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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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161/201

仮面のアエリアと僕②

 夜とはいえ、時刻は午後8時だ。ほのかな魔力灯に満たされた王宮内には、まだ活気がある。


 調べの間に近づくにつれて、かすかに楽器の音が聞こえる。

 もちろん、普通の社交場でも音楽は必ず奏でられてはいるけれどーー調べの間から流れてくるのは、混じりあった「調べ」だ。


 いくつもの曲が重複して、それぞれが思い思いに演奏されている。

 フルートや竪琴、ピアノのはっとする音があるかと思えば、調子外れもたまにある。


 音楽愛好家たちが身分を気にせずに集う場所だ。

 上手い人もいれば下手な人もいる、ということだろう。


「ジル様はどのような楽器を、たしなんでおられるのですか?」


 ティルスも白犬をあしらった仮面を手に持っている。

 頬には剣のマークがあり、これはティルスが誰かの付き添いであることを示していた。


「フルートはやってたよ、ほら」


 懐にある小さなフルートを見せる。

 貴族として子どもの頃から少しはやっていたのだ。


「……上手かは別にして、つまみ出されることはないと思うよ。長居もしないしね……」


 調べの間から小道に入り、仮面を着ける。このあたりは着替えたりするのに小部屋や死角が多い。


 ティルスも護衛とはいえ、王宮内では軽装だ。仮面を着けて、僕についてくる。


 僕も懐の仮面を着けて、調べの間に入っていく。

 大扉の先には、仮面を着けた人たちがいくつもの固まりをつくっている。


 合わせて数十人くらいだろうか――それぞれの楽器ごとにグループになっているようだ。

 少数の人だけが、従者に渡り歩くように行き来している。


 皆、自分たちの音に夢中で入ってきた僕たちに注目する人はいない。


「……アエリア様はどのような楽器が得意なので?」


 ティルスがささやき声で尋ねてくる。


「何でも一通りできる、とか言ってたけど……」


「それは逆に困りましたね……。広間のどこにおられるのでしょう?」


 仮面のせいで顔は見えないけれど、ティルスの声のトーンは落ちていた。


 仮面の社交場に待ち合わせなしで乗り込んで、人を探せるのだろうか?

 片っ端から声をかけていけば、見つかるだろうけど。


 もっと良い方法は当然、ある。

 僕にもアエリアがどこにいるかは見当がつかないけれど――探す必要はない。


 アエリアから、見つけてもらえればいい。


 握った手から、《血液操作》でわずかに流血させる。

 普通の人には、少量すぎて全く血の匂いなんてわからないだろう。でも、ヴァンパイアにはわかる。


 少しすると、とてとてと黒猫の仮面を着けた少女が近寄ってきた。

 黒いワンピースに、控えめながらもアクセントの効いた腕輪をしている。


「……何をしてるんですか、白赤の貴族様」


 じぃと視線を向けながら、僕の隣に来る。

 聞き間違えようもない。


「ああ、その声は――むぐぅ」


 さっとアエリアが僕の顔に手をやり、口をふさぐ。

 そのまま耳元でごにょごにょと、


「駄目ですよ、ここは仮面の社交場なんです。 ディーンでは珍しいヴァンパイアの私が、羽を伸ばせる数少ないところですし……!」


「わ、わかった……」


「それで、どうして調べの間に? 音楽に興味があったんです?」


「……いや、君と話がしたくて」


 僕の言葉に、アエリアが仮面を少しずらす。

 僕とティルス以外には、見えないように。


 悪戯っぽい表情が浮かんでいる。


「いいですよ――でも、ちょっと待ってくださいね? グループで私の演奏の番が来るんです。それが終わってからにしてください」


「それはもちろん、待つよ」


「んふふ……」


 アエリアが仮面を戻し、僕の手を引く。


「せっかくだから、一曲演奏しましょうよ。ここに来るのだから、フルートはお持ちですよね?」


 そのまま結構な力で、ぐいぐいと引っ張られる。


「え、あ……ちょ、ちょっと!」


 逆らうわけにもいかず、扉から近いグループのひとつに連れてこられる。


「ついでですから、一緒にやりましょうよ……聞きたいです、貴族様の演奏を」


「なっ……!」


 さすがにここまで近づくと、他の人からの好奇の目線に晒される。

 どうやらアエリアは、フルートを代表に吹く楽器のグループにいたらしい。

 皆、大小様々なフルートやオーボエ、豪華なトランペットやチューバもある。


「おやおや、黒猫さんが貴族様を連れてきたかね」


 面白そうに言ったのは、ひげもじゃな老犬の仮面を着けた男性だ。

 それなりの歳のようだけど――仮面に魔術がかけられていて、声変わりしている。

 かなりの権力がないと、この類いの仮面は用意できない。


「ええ、ちょっと縁がある人で……」


 仮面の社交場は、独立したコミュニティなのが本筋だ。

 縁がある、というのは婉曲に仮面の社交場以外での繋がりがあることを示している。


「それはそれは……まぁまぁ、せっかく来たんだ一曲演奏していったらどうだね? ここは音の庭、世間の喧騒から離れて純粋な美を求める所でもあることだし」


 付き合え、ということだろう。

 少し演奏するぐらいは覚悟の上だったけれど……。


「……まさか、君とやるなんてね」


「私はずっと、一度はご一緒したいと思ってましたよ?」


 本当に楽しそうに、アエリアは言うのだった。

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