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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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158/201

宮廷の争い④

 それからは座学の時間だ。

 ペンで書き取りをしながら、計算問題の考え方やモンスターの特徴を学んでいく。


 数時間後、薄く夕日が差してきた。

 ツアーズは壁の大時計を一瞥すると、


「では、これにて本日の講義は終わる。明日も同じ時間から始めるが、試験は行わないーー次の試験は4日後だ。成績不良の者は、そこで落第となる。以上だ、では解散!」


 一息に言うとツアーズたちは、あっという間に講堂を去っていった。


「……なんというか、いかにも学者先生だね」


 飾り気がなく、無駄を嫌う性質がよく出ている。

 僕の言葉に、イライザが苦笑した。


「非常に勉強熱心な方ですがーーそうですね、とにかく合理的です」


「だろうね、無駄話はいっさいしなかったし」


 解散とは言っても、他の人はまだ講堂から出ていかなかった。

 集まって予習をしたり、わいわいと話をしたりしている。


 できれば、彼らの何人かとは交流した方がいいのだろうけど。

 なんとなく、入りづらい。


 イライザと喋っている間、ふと見るとライラが講堂の奥を見つめていた。

 ライラは耳をぴんと立てて、ぽつりと呟く。


「……不愉快ですね」


「うん……? どうかしたの?」


「聞き耳を立てれば、わかります」


 少し後方に意識を集中すると、たしかに嫌味な声が聞こえてきた。


「……どうしてあの男爵だけ、特別扱いなんだ?」


「何が違うってんだ、俺たちと……」


 ううん、なんというか……聞くんじゃなかった。

 どうも、他の人からの印象は最悪のようだ。


「……行こう、みんな」


 当然、誰も反対はしない。

 講堂を出ると、僕はため息をついた。


「ご主人様があんな風に言われるのは、納得できないです……」


 シーラがトゲを含ませて言う。

 彼女にしては珍しい言葉だった。


「アラムデッドに行く前を、嫌でも思い出すよ……あのときは、あまり王宮にはいなかったけどさ」


《血液増大》を得てエリスの婚約者になった時も、やっかみはあった。

 一地方の男爵から王族入りなので、仕方ないが。


 今の状況は、あの頃に似ている。

 心地良いものでは決してない。


 それでも、同じような嫉妬と思おう。

 選択肢は他にないし、僕はやれることをやるだけなのだ。


「ま、深く考えちゃダメですよう! どっしり、楽しく、頑張っていきましょう。引っ張られちゃいけません!」


 アエリアが手をぶんぶんと振り回しながら、先を歩いていく。

 彼女の言うとおりだ。


 たとえ他人にどう思われようが、もう僕も止まれない。

 少なくてもーー死の神と決着が着くまでは。



 ◇



 こじんまりとした部屋には、質素な食事が並んでいた。

 今夜は、妹のフィオナと久しぶりに二人で食事をとる。


「お待たせしました、兄さん……」


 ノックがされフィオナが入ってくる。


「ううん、待ってないよ。忙しいのにごめんね」


「……いえ、兄さんの方が忙しいと思います」


 小首を傾げながら、フィオナは僕に近づいてくる。

 僕は彼女の身体に手を回し、軽く抱き合う。

 なんだか、安心する。


「兄さんは……また、無茶したと聞きました」


 拗ねたような声が、聞こえてきた。


「う~、いや……無茶では、なかったんだけど」


「イヴァルトへの特使が、どうしてモンスターの大群相手の大立ち回りになるのです……?」


「……それが、ベストだと思ったし……」


 ごにょごにょ。

 むう、と少しフィオナは頬を膨らませる。


「……でも、良かったです。兄さんが無事で」


 ぽん、と僕はフィオナの頭を撫でる。


「うん、それは心配しないで。フィオナは……?」


「勉強は、順調です」


 含みのある言い方だった。

 聞き出した方が良いような話題があるようだ。


 僕たちは離れ、テーブルにつく。

 近況報告をするなかで、僕はさりげなく昼間のことを話したーーもちろんサイネスのことは飛ばして。


 フィオナの様子は、普段とあまり変わりがない。

 だけど、それが嫌な感じに拍車をかける。


 僕とフィオナは、隠し事はしない……言いづらいことはあるけれど、ふたりしかいない家族なのだ。


「……フィオナ、なにかあった?」


 たまらず切り出した僕に、フィオナがため息で応じる。


「兄さん……兄さんがいない間に、話がありました」


 すうっと顔をこわばらせて、フィオナが言った。


「話……? まさかーー婚約の申し込み?」


 14歳になる貴族の子女のフィオナなら、おかしくはない。

 むしろ守護騎士である僕のせいで、婚約の申し込みは相当来ているだろう。


 ただ、その辺はナハト大公とも相談済みだ。

 僕や大公抜きで、フィオナの結婚話は進まないように手を打っている。

 妹の身を守るための措置である。


 フィオナも意中の人は特にいないみたいだしーー宮廷の生臭い話に巻き込まれてもかわいそうだ。


 そう、普通の申し込みなら一蹴して終わりのはずだ。

 つまり、そうでないところから話が降ってきたということだ


「……誰からなの?」


「サイネス・ターナ様から……です」

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