ライラ②
バルハ大司教になってから寄進が大幅に増えていた。ざっと数倍の予算になっている。
金額や寄進の元は中央でも把握していることで、問題ではない。
(これは……ありえないのではないですか?)
問題はーー寄付と比例して教会に訪れる人が増えていないことだ。
大司教の下にいる司教や司祭の活動報告、教会での儀式の回数が変わっていない。
そうだ、予算が増えているのに教会も建て替えしてはいない。郊外で寂れたままだ。
下部組織の聖堂は改修しているみたいですが。
(大司教が精力的に巡回し、寄付が集まる……それは熱心な信者が増えているということですよね? なのに、来訪者も出張儀式も増えてない。ただ、教会の資産だけが増えている)
読み進める度に高まる不信感を悟られないよう、注意しなければならない。
(会計報告しか提出義務がないので、気が付きませんでしたね……。直接、足を運んで付け合わせをしないとわからないことでした)
人員だけは増やしているようだ。但し書きには増やしたのは通いの司祭で、巡回業務に従事とある。
だけれど、司祭が巡回すれば求められる儀式の費用が少なすぎる。
(しかも儀式を行ったのが、ブラム王国派の商人の所ばかりですね……。これは、当たりを引きましたか)
資料を読むだけでなく、一目で頭に刻みこむことも私は得意だ。
通い司祭の記録をざざっと覚える。十人くらいだけど、何の負担もない。
ここまで、神聖魔術でわずかな時間しかかかっていない。
周りには同じように資料を見ていたとしかわからないはずだ。
(通いの司祭は恐らく架空の人物で、彼らへの賃金等が裏金になっているのでしょうね……。裏金があるとして、何に使っているかまではわかりませんが……)
仮定と推測だらけだけれど、正しいはずだ。
恐らくだが、ブラム王国はイヴァルトへ多額の資金を注ぎこんでいる。
もちろんブラム王国派を増やすという目的もある。けれど、第一はバルハ大司教への支援
だろう。
逆にレイアの病院との繋がりは今のところない。
(でも、直接資金を渡せば済む話ですね……。裏帳簿で処理すれば終わりです。……それでは駄目な理由、理由、理由。なんでしょう?)
書類をまとめてとんとん、と整える。
(仮定が正しければ、金は必要だけれど完全に秘密裏では駄目なわけで。おおっぴらに金を得ることが必要で、それに合った支出……。ああ、なるほど……聖堂の改修に資金を回しているのですね)
イヴァルトにある複数の聖堂は司教を代表に数人しかおらず、信者数十人に合わせた機能しかない。
記録では聖堂の保守管理はおざなりで、かなり荒れていたようだ。
バルハ大司教が就任してから、聖堂には資金が投入されてささやかな改築や補修がされている。
イヴァルトの規模からすれば、中央教会が不審に思うレベルには程遠い。
そもそも聖堂がちゃんとしていないこと自体、他国では考えがたいことなのだから。
(さて……これが正しいかどうかは、聖堂を調べればわかります。恐らく、何か出てくるでしょう。後は、私一人でやるか皆を連れてやるか、ですが……)
推測が正しければ、聖堂の調査で成果が出るだろう。ちらりと張り付いている、イヴァルトの聖職者を見る。
今から聖堂に行こうとすれば、さすがに妨害される危険がある。
最悪は実力行使で消されるか。
(普通なら、ここで手を一旦引くのでしょうが……神聖魔術の使い手である私なら、ある程度の危機には対応できます。少しだけ踏み込んでみましょうか)
立ち上がり、今日の調査は終えた旨を告げる。残りはまた明日とうそぶくのだ。
かわりに、聖堂へと視察すると言い渡す。
雰囲気が、尖る。
イヴァルトの聖職者達の瞳に、わずかな警戒と敵意が宿るのを感じる。
(……感情を隠しきれていませんね)
そ知らぬ顔で、私は教会を後にする。
歩きながら、私は思考を先に進める。
聖堂で何をするのだろう? 大司教ができることは限られている。スキル、聖宝球関連くらいだ。
死霊術の研究をイヴァルトでする理由はないと思われる。危険すぎる。
それに魔術関連の研究や製造なら、ブラム王国でやればいい。わざわざ、回りくどい手段を使う必要はない。
ここでやらなけらばならない、特段の何かがあるはずだ。
(また止まってしまいました……。イヴァルトで聖堂……わかりませんね。ジルの話だと、レプリカは病院……う~ん……まさか豪奢な生活の資金にしているとか、やめてくださいよ)
もんもんとしながら、聖堂へと向かう。
日差しはまだ高く、人通りが多い。
(ま、行けばわかりますか……)
向かったのは、直近で改修した聖堂だ。
教会からも離れておらず、ちょうどよかった。
小一時間ばかり歩き、聖堂に到着する。
外からはミニサイズの教会にしか見えない。
(待ち構えていますね……)
神聖魔術で視力を高めれば、聖堂の前に数人が並んでいるのがわかる。
先頭にいるのは、にこやかなバルハ大司教だった。




