舞う蝶のような⑥
光が収束すると、初めてロアに動きがあった。
苦しげに眉を寄せ、身体をよじる。
ロアの魔力が唸りをあげて、弾けそうになっていた。
「うあああっ…………!!」
「イライザッ!?」
「押さえてください……!」
突然叫びだし暴れるロアを、僕は両手で押さえつけた。
レイア議員も慌てて駆け寄り、下半身がベッドから転がり落ちないようにする。
魔力が無秩序に放たれ、揺らめくようだ。
イライザはロアのお腹に手を当てて、意識を集中させていた。
目を閉じたまま、静かに問いかける。
「……これが、発作ですか?」
「こ、こんな反応は初めてです! いつもは苦しそうに息を漏らすだけで、こんな全身が暴れだすようなーー」
なおも暴れるロアに、僕も不安になる。
「大丈夫なんだよね……!?」
「想像以上の反応ですがーーやるしかありません。信じてください、ジル様……レイア議員、治療魔術は使えますよね?」
「もちろん使えますが……今、ですか!?」
治療魔術は、患者の魔力と同調させる必要がある。
それゆえ難しく、センスが問われるのだけれどーーこんな魔力が波打つ患者に、果たして使えるのだろうか?
「ロアを害している原因は、全身にあります……」
「原因がわかっているのなら、準備して手術をすればいいのでは? 今、3人だけでやることですか!?」
「……私もそう思いましたがーーすさまじい敵意が【原因】から放たれているのです。遠隔で妨害されていますーー時間がありませんし、私たち3人ならできます」
「そ、そんな……!」
レイア議員が悲鳴を上げる。
しかし、迷っている暇はなさそうだった。
ロアはなおも苦しげだ。
「なにかありましたか!? これは……!」
魔力に敏感なライラとシーラが、一番に駆けこんできた。
イライザは一瞬だけ、入ってきた人に視線を送る。
「これから手術を行いますーー手が空いている人は桶やタオル、体力がつく薬を片っ端から持ってきて下さい! はやく!」
イライザの剣幕は、滅多に見ないものだ。
さっと入ってきた人たちが、部屋から飛び出していく。
「私が魔力を落ち着かせます。……レイア議員は、治療魔術でロアの体力を維持してください」
「……僕は、どうすればいい?」
イライザの話振りだと、僕にも役割があるように感じられた。
「【原因】はロアの体内にありますがーー本当に小さい破片です。それが全身を駆け巡っています……どうやら、血脈の中にあるようです。ジル様は《血液操作》で破片を取り出してください」
「な……っ!? 血の中にあるの!?」
「そうです、反応は全身から……間違いなく血の流れにそって動いています」
思いもよらなかった展開だった。
やるしかないけれど、治療目的で《血液操作》を使うのは初めてだ。
イライザが、いつの間にかナイフを取り出していた。
「……失礼します!」
ロアの肩口に、イライザが薄く切り口を作る。
じんわりと血がにじんでいく。
「ジル様、私がロアの魔力を抑制します。《血液操作》で、体外に出してください」
魔力がある他人の血は《血液操作》で動かせない。
だけどイライザが魔力を抑えてくれるのなら、なんとかなるかもしれない。
僕は血で濡れるロアの肩口に指先を寄せる。
生暖かい、血の感触だ。
ぴりっと一瞬だけ、ロアの血が反応した。
他人の血を操作するのは、久しぶりだった。
そういえばーークロム伯爵のときは、内部から彼の肉体を破壊していた。
「……皮肉だね」
目を閉じて、僕もイライザと同じように集中する。
血よ、ロアの血よ。
清めのために、揺らめき動け。
害するモノを弾き出せ。
精神を統一するが、思い通りに動かすのはーー難しい!
「ジル様……申し訳ありませんが今、取り出すのは《血液操作》でないと無理なのです。……ロアの体力が底をついている以上、他の手が取れません……」
「……わかってる」
首飾りの力を使う以上、何らかの動きがあるのは予測できたーー妨害まであるとは思ってなかったけれど。
「皆さんが戻ってきたら、妨害の魔力を探索させましょう……」
「そんな輩がいれば、これまでにわかると思いますが……!?」
ロアに意識を向けながらも、レイア議員の言葉に僕は首を振る。
「今ならわかるけどーー魔力は地下から来ているよね?」
《血液操作》をして、ロアの血に同調しているからこそ、わかる。
ロアに害を与えている意思は、ベッドの下からから来ていた。
ここは隔離病棟の一階だ。考えられるのは地下しかない。
「収穫は、あったわけだけど……」
僕は言葉を切った。
……血に手応えがあったのだ。
「難しい……」
ゆっくりゆっくりと、少しずつ砂粒のような何かを肩口へと移動させていく。
かなりの集中力が必要だ。
「……ふぅ……」
僕はゆっくりとイライザとロアの魔力を感じながら、血をわずかに指先から僕の手へと移動させる。
やっとのことで、一粒目を体外へと出せた。
紅い……確かにルビーを砕いたような粒だ。
でも、一粒でこれは苦労する。
「……それでも、やるしかないな」
僕は意識を、すぐにロアへと向けるのだった。




