神聖視
岸に戻った僕達を、ガストン将軍が出迎えてくれる。
夜は更けて雨は小降りになりつつあった。
「いやはや、なんと……あやつがあんな反応をしたのは初めてですぞ! ジル様の紅い何かに反応したようですが……」
僕は胸元からレプリカを取り出して、ガストン将軍へと見せた。
紅い光は弱まり、今はろうそく程度でしかない。
「かつて神話の時代にあった魔術道具です……死霊術を弱める力があるはずなのですが……」
何せあまりに古い時代の遺物だ。
モンスターの前でレプリカを持ち出したのは初めてだけれど、反応があったのはカバだけだった。
他のモンスターは何の反応も示していなかった。
つまり、やはりあのカバは特別な何かーーそれが何なのかはわからないが、レプリカとの繋がりがあるのだ。あるいは因縁か。
「モンスターは死の神の眷属ですがのう。ふぅむ、まさか……」
ガストン将軍は濡れた白い髭に手をやり、考え込む。
「あのカバについて、何かあるのですか?」
「わしも軍を率いてイヴァルトに出入りできぬとはいえ、少しの繋がりはありましてな。……あのカバですが、不思議な昔話を聞いたのです」
「過去にもあのカバが、出現していたと……?」
「ううむ……そうですじゃ。なんといったものか、イヴァルトは……あのカバを神聖視しておるのですじゃ」
「は……?」
「……聞き捨てなりませんね」
黙っていたライラが不快そうに言う。
彼女にしてみれば、あのカバが神聖視されているなどということは認められないのだろう。
僕にしても、モンスターにしか見えない存在を特別視するなんて聞いたこともない。
ガストン将軍は一瞥しただけで、ライラの立場を素早く把握したようだ。
「わしも聞いただけですじゃ……巨大なカバはグラウン大河の主、聖なる存在とな。それにしてもあれほどカバが暴れたのは初めてですのう……」
「わかりました……本来ならイヴァルトへ直行の予定でしたが、状況確認もあります。今晩は泊めてもらえませんか?」
皆、体力と魔力を消耗している。
このままイヴァルトへ行っても、自分の身を守ることすらままならない。
「もちろん、歓迎しますぞ! まだ牛馬はありますでな!」
ガストン将軍は胸を叩くと、快く受け入れてくれたのだった。
◇
「今夜は4回目の襲撃だった、ということですね」
ガストン将軍の天幕で煮込みビーフシチューを食べながら、僕は呟いた。
ぶつ切りの肉と野菜が入った、いかにも戦場の味だ。
イライザ、ライラも同席してシチューを食べている。
「そうじゃ……最初は聖宝球の不調、故障かと思ってディーン王宮へ使者を走らせたのじゃが……」
聖宝球の管理、維持は聖教会の専権事項だ。
専門の聖職者でないと手出しができない。ガストン将軍が王宮に使者を送るしかなかったのは仕方ないことだ。
「その後、ガストン将軍は思い当たったのですね。襲撃されるのはあのカバのせいではないか、と」
「うむ、イヴァルトもわしらを邪険にするわけではないが……協力的とは言いがたい。どうにも手の打ちようがなくての。船を下流の街に預け、陣を移動させたのじゃ」
ガストン将軍はテーブルの上に広げられた小さな地図を指し示した。
確かに少しだけ、陣は上流に移動されているようだ。
「わかりました……ナハト大公からはイヴァルトを参陣させるようにと仰せつかっています。カバについてもディーン王国軍に被害が出ている以上、最善を尽くします」
僕は力を込めて請け負った。
ガストン将軍の軍は、イヴァルトを始めとする独立商業都市への抑えだ。
ガストン将軍の軍が目減りすれば、ディーン王国からの圧力が弱まることになる。
軍を守ることは、僕の目的にもかなう。
「ありがたい……しっかりと貴人になられましたなぁ」
「そんな……」
「亡きお父上も喜ばれておるでしょう……」
ガストン将軍は大酒飲みだと記憶していたが、今はアルコール類に一切手を付けていなかった。
僕に遠慮しているのだろう。気が咎める。
「今夜はお飲みになられないので? 多少ならお付き合いできますよ」
ライラは言うに及ばず、イライザも外交官なので決して飲めないわけではない。
同じディーン人だ。陽気にやっても許されるだろうし、ガストン将軍に気を使わせたくはなかった。
「ほうほう、ありがたい! ふむふむ、話でもしながら一杯飲みましょうかの!」
ガストン将軍が声を掛けると、早速ビールが運ばれてきた。
僕もガストン将軍と腰を据えて話をしたかった。
戦死した父上を詳しく聞きたかった。
ガストン将軍は父の戦死した戦場に共にいたのだ。
もちろん当時の状況は何度も人に聞かされた。
それでもーー今なら、アラムデッド王国へ行く前と違う風に受け止められる。僕は何故だか、そんな気がしていた。




