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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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116/201

ロアとギリアム

今回の話は本来なら3章前の閑話に入れるべきでした。

春になったら整理いたします、ご了承ください。

 これはジルがディーンの王都を旅立つ少しのことーー。


 ブラム王国の騎士、ギリアムは眉間に眉を寄せるロアにどう言葉をかけるか迷っていた。

 指を組み替えながら険しい顔でテーブルを見つめるロアは、付き合いの長いギリアムでも正直怖い。

 ロアの兄であるクロム伯爵が死に、ブラム王国に戻ってからはいつもこんな様子であった。


 リヴァイアサン騎士団に与えられた宿舎の小さな会議室に、二人は向かい合っている。

 普通は騎士団の上層部の会議にだけ使われている部屋だ。


 最近のロアは物思いにふけってばかりで、あらゆることが上の空だった。

 軍務大臣に呼び出されて戻ってきた今は、特にひどい。


 だが話を聞き出さないことには、部屋から出られない。

 ギリアムはロアに、胃がきりきりとしめつけられる感覚に襲われながら声をかけた。


「それで、大臣からは何と?」


「……ああ、騎士団の次の任務についてだ……」


 ぽつりと、明らかに乗り気でない調子でロアが続けた。


「ヘムランに攻撃をしかける。死霊術師と再び連携して事に当たるように、と命じられた。さらに大臣は、ヘムラン攻めの参謀の一人に、あの黒い魔女を登用すると仰っていた」


「……なんてこった」


 思わずギリアムはうめいた。

 ヘムランはディーン王国の要衝であり、挑発気分で軍を出せる場所ではない。


 ブラム王国はディーン王国と全面戦争をする、徹底的にやる。ヘムラン攻撃とはそういう意思表明に他ならず、ブラム王国の中枢もすでに決断しているということだ。


「団長、陛下は本当に死霊術師を用いられるんですかい? 聖教会と完全に決別すると?」


 アラムデッドでの作戦で協力はしたが、ブラム王国は再生教団に正式な書状も位階も与えてはいない。

 失敗したとき知らぬ存ぜぬを通すためには当然である。


 今後も一蓮托生ではない、ギリアムもロアもそう睨んでいた。

 あくまで一時的、非公式な連携に過ぎないーーリヴァイアサン騎士団の誰もがそう思っていた。

 なのに、ブラムの国王は一大作戦に早くも死霊術師を登用して投入するという。


「そういうことになるな……。ブラム王国の貴族は誰も責任を取っていない。しかも死霊術師との連携も維持するーーいや、これまで以上に緊密になる。聖教会を初めとして、大陸全てが敵に回るだろう」


 ギリアムは数度、首を振った。

 当初の話ではブラム王国に反抗的な貴族に責任を取らせて、幕引きを図るはずだった。


 トカゲの尻尾切りといえばそれまでだが、ブラム王国が頭を下げれば、聖教会も迂闊に行動は起こせない。

 後はゆっくりと《神の瞳》を研究し、再誕教団から成果を奪う。

 それが今後の流れのはずであった。


 しかし、事態は思いもよらない方向に行ってしまった。

 リヴァイアサン騎士団の内部でも、不安の声は日増しに大きくなるばかりだ。多くの団員が恐れを感じている。


 無理もない、とギリアムは思った。アラムデッドの王都に現れたクラーケン。

 悪夢を超えた怪物の片鱗を見せつけられれば、考えも変わる。


 ギリアムから見て、ロアは心痛に苦しんでいた。

 王命とはいえ大陸の禁忌を侵したのみならず、おとぎ話の化物を呼び覚ましてしまったこと。

 さらに再誕教団との深みにはまっていく故国のブラム王国。

 考えてもどうしようもないことが、ロアから覇気を奪っていた。


「……このままで良いものか」


 深いため息をついて、ロアが黒髪をかきあげた。


「良くはないでしょうよ、団長……」


「まぁ、そうだな……」


 小声で返答したギリアムは、ロアの顔を見てぎょっとした。

 昨日までは単に悩むだけだった。


 しかし軍務大臣からの呼び出しから戻ってきたロアの瞳の底に、暗い意志が燃えていた。

 そっと対面のロアの右腕が動く。

 ギリアムは帯剣していないが、ロアはいつもの愛用の剣を差している。


 つまりロアはギリアムを一方的に殺せる立ち位置にいる。

 ロアの鋭く乾いた声に、ギリアムは核心が迫ってきていると悟った。


「ヘムラン攻撃の後、陛下は死霊術師と縁を切ると思うか?」


「全滅でもすればお考えも変わるでしょうが……うまくいっちまったら、縁を切るわけがないでしょうよ」


「最もだ。その上で聞く……死霊術師は肩を並べて戦うにふさわしい相手か? 兄様を踏み台にし、あんな化物を操ろうとする奴等をどこまで信用できる?」


「……あんな得体の知らない奴等、俺も出来れば関わりたくはないですよ」


 ギリアムは肩を竦め、ロアの反応をうかがう。ロアが何を考えているのか、ギリアムには見当がついてきた。


 騎士団の皆も、クラーケンを目撃している。

 ロアとギリアムと同じ想いを共有している。

 ただ、踏み出せないのだ。


 若く日が浅いとはいえ、騎士団の全員がロアを団長と心の底から認めている。

 ロアの意思力と確固たる戦意がなければ、アラムデッドの強襲もうまくはいかなかっただろう。


「……私は怖い、ギリアム。自分の考えていることと、その結果が」


「団長……リヴァイアサン騎士団はあんたのもんなんだ。団長が進めといえば地の果てまで進むし、死ねといわれればどこででも死ぬ。それが騎士であり、団長の重さなんだ」


「じゃあ私が逃げろ、といえば逃げるのか?」


「もちろん、団長が逃げ時だと思えば」


「逃げて……これまでの全てを失うとわかってもか? 命はおろか、名誉も無くすかもしれない」


「喜んで、従うさ……皆ね」


 ギリアムは団員の顔を思い浮かべ、確信を持って答えた。

 ロアが肩の力を抜いて、ふぅと息を吐く。

 晴れ晴れとした魅力的な表情だった。


「ありがとう、ギリアム」


 覚悟をみなぎらせて、ロアが宣言した。


「リヴァイアサン騎士団は、ブラム王国から離反する」

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