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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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147/201

大河を後に①

 僕とイライザはレイア議員に連れられて、病院へと舞い戻った。

 先ほどの戦闘の負傷者が慌ただしく収容される中、隔離病棟へと赴く。


 静かな廊下を歩きながら、


「まだしばらくは目を覚まさないはずーーだったんだよね? ベヒーモスを倒した影響かな」


「おそらく、そうだと思います。大司教とベヒーモスが倒れたことが、契機となったのでしょう」


「……もう喋れるの?」


 僕の言葉に、レイア議員がいくぶんか躊躇しながらも首肯した。


「はい……ただ、それほど状態が良いとは言えません。ご足労頂いて申し訳ありませんが、面会は短時間にしてもらえると……」


「わかっています、負担をかけるつもりはありません」


 レイア議員からすれば、ロアの目覚めを黙っていることもできただろう。

 でも、彼女は僕たちとの約束を守った。


 僕としても、一目会いたいだけだ。

 いきなり尋問めいたことをするつもりはなかったーーそもそもいつ目覚めるかもわからなかったのだし。


 病室に入るときには、少しだけ緊張した。

 僕の奥底に、ロアの存在は横たわっている。


 かつて《神の瞳》により、クロム伯爵の魂と触れたからだ。

 そうでなければ、ロアを助けようとはならなかった。


 軽く息を吐き、ロアの兄であるクロム伯爵の影を追い払う。

 今の僕はディーン王国の特使だーーロアを断罪する者ではないが、味方でもない。それを忘れてはいけない。


 病室は物静かで、僕が前回来たときと変わらない雰囲気だ。レイア議員が、寝たままのロアに声をかける。


「ロア……客人が参りました」


「……うん、姉様……」


 ベッドの上で、もぞもぞとわずかに動く気配がする。

 ロアの声に力はなく、病み上がりなのがすぐわかった。


 なんと言ったものか、迷ったけれど……僕は素直に挨拶することにした。

 アラムデッドの事件を考えれば、ロアが僕の顔を知っている可能性は高いだろう。


「……はじめまして」


「あなたは…………」


 開かれたロアの瞳には、驚きよりも諦めの色が濃かった。

 半ば予期していたような、そんな反応だ。


「私はロア・カウズ……こんな身体で失礼する……」


「私はジル・ホワイト男爵です……」


 ロアが薄く、笑った。


「……知っています」


「体調はどうかな? あなたはずっと昏睡状態だった。それも特別な原因だったんだけれど……」


 ロアが目をつぶり、何事か考えていたようだ。少ししてーーため息をついた。


「動きません……身体が。揺らせる程度にしか、動かせない……」


「それは……イライザ、レイア議員、わかる?」


 僕の言葉を受けて、ふたりはロアの身体を調べ始めた。

 魔術が編まれて調べが進むもののーー段々と雲行きが怪しくなってきた。レイア議員が、明らかに狼狽している。


 イライザも厳しい顔でロアの現状を呟いた。


「原因は取り除かれたはず……ですが体内の魔力の通り道が……」


 イライザの言葉に、レイア議員が首を振って答える。


「……時間はかかるけれど、きっと良くなるわ」


 しかし、ロアはレイア議員の慰めに目を閉じて反応しただけだった。

 これまでよりもはっきりと、ロアが言葉を吐いた。


「……他のーー騎士団の仲間は?」


「そ、それは……」


 言い淀むレイア議員に、察したのだろう。


「私がこんな様子では…………。そうか……残念だ」


 その言葉を最後に、ロアの身体から力が抜けるのがわかった。深く、ベッドに沈みこむ。


 仲間がいないことが、余程こたえたのか。

 あるいは仲間だけが気力の源だったのか……。


 ロアの額に手を当てたイライザが、首を小さく振った。


「……気を失いました」


 たった少しの会話だけど、ロアはかろうじて生きているようにしか思えない。


 いささか心が痛むけれど、彼女の体調を再確認しないわけにはいかなかった。


「ロアの体調は、どうなの? まだ全然良くはなさそうだったけれど」


「体内の魔力経路は相変わらずひどい状況です。今、わずかな間だけでも意識が戻ったのは奇跡でしょう。次にいつ目覚めるか、見当もつきません……」


 レイア議員も、ため息をついた。


「前例のない病状でしたし……後遺症が残るかもしれません」


「……そうか。いずれにしても情報を得るのは、まだ無理だね」


 内心、僕はほっとしていた。

 今の様子を見る限り、ロアは身体が動けば仲間を探しに飛び出していきそうだ。


 だけど、それは許されない。

 表沙汰になれば、ロア本人の身の安全は保証

 できなくなる。


「仲間を失い、身体も動かせない……か」


 僕は思わず呟いた。命だけが助かったのだ。


 そう思うことが正しいのかどうか、わからないけれど。

 それでも多分ーーこれはロアが背負うべき、罰なのだ。

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