次なる任務②
ナハト大公の言葉に、わずかに身を乗り出す。
「次なる任務地は城塞都市ヘフランじゃ……軍を率いてヘフランに加勢せよ。そなたには3千の兵を与える」
「……承知しました!」
3千、ホワイト家ではかつて例がない程の大軍だ。成り上がりの男爵家なので、仕方がないけれど。
先祖に顔向けできる兵を預かるーーにわかに心臓が高鳴った。
「従軍魔術師としてイライザ、従軍司教としてライラ殿をあてる。ふむ、ジル男爵よ……兵を率いたことはなかったな」
「……恥ずかしながら」
縮こまる僕に対して、ナハト大公はひらひらと手を振る。
どこか、苦笑しているようだ。
「ほっほう、気にするでない。そなたはまだ16歳であろうが。武門の出でも、初陣したかどうかであろう。兵を率いた経験がなくて当たり前じゃ」
「将としての経験がないのは、事実ですから……」
なんだか、自分で言って不安になってきた。
ホワイト家の歴史に残る戦いになるのは間違いないけれど、ちゃんと指揮できるのかな。
隣のイライザをちらりと見る。彼女は外交官で、軍人ではないーーそうとう鍛えているとはいえだ。
反対側のライラは、高等審問官で血なまぐさいことには慣れているだろうけど……やはり軍人ではない。
あれ、指揮経験のある人がいない……。
3千と言えばガストン将軍の例にある通り、地方では立派な一軍だ。
日々の食料や生活必需品、訓練といった様々な実務が大きくのしかかるはず。
僕の視線に気がついたのか、ナハト大公は静かに微笑んだ。
「心配するでない。ガストンの軍を、そのまま預ける形をとる。ゆえに3千の軍じゃ」
「ーー! な、なるほど」
「イヴァルトの結果がどうあれ、ガストンを副将に軍を率いてもらうつもりだったがのう。報告書を見る限りでは、想定よりもスムーズに事は運ぶであろう。16歳といって、そなたを侮ることもあるまい」
どうやら、ここまで全部ナハト大公の計画だったらしい。さすが辣腕を振るってきた政治家だ。無駄がない。
僕にとってもガストン将軍が補佐してくれるのは本当にありがたい。
アラムデッド王国以前から見知っている、数少ない貴人でもあるからだ。
ライラも感心しながら、
「イヴァルトに上陸したガストン将軍は交代させ、緊張緩和を演出されるのですね」
「左様。必要不可欠であったとはいえ、独立商業都市はプライドが高いからのう。目に見えるなんらかの形で、圧力緩和は必須であろう。それにジル男爵の働きで、そもそもガストンを駐留させる意味も薄れた」
イヴァルトが連合寄りになったことで、3千の精兵を置く理由はなくなっている。
独立商業都市群から、ブラム王国派の商人が逃亡しているとも聞いている。
それなら確かに、ヘフランに投入した方がいいだろう。
「あの場所から移動となると、少し日数がかかりますね……」
「うむ、その間にそなたらには軍務の講義を受けてもらう。実務はガストンに任せて良いが、知らぬでは困るからのう」
「様々な配慮、痛み入ります」
「それだけ、わしらの期待は大きいということじゃ」
ナハト大公は言葉を切って、まだ貴族にも珍しい壁にかかった時計を見やった。
ディーン王国を差配するナハト大公は申し訳なさそうに、
「時間があまりないゆえ、ざっとこれからの予定を伝える。まずガストンの軍を呼び戻し再編するまで3週間はかかる。その間に、準備を整えよ」
ディーンの王都からグラウン大河まで、馬なら半月くらいかかる。
このスケジュールはかなりの急ぎ足といっていい。
ヘフランの状況はあまり良くないのだろう。
「出立前に伝えた守護騎士の就任式は1カ月後とする。終わり次第、ヘフランへの援軍として総勢1万で出立してもらうーージル男爵はその一軍となる」
「はいっ!」
ついにーー守護騎士への正式な就任日も決まった。
名誉に胸が震える。
「ヘフランの兵は現在5千、ブラム王国は1万5千。決戦は避け守勢に徹しておるゆえ、救援は間に合うはずじゃがな……。そなたらの到着時には、諸国の軍もおるはずじゃ」
なるほど、連合軍として足並みを揃えるのか。それだとヘフラン到着時には2、3万の兵がいるだろう。
数の優位を存分に生かすつもりのようだ。
「その後、一気に反転攻勢を?」
「その通りじゃ。敵には死霊術師がおる、長引かせるのは得策ではない。削り合うのではなく、叩き潰すつもりじゃ」
そのためにぎりぎりまで決戦をせず、勝敗は一息で決めるつもりらしい。
僕もそれが最善だと思った。
ナハト大公は温和な表情で頷き、
「……そなたの役目は死霊術師を抑えることじゃ。多勢の優位を活かせるよう、立ち回って欲しい」
「はっ、しかと心得ます!」
僕は勢い良く、返事をするのだった。




