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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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来訪者が楽しんでいるその裏で(後編2)


 エリーはその過去一度挫折を覚えたのだが、その挫折は非常に遅かった。

 幼い時でも、兵士となった時でも、将となった時でもなく、その先――。

 アウラフィール。

 現魔王である彼女の謀略に圧殺され、将として何も行動出来なかったどころか自らの立場が非常に悪い物となっていくその現状に何の対処も出来なかったその絶望。

 それは本当に怖かった。

 誰が見ても無能である兵士が将になり、誰が見ても有能だった将が抜けたり理由不明で叱責され辞めていく。

 そんな組織として非健全になっていくその現状で誰が得するのか考えたら、誰が黒幕か考えるまでもない。

 その時、今まではどこまでも広かったエリーの世界は、小さな小さな、虚栄しかない世界と色あせた。


 何でも出来ると思った。

 どこまでも飛べると思った。

 その幻想の翼は、アウラフィールという本物の邪悪に、恐怖にへし折られ、エリーはその生涯において初めての挫折を味わいクロスの従者となるまでただ卑屈に生きていた。

 つまり、逆に言えば、アウラフィールに出会うまでのエリーの生涯は順調そのもので、都合が良過ぎる位幸せに生きていたという事である。


 雲耀もまた、エリー同様優秀という意味でなら非常に恵まれた生き方を送っている。

 生まれは優秀なエリートしか排出しない名家であり、家族仲は決して良好ではなくて家族から反発して生きながらも、それでも門番長という地位にまで就いた雲耀。

 口では下町育ちやその類の事を言っているが、雲耀は間違いなく持っている方の恵まれた存在と言える。


 だからこそ、この二者ではそれを理解し得ない。

 自らを高め、常に上を目指し自分の望む自分になり続けられたこの二者の周辺にいたのはそういう同類だけ。

 優れた事に自負があり、常に競い続けた者達のみ。

 そんな者達に囲まれ切磋琢磨してきたエリーと雲耀が、知る訳がない。

 この世の中には、想像をはるかに下回る馬鹿がいるなんて、知ろうとすら思った事はなかった。


『そんで小さき者よ……貴様は何を俺に聞きたいんだ』

 びっくりするくらいだっさいヨロイから響くしゃがれた濁声。

 変に気取った言い方がおそろしく似合わない、陳腐な声。

 その声の主の意図がエリーと雲耀には本当にわからなかった。


「……なんであいつこんな事してるんだ? ……まさか時間稼ぎか」

 雲耀は必死にその無意味かつ無駄な行動の意図を考え、そう答えを出す。

 戦場で無駄な行動をする事の愚かさを知っている雲耀では意味もなく自慢をする奴の心理が理解出来る訳なかった。


「意外と多いぞ? 何かでかい事が出来そうな時気が大きくなる奴とか悪い事を自慢する奴って」

「……んな馬鹿な。いや、相当有利な状況ならそういう奴もいるだろうけどさ……」

「有利な状況だと思ってるはずだぞ」

「いや、開幕で二機行動不能に追い込んだぞ? 多少は気を引き締めるんじゃ……」

『おい! せっかく俺が答えてやるって言ってるのに何そっちでぴーちくぱーちくやってやがる!』

 そんな品のない叫び声が聞こえるとクロスは雲耀の方に手を向けて静かにさせ、大きな声で叫び返した。

「すまん! じゃあ尋ねるぞー。あんたらは一体誰でどんな集団だ?」

『ふはははは! 良い質問だな。俺達はあの、冷血で有名な名高きハビタン盗賊団。そして俺はその親分フレーだ!』

 そう言ってフレーがゲラゲラと笑う中、他のヨロイ達から無数の犬っぽい雄たけびの様な声が轟く。

「なんと! お前らがあの……」

 クロスが怯えた様子でそう呟くと、フレーはなお気分よく高笑いを上げた。


「……んで、ハビタン盗賊団って知ってる?」

 クロスこっそり小さな声で困った顔のままエリーと雲耀に尋ねるが、二体とも同じ様な顔で首を横に振った。

「あー。って事はそんな有名じゃない感じか……。んじゃ、ちょっと厳しいかもしれんがもう少し深く突っ込んでみるか」

 そう呟き、クロスは大声を出した。


「ど、どうしてお前らそんな凄いヨロイを身に纏ってるんだ!」

 若干棒読みではあるが怯えた様子を見せながらクロスが尋ねると、フレーは再度高笑いをあげた。

『ふははははは! 弱者の怯えは気分が良い。良かろう。冥途の土産にはまだ足りないだろうからそれ位答えてやろう』

「あ、こいつ思ったよりも馬鹿だし思ったより悪い奴じゃねーわ」

 そう内緒話の様に呟くクロスにエリーは何とも言えない困った顔をして見せた。


「どしたエリー?」

「……いえ、その……意味もなく自分の作戦を語るあの様子に正直色々付いて行けなくて……。どうしてそんな事を……。いえ、自慢したいからしてるというのはわかるのですが……」

