来訪者が楽しんでいるその裏で(後編1)
クロスと雲耀が扶桑からの差し入れで貰った大きなおにぎりにかぶりついて食べているその最中、エリーはぴくりとした反応を見せ、遠くの方に、森の奥の方に目を向ける。
その様子を見てクロスと雲耀は手に持ったおにぎりを頬張り指についた米粒を舐めとった後、望遠鏡を置き剣を手にした。
「来たな」
そんなクロスの言葉に、エリーはこくりと頷く。
「数はわかるか?」
「少々お待ち下さい。その……隊列が崩れて汚いのでちょっと数えづらくて」
「目で見てなくて魔力で判断してもその辺りは同じなんだな」
「ですね。……たぶんですが、十五の二小隊で三十……ですかね。前後三の誤差はあると思います」
「なんだ。たった三十体か。もっと大勢で来ると思ったのに」
がっつり戦う予定だった為か落胆した表情の雲耀。
その雲耀の言葉に、エリーは微笑んだ。
「いえ、違いますよ」
「ん? 違うって……ああ。三十体は先鋒隊か何かで本隊がいるって事か」
その言葉も、エリーは微笑みながら否定した。
「違いますよ」
「んー? どういう事だ? 何が違うんだ?」
「三十体じゃないんです。襲撃に来たのは、三十機なんですよ」
その言葉の意味が、しばらく雲耀はわからなかった。
長い長い歴史の中、幾度の戦争を重ねるにつれ争いの力は、争いの為の技術はめまぐるしい進歩を見せる。
剣はより鋭く丈夫に、槍はより長く効率的に、盾は役割によって使い分けられる程多種多様に。
もちろん武具だけでなく戦術や魔法技術なども戦争により進化していった。
だが、戦争の恩恵により最も強化されたのはそれらではない。
個人で使う武具や才能に依存する魔法ではなく、人魔物共に最も戦争により発展したのは、兵器だった。
城を破壊する為の攻城兵器や、馬の引く戦車。
それだけでなく、魔導を利用した全身鋼鉄の戦車等日常ではとても使えそうにない強大な兵器が戦争で誕生していった。
野原に巨大なクレーターを作る様な火力を持つ大砲。
百人位なら貫通するバリスタ。
千単位の人、魔物が乗れる巨大戦艦。
そんな兵器に加えて飛行生物を利用した爆撃なども存在するのだが、これらは戦争の主役、決して華ではなく、あくまで添え物。
戦争の華、殺し合いの主役、戦局を決定付ける一手と呼ばれる兵器は……ヨロイと呼ばれる物だった。
魔物達が『魔導アーマー』と呼称するそのヨロイこそが、中規模以上の戦場における勝敗を決定づける大きな差だと言われ続けて来た。
外に出たクロス達がその襲撃者の方角に進み待機していると、向かってくるその姿と巨影が確認出来た。
鈍い金属音を鳴らしながらゆっくりと進んで来る身長三メートル程の人型。
分厚い鎧を着た様な姿だが、その大きさ、重さの鎧があれば間違いなく体が潰れる。
だからこそそれが間違いなく、ヨロイと呼ばれる物であると三体は理解出来た。
「まじかー……。どこの阿呆か知らんがあんなもんまで持ち出しやがったかー。……よっし。俺が殿になるから里に戻って何とか準備してくれ」
雲耀は後頭部を掻きながらそう言葉にし、一歩前に出て刀を抜いた。
蓬莱の里にはヨロイは存在ない。
そして今まで、ヨロイに襲われた事もない。
その為、里はヨロイに対してのノウハウを全く持っていなかった。
ヨロイとの戦闘経験の無い雲耀は里の事を考え、出した結論はここで自分が犠牲となって時間を稼ぎ、しっかりと戦う準備を整えたらたぶん何とかなるだろうというものだった。
里にヨロイがなくとも三十程度の数なら実力でごり押せるし、時間があればあの巨体を貶める罠を張る事も出来るだろう。
そう、里は弱くない。
だから何とかならない事はない。
だから雲耀のする事は変わらない。
今までしてきた様に、そしてこれからもそうする様、門番長の役割として、雲耀はここで命を賭し時間を稼ぐ覚悟をしていた。
その様子は、部外者であるクロスとエリーにすら理解出来る程で――。
「……あのさ、悲壮な決意をさせた後で言い辛いんだが……ぶっちゃけ俺達だけで何とかなるぞ?」
そんなクロスの言葉。
それに雲耀は優しく微笑んだ。
「悪いな心配させて。でも大丈夫だ。俺はそうそう死なないから。だから急いで里に危機を知らせてくれ。俺以上に強い奴なんてゴロゴロいるんだから、きっと大丈夫だ」
「いやいや、心配とかそういう事ではなくてな……普通に、この程度のヨロイなら俺達だけで何とかなるんだ」
「……まじで?」
クロスがしっかりと頷いても雲耀の目は半信半疑……いや、疑いの方が強い眼差しを向け続けた。
