大河、闇、雨①
それから何時間も、僕たちはロアに付きっきりになった。
丁寧にロアの血流を操作して、砂粒を取り出していく。
取り出した破片はーー12個にもなった。
こんなにスキルを連続で使ったのは、初めてだ。
それでも、やり続けるしかない。
全身がくたくたで、頭がふらつく。
もっとも、疲れたのはこの場にいる全員だろうけれども。
「……終わりました、ジル様」
13個目を取り出すとイライザが力なくつぶやいた。
どうやら、これが最後だったらしい。
肩口の傷は、あっという間にふさがる。
白い布の上には、13個の紅い砂粒が無造作に置かれていた。
魔力はもう、何も感じない。
そういえば地下からの魔力も消えていた。
「お疲れ様、皆……」
「……これで、ロアは助かるんですか?」
レイア議員の声にも、疲労が色濃い。
イライザがしっかりと頷いて答えた。
「大丈夫です……ロアはこれで助かります。もっとも、体力をかなり失っていますからーーしばらく目は覚まさないでしょうが」
「ああ、それでも…………!」
深く息を吐く、レイア議員だった。
僕もーー肩の荷が降りた気分だ。
遠回りだったかもしれないけれど、誓いを果たすことができた。
「後のことは病院の方々に任せましょう……ジル様、私たちは紅い砂粒を調べないといけません」
「ああ、そうだね……レイア議員、これは持ち帰る。いいかな?」
「……もちろんです。ロアが助かったのですから……」
レイア議員は、僕たちに深くお辞儀する。
ただ、僕たちもレイア議員には感謝しないといけない。
もし、彼女が妹をーーロアを想わなければ、手がかりは途絶えてしまっていた。
妹、妹か。
僕も妹を守るために、こうしているのだ。
それを無駄にはできない。
「何卒、ロアのことは……」
潤む瞳のレイア議員に、約束を守ることを再度誓う。
「……わかっています。約束は、必ず守ります」
力強く頷いた僕は、レイア議員の病院を後にした。
宿舎に戻る途中、護衛がとんでもない知らせを持ってきたけれど。
◇
「……ライラさん、これは……」
イヴァルトの監獄に、僕はいた。
病院を去り、護衛が案内してくれたのは貴人向けの監獄だった。
目の前には縛り上げられ、牢に入れられたバルハ大司教がいる。
彼の従者数人も、牢に入れられていた。
全員がぼろぼろになっている。
かなり手荒い扱いになっていたようだった。
「抵抗しましたので」
ライラがすました顔で言い放つ。
「……なるほど……」
「イヴァルト各地の聖堂を通じて、魔力を操っていたようですね……イヴァルトには水路が張り巡らされているでしょう? それと小舟を使って魔術を編んでいたのです」
それはイヴァルトでないと、無理な手法だろう。
種が明らかになれば、手品も大したことがない。
これから入念に調べれば、証拠は続々と上がるだろう。
それにしても電光石火、審問官は動きが早い……。
僕を認めたバルハ大司教が、大声で抗議してくる。
「特使殿、これは一体……!? 私が何をしたというのですか!」
「……しらばっくれるのは、止めてください」
僕は、布を広げて紅い砂粒をバルハ大司教に見せた。
まだ調べはしていないが、砂粒がレプリカならーー反応は予測できる。
案の定、バルハ大司教が目を見開いた。
「……貴様!!」
叫んだ大司教の顔は、これまでにない邪悪で歪んだ顔だった。
あえて言わなかったが、グランツォと同じ顔だ。
……隠すつもりもない、か。
「理由は、もうお分かりですね……」
バルハ大司教が憎々しげに口をつぐむ。
やるべきことは、多々ある。
砂粒を調べて機能を明らかにする。
大司教の身辺を洗って、他に協力者がいないかどうか調べる。
ただ、根本は押さえた。
遠からず、明らかになるだろう。
「イライザ、イヴァルト当局への連絡は任せたよ」
「はい、ジル様」
「バルハ大司教、あなたを死霊術への関与で正式に拘束します。近日中に連合軍へと身柄は引き渡されるでしょう」
バルハ大司教がイヴァルトに張った根が、どれほどかはわからない。
安全のためには、イヴァルトから立ち去るべきだろう。
ブラム王国や教団に身柄を奪われては、元も子もない。
ロアはまだ目を覚まさない。監視だけして、また後日来ればいいだけの話だ。
僕の言葉を、バルハ大司教が鼻で笑った。
「ふん……何も知らん小僧が」
バルハ大司教と話すことは、もうない。
冷めた目で、挑発を受け流す。
「……大陸の掟くらいはーー人として守るべきことは、知っています」
僕たちは宿舎に戻らず、監獄に寝泊まりすることにした。
監獄は堅牢で、イヴァルトのなかでも守備力があるからだ。
連合軍に引き渡すために、ガストン将軍を呼び寄せる手配をする。
すぐにガストン将軍は来るだろうーーそうすれば、イヴァルトにも別れを告げることになる。




