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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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106/201

突進

 カバの瞳からはこちらに反応している様子がない。僕は違和感を覚えた。


 さっきもそうだけれど、カバは傍若無人に振る舞っている。

 僕達を敵視している風でもない。

 電撃の魔術は放ったが、それだけなのだ。


 それでも、こいつの存在感は他とは比べ物にならない。

 無視するわけにもいかない。


 ライラの拳がカバの背骨を打つように叩きつけられる。

 肉を打つ衝撃音が響くが、ぐらりとカバの背が揺れるだけだ。

 ちらりともカバはライラを見ない。


 僕も跳躍の中で、血の剣を振り下ろす。

 カバの顔面に正面切っての一撃だ。

 しかし、分厚い表皮で剣は止まってしまう。

 少しも切れ込みが入らない。

 異常な硬さだ。

 僕はそのまま、カバの足元に着地する。


「ぬおおおぉぉ!」


 ガストン将軍が気合いをこめて、斧でカバの足を横薙ぎにする。

 ガストン将軍の腕力からすれば、大木もへし折る一発のはずだ。


 それでも、まるで歯が立たない。

 いや、いくらなんでも不自然すぎる。


 確かにクラーケンも人智を超えた化物だったけれど、このカバもそうなのか。

 だとすると、とても敵う相手ではない。


 でもガストン将軍の前に姿を現してるのは、どういうことなのか。

 今も、カバはたたずんでいるだけのように見える。


「……ジル様、考え事ですか? 何か良い手が……?」


 連撃の構えに入るライラ。

 彼女の声にも、カバへの不審が混じっている。


 こんなにも手応えがない例は、他にあっただろうか。

 ある、そうだ。


 ネルヴァの時も、こんな風に手応えがなかった。

 死霊術の気配は感じないし、効果があるかはわからない。

 それでも今のままだと手詰まりだ。


「一つだけ……ある」


 僕は血の鎧の胸元を開ける。

 ライラから預かった《神の瞳》のレプリカは、僕の首にかかっていた。


 僕は血に濡れた手でレプリカに触れた。

 意識を割いて、力を込める。


 淡く紅い光が夜の闇を照らし出す。

 ぐりるとカバが首を回して、足元にいる僕を見た。


 睨まれている。

 カバの青い瞳が僕を射抜いていた。

 まずい。直感した時には、僕は駆け出していた。


 一瞬遅れて鼻息荒くカバが、足を震わせて動き出す。

 ずしりと鳴動する音に続き、明らかに僕を狙って歩き出していた。


「な、なんだ……!? 突然ッ!」


 ガストン将軍の陣へと連れていく訳にはいかない。

 僕は身体を震わせ、モンスターの群れへと向かっていた。ライラも並走する。


「何を……したんです!?」


「レプリカを起動させただけだよ……それだけなのに物凄い反応だ!」


 ずんずんと響く音が、カバが僕に迫っていることを示していた。

 振り返ると全身から怒気を発したカバが、一直線に突進してくる。

 他のモンスターを踏み潰しながらだ。


「どうするんです、ジル様!?」


「河に行くしかない。陣へは引き返せない!」


「……仕方ありませんね」


 ライラは手を差し出し、繋ぐように促してくる。

 目の前には河から上陸してきたモンスターがいる。

 当然、そのまま通してくれるわけはない。


 さらには背にびりびりと魔力の波動を感じる。


「魔術も……!」


 一目散に走った方がいいものの、振り返らずにはいられなかった。

 怒る青いカバの身体から、電撃が槍のように放たれる。


 間一髪、僕はライラの手を取る。

 身体がぐんと軽くなり一気に跳躍する。

 いままで僕が走っていたところが焼け焦げ、直線上のモンスターが雷撃に撃たれる。

 さきほどの広範囲の魔術とは違い、一撃でも当たれば致命傷だろう。


「呼吸を合わせて下さい!」


「ああ、もちろん……!」


 ただ神聖魔術と血の鎧の併用は、僕にはまだ出来ない。

 ぼろぼろと血の鎧が剥がれ落ちる。


 僕とライラは疾風のように走っている。

 その後ろから、カバが猛然と向かいながら雷撃の槍を連射していた。


 しかし、発動まで一瞬の間がある。

 神聖魔術で反射を高めている今なら、なんとか回避できる。


 電撃の槍が通り過ぎるたび、モンスターが貫かれ絶命する。

 立ちふさがるモンスターが電撃で死んでいくので、邪魔は逆に入らない。


「もう少しだ……!」


 飛行騎兵に乗っていたので、河までの距離は把握している。

 水流のざわめきが大きくなり、泥水の臭いが鼻につく。

 空から一騎、イライザが降下してくる。


「ジル様……どうされるおつもりですか!?」


 空から僕の挙動を見ていてくれた。

 経緯の説明はいらないようだ。


「河に落とす……! 飛び込むから、河の上を飛んでいてくれ!」


「またそんな無茶を……!」


 イライザは嘆息しながら上空へと舞い上がる。

 もう大河は目の前だ。


 最後の緑の大ガエルを横にかわすと、大河の淵に出た。

 宵闇と雨に覆われ、果てしない濁流の対岸はわからない。


 すぐ後ろにカバが突撃してくる。

 またも魔力の波が放射される。連射のせいか、初めの頃よりも波が弱まっている。

 それでも防御できるレベルじゃないけれど。


 ぱりっと音が鳴り、電撃が来る。

 イライザが旋回しながら、僕の目の前を横切ろうとしていた。


「飛んでッ!」


 ライラが大地を蹴るのに合わせて、僕も血を踏み台になんとか飛び出す。

 僕の中の歯車が噛み合い、ライラと共にイライザの飛行騎兵へと飛びつく。

 これまでで一番《血液操作》と神聖魔術を一緒に使えた気がする。


 カバはーーそのまま止まることなく河へと沈んでいった。

 身体の半分が大河に飲まれるとき、雷撃がそのまま放たれる。


 自滅行為だ。茶色の水面が弾け湯気が立つ。

 カバはそのまま全身が河へと消えていった。

 浮き上がっては来ない。まだ手を繋いだままのライラが呟く。


「……死んだのですか」


 僕の胸にあるレプリカの光は、弱まることなく輝いている。


「わからない……けど、多分やり過ごした」


 飛行騎兵は三人分の体重を支えるようには育てられていない。

 段々と高度が下がっていく。


 岸に戻りながら、僕はカバの魔術の跡を見る。

 結局20体近くのモンスターが雷撃の魔術で死んでいた。


「奴も魔力を大分使った。……仕切り直し、だと思う」


 すでにカバの嵐のような魔力の気配はない。

 モンスターもあらかた、仕留め終わったようだ。

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