「エリーはどう思う?」
「クロスさんだけで何とかなると思いますよ。相手を過小評価する気はないので余裕でとはとても言えませんが」
「そうか? 俺としちゃほぼ間違いなく余裕なんだが」
そう言ってクロスは肉眼でその巨体を見つめた。
そのヨロイは非常に単純な作りとなっており、武骨というより粗雑の方に近く感じる。
長方形をくっつけただけの様な腕にやたらと鈍重そうで短い足。
胴体は長く、頭は逆に平たい。
色んな意味で箱に近い形状をしていた。
カラーは黄土色を主体として白と黒が塗装され、武装は巨大な金属製の棍棒のみ。
そのヨロイの形状を記憶から照らし合わせ、脳内でシミュレートして、そしてクロスは頷いた。
「うん。やっぱり余裕だわ。あれ数代前の型落ちじゃねーか。しかも俺の知っている時代の型落ちだからガチで大昔の奴だ」
「そうなんです? というかヨロイってそんな簡単に見分けられるんですか? 私良くわからないんですけど」
「中身だけいじってる場合はまた別だけど……動きももっさりしてるしあんな使いにくいヨロイの外装をわざわざ使う理由ないからたぶん間違いない。ついでにいやさ、あれ人間の作ったヨロイっぽいんだけど」
その言葉に、エリーは顔を顰めた。
「まじですか?」
「うん。まじまじ」
「……それ、もしかして厄介事じゃないですかねぇ」
「そうなのか?」
「ええ。情報が少ないのでまだ確定はしてませんが」
「どんな厄介事? 最悪の想定は?」
「人間と手を組んだ……いえ、人間の配下に入った魔物がいる場合ですね。あらゆる意味で最悪です。と言っても可能性は限りなく低いですけど」
「ふむふむ。じゃ、一番可能性が高いと考えるのは?」
「そりゃ、過去の人魔大戦時に鹵獲した物か、鹵獲してあった物を強奪した場合でしょうね」
「なるほどねー」
そう話し合うクロスとエリーはのほほんとした様子で、本当に余裕なんだと思い雲耀は現実に戸惑いながら苦笑いを浮かべた。
『怯えなくても大丈夫だ。お前の技量なら問題ない。そもそも、別にまともに戦う必要もないんだ』
先行隊らしき二機とのヨロイと戦う寸前にクロスが雲耀に伝えた言葉。
雲耀は今回でクロスには今後も含めて絶対に勝てないと理解した。
戦う前、喧嘩を売る前はクロスの実力を同等か自分よりもわずかに高いのだと考え、戦った後は底が見えず何か隠し玉がある分自分よりも格上の存在だと考えた。
だが、そういう事ではなかった。
クロスが強者であるのは、そういう切り札とか、特別な力があるとかではない。
そもそも、クロスと雲耀を比べた場合そこまで大きな力の差はない。
鬼種として優秀な血筋を継ぐ雲耀の戦闘能力は高く、特に筋肉の質は人としてそこそこ程度のクロスとは比べられない位は優れている。
その分クロスには魔法の力が宿っている為下位互換と言う事はなく、二体の戦闘力は五分か若干雲耀の方が優れている位しか差がない。
違うのは、そこではない。
要するに、質が違うのだ。
身体ではなく、その身に宿した経験、その質が、量が、あまりにも異常で、どう頑張っても追いつけそうにない。
見本となる為ヨロイ二機の意識を自分に集め、その二機の連携攻撃を翻弄しながら雲耀にわかりやすくヨロイとの戦い方を説明するクロスを見たら、実力を比べていた事自体が馬鹿らしいとさえ思えた。
「という訳で、ヨロイ攻略で重要となるポイントは二点。あほみたいに高い破壊力と頑強過ぎる防御力をどうするかだな。ちなみに攻撃回避のコツは可動域を考えて動く事だな武器があろうとなかろうと。ヨロイの関節稼働範囲は人や人型魔物よりも遥かに狭いんだ。んで攻撃のコツは弱点を見極める事なんだが……このタイプなら背中だな。背中の継ぎ目に剣差し込め」
「差し込んだらどうなるんだ?」
クロスは実際にどうなるか、やってみせた。
襲ってくるヨロイの背後にジャンプして回り、音もなく短剣を差し込み、引き抜く。
その直後ヨロイは異常な音を発しながらがたっがたっと揺れ、煙を出しながら動かなくなった。
「ね? 簡単だろ?」
「ああ。そうだな。決戦兵器をたった一体で潰す方法を簡単にまとめられるなんて意味がわからない奴がいるんだから、そりゃまあ簡単になるだろうな」
「いや、結構出来る奴多いだろ?」
「普通そんな事考えもしねーよ」
「でも、俺の知り合いならたぶんもっと簡単に出来るぞ」
「知り合いって?」
「アウラとメルクリウス」
「前半はわかる。そりゃ魔王様なら簡単だわ。魔法でどんではい終わりだ。後半のは誰だ? というか何の種族だ」
