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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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139/201

大河、闇、雨②

 会議室の机には、資料が雑多に並べられていた。

 ノルダール副議長をはじめとした、イヴァルトの首脳数人も駆けつけている。

 僕の両隣には、殺気立ったシーラとライラが控えていた。

 議題は当然、拘束したバルハ大司教についてだ。


 バルハ大司教、53歳。

 上級商家の出身でありながら、幼い頃から聖職者を志す。

 元聖職者を家庭教師にし、聖職者になるための勉学に励んでいたらしい。


 後には大陸各地に留学し、研鑽を積む。

 この頃には、イヴァルトで相応の地位につくと見られていた。


 生まれ故郷のイヴァルトで司教となり、家柄もあって順当に大司教になるーーそれが10年ほど前のことだ。


 仕事ぶりは実直。無気力か悪徳に染まった人物が多い独立商業都市の大司教にあって、珍しいほど職務に積極的だったとある。


 ノルダールは顔を曇らせ、信じられないと何度も口にしている。

 教会の物寂しさを見るに、大勢の人に支持されていたとは言えないけれどーー首脳陣から一定の評価を得るほどではあったようだ。


「……バルハ大司教は、どうなるのですか?」


「すぐに連合軍へと連行します。明日にでも、ガストン将軍が迎えに来るでしょう」


 僕の言葉に、イヴァルトの首脳陣が一様に息を呑む。


「イヴァルトはーー独立都市です。他国の軍隊が接近することはお控え願いたい。必要なら、我々が送り届けます」


「駄目です」


 即座に、却下した。

 これは絶対に譲ってはいけないところだ。


 イヴァルトをどこまで信用していいか、もう僕たちにはわからなかった。

 できるところは、連合軍で動きべきーーそれが結論だ。


 バルハ大司教は生きて捕らえた、初めての教団員かもしれない。

 イヴァルトの事柄を合わせると、相当昔から教団の為に活動していたと思われる。


 なんとしてでも、情報を吐き出させないといけない。

 ただ、イヴァルトで尋問や拷問はするべきじゃない。


 脳裏には、かつて戦ったレナールのことがちらついていた。彼は傷ついた敵を乗っ取ることができた。


 バルハ大司教を尋問するのは、持つ力の全てを明らかにしてからだ。

 それにはーーディーン王国に連れていくしかない。


 イヴァルトの議員が身を乗り出してきて、言う。


「死霊術師関連とはいえ、横暴だ! まずは慣例をーーぐわぁ!?」


 ライラが瞬時に横に回り、机に叩きつけていた。

 容赦なく、腕をねじりあげている。


「……あなたも、協力者ですか?」


「な、なにを!? こんなことが許されると思ってーーぎゃあああ!」


 ぼきり。ライラが、彼の腕をへし折った。

 ……止める間もない。

 首脳陣は、ライラの行動に凍りついている。


「ライラ、放してあげて」


「いいのですか? この中に教団の手先がいるかもーーですよ」


「それでも、だ。目的は達した」


 ようやっと、ライラが議員から離れる。

 うめく議員には目もくれず、ライラは淡々と言い放つ。


「ジル様は慈悲深くも、イヴァルト全体に死霊術関与の嫌疑をかけることはしていません。もし嫌疑がかかったら、あなた方も即座に拘束するところです」


 青白い顔をさらに青くしながら、ノルダールが首肯する。


「……わかっております」


「なら、よいのですが……もし物分かりの悪い方がおられるようでしたら、あなた方から説明してあげてください。私からくどくどと説明することはいたしませんのでーー即座に実力行使いたします」


 冬の水よりも冷たい物言いだった。

 つかつかと、僕の隣にライラが戻ってくる。


 僕は取りなすように、優しく言った。


「私としても、無用の混乱を引き起こしたくはありませんーーバルハ大司教拘束の件は評議会より、よしなに公表ください」


 イヴァルトの大司教が死霊術に関与だなんて、とんでもないスキャンダルだけどーー僕にとって興味はない。

 やらなければならないのは、任務だ。


 バルハ大司教の件はどう使うかは、ナハト大公に任せればいい。


「とりあえず、現段階で私からイヴァルトをどうこうするつもりはないのですーーわかりますか? ここで長引けば、大事にせざるを得なくなります。今協力頂ければ、後々も良好な関係が維持できると思いますが」


 つっかえず、できるだけ流暢に言いきれた。

 かなりの言い方だけれど、優位は僕たちにある。


 死霊術に関わることはそれほど重いし、高等審問官のライラもいる。

 先ほどの脅しはーー実際、実行不可能ではないのだ。


「上陸する人数は、100名までーー外周部分は好きに警護してください。隠密に連行したいのです、その辺りはお任せします」


 考えてきた妥協案に、首脳陣が観念したように頷く。

 100人とはいえ、ガストン将軍直下の鉄盾隊なら信頼できる。


 細かいところを詰め、首脳陣は帰っていった。

 ……イライザは、バルハ大司教の見張りについている。

 ついでに格子を隔てて、尋問もしているのだ。

 なにか、バルハ大司教は語っただろうか?

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