大河を後に①
僕とイライザはレイア議員に連れられて、病院へと舞い戻った。
先ほどの戦闘の負傷者が慌ただしく収容される中、隔離病棟へと赴く。
静かな廊下を歩きながら、
「まだしばらくは目を覚まさないはずーーだったんだよね? ベヒーモスを倒した影響かな」
「おそらく、そうだと思います。大司教とベヒーモスが倒れたことが、契機となったのでしょう」
「……もう喋れるの?」
僕の言葉に、レイア議員がいくぶんか躊躇しながらも首肯した。
「はい……ただ、それほど状態が良いとは言えません。ご足労頂いて申し訳ありませんが、面会は短時間にしてもらえると……」
「わかっています、負担をかけるつもりはありません」
レイア議員からすれば、ロアの目覚めを黙っていることもできただろう。
でも、彼女は僕たちとの約束を守った。
僕としても、一目会いたいだけだ。
いきなり尋問めいたことをするつもりはなかったーーそもそもいつ目覚めるかもわからなかったのだし。
病室に入るときには、少しだけ緊張した。
僕の奥底に、ロアの存在は横たわっている。
かつて《神の瞳》により、クロム伯爵の魂と触れたからだ。
そうでなければ、ロアを助けようとはならなかった。
軽く息を吐き、ロアの兄であるクロム伯爵の影を追い払う。
今の僕はディーン王国の特使だーーロアを断罪する者ではないが、味方でもない。それを忘れてはいけない。
病室は物静かで、僕が前回来たときと変わらない雰囲気だ。レイア議員が、寝たままのロアに声をかける。
「ロア……客人が参りました」
「……うん、姉様……」
ベッドの上で、もぞもぞとわずかに動く気配がする。
ロアの声に力はなく、病み上がりなのがすぐわかった。
なんと言ったものか、迷ったけれど……僕は素直に挨拶することにした。
アラムデッドの事件を考えれば、ロアが僕の顔を知っている可能性は高いだろう。
「……はじめまして」
「あなたは…………」
開かれたロアの瞳には、驚きよりも諦めの色が濃かった。
半ば予期していたような、そんな反応だ。
「私はロア・カウズ……こんな身体で失礼する……」
「私はジル・ホワイト男爵です……」
ロアが薄く、笑った。
「……知っています」
「体調はどうかな? あなたはずっと昏睡状態だった。それも特別な原因だったんだけれど……」
ロアが目をつぶり、何事か考えていたようだ。少ししてーーため息をついた。
「動きません……身体が。揺らせる程度にしか、動かせない……」
「それは……イライザ、レイア議員、わかる?」
僕の言葉を受けて、ふたりはロアの身体を調べ始めた。
魔術が編まれて調べが進むもののーー段々と雲行きが怪しくなってきた。レイア議員が、明らかに狼狽している。
イライザも厳しい顔でロアの現状を呟いた。
「原因は取り除かれたはず……ですが体内の魔力の通り道が……」
イライザの言葉に、レイア議員が首を振って答える。
「……時間はかかるけれど、きっと良くなるわ」
しかし、ロアはレイア議員の慰めに目を閉じて反応しただけだった。
これまでよりもはっきりと、ロアが言葉を吐いた。
「……他のーー騎士団の仲間は?」
「そ、それは……」
言い淀むレイア議員に、察したのだろう。
「私がこんな様子では…………。そうか……残念だ」
その言葉を最後に、ロアの身体から力が抜けるのがわかった。深く、ベッドに沈みこむ。
仲間がいないことが、余程こたえたのか。
あるいは仲間だけが気力の源だったのか……。
ロアの額に手を当てたイライザが、首を小さく振った。
「……気を失いました」
たった少しの会話だけど、ロアはかろうじて生きているようにしか思えない。
いささか心が痛むけれど、彼女の体調を再確認しないわけにはいかなかった。
「ロアの体調は、どうなの? まだ全然良くはなさそうだったけれど」
「体内の魔力経路は相変わらずひどい状況です。今、わずかな間だけでも意識が戻ったのは奇跡でしょう。次にいつ目覚めるか、見当もつきません……」
レイア議員も、ため息をついた。
「前例のない病状でしたし……後遺症が残るかもしれません」
「……そうか。いずれにしても情報を得るのは、まだ無理だね」
内心、僕はほっとしていた。
今の様子を見る限り、ロアは身体が動けば仲間を探しに飛び出していきそうだ。
だけど、それは許されない。
表沙汰になれば、ロア本人の身の安全は保証
できなくなる。
「仲間を失い、身体も動かせない……か」
僕は思わず呟いた。命だけが助かったのだ。
そう思うことが正しいのかどうか、わからないけれど。
それでも多分ーーこれはロアが背負うべき、罰なのだ。