 雲耀と同じ様な事を言うエリーにクロスは微笑んだ。

「まあ要するに、世界にはお前らが思うよりも馬鹿が多いって事だ。俺みたいな馬鹿がな」

 その言葉の詳しい意味を訊ねる前に、フリーと名乗る盗賊の親玉が自慢げに自分達の作戦を全部語りだした。


『このヨロイはな、貢ぎ物なんだよ! どっかの何て言ったかな……同業者の……錬学? とかいう名前の……いや何か違うな……錬……錬――』

 雲耀は唐突に、顔を青ざめさせながら叫んだ。

「――まさかそれは煉獄か!?」

『ん? ああ、それだそれだ。確か煉獄だ。そいつらからの俺様達の貢ぎ物……みたいなもんだ』

 その言葉を聞き、雲耀はクロスの方をちらっと見つめた。

「クロス。もう少し詳しく聞いてくれるか? やばいかもしれん」

「わかった。煉獄について聞けば良いか?」

「いや、煉獄については知ってるから後で説明する。そっちじゃなくてどうして煉獄がヨロイを贈ったのかを知りたい」

 クロスはこくりと頷いた。


「どうして貢がれたんだ? やっぱりフレーがこの盗賊団が強くて怖いからか」

『ふはははは! それもあるだろうなぁ』

「もう少し詳しく聞きたいなー。どうして貰ったのかなー。一体何を煉獄は気に入ったのかなー」

 クロスの言葉にフレーは非常に良い気となり、ぺらぺらと口を開き続けた。


 全く意味が分からない程に話を盛りまくるフレーの自慢話は雲耀やエリーが頭を押さえる程は酷く、正直全く参考にならないと思えた。

 その全く参考にならない自慢話をクロスは酔っぱらいの与太話位に受け止め、上手に事実だけ抽出して重要な部分を集める。


 その事実を纏めると、彼らは煉獄という組織に騙されたと思って良かった。

 貢がれたと言っているが実際は二組織共同での購入で彼らは決して安くない金額を支払っている。

『足りない分はガラクタで払ってやったわ』

 と言っていたがこういう場合は大体詐欺にあっており、ガラクタに見える宝物だったのだろう。


 お互いが金を出して買ったのに貢がれたとフレーが勘違いしているその根拠は入手した数に依存していた。

 購入したのは合計二十八機のヨロイで、ハビタン盗賊団として確保したのはその内の二十七機。

 つまり大半を手にした、相手に譲らせたのだから貢ぎ物という発想らしい。

 ちなみにその残った一機はやけに丸っこくて細くてちっこくて弱そうな奴だったそうだ。


「って感じだな」

 クロスは纏めた結果の事実をエリーと雲耀に共有し伝えた。

「……良くさっきの会話で理解出来ましたね」

 エリーは酷く感心したように呟いた。

「慣れてるからな。ぶっちゃけ酒場のおっちゃんよりはわかりやすい。んで雲耀。今のとこで何か質問は――」

『貴様ら! もう俺に質問はないのか!? ないならそろそろ――』

「すまんタイムを頼む」

『なぁにぃ……タイムだぁ!? ……五分だけだぞ。まったく……。おいお前らー。五分休憩なー。ちゃんと飲み物は摂れよー』

 そうフレーが叫ぶと全ヨロイがその場に止まり動かなくなった。


「ははっ。気前の良い馬鹿だなぁ。出来るなら殺さずに終わらせたいもんだ。んで雲耀。今の内に情報すり合わせるぞ。何か聞きたい事あるか?」

 クロスの言葉に雲耀は頷いた。

「一つ。煉獄に行ったヨロイってあいつらの言う通り弱い奴と思うか?」

 その言葉にクロスとエリーは同時に首を横に振った。

「めちゃくちゃ過激かつ適当に言ってるからどこまで信じて良いかわからないが、細身のヨロイだったらめちゃくちゃやばい」

「どうしてだ?」

「耐久性を度外視するってのはヨロイではありえないんだ。そう考えると耐久力も高いという事。細身のままで耐久力をあげるってのは難しくてな、なかなか量産出来ない……はずだ。昔の知識だから今は違うかもしれんが。まあつまり……高確率で高性能試作機だろうと俺は想像してる」

