大河、闇、雨③
バルハ大司教を捕らえている牢には、イライザが見張りとしている。
並々ならぬ緊張感が、石造りの間に漂う。
他に捕らえた者は別の階層に移動させた。ここにもう、捕らえた者はバルハ大司教しかいない。
やや疲れた顔のイライザが、机に向かっていた。
僕を認めるとイライザは立ち上がり、
「……ジル様、イヴァルトの方々は……?」
「うん、大筋でこちらの案を認めたよ。明日にでも、ガストン将軍に迎えにきてもらう」
「そうですか……良かったです」
イライザが安堵の息を吐く。
まずは安全な所にバルハ大司教たちを移さなくては、意味がない。
ガストン将軍は即座に動けて、信頼できる唯一の軍だ。
「……バルハ大司教は、何か喋った?」
僕の言葉に、イライザが申し訳なさそうに首を振る。
「やはり喋らないか……」
死霊術に関わることは、死罪に繋がる。
易々と口を割るような人間が、関与しているはずがなかった。
「いえ……ジル様となら、話をする……と」
「……予想外だね。罠……かな?」
「魔封じの帯をしているので、危険はないはずです……。ジル様としか対話をしないと言い張っているため、今のところ成果はありません」
強引に口を割らせるような設備も、監獄にはある。
でも、ここでは危険すぎる。
イライザも重々承知している。
僕たちがやるのは、尋問のみと決めていた。
「わかった……少し、僕が話をしよう」
さっきとは状況がまた違う。イヴァルトの首脳陣を説得できなければ、彼を連れ出すことさえ不可能だった。
最悪のケースでは、バルハ大司教を奪還されることもありえる。
しかしイヴァルトの首脳陣は僕の提案に同意し、早急に移送されることになった。
バルハ大司教は詰んだのだ。
少なくてもーー僕の思うかぎりは。
多少の余裕はできた。バルハ大司教から、話を聞き出す時間がある。
濃厚な水の匂いの廊下をイライザと歩く。
牢の前には屈強な兵が3人、しっかりと見張りに立っている。
声をかける段になって、心臓の鼓動が高鳴ってきた。
バルハ大司教は、何を語ってくるのかーー僕たちに有利なことを喋るとは思えない。
よくよく、虚実を見極めないといけない。
魔封じの帯で手足を封じられたバルハ大司教が、粗末なベッドに横たわっていた。
顔つきには、まだ生気がある。
「……特使殿か、思ったより早かったな。イヴァルトの頭どもは、私を引き渡すのに同意したのか?」
僕の姿が見えなかった理由を、バルハ大司教は正確に読んでいた。
「ああ、すぐにでもディーンに連れていく」
「なるほど、思ったより手際はいいようだ。若いのに感心なことだ」
まるで世間話のような調子で、バルハ大司教は語りかけてくる。
「……僕となら、話をすると聞いた。何を語ってくれるんだ?」
「ふん、そう警戒しなさるなーー何、イヴァルトでの協力者についてだ。何よりも聞きたいことだろう?」
「……どういうつもりだ」
僕は思ってもみなかった言葉に、目を見開く。
たしかに、バルハ大司教の協力者の情報は喉から手が出るほど欲しい。
「死罪はいまさら免れんだろうなーー私が何を語っても」
「…………」
「だが、死んだことにはできる。不自由な余生ではあるがーー死にたくはないのだ、ははは」
バルハ大司教は乾いた笑いを漏らした。
今までの教団大司教とはまるで違う。
「それは、あなたが何を語るか次第だ」
「なら、余地はあるのだな!? ああ、いいとも全てを一気に話すわけにはいかないがーー君の満足するように話そう!」
バルハ大司教はそのまま一気に、語り出した。
イヴァルトでの真の意味での協力者、ブラム王国からのルートもだ。
アラムデッド王国へ送り出したスケルトン兵についても、よく知っていた。
「大半のルートは使い捨てだ。痕跡は残していないはずだし、構成員も全ては知らん。探せば残っているかもしれんが……」
幸いにも、アエリアやシーラが接触した人のなかには協力者はいなかった。
その後も、バルハ大司教は数時間も喋り続けたーー書き取るのに、苦労するほどだった。
でもこれで、僕の任務もあらかた終えたことになる。
情報の裏は、追って調べればいい。
深夜になって、僕たちはバルハ大司教の牢から引き上げた。
最上階の貴賓室に、今日は泊まり込む。
窓から見える月は、綺麗に水の都を照らしている。
ただーー僕は気づいていた。
地平線の彼方に星が途切れ、暗雲が近づいているのを。
「……明日は雨かな」
誰ともなく、僕は呟いた。




