ライラ①
私はライラ。
イヴァルトの目覚めは、非常に良かった。
状況は悪いけれど、晴れ晴れとした気持ちだった。
それは、やりがいのある仕事をしている実感があるからだ。聖教会の審問官よりも、よほどまともで正義の仕事だ。
「……ジルに感謝しなければいけませんね」
彼は不思議だ。普通なら、カバの時点でイヴァルトへは乗り込まないだろう。ディーン王国へ引き返すはずだ。
私の知る貴族なら、皆そうだ。
なんとか言い訳をして、我が身かわいさに走るはずだ。
朝の会議ではさらに驚いた。
首飾りの件は、この際どうでもいい。
そんなこともあるかもしれないーー《神の瞳》で予測できたことだ。
「夢の話からなんだけど、どうかな……?」
「とても興味深い話ですね……」
それよりも、手分けしてイヴァルトを探るということに目を見開いた。
このまま、なんとか情報を得るためにあがくだけだと思っていたのに。
そして、それだけでも十分すぎるはずだ。でも、ジルはその先をすぐに示した。
胸が、高鳴る。
審問官は、教会の命令に従うだけだ。
いくつもの面子や決まりがあり、組織の都合を優先しなければいけないことも多々ある。
(カバの時もそうでしたけれど、リスクを負うことに躊躇がないのですか……? 信じられません)
探索場所の割り振りが終わると、すぐに出発だ。
(……評価を改める必要がありますか)
シーラと別れて、郊外の教会へと近付きながら考える。
シーラもジルを勇気がある、追うと逃げると評していた。まさに貴族の正反対だ。
ジルは本気で、出来ることはなるべく自らしようとしている。
「もう少し早く知っていれば……逃した魚は想像以上に大きかったようですね」
もう遅いけれど、ため息をつく。
早く知っていれば、別のアプローチもあった。
しかし足取りは、朝の目覚めよりも軽い。
価値ある仕事を任された、というのが素直に嬉しい。
イヴァルトの顔色を見て牽制し合うのではなく、ばしっとジルは決めてくれた。
応えたい、成果を出したい。
私はここ最近ないほど、前向きになれた。
郊外の教会へと入ると、バルハ大司教がいた。彼の他には、祈りを捧げる者はいない。
寂しい限りだ。
「……おはようごさいます。バルハ大司教」
「おお、ライラ殿……昨日の今日で、驚きましたが書庫に用がおありとか?」
「ええ、カバについての資料を確かめたいのです。構いませんね?」
「もちろんですとも、ご案内しましょう。自慢の書庫でありますよ」
そのままバルハ大司教に連れられ、書庫へと移動する。書庫には魔術の結界が張り巡らされており、厳重に守られていた。
細い通路の両側に本棚が並び、びっしりとさまざまな表紙の本が差し込まれている。
それぞれの棚には羊皮紙で、何の本が置かれているか示されていた。
「ご存知かと思いますがイヴァルトも戦火と無縁ではなく、全てが残っているわけではありません……天の使いについてもですが」
カバがどういう存在かは、とりあえず置いておきましょう。
「……どの辺りに資料が残っているのでしよう?」
「それは書庫の管理者にお聞きくだされ。私は、出掛けなければなりませんので」
バルハ大司教の隣に控えていた中年男性がお辞儀をし、前に出る。管理者は彼らしい。
にしても私を放って外出とは見られて困る資料はない、ということだろうか?
突然の訪問でもあるし、あまり無理は言えない。
「大司教はそれで、どちらまで?」
「病めるもの、貧しきものに手を差しのべるためにイヴァルトを巡回します。従者を置いていきますので、後で合流されても構いませんよ。中央の聖職者が来られるのは珍しいですからね。皆、喜ぶでしょう」
「……考えておきましょう」
微笑みながら、バルハ大司教が書庫から退出していく。
私は棚を見ながら、ざっと本を取り出す。
どれも古い言葉で、聖職者でないと読むのは無理だろう。
閲覧室に持ち込みながら、ぱらぱらと読み進めていく。
資料を読むのは大の得意だ。
神聖魔術を使いながら、常人の10倍の速度で読み進めていく。
ぱらぱら……ばさっ、ぱらぱらぱら……。
周りの人が息を呑む音が聞こえるが、無視する。
日記、雑多な書き留め、歴代大司教が書かせた教会の公式記録……。
それらしい記述はあれど、昨日聞いたものばかりだ。新情報はない。
周りの教会の人間にも特段の反応はない。
(それらしい記述はすぐには…………ああ、もうひとつジルが言っておりましたね。ブラム王国の繋がりも調べて欲しい、と)
イヴァルトでは軽視されているが、通常は教会に人も金も情報も集まる。
名士はこぞって教会にくるものだからだ。
(しかし……人が少ない。期待はできないですね……)
私は次に読む資料に、近年の会計報告書も付け加える。数字の羅列に目を細める。
(まぁ、イヴァルト教会の会計報告自体は中央も受け取っています。不審な点があればとっくに立入検査されているでしょうが……)
しかし金の流れは全てに通じる。
役に立つ情報があるかもしれない。
ぱらぱらぱら……。
(……おかしいですね)
表情を変えないよう、気を付けねばならなかった。
読み進めるうちに、心の中でむくりと不信感がもたげてきたのだ。




