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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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140/201

大河、闇、雨③

 バルハ大司教を捕らえている牢には、イライザが見張りとしている。

 並々ならぬ緊張感が、石造りの間に漂う。


 他に捕らえた者は別の階層に移動させた。ここにもう、捕らえた者はバルハ大司教しかいない。


 やや疲れた顔のイライザが、机に向かっていた。

 僕を認めるとイライザは立ち上がり、


「……ジル様、イヴァルトの方々は……?」


「うん、大筋でこちらの案を認めたよ。明日にでも、ガストン将軍に迎えにきてもらう」


「そうですか……良かったです」


 イライザが安堵の息を吐く。

 まずは安全な所にバルハ大司教たちを移さなくては、意味がない。

 ガストン将軍は即座に動けて、信頼できる唯一の軍だ。


「……バルハ大司教は、何か喋った?」


 僕の言葉に、イライザが申し訳なさそうに首を振る。


「やはり喋らないか……」


 死霊術に関わることは、死罪に繋がる。

 易々と口を割るような人間が、関与しているはずがなかった。


「いえ……ジル様となら、話をする……と」


「……予想外だね。罠……かな?」


「魔封じの帯をしているので、危険はないはずです……。ジル様としか対話をしないと言い張っているため、今のところ成果はありません」


 強引に口を割らせるような設備も、監獄にはある。

 でも、ここでは危険すぎる。


 イライザも重々承知している。

 僕たちがやるのは、尋問のみと決めていた。


「わかった……少し、僕が話をしよう」


 さっきとは状況がまた違う。イヴァルトの首脳陣を説得できなければ、彼を連れ出すことさえ不可能だった。


 最悪のケースでは、バルハ大司教を奪還されることもありえる。

 しかしイヴァルトの首脳陣は僕の提案に同意し、早急に移送されることになった。


 バルハ大司教は詰んだのだ。

 少なくてもーー僕の思うかぎりは。


 多少の余裕はできた。バルハ大司教から、話を聞き出す時間がある。


 濃厚な水の匂いの廊下をイライザと歩く。

 牢の前には屈強な兵が3人、しっかりと見張りに立っている。


 声をかける段になって、心臓の鼓動が高鳴ってきた。

 バルハ大司教は、何を語ってくるのかーー僕たちに有利なことを喋るとは思えない。

 よくよく、虚実を見極めないといけない。


 魔封じの帯で手足を封じられたバルハ大司教が、粗末なベッドに横たわっていた。

 顔つきには、まだ生気がある。


「……特使殿か、思ったより早かったな。イヴァルトの頭どもは、私を引き渡すのに同意したのか?」


 僕の姿が見えなかった理由を、バルハ大司教は正確に読んでいた。


「ああ、すぐにでもディーンに連れていく」


「なるほど、思ったより手際はいいようだ。若いのに感心なことだ」


 まるで世間話のような調子で、バルハ大司教は語りかけてくる。


「……僕となら、話をすると聞いた。何を語ってくれるんだ?」


「ふん、そう警戒しなさるなーー何、イヴァルトでの協力者についてだ。何よりも聞きたいことだろう?」


「……どういうつもりだ」


 僕は思ってもみなかった言葉に、目を見開く。

 たしかに、バルハ大司教の協力者の情報は喉から手が出るほど欲しい。


「死罪はいまさら免れんだろうなーー私が何を語っても」


「…………」


「だが、死んだことにはできる。不自由な余生ではあるがーー死にたくはないのだ、ははは」


 バルハ大司教は乾いた笑いを漏らした。

 今までの教団大司教とはまるで違う。


「それは、あなたが何を語るか次第だ」


「なら、余地はあるのだな!? ああ、いいとも全てを一気に話すわけにはいかないがーー君の満足するように話そう!」


 バルハ大司教はそのまま一気に、語り出した。


 イヴァルトでの真の意味での協力者、ブラム王国からのルートもだ。

 アラムデッド王国へ送り出したスケルトン兵についても、よく知っていた。


「大半のルートは使い捨てだ。痕跡は残していないはずだし、構成員も全ては知らん。探せば残っているかもしれんが……」


 幸いにも、アエリアやシーラが接触した人のなかには協力者はいなかった。

 その後も、バルハ大司教は数時間も喋り続けたーー書き取るのに、苦労するほどだった。


 でもこれで、僕の任務もあらかた終えたことになる。

 情報の裏は、追って調べればいい。


 深夜になって、僕たちはバルハ大司教の牢から引き上げた。

 最上階の貴賓室に、今日は泊まり込む。


 窓から見える月は、綺麗に水の都を照らしている。

 ただーー僕は気づいていた。

 地平線の彼方に星が途切れ、暗雲が近づいているのを。


「……明日は雨かな」


 誰ともなく、僕は呟いた。

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