「ドラゴン」
「そりゃ出来るわ。ヨロイより大型の決戦兵器みたいなもんじゃねーか」
そう言って雲耀は溜息を吐き、ヨロイの背後に回り込んで刀を差し込んだ。
ギャリギャリギャリと音を立てながら刀は自らに傷を付けつつ金属の縫い目を縫っていき、そして唐突に、ぷつんと何かを切断したような感覚を覚える。
その直後に、ヨロイは煙を発し動かなくなった。
「ほら。簡単だったろ?」
「ああ。簡単だった。そして再確認した。お前やべーわ」
その言葉に同意する様、エリーは微笑み頷いてみせクロスは独り抗議をしようと顔を顰めた。
ヨロイが傍で暴れまわっていたとは思えない程穏やかな気持ちで三体が居る中、木々の折れる音と同時に新しいヨロイ群が姿を見せた。
前衛らしき十機と、続いての後衛の二十機程。
多少の誤差はあるがこれで最初エリーが見た数を全て確認出来たと思って良いだろう。
「なあクロス。一応聞くけどこの数が襲ってきても……」
「余裕だな。というか雲耀は大きな勘違いしてる」
「勘違いって?」
「ヨロイを着たら誰でも最強になれる訳じゃない。実際はヨロイを手足の様に動かすのにも相当の熟練した技術が必要だし、連携を取るのは容易な事じゃあない」
「……ああ。言われてみればそうか」
「だからやばいのはヨロイを動かす専属の兵がいる時であって、こんな付け焼刃でローラーすらまともに使えないヨロイなら俺達がいなくてもたぶん普通の門番だけでもきっと余裕だ」
「いやそれはない」
雲耀は手を横に振りながら信じられない物を見る様な目でクロスを見つめた。
本来はヨロイと生身で遭遇、戦闘をするというのは自殺行為以外の何者でもない。
少なくとも、数分前の雲耀はそう思っていた。
だからこそ雲耀も恐怖を抱き、強い怯えを持っていた。
こんなあっさり倒せる相手だと知りその恐怖から脱却出来た今でさえ、雲耀はヨロイというものの脅威性を疑っていない。
四聖門門番長副門番長クラスならきっと余裕だろうが、一般の門番兵程度では間違いなく圧殺されると思っていた。
「あー。あの……クロスさん。あちらをちょっと」
エリーはくいくいと袖を引き、奥にいるヨロイの一機を指差した。
それをクロスと雲耀は見て……そっと、眉を顰める。
そのヨロイを一言で表すなら、装飾過多となるだろう。
ネックレスやブレスレットやららしき良くわからない植物のリングを体中大量に付け、ボディカラーはピンクに近いどす赤い色のヨロイ。
他のヨロイと異なり巨大な剣と盾という良質な装備をしているが、その盾には良くわからない海賊旗の様な絵が描かれていた。
どれだけの自己顕示欲を持てばこんなヨロイを身に付けられるのだろうか。
そう思う程には、そのヨロイの見苦しかったのだった。
「……他のヨロイは色含めて皆同一だから……あれがリーダー機と考えて……良いのかなぁ」
あまりの酷さに思わずそう呟くクロス。
あのデザインセンスのヨロイを身に付けるなんてのは罰ゲームとしか言いようがなく、ボスどころかいじめられているのではないかと敵の身ながら心配になる位だった。
「どうするんだクロス。一応親玉っぽいのから潰すか?」
「ちょっと待て。……いや、間抜けだからあまりやりたくないのだが……もしかしたら……。うん、とりあえず、相手が馬鹿である事を祈ってやってみるか」
「は? 一体何を――」
そう雲耀が訊ねるのに重ねる様、クロスは叫ぶ様な声でそのヨロイに話しかけた。
「――奥に見える変……力強そうなヨロイを着る強そうな男。お前がここを統べる主、ボスと見た! 一体何が目的で、どうしてこんなヨロイを集めたのか説明してくれ!」
クロスの言葉を聞き、エリーと雲耀はクロスの頭を疑った。
実際どうかは置いといて、二桁のヨロイを持つ集団とたった三体の魔物を見比べたらヨロイを持つ方が強く見えるに決まっている。
その圧倒的有利な状況だと思っている中で、わざわざクロスの質問に答える奴なんている訳がない。
戦場でそんな事をする馬鹿がいるなんて思う事すらないエリーと雲耀はクロスの行動の意味がさっぱりわからなかった。
『良いだろう! 冥途の土産に教えてやろう!』
やけに上機嫌な声が奥にいるだっさいヨロイの方から、そんな声が響いた。
「良かった。自分の悪事を他者に話したくてしょうがないタイプの馬鹿だった」
クロスの呟きを聞き、エリーと雲耀はそのヨロイを……正しくはそのヨロイの搭乗者の方を信じられない物を見る様な眼差しで見つめた。
ありがとうございました。




