宮廷の争い②
しばらくじりじりとした展開がありますが、ご容赦ください。
なんとなく無言で、僕とイライザは回廊を歩く。
案内をしてくれるイライザは少し前を歩いているけれど、心持ち足早になっている。
元々、僕の家はディーンの王宮に上がれるような家柄ではない。宮廷事情には疎い。
最近でこそ、イライザが色々と教えてくれるけれどーーそこで、はたと気がついた。
イライザが言いたくないような場合は、どうなるのだろう?
……自分で情報を集めるしか、ないじゃないか。
僕はもうナハト大公派と見なされている。
どのみち、ターナ公爵派との軋轢は避けられない。
それに、僕はイライザをーー愛している。
絶対にイライザを渡したくない。
サイネスの口振りだと、僕に会う前からイライザと接触があったようだけれど。
イライザの歩く速度が、さらに早くなっている。
気まずさを振り払うように……僕に何も喋らせまいとするかのようだ。
意を決して僕は、イライザの腕を取った。
「……待って、イライザ」
「ジル様……」
振り向くイライザの瞳には不安が揺れている。
何を言うべきかは、決まっている。
ひとつ、息を吸って吐く。
「ごめん、イライザ……君に何かあるのなら、力になるから。……守ってみせるからーーそれだけは、忘れないで」
できるだけ穏やかに、請け負った。
「ありがとうございます、ジル様……」
少しだけ険しさが和らぎ、イライザが微笑んだ。
「……君がいなくなるなんて、絶対に嫌だ」
重ねる言葉に、イライザが一歩僕に近づいて答える。薄い香水の匂いがする。
回廊の窓から日が射して、僕たちを照らしている。
「私もお側を離れたくありません……ジル様。その時はーーお力を貸していただくかも、しれません」
「イライザ……」
胸の高鳴りに、ぐっとイライザを抱き寄せたくなる。
イライザの眼も、拒絶の色はない。
僕はーー。
「ごほっ、ごほっ……あのぅ!」
「アエリア!?」
気まずそうに咳払いしたのは、アエリアだ。動きやすい女騎士のような出で立ちだった。
視線を感じた僕とイライザは、ぱぱっと離れる。
「ど、どうしてここに……?」
「時間間近なのに到着されないので、お迎えに来たんですよ……そうしたら……」
ぐったりとアエリアが呟く。
「うう、ごめん……うっかりしてた」
サイネスの話で、時間を使ってしまった。
たしか座学は僕たち以外にも、受ける人がいたはずだ。
遅れるわけにはいかない。
「ありがとう、アエリア……イライザ、急ごう!」
「は、はい……!」
僕たちは講堂へと小走りで向かう。
講堂は数百人が着席できるほどに大きい。
講堂は半円形で、出入り口から段々と教壇まで下り坂になっている。
つまりどこからでも、中央の教師役がよく見えるのだ。
すでに50人くらいが着座している。中央の教壇にも初老の宮廷魔術師がすでにいた。
周囲には補助らしき従者も数人いる。
アエリアが最前列の席を指差す。ちょこんとシーラの金髪とライラの狐耳が見えた。
「前のあそこです、ジル様」
「わかった……」
古びた木造の坂を下り、席に近づく。
座っている人たちは、様々な年齢と服装だ。
しかしーー共通点があった。
あまり良いものは着ていない。それに男しかいない。
前に僕が着ていた服と同じくらい、つまり下級貴族の召し物ばかりだ。
彼らのひそひそ声が、通り過ぎるたびに嫌でも耳に入ってくる。
「あれが、ジル・ホワイトだ……あの大公に目をかけられてるという……」
「アラムデッドで女に逃げられた奴だが……うまくやりやがったな」
「……見ろ、隣にいるのは宮廷魔術師じゃないか……」
ものすごい注目を浴びてしまっている。
しかも、あまり良いように思われてはいなさそうだった。
有り体に言えば、嫉妬されている。
僕は静かに席に着く。
結局、女性は僕の側にいるだけだ。
目立つはずだった。
僕の着座を認めた宮廷魔術師は、ゆっくりと立ち上がり自己紹介を始める。
大河を思わせるような、ゆったりとしかし重みを感じさせる声だった。
「さてーー時間も来た。人も集まった。……始めるとしよう。我輩はツアーズと申す宮廷魔術師だ」
そのままツアーズは講堂の全員を見渡す。
「まず、講義の目的を伝えよう。先程もサイネス・ターナ殿がおられたが、諸君たちは次なる戦争における士官候補生だ。ここにいる者は貴族の次男、三男や騎士階級の者がほとんどのはずである」
つまり、僕と同じく貴族でも下級に属しているということだ。
そこまで言って、ツアーズは僕を見据えた。
「あるいは軍役に就いた経験のない貴族もいる。ここでの成績によって、諸君らの数人に一隊が与えられーー聖戦に赴く栄誉にあずかることになろう。あるいはサイネス殿を筆頭に、有力貴族らの副官となる道もある」
後方からため息とともに、熱を帯びた空気を感じる。
つまりは、この講義は選抜試験なのだ。
下級貴族の次男以下は兵権もなく、出世の機会もほとんどない。
どこかの婿になって取り入るか、抜きん出た魔術かスキルくらいだろう。
騎士も事情は変わらない。そもそも率いる兵が少なく、手柄を立てる機会は珍しいのだ。
この辺りは、僕も同じだったからよくわかる。
……しかし、大公の話では、僕はすでに3000の兵を率いることになっている。
周囲は、多分知らないのだろう。
サイネスに絡まれたときも言わなかったけれど、黙っていた方が良さそうだ。
どんな風に言われるか、わかったもんじゃない。
「……では、これより諸君らの基礎的な知識を見せてもらおう。解答時間は一時間だ」
ツアーズの従者が、紙と羽根ペンを配り始める。
意識を切り替えて、僕は紙に目を落とすのだった。




