わせるのだった。




