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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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120/201

アエリア②

 宿舎を出て、ヴァンパイアの商人を回っていく。

 ディーン王国発給の書状を持って歩くと、ディーン王国のすごさを実感できる。

 公的には役職に就いていないわたしでも、すぐに取り次いでくれるのだ。

 昼間はヴァンパイアにとっては睡眠の時間なので、相手は飛び起きてることになる。


 アラムデッド王国の書状だと、こうはすんなりと行かないだろう。

 ブラム王国に傾いているイヴァルトでも、ディーン王国の名前を完全に無視する勇気はないらしい。


 明らかに眠そうな、それでも欠片も不機嫌な素振りは一切見せず、ヴァンパイア達は話をしてくれる。

 もちろん、付け届けも忘れない。

 大体の流れはこんな感じだ。


「実はですね~。ここだけの特級品がありまして……」


 ジル様の血が入った木の筒を取り出し、上下にちゃぷちゃぷと揺らす。そうすると、誰もががらんらんと目を輝かせる。


「ほうほう……」


 ヴァンパイア同士なら、これだけで筒の中身が血であるとわかる。

 蓋を開ければ、かぐわしい芳香がぶわっと広がる。五感の鋭いヴァンパイアだけに伝わる香りだ。


《血液操作》で極限まで品質を高めた、ジル様の血。

 相手の喉がごくりと鳴る。イヴァルトの大商人でも、滅多に味わえない質だろう。


「……大層なものを、お持ちで」


 ヴァンパイアにとって血は、本能に訴えかける嗜好品だ。

 大商人なら、血を飲むのには困らないけれど。だからといって誘惑に耐えられるわけじゃない。

 むしろ、普通の血には飽きている人達だ。

 珍しい刺激には目がないのが、ヴァンパイアだ。


「貴重品なので筒一本とはいきませんが、お飲みになります?」


 喋る度にちょっとずつ注いでいくと、結構舌が滑らかになる。

 時には渋るふりをしてみたりして、情報を引き出していく。

 アルマ様ですら誉めちぎっていた、ジル様の血だ。

 それでもプライドの高いヴァンパイアは、他種族からだと血を差し出されても素直に受け取らない可能性がある。


 しかし同じヴァンパイア、アラムデッド生まれのわたしには遠慮がない。

 成果は抜群で、色々な情報を聞くことができた


 まず、ブラム王国の根回しはかなり昔から行われていたらしい。

 長命なヴァンパイアでもそう思うほどの昔からーー多分、100年以上前からだ。

 大陸中を巻き込んだ大戦争を、ずっと前から引き起こすつもりだったとしか思えない。

 一朝一夕でひっくり返すのは、かなり厳しい気がする。


 でも朗報もあった。ヴァンパイアなら、アラムデッド王国に親近感を持つ人達も少なくない。

 アラムデッド王国に店を持とう、それなりの地位で迎い入れられたいという人はいるのだ。

 そういう人ほど、ブラム王国の所業に迷いを見せている。

 アラムデッド王国相手なら支援する、という人達もいた。

 もちろんわたしが仲介できそうな案件は、後で父である公爵に連絡すればいい。

 ヴァンパイア同士の連帯感で、少しだけかもしれないけれど、切り崩すことはできた……と思う。


 まぁ、イヴァルトにいるヴァンパイアって、アルマ様に追放されたり反発したりした人達の末裔が多いんだけど……。

 ちょうどアルマ様が宰相を辞められて、アラムデッド王国も大きく体制を変えたのだ。

 切り替えるには、いい頃合いだと思う。


 後は、バルハ大司教の評判が思いの外いいことかな。意外だった。

 これまでのイヴァルトの大司教は無気力で存在感のない人物か、あるいは賄賂をせびる強欲な人物のどちらかだったらしい。

 イヴァルトの大司教はイヴァルト周辺の司教が、先代大司教から指名されてなるものだ。

 そのため、悪い性質は引き継がれていく。

 しかし当代のバルハ大司教は違った。


 病院や救貧院、孤児院を精力的に回り始めた、という。

 信仰心が薄いイヴァルトで大きな成果があったとは言えないらしいけれどーーそれでも、ヴァンパイアでも記憶するくらいには珍しい大司教らしかった。

 カバについても天使みたいに崇めているみたいだったので、バルハ大司教は信仰心が特別強いようだ。


 様々な商人からの情報収集を終えて、最後にノルダール副議長に会いに行く。

 ここが本命だ。


 夕方、ノルダール副議長の屋敷を訪ねる。

 煌々と燃える松明と、橋を組み合わせた広大な敷地に屋敷は建てられている。


 石橋をゆっくりと歩き、邸内にてしばし待つとノルダール副議長が姿を見せる。

 穏やかな雰囲気にかすかに警戒の色がある。


「おや……本日はお一人ですか」


 ゆらりと枯れた柳のように、ノルダール副議長が身体を傾ける。値踏みの視線を感じる。

 ノルダール副議長の勧めのままに、わたしは乳白石の椅子に着席する。


「ええ、そうですね……ヴァンパイア同士でしか出来ない話を、と」


「……なるほど」


「ディーン王国というよりは、アラムデッド王国の使者として考えて欲しいのですけれど……」


「……ほう?」


 ノルダール副議長は、目を細めた。

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