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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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仮面のアエリアと僕①

 食事が終わった後、僕たちはそれぞれの自室へと戻ることになる。

 フィオナには見習い魔術師の部屋があり、僕にも来訪貴族の部屋があるからだ。


 最後に、もう一度妹の身体を抱きしめる。

 華奢で小さい、大切な唯一の家族だ。


「……フィオナ、ちゃんと言ってくれて良かった」


 フィオナはやや曇り気味に、


「兄さん……でも、これでサイネス様とは……」


 さっきと同じように、フィオナの頭を優しく撫でる。

 わかっている、どうあれターナ公爵家とは縁遠くなるのだ。


 ナハト大公がいる以上表立って動きはしないだろうけど、僕も気をつけた方がいいだろう。


「フィオナは大切な家族なんだ。……貴族の生まれだから、色々あるけれど……出来る限り、思い通りにしてやりたい。嫌な相手と結婚なんて、することないよ」


 地方貴族なら、恋愛結婚も珍しくはない。

 大抵は近隣の貴族だったり、親戚筋だったりするけれど。

 当人たちの預かり知らぬところで結婚が決まることは珍しく、少なからず要望は通るものだ。


 地方貴族は領地を守るだけなので、見知った相手の方が家も安定する。

 宮廷での派閥争いを無縁と思えばこそ、子どもの想いを優先するのだ。


 とはいえ教団との戦いが終わるまで、僕たちは肝心の領地には戻れないけれど――フィオナには幸せになって欲しい。


「……何かあったら、相談してくれ。力になるから」


「はい……兄さんも、困ったことがあったら相談に乗りますからね」


「うん、ありがとう」


 もう一度、フィオナの頭を撫でる。

 見上げる妹は、気持ち良さそうに目を細める。


 ややあって、僕たちは離れた。

 名残惜しいけれど、僕たちは部屋に戻るのだった。



 ◇



 今の僕の部屋はイヴァルトに来る前とは、また違う部屋だ。

 前よりもランクが上がって、より豪華になっている。


 ベッドには木彫りの彫像が刻まれ、さまざまな調度品には銀が用いられている。

 逆に落ち着かないくらいだ。


 ナハト大公からの書類には、座学の後にも夜間訓練があると書いてある。

 意外とこの部屋を使う機会は、ないかもしれない。


 部屋のベッドに腰かけた僕は、今日の出来事を振り返る。


 サイネスはなりふり構わず、僕の周囲に手を伸ばしている。

 あるいは――僕のことは眼中になくて、たまたま魔術師の女性に近づいているだけなのかもしれないけれど。


 そこで、はたと気づく。


 アエリアやシーラ、ライラは?


 まさかとは思うけど、手を伸ばしていないとも限らない。

 彼女たちにも、ちょっかいを出してたりは――ううん、会って話をした方がいいだろう。


 立ち上がり、部屋の外にいる護衛のティルスに声をかける。

 短く茶色の髪をまとめた、女性の騎士だ。

 僕とはあまり歳が変わらなかったように思う。


 彼女はアラムデッドから専属で僕についてて、そこそこ付き合いは長い。

 今、僕についてる護衛たちは元はイライザが任じた人たちなので、信頼もできる。


 特にティルスは女性ということもあり、気軽に用を頼める僕の秘書みたいな立ち位置だった。


「……アエリアがどこにいるか、把握してる?」


「はっ……この時刻なら、自室か離れにある調べの間におられますかと」


「調べの間? あそこは音楽好きの人が集まる場所だよね」


 ディーンの王宮には、様々な社交会場がある。王族が出入りする本殿の広間から、ほぼ下級貴族しか集まらない小広間まである。


 中には変わり種もあって、調べの間は身分の上下にはこだわらないが、音楽の素養がないと話題に入れない。

 王宮にいる期間が長くない僕は、調べの間には行ったことがなかった。


「アエリアと少し話がしたいんだけど……」


「調べの間は、仮面着用が義務です。おられるなら、話もできますかと……あるいはアエリア様の自室に行かれますか?」


「……仮面の社交場か。それなら、調べの間に先に行ってみよう」


 調べの間が仮面の社交場とは知らなかった。つまりお互いの身分を気にせずに、無礼講で音楽を奏でて語り合うわけだ。


 アエリアはヴァンパイアだ。自室に戻るのはかなり遅いかもしれない。

 仮面の社交場なら、僕もいらない注目を浴びなくても済む。


 フィオナやイライザのことを考えれば、なるべく早く話をした方がいい。

 ……できるならイライザが、いない場所で個別に話したい。

 なんとなく、堂々と話すのは気が引けるのだ。


 多分、サイネスが接触するなら公爵令嬢のアエリアが先だろうし。


 僕は一旦、部屋に戻った。


「ナハト大公が用意してくれたとは言っていたけど――まさか使う日が来るなんてね」


 実は、仮面の社交場は初めてだ。

 年代物のタンスに中にあった仮面を手に取る。白と赤に塗り分けられた、真新しい仮面だ。その仮面を、懐にしまう。


「よし……調べの間に行こうか」


 ティルスに呼びかけ、僕は部屋を後にするのだった。

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