 クロスの言葉にエリーも同意し頷いた。

「……だよな」

「今度はこっちから聞くけど、煉獄ってのは一体何だ?」

「……里から抜けた奴らの集まり。正式名称は東国復興軍煉獄隊。名前からわかる通り魔王国の下に付くのを嫌がった奴らの残党で、目的は名前の通り、蓬莱の里を独立させ昔の東国に戻す事だ」

「……やばい奴らか?」

「やばいな。目的の為なら何でもするし副門番級の戦力を保持している奴も多い。蓬莱の里としても最重要の敵として数えているから何度か滅ぼしてるはずなんだが燻った火はなかなか鎮火しないらしくてなぁ……」

「んで今着火したと」

「らしいな。……ぶっちゃけるけど複数のヨロイ持ちであるこいつらよりもやばい存在だ。盗賊ならこいつらの目的は略奪だが、煉獄の目的は国家の簒奪、くうでたぁとかいう奴だからな」

「ふむ……ちなみに雲耀。先に言っとくがもし手にしたのが近代の高性能試作機で搭乗者がプロならぶっちゃけ俺でもやばいからな」

「たった一機でもか?」

「たった一機でもだ。ガチの搭乗者は本当にやばい」

 そうクロスは断言した。


「……クロス。煉獄の作戦とか聞き出せないか?」

「それは無理だな。というかあいつら馬鹿だからもう何も知らんぞ。隠し事出来る程頭良い様には見えん。とは言え、作戦だけなら予想は出来るかもしれんが……」

「頼む」

 真剣な表情で雲耀はそうとだけ呟く。

 それを聞いたクロスはそっと頷き、エリーの方を見つめた。


「エリー。さっきまでの情報に加えて『こいつらが都合良く利用されている』と想定した場合煉獄はどう動くかわからないか?」

 エリーはきょとんとした顔をした後、ほっと安堵の息を吐いた。

「ああ。やっと私にもわかる話になりましたし役に立てそうです。クロスさん。彼ら盗賊団は今日襲撃する事すら煉獄に利用された可能性はありますか?」

「まあこの流れなら間違いないだろうな。決めつける程の確証はないが」

「わかりました。雲耀さん。煉獄という組織は革命軍の様な組織で手段を択ばずまた優秀な存在が多く所属していると考えて間違いないでしょうか?」

「ああ。恥ずかしながら年に数体、里から抜けてそっちに行く奴もいる。門番でそこそこの地位の奴らも含めてな」

「ありがとうございます。でしたら、答えは一つしかありません」

「……それは何だ?」

 雲耀の言葉に、エリーは一言で答えた。

「囮を使う時の作戦なんて、そう多くないでしょう」

 二十を越えるヨロイを扱う盗賊団。

 それを囮に使うという事。

 白虎門に戦力を集中させた後の行動なんて、考えなくてもわかる事だった。


「それは急がないといけないな。だけど……こいつらを無視はできない。クロス。無茶を言っているのはわかる。出来るだけ早くこいつらを無力化出来ないか?」

「任せろ」

 悩むそぶりも困った様子も見せず、クロスは一も二もなく了承した。

「……言った手前聞きづらいんだが大丈夫なのか? 相当無茶を言ってるつもりはあるが……」

「ま、なるたけ早くやってみるさ。エリー。オーダーは聞いていたな」

 その言葉に微笑みながらエリーはそっと貴族の従者らしく仰々しく頭を下げて見せた。

「ええもちろんです。お使いになられますね?」

「ああ。試すには良い機会だろ?」

「わかりました。では……少々失礼します」


 そうエリーは言葉にした後、頬を赤らめ、恥ずかしそうにクロスをぎゅっと抱きしめた。

 優しく正面から慈しむ様にクロスを抱擁し、そのまま無言の時間が流れる。

 大体十秒か二十秒か、その位の時間の後クロスはがたっと膝から崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ですか?」

