宮廷の争い④
それからは座学の時間だ。
ペンで書き取りをしながら、計算問題の考え方やモンスターの特徴を学んでいく。
数時間後、薄く夕日が差してきた。
ツアーズは壁の大時計を一瞥すると、
「では、これにて本日の講義は終わる。明日も同じ時間から始めるが、試験は行わないーー次の試験は4日後だ。成績不良の者は、そこで落第となる。以上だ、では解散!」
一息に言うとツアーズたちは、あっという間に講堂を去っていった。
「……なんというか、いかにも学者先生だね」
飾り気がなく、無駄を嫌う性質がよく出ている。
僕の言葉に、イライザが苦笑した。
「非常に勉強熱心な方ですがーーそうですね、とにかく合理的です」
「だろうね、無駄話はいっさいしなかったし」
解散とは言っても、他の人はまだ講堂から出ていかなかった。
集まって予習をしたり、わいわいと話をしたりしている。
できれば、彼らの何人かとは交流した方がいいのだろうけど。
なんとなく、入りづらい。
イライザと喋っている間、ふと見るとライラが講堂の奥を見つめていた。
ライラは耳をぴんと立てて、ぽつりと呟く。
「……不愉快ですね」
「うん……? どうかしたの?」
「聞き耳を立てれば、わかります」
少し後方に意識を集中すると、たしかに嫌味な声が聞こえてきた。
「……どうしてあの男爵だけ、特別扱いなんだ?」
「何が違うってんだ、俺たちと……」
ううん、なんというか……聞くんじゃなかった。
どうも、他の人からの印象は最悪のようだ。
「……行こう、みんな」
当然、誰も反対はしない。
講堂を出ると、僕はため息をついた。
「ご主人様があんな風に言われるのは、納得できないです……」
シーラがトゲを含ませて言う。
彼女にしては珍しい言葉だった。
「アラムデッドに行く前を、嫌でも思い出すよ……あのときは、あまり王宮にはいなかったけどさ」
《血液増大》を得てエリスの婚約者になった時も、やっかみはあった。
一地方の男爵から王族入りなので、仕方ないが。
今の状況は、あの頃に似ている。
心地良いものでは決してない。
それでも、同じような嫉妬と思おう。
選択肢は他にないし、僕はやれることをやるだけなのだ。
「ま、深く考えちゃダメですよう! どっしり、楽しく、頑張っていきましょう。引っ張られちゃいけません!」
アエリアが手をぶんぶんと振り回しながら、先を歩いていく。
彼女の言うとおりだ。
たとえ他人にどう思われようが、もう僕も止まれない。
少なくてもーー死の神と決着が着くまでは。
◇
こじんまりとした部屋には、質素な食事が並んでいた。
今夜は、妹のフィオナと久しぶりに二人で食事をとる。
「お待たせしました、兄さん……」
ノックがされフィオナが入ってくる。
「ううん、待ってないよ。忙しいのにごめんね」
「……いえ、兄さんの方が忙しいと思います」
小首を傾げながら、フィオナは僕に近づいてくる。
僕は彼女の身体に手を回し、軽く抱き合う。
なんだか、安心する。
「兄さんは……また、無茶したと聞きました」
拗ねたような声が、聞こえてきた。
「う~、いや……無茶では、なかったんだけど」
「イヴァルトへの特使が、どうしてモンスターの大群相手の大立ち回りになるのです……?」
「……それが、ベストだと思ったし……」
ごにょごにょ。
むう、と少しフィオナは頬を膨らませる。
「……でも、良かったです。兄さんが無事で」
ぽん、と僕はフィオナの頭を撫でる。
「うん、それは心配しないで。フィオナは……?」
「勉強は、順調です」
含みのある言い方だった。
聞き出した方が良いような話題があるようだ。
僕たちは離れ、テーブルにつく。
近況報告をするなかで、僕はさりげなく昼間のことを話したーーもちろんサイネスのことは飛ばして。
フィオナの様子は、普段とあまり変わりがない。
だけど、それが嫌な感じに拍車をかける。
僕とフィオナは、隠し事はしない……言いづらいことはあるけれど、ふたりしかいない家族なのだ。
「……フィオナ、なにかあった?」
たまらず切り出した僕に、フィオナがため息で応じる。
「兄さん……兄さんがいない間に、話がありました」
すうっと顔をこわばらせて、フィオナが言った。
「話……? まさかーー婚約の申し込み?」
14歳になる貴族の子女のフィオナなら、おかしくはない。
むしろ守護騎士である僕のせいで、婚約の申し込みは相当来ているだろう。
ただ、その辺はナハト大公とも相談済みだ。
僕や大公抜きで、フィオナの結婚話は進まないように手を打っている。
妹の身を守るための措置である。
フィオナも意中の人は特にいないみたいだしーー宮廷の生臭い話に巻き込まれてもかわいそうだ。
そう、普通の申し込みなら一蹴して終わりのはずだ。
つまり、そうでないところから話が降ってきたということだ
「……誰からなの?」
「サイネス・ターナ様から……です」




