大河、闇、雨⑧
ベヒーモスの魔力が鋭く練られ、雷撃が暗雲に閃く。
稲光の束がベヒーモスの肩口から放たれるが、僕は手綱を操り紙一重で回避する。
手綱を握り直し、僕は加速して空を駆ける。
再びベヒーモスの魔力が炸裂する。
「ガストン将軍、隊を奴から離してください!!」
「……ジル様、無茶を! ええい、奴から離れい! 距離を取るんじゃあ!!」
雷撃の槍をくぐり抜け、ベヒーモスの側を旋回する。
奴の殺意ははっきりと、痺れるほどに僕に向けられている。
「さぁ、来い……!」
ガストン将軍たちは、素早く引き下がっている。
足元の動きに何の反応を示さない。ベヒーモスはもはや、ガストン将軍を無視していた。
これで準備は整った。
僕は手綱と一緒に握りしめている首飾りに、意識を向ける。
《血液操作》により、紅い宝石は一層強く輝く。
ベヒーモスが、首を向けて飛ぶ僕を視界に捉えようとする。
それに合わせて、僕はわずかにベヒーモスの身体に近寄った。
ベヒーモスの巨体が、雪崩かかるように走り始める。
遂に我を失い、突進を仕掛けてきたか。
予期していた僕は、空中でひらりと避けた。
ベヒーモスの横に駆けると、奴も首を向けて追ってくる。
「よし……後は、誘導するだけだ!」
そのまま港から遠ざかり、街中に入っていく。
振り向くと、ベヒーモスは目を怒らせて僕に迫ろうとしていた。
またもや、ベヒーモスの魔力の波動が波打つ。
雷撃の槍が進行方向をふさぐように放たれるがーー急減速して素通りさせる。
雷撃の槍がレンガ造りの建物を砕き、破片を撒き散らす。
破壊力は脅威だけど、動きは直線的だ。
もう目が慣れてきている。
ずしんとした地響きが、ベヒーモスの突進を知らせる。
僕は路地の小道に飛んで入った。
ベヒーモスも勢いよくレンガを粉砕して、小道に分け入ってくる。
橋と水路を飛び越えながら、ベヒーモスがぎりぎり通れるくらいの道を疾走する。
ベヒーモスは苛立つように鼻を鳴らしながら、巨体を建物にぶつけていく。
魔術への集中も欠きはじめているのかーー弾ける雷撃の間隔が段々と空いていく。
あるいは、雷撃では捉えきれないと感じ取ったか。
しかし、ベヒーモスは追い回すのをやめようとはしない。
鋼鉄の身体をもつベヒーモスは、レンガや石の建物と激突しても傷は負っていないようだ。
30分くらい引きずり回しただろうか。
追いかけっこの間に数十の建物が壊れたが、人的被害は出ていないだろう。
イヴァルトの兵が、住民を退避させているからだ。
「もう少しだけ……頑張ってくれ」
全速と蛇行しながらの飛行で、馬はかなり疲れている。
あともう少しだけーーと思いつつ、僕は馬の首を撫でた。
もう少しでベヒーモスを仕留める場所に着くのだ。
罠を仕掛けたのは、噴水のある円形の広場になる。
ベヒーモスが中央の噴水まで来たら、周囲から一斉攻撃を加える手はずになっていた。
時間も十分に稼いでいる。
「見えた……!!」
横道を出ると、ついに広場に出た。
人の倍はある大理石の噴水まで、一直線に進んでいく。
翼を閉じて馬に地面を蹴られせながら、広場を疾走する。
ベヒーモスも押し入る形で広場へと突撃してくる。
ベヒーモスが唸り声を上げて、大地を蹴り上げる。
「来い……!! 僕はここだぞ!」
石畳を踏み砕かんばかりのベヒーモスの突進が噴水へと達する。
大理石の噴水が崩れて壊れーー魔術陣が展開された。
狙いはベヒーモスの足場だ。
魔術陣により、地面にクレーターができる。
勢いがついたベヒーモスは足を踏み外し、体を大きく傾ける。
「……今です!!」
イライザが叫んだ直後、巨大な鎖と縄が何本も投げ込まれる。造船や係留に使われる、とても頑丈な代物だ。
鎖と縄は魔術で蛇のように動き、そのままベヒーモスを拘束し始める。
「グオオオ…………!?」
体に巻きつく鎖と縄で、ついにベヒーモスは立っていられなくなる。土ぼこりを上げながら、膝をついて広場に倒れこむ。
「……よし!!」
続けざまに今度は魔術と弓がベヒーモスに降り注ぐ。数百人からの波状攻撃だ。
嵐のごとき攻めに、ベヒーモスはたまらず魔術の盾を展開する。
青白い光がベヒーモスを包み、こちらの攻撃を弾いていく。
「……ありがとう、ここまででいいよ」
僕は馬から飛び降りて、倒れ伏すベヒーモスに向き直る。
その瞳はまだ、憎悪を宿している。
もがくように立ち上がろうとするベヒーモスに、僕は近寄っていく。
やはり魔力が尽きるまでベヒーモスに、手傷は与えられそうになかった。
でもーーまだ攻撃の手はある。
血の鎧をまといながら近づく僕に、ベヒーモスは無茶苦茶に暴れ始める。
「……お前が獣でなかったら、勝てなかったよ」
僕の言葉を理解したのかどうかはわからない。ベヒーモスは歩いて近づく僕に、牙を向けて威嚇してくる。
僕は右手に首飾りを持ち、そのまま血を槍のように伸ばしていく。
真紅の槍の先端に、首飾りを埋め込んで。
ベヒーモスが紅い宝石を敵視するのは、本能的な脅威からーーではないかと僕は思っていた。
そのまま、僕は周囲に満ちる魔力を神聖魔術として利用する。
力が溢れるのに任せて、僕は紅い槍を投げ放っていた。
一筋の光と化した槍が、ベヒーモスの結界に接触しーーそのまま守りを貫く。
ひび割れた音とともに、槍はベヒーモスの身体に肩に突き刺さった。
瞬間、宝石の紅い光が爆発するかのように炸裂しーーベヒーモスの咆哮が広場に揺らす。
視界を覆う真紅の中で、青白いベヒーモスの魔力が弱まるのを僕は感じ取っていた。