 慌てて支えながらエリーが訊ねるとクロスは頷き微笑みながら自力で立ち上がった。

「ああ。大丈夫大丈夫」

「……おい、一体何したんだ?」

 雲耀はその異質な光景について尋ねると、クロスは微笑んだ。

「役得……じゃなくって、魔力を送ったんだよ。たっぷりとな」

 そう呟いた後雲耀の返事を待たず、クロスは離れた位置にいるヨロイ達の方に叫んだ。


「待たせたな! そろそろ良いぞ」

『ようやくか! だが貴様は運が良い。今の俺は機嫌が良いから子分に入りたいというなら貴様ら三体とも受け入れてやるぞ! 仕事さえやりゃ私生活は何も言わん。休みもちゃんとあるし戦うのが苦手なら裏方でも良いぞ』

「ははっ。そりゃ良い。それはそれで楽しそうだ。だけど……悪いが戦わないといけないんだわ」

『それもまた定めよ。ま、蹂躙する我々が言う話ではないがな』

 フレーは高笑いを上げ……その直後、全機がクロス達に向かい戦闘態勢に入った。


「さて、そろそろやるか」

 首や肩を鳴らしながら魔力不足の気だるい体を動かし、クロスはそう呟いた。

「おいクロス。俺は何をしてたら良い?」

「あん? そうだな……ちょっと休んでてくれ。すぐ終わる」

「は? 一体何をする――」


 ぽたっ。


 雲耀は落ちて来る雫に気づき、言葉を止めた。

 さっきまで晴天で雲すらほとんどなかったはず。

 だが、気づいた時には天には雨雲が集まり薄暗くなっていた。

 しかもその雨雲は、ヨロイの集団を中心にしたこの辺りだけしか見当たらず、それ以外の空は全て晴天のままとなっておりまるで空がドーナッツの様になっていた。


「……こりゃ一体……しかもこの雨……」

 そう呟き、雲耀は自分の着物を見る。

 着物に出来た水の痕は、赤くなっていた。

 赤と桃色の中間位の、まるで花で染色した様な染み。

 それを雲耀はしげしげと眺めた。


「安心してください。一定時間経過しますと透明に戻りますので染みにはなりません」

 そう言って微笑みエリーは大量の魔力消費からか全身が眩いばかりに発光していた。


「うおっ! ああこれあんたの術か?」

「ええまあ。魔法ですらない強引な天候操作ですけど」

「……んで、これは一体何が起きるんだ? 赤い雨が落ちるだけじゃないんだろ?」

「いえ。実は赤い雨が落ちるだけなんです。というかこれ以上の事今の私じゃ出来ませんよ。現在でも容量いっぱいいっぱいを通り越してギリギリで頑張ってるんですから」

 そう言ってエリーは苦笑いを浮かべた。

「は? そんだけなのか? いやじゃあなんで赤い雨なんて降らせたんだ?」

 その言葉にエリーは微笑むだけで答えない。

 その意味深なエリーの動作と襲って来そうなヨロイを前に雲耀は疑問と焦りを持つが、すぐ、その赤い雨の意味を理解し疑問は氷解する。


 地面がぬかるむ事すらない、ぽたぽたと落ちる様な小雨。

 しかもただ色が赤いだけ。

 それだけしか変化はないのに……ヨロイは一体もまともに歩く事なくおろおろとその場で両手を広げる様な動作をしているだけだった。


「つまりこの赤い雨はヨロイだけを無効化する様な力があるって事か」

 そう雲耀が納得した様な顔で呟くと、エリーは首を横に振った。

「いいえ。そんなものありませんよ。本当に最初から言いました通り、ただの色付き雨です」

「じゃあどうしてヨロイは攻めてこないんだ?」

「そりゃ……前が見えないからじゃないですかね」

