川の深みより
クロスボウの一射は、狙い外れず巨大なナマズのモンスターの細長い胴体を貫く。
何本もの長い髭を鞭のように振り回し、黒光りする身体を持つモンスターだ。
やはり大きさは馬車を上回り、髭の長さは一般的な鞭をはるかに超える長さを持つ。
遠距離攻撃でないと戦いづらい相手だ。
それが胴体に風穴が空き、崩れかかる。
「ほう、よい矢ですな……! 突き抜ける感触がありますのう!」
ごく短時間なら僕の手を離れても、紅い矢の形が崩れることはない。
時間が経ってしまうと元の血に戻ってしまうけれど。
ガストン将軍配下の鉄盾隊は、しとめたモンスターが他のモンスターの踏み台にならないよう、押し返しながら戦っている。
雨で視界も足元も悪いなか、まだ余裕を持って戦っているようだ。
ガストン将軍も叩き上げだが、彼ら鉄盾隊も数十年にも及ぶ戦いを生き抜いた猛者に他ならない。
数多くの種類のモンスターと戦い、その対処法を知り抜いているのだ。
見ていると、傷ついた他の隊の兵を下げさせて適切なタイミングで交代させている。
あるいは叱咤しながら士気を盛り上げていた。
まさに歴戦の強者達だ。
みるみる内にモンスターが片付けられていく。こちら側は疲労よりも、一匹を倒すごとに歓声を上げて勢いを増していた。
もちろん、最大の戦果はガストン将軍だ。
壁を乗り越えようとしたり、突っ込んでくる危ない場面をクロスボウの一撃で撃退していく。
肌、鱗を問わずクロスボウは深々と突き刺さるか、貫通していく。
「そこ、まだ息があるぞい! 油断してはいかんわい!」
息を吹き返したブルーリザードに、ガストン将軍のクロスボウが撃ち込まれる。
青黒い鱗を持つブルーリザードは顔を貫かれ、今度こそ叫び力尽きる。
わずかな動揺をも落ち着け、瞬時に対処していた。
僕もただ矢を作っているだけではない。
やはり僕の壁では強度不足で、モンスターの渾身の一撃を受けると壊れてしまう。
壊されるたびに修復し続けていく。
一息つける時には、壁の向こうにさらなる小さな壁やトゲを作ったりしている。
これは《操作系》の弱点だけれど、見えないところはイメージ通りにはなりづらい。
仮になっても脆くて、視界内の造形とは雲泥の差がある。
それでもモンスターの側に障害物を作り続けるのは、無駄ではない。
足並みを乱して補助に徹するのだ。
そんな僕の元に、飛行騎兵が一頭近付いてくる。軽装鎧をまとったアエリアだ。
「はぁ……はぁ……ジル様っ!」
「だ、大丈夫……!?」
肩で息はしているようだが、目立つところに外傷はない。
アエリアは僕の心配そうな視線を受けたからか、手を軽く振った。
「ああ、これは魔力がなくなりそうなだけで……イライザ様から伝言です……。モンスターはあと50体、上陸してきます」
「わ、わかった……ありがとう」
まだそんなに上がってくるのか。
モンスターの大半は魔術に対する抵抗力がある。特に鱗を持つリザード種ーー今、ガストン将軍がとどめをさした種は宮廷魔術師級でないと有効打を受けないほど、魔術に強い。
上空からの攻撃では戦闘不能にさせるのは無理で、やはり近接攻撃でないと致命傷にはならないようだ。
「……無理せず後退してくれ、アエリア。あ、そうだ……陣内の伝令はできる?」
「もちろん、話すのと聞くのはばっちりですよう!」
「だそうです、ガストン将軍。彼女を使えば戦力をうまく配分できますし……」
「うむ、飛行騎兵の伝令とは恐れ入るわい! しかし使わぬ手はない!」
アエリアはガストン将軍へ近寄り、大声のガストン将軍から指示をいくつか受け取った。
敬礼をしてアエリアはぱぁ、と陣内に消えていく。
「さて……これで陣も一層強固になろう。残る問題はあと一つ!」
「一つ……?」
「ジル様も不思議に思うであろう? 都市を守るものに比べれば頼りないとはいえ、聖宝球があるのじゃ! 実はここ最近、あるモンスターがおってな……! 戦いにはなるものの、どうしてか深入りはしてこんのだ! 少し戦うとぱっと群れの中に消えよる!」
「野生しかないモンスターに、そんな芸当が?」
モンスターは魔術こそ使うし逃げもするが、動物であることに変わらない。
罠をしかけてきたりとか、戦闘になっても我を見失わないとか非常に珍しい。
「うむ、変わったやつよ……ワシはそいつが怪しいとおもっておるのだが……! しかもワシにも見覚えがないやつじゃ!」
確かガストン将軍の戦歴は40年を超えるはずだ。その将軍が知らないとなると、変異種か新種の可能性がある。
聖宝球を突破できるモンスターなんて、聞いたことはないけれども。
それなら一時的に聖宝球の力を弱める能力を持つこともなくはない……のか?
「なるほど……そいつの出現に何か前触れはあるのですか?」
「よくぞ聞いてくれた! まず、雨! 次に、夜! 他のモンスターがおらぬときにも現れぬの! つまり!」
「……今、ですか」
その一言を口に出した瞬間、ぞわり、と背筋が震えた。
頭が揺さぶられるような、悪寒も走り抜けた。
一気に冬に叩き落とされた感じだ。
壁の向こうからーーいや、もっと遠くからか。何かが来ていた。
僕はその気配を感じ取った、のだと思う。
でも、他の兵達は何ともない。
まとわりつく寒気に反応した様子がない。
こんなにはっきりと気配を感じるのに。
僕だけ?
身体を震わせる僕に、ガストン将軍が静かに、
「ジル様……魔術の素養がないとわからんのじゃ。……うむ、まさに来たようじゃな」




