シーラ①
シーラです。
今日は朝に呼び出され、重大任務を預かってきました。なんと、イヴァルトでの情報収集です。
びっくりしてひっくり返りそうでしたけど、誰も私の様子には気がつきませんでした。
奴隷の頃の癖で、感情を極度に抑えているせいでしょう。
とはいえ、任された仕事を断るのは私の性分ではありません。
粛々と説明を受け、いざ出発です。
あ……途中までライラ様と一緒のようですね。
ちょっとドキドキします。
「……シーラはとても強くて勇気があると、ジル様が誉めていました」
イヴァルトを馬車で移動中に、ライラ様から突然の話題です。
まぁ、誉められるのは嬉しいことです。素直に受け取っておきましょう。
「ありがとうございますです……私からすれば、ジル様の方が勇気がおありになると思いますですが」
「ふふ、そうですね……」
意味深で探るような微笑みかたです。
なんだか嫌な予感がします。
馬車ではライラ様と二人きりです。
逃げ場がありません。
「そういえば、シーラはジル様とどの程度の仲なのでしょう……出会いはかなり驚くべきものだったと聞いています」
わあ、怖いです。ものすごい牽制です。
寵愛を受けているかどうか、私が奴隷であることも含めて聞かれています。
こんな聞き方ってありなんでしょうか?
ありですね、ライラ様はとても偉いのです。
ライラ様の表情は変わらないですが、意図を読み違えるほど馬鹿ではありません。
正直に答えましょう。
ライラ様を敵に回すつもりは全くありません。
わざとらしく肩をすくめて、答えます。
「主従関係、それだけです。どうやら私はジル様の妹君に似ているようで、親切にされておりますですが……異性として見る対象ではないようです」
一息で言い切りました。誤解の余地のない説明です。
私の言葉に、ライラ様が目を見開きます。
結構はっきりした言い方なので、驚かれたのでしょう。
しかし、事実だけ述べました。
「なるほど……よくわかりました」
深く息を吐くライラ様に、私は悟らざるをえません。
多分、ライラ様はジル様にアプローチをしかけたのです。しかも、結構際どいやり方でしょう。
でも、それだとうまく行かないと思います。
押せば逃げるのがジル様です。
逃げるか受け身に回らないと、駄目なのです。
「何か、考えがありそうですね……」
ずいっとライラ様が身を乗り出してきます。
すごいです、私が考え事をしているのを察知するとは。
母上以外、初めてかもしれません。
ちょっとした親近感です。
「有益な情報には、それなりの見返りを用意します……どうです?」
むむっと私は素早く思考します。
ライラ様は高位聖職者です。地位としては、他にジル様に想いを募らせる方々よりも確実に上です。
対して私は、生まれが平民、後ろ盾はジル様だけ。圧倒的に不利な立ち位置にいます。
この上、ジル様争奪戦に乱入者が現れたら、どうしようもありません。
白旗を振って脱落した方がいい人生を送れます。
奴隷から解放されただけで満足しましょう。
欲張りは破滅します。
そうです、とりあえずライラ様に情報を渡しましょう。
私はどこかで滑り込めばいいのです。
「……追うと逃げるのは、襲わせるか罠を張る方がいいと思いますです」
「ふむ……う~ん、それは考えていませんでしたね。ふむふむ……」
腕組みしてライラ様が思案します。
ややあると、馬車が止まりました。
ちょうど別れる場所に着いたようです。
私はここで降りて、エルフの住む区画に向かうのです。
「ありがとう、シーラ。ジル様へと近づく、いい情報だと思います。見返りは期待していてくださいね」
何が出てくるのでしょう。わくわくします。
ドアに手を掛けると、ライラ様はにこやかに手を振って見送ってくれます。
首をぐるりと回して見渡すと、そこら中に材木がたくさん置いてあります。
エルフは人見知りなので、イヴァルトでもまとまって住んでいるのです。
「船もここら辺で作っているのですね……」
エルフは主に、造船に従事しています。
魔術で船を造るらしく、魔力も他とは比べ物にならないほど満ちています。
回る距離は少ないみたいですが……問題はどう切り込むかです。
「……とりあえず行きますです」
護衛を連れて私は歩みだします。
気分はまさに初めてのお使いです。