 エリーが微笑みながらの言葉で、雲耀はヨロイの全身に赤い染色がされている事の本当の意味にようやく気が付いた。




 これは実際ヨロイに搭乗しないとわからない感覚だろう。

 ヨロイは万能の兵器である事は間違いないのだが、決して自分の体ではない為よほど熟練した搭乗者でない限り思い通りには動けない。


 だからこそ、視界を塞がれた時、何も出来なくなる。

 暗黒の世界に一旦入り込むと、足を踏み出す事が、手を動かす事が、とにかく恐ろしい。

 真っ暗なヨロイの中では万能の兵器がただの拘束具にしか感じられず、搭乗者は死刑執行台に立つ気分となってくる。


 それでも、それはヨロイの欠点ではない。

 ヨロイが万能の兵器である所以は、足りない部分を搭乗者が補えるから。

 逆に言えばヨロイの欠点を補えない素人搭乗者では、視界を塞がれた場合、出来る事は動かない様にするか脱出して逃げる事位しか残っていなかった。


「……んー。思ったより……いや、言うまい」

 ヨロイとヨロイの隙間を突き進みながらクロスはそう呟く。

 クロスの想定としては、まあ半数程度行動不能になるだろうと考えていた。


 精霊種であるエリーに魔力を送り、主従の契約を利用して生み出す赤い雨。

 半径五十メートルを越える位の範囲のみに一時間で消える染色された雨を降らせ、ヨロイの視界を塞ぐ。

 本当にただそれだけ。

 熟練のヨロイ乗りにも雨天対策のされたヨロイにも効かない使い道の限られたこの技は、ヨロイ乗りビギナーのハビタン盗賊団には見事な程効いていた。

 半数どころか、全滅である。

 親分であるフレー含めて誰一人その雨に対処出来ずパニックになりつつありながら一歩も動けなくなっていた。


「……こんな事にしか使えなくてすまんな相棒」

 そう言葉にし、クロスは相棒である短剣を取り出し、魔力を送り込み振動波を発生させる。


 ブンッ。


 そんな音が短剣から聞こえるのを確認した後、クロスはヨロイの中で一回り大きく、とにかくダサい、フレーのヨロイの胴部に相棒を突きつけた。




 中から見れば、それは間違いなく恐怖に震える光景だった。


 真っ暗で全ての光が封じられたヨロイの中で、金属が削れる音と何かが壊れる音が鳴り響き、わずかな明りが中を照らす。

 親分と呼ばれるその男が、さっきまでの自信がただの虚栄に過ぎなかったのだと理解した時には、既に全てが手遅れとなっていた。


 バキバキバキ……。


 金属が引きちぎられる様な音と同時に、世界に強い光が差し込む。

 本来の搭乗口が強引に引きちぎられて開かれ、その先には半鬼の男が立ち、こちらを見下ろしていた。


 フレーは……ただ震える事しか出来なかった。

 虚栄を張る事も、命乞いをする事も出来ない。

 そんな事する余裕はなく、目を合わせる事すら出来ず、ただ震え続けていた。


「……ふむ。コボルトだったか。なるほど。確かにヨロイ向きな体型だな」

 その男は震えあがる犬の顔と小柄な人型の体を見てそう冷静に言い放った。

「た……助けて……」

 ようやく何とか言葉に出来たただ一言。

 耳をぺたんこにしながらの命乞い。

 無駄だとわかっていても、言わずにはいられなかった。


「ま、それは蓬莱の里次第だな。ただまあ……俺個人としてはお前は嫌いじゃないんだよな。一応の助命はしておくさ。そんで、無事だったら酒を奢ってやるから一緒に飲もうぜ」

