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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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131/201

決断③

 確かに、死霊術と同じくらい大海へ出ることは禁じられている。

 破る人たちにほとんど覚えがないくらいの戒律だけれど。

 ええと、たしかーー用語としては大航海だ。


「大陸が見えなくなるほど、遠くまで船出することを禁じる……だよね」


「その通りです。沿岸部を航海するだけなら、問題ありませんが……」


「アエリアは船員教育、シーラは造船……見える範囲では、ブラム王国の運用する船は増えていない……」


 僕の言葉にイライザが、机に視線を落とす。


「……大航海のときまで、船を隠している……ということでしょうか?」


 それは大いに考えられる。

 国家ぐるみの大航海計画が露見すれば、聖教会が阻止しようとするだろう。


 死霊術に比べれば、大航海はさらに多くの人員を必要とする。

 聖教会が布告を出せば、船乗りは逃げ出すに違いない。船も出なくなる。


「計画決行まで、可能な限り隠しておくなら筋は通りますが……。どうして大航海を……? 目的がわかりません」


「そもそも、なぜ大航海が禁じられているのかもわからないしね……」


 死霊術が禁じられているのは、5つの神の宿敵である死の神エステルの魔術だからだ。

 僕の言葉に、イライザも頷く。


「……実は、私も同じです。個人レベルで大海に出たというような噂は知っていますが、国家規模での計画はーー史上初ではないでしょうか?」


「多分、そうでしょうね……聖教会の歴史でも、処罰されるのは圧倒的に死霊術関係が多いのです。大航海関係で処罰された例は、ほとんどありませんしーー個人の無謀な冒険家ぐらいです」


 ライラが、頬をかく。

 口にする言葉を迷っているようだ。


「私も、大航海が禁じられている理由を詳しくは知りません……死霊術と同じように中身を知ろうとすることさえ、避けるべきだと教えられています。ただ、私の懸念通りなら間違いなく重罪です」


「……わかった。すぐに飛行騎兵でナハト大公に知らせよう。ブラム王国がまた戒律を破っているとなれば、反ブラム王国の機運が高められると思う」


 言い方は悪いけど、宣伝材料が増えるのだ。

 それは、独立商業都市を味方にすることにも繋がりうる。


「ありがとうございます、まだ集めた情報だけの推論ですがーー船の係留地を探し出せれば言うことなしです」


「そうだね、船の現物がどうなっているかは気になる……」


 海軍を編成している可能性もあるし、不審な動きは全て押さえるべきだろう。

 これもまた、貴重な視点だ。


 問題は明日の振り分けか……聖堂を詳細に調べ始めたら、バルハ大司教に先手を打たれる危険は高くなる。

 もちろん、レイア議員の病院も同じだ。

 患者を始末されたり、レイア議員が逃亡する可能性もゼロじゃない。


 どちらを、優先するか。

 腕を組んで、天井を見上げる。


「……病院を優先して調べる。明日は、まずレイア議員の元に行こう」


 僕の言葉に、ライラが耳を動かす。


「聖堂を後回しにするのですか……?」


「悪いけど、そうなる……」


「理由を聞かせてもらえますか?」


 ライラの目線が厳しくなる。

 神聖魔術の使い手だからだろうか、あるいは僕も神聖魔術の片鱗があるからか。

 ライラから放射される魔力に、ぶるっと震える。


「……人命がかかってるかもーーだからだ。これだけ治療しているみたいだけど、明後日には死んでいるかもしれない。それに話がまとまれば、ディーン王国で保護することもできる。……これは、譲れないよ」


「罪を暴くよりも、人命を優先ですか……」


「当たり前だ」


 僕は、きっぱりと言い切った。

 視界の端で、イライザが僕の言葉に頷く。


「……当たり前、ですか。……羨ましい…………ふぅ」


 ライラが首を振ると、圧力が弱まるのを感じた。


「わかりました、私達の長はジル様です。理由がちゃんとあるのなら、従いましょう」


「ありがとう、ライラ……もちろん、聖堂も調べるよ」


「ええ、そうしてください……」


 ライラも納得してくれた。


「……ですが、油断はしないように。最悪の場合、レイア議員から襲われる危険性もあります」


「うん、わかってる……」


 僕は服の上から、レプリカに触った。

 患者の身分によっては、渡さないために相当の無茶を仕掛けてくる可能性はある。


「じゃあ、決まりだね……明日、レイア議員のところに乗りこむよ」

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