 そう言ってその男はにかっと子供みたいに笑った。


 その笑顔があまりにもガキっぽくて、あまりにもあどけなくて。

 コボルトは頷く事すら忘れ、その笑顔に魅入ってしまっていた。




 諦め投降したハビタン盗賊団については雲耀に全て任せ、クロスとエリーは急ぎ別の門に走った。

 もし予想が正しいなら、煉獄と呼ばれる組織が盗賊団とのゴタゴタに隠れこの蓬莱の里に攻めてきているはず……。

 話を聞く限り煉獄とは最悪のテロリストの様な組織で、そして自らを正義と信じ切っている最も悪質なタイプ。

 正義の名の元に蓬莱の里が虐殺に合う事なんて予測するまでもなくわかる事だった。


 しかも、今回最悪なのは蓬莱の里にヴァールとローザがいるという事だ。

 恐らく特別な来賓者が来るという事で今日この日を決行日にしたのだろうが、それは煉獄にとってだけでなく蓬莱の里にとっても不幸な事となっていた。

 ヴァールが中にいる以上、どうあがいても煉獄に勝ち目は残らない。

 例えヨロイが百機、いや千機いようと、魔王国と並ぶ位の軍事力を持とうが、純血の元魔王ヴァレリアには絶対に勝てない。

 元とは言え、現役の頃より弱いとは言え、魔王とはそういう存在であるからだ。

 ただ、それは煉獄にとっての不幸だけとは言えず、蓬莱の里にとっての幸運とは決して言い難かった。


 もし、万が一の可能性しかないが、その万が一を突破し誰かが襲撃に来てローザが怪我をしたとしよう。

 そうなれば、蓬莱の里の全員が、激昂したヴァールによって皆殺しにされるだろう。

 当然クロスやエリーも他人事ではなく、確実に、死ぬ。


 そんな可能性を避ける為、クロスとエリーはその煉獄を探し回った。


 朱雀、玄武、青竜。

 三つの門の何処に向かっていると信じ、緊急事態であると里に伝え、クロスとエリーは延々と里の周囲を走り続ける。

 一分一秒を稼ぐ為、最悪の最悪を避ける為必死に走り……そして遂にクロスは目的のそれを発見した。


 そこでクロスは、とある重大な事に、思い至った。


「エリー。正直に答えてくれ。これを実行出来るか?」

 目の前の現状を見ながら、クロスはそう震えながら呟く。


 鬼を中心とした五百体程の武装集団。

 その背後には平衡錘投石機(トレビュシェット)等の攻城兵器が転がり、そして更にその奥には一機の白い細身のヨロイもいる。

 武装の質も高く、立ち並ぶその姿からも彼らが相当に鍛えられた集団であると理解出来、それ故にクロスは彼らが煉獄の集団であると理解した。


 本気で、魔王国から蓬莱の里を救いだし東国として復刻したいのだという決意が、その姿からクロスは確かに、確認出来た。

 彼らの本気を、彼らの決意を、見事な隊列を組んで直立で立つその姿から、クロスはしっかりと胸に刻んだ。


 煉獄と呼ばれたその彼らは誰一体として一歩も動かない。

 クロスが来た事すら気づかずずっと立ったままでいる。

 そもそも、彼らがクロスの事を認識する事はない。

 認識出来るわけがなかった。

 ここにいる五百を超える集団は、誰一体として生きていなかったから……。


 一ミリたりとも体に傷はなく、ただ立っているだけ。

 だけど、煉獄と呼ばれたその集団は誰一体として例外を作らず、一切の生命活動を停止していた。


「……出来る訳がありません」

 そうエリーは正直に答えた。

「だよな。俺にも無理だ」

 全員が一歩も動かず一ミリも傷を付けず皆殺しにするなんて芸当、どうあがいても不可能。

 それが出来る存在なんて……クロスは一つしか思い浮かばなかった。


 だからクロスは、それに気づいてしまったのだ。

 その、異常な光景が納得出来るその存在に……???。

「こんな事出来るなんてのは……あの本に書いてあった奴らがいるという事。やはり……蓬莱の里に()()はいるんだな……」

 音一つ立てず、一切気づかれず数百体の魔物を一斉に殺しきる様な能力を持ち合わせる蓬莱の里が誇る隠密組織。

 その名は――忍者。

 蓬莱の里の最終国防兵器である伝説の守護者である。


 その生きる伝説の所業を見てクロスは興奮を隠せぬ様子で小さく震えた。


 エリーは何となく漂う残留魔力からその所業の正体に思い至るのだが……楽し気な主に水を差すのも悪いなと思い言葉にせず、ただ穏やかな表情でテンション高く盛り上がるクロスを優しく見守った。



ありがとうございました。

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いや普通に何処ぞのピュアブラッド様か何処ぞの門番長様やろ
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