来訪者が楽しんでいるその裏で(中編)
蓬莱の里は本来軍事国家と呼べる程度には軍事に、もっと言えば防衛に国力を割いている。
その理由は四方から様々な、どうしてここまでと言われる位種類の豊富な敵に狙われているからだ。
蛮族から意思なき魔物、国家。
様々な事情、様々な理由で、袋叩きと言える程。
それこそ、戦力を四つに分け門として防衛をしなければ持ちこたえられなかった程である。
その四つの門を管理するトップに殺人や法律にすらかかわらせられる程巨大な権力を持たせなければならない位には、蓬莱の里は脅威に晒され続けていた。
それでも、今までは何とかやってこられていた。
国として破綻し、魔王国の属国相当に落ちぶれても、それでも、力を主軸とし独自の武器を持ちながら、何とか戦ってこられていた。
この里を、守り続ける事が出来ていた。
そんな蓬莱の里は現在――歴代最悪の危機に苛まれていた。
内部の犯罪者を取り締まる事が出来ず、外敵に対しても何のアクションも取れない。
控えめに言っても、国家という形として死に体に近いという状況。
経済の前に治安という面、侵略されるという意味でこの里は終わりかけている。
何故ならば……単純に、リソースが足りないからだ。
この里に訪れた、二体の来客。
たった二体の来客だが……その二体があらゆる意味で規格外過ぎた。
元魔王である鮮血庭園ヴァレリアと、その娘である最も新しき純血の吸血鬼。
彼らをもてなすというのは里として非常に大きなメリットではあるのだが、同時に大いなる危機でもあった。
一歩間違えて不機嫌にしてしまえば、何か不都合があって悪影響を与えてしまえば。
そんなわずかな行動で、蓬莱の里は終わりに一直線……いや、その瞬間に終わってしまう。
嫌われるとか味方を失うとか間接的な理由でなく、ヴァレリアが本気を出せば本当にこの里は一瞬で皆殺し、荒れ地以外何も残らない様な状況となるだろう。
だからこそ、細心の注意を払い最大限リソースをその二体をもてなす事に注ぐ必要があり、そしてその結果……治安、防衛が疎かになってしまう。
考えなくてもわかる、当たり前の事。
だけど、どうしようもない事でもあった。
この現状を放置するわけにはいかないのだが……この状況で暇を持て余しているなんて稀有な存在もそうそういる訳がない。
そう思って困っているところに、びっくりする程都合の良い存在が転がっていた。
里の外から来た存在で、今回の事情を良く知り、そして二体揃えば大体の事が出来るという器用さを持つ高スペックな存在。
名声、力、政治力、交渉。
大体の事なら二体で完結し、しかもそれだけの力を持ちながら、何と多くの暇を持て余している。
そんな存在を放置出来る程蓬莱の里には余裕なく当然彼らに縋り、頼り……その結果、蓬莱の里で今までで考えてもあり得ない、とんでもな権力を持つ存在が生まれてしまった。
里長と同等の権力を持ちつつ、四聖門全ての場所で門番長に匹敵する権限を持つ、外部の存在。
しかも、その男自身が魔王代行の権力を持った上でだ。
この男が一声かければ、蓬莱の里はその命令に従う外ない。
里長なんて目じゃない程の権力であり、例え独裁国家でもそこまで権限を集中させないだろうという位権力を重ねてしまった、その男の名前はクロス。
彼は今生涯で最高の権限を持ち、それと同時に世界の真理を理解していた。
『偉くなっても幸せになれるという訳ではなく、むしろ仕事に忙殺され暇なく酷使され続けるだけ』
そんな悲しい真理をこの男は、クロスは二度目の生で知ってしまった。
「んでエリー。次はどこだ?」
少々疲れた顔でクロスは従者にそう尋ねた。
めんどそうな、気だるい顔。
とは言え、それを叱責するのは酷な話だろう。
白虎門付近で変なゴロツキ集団を三つ潰し、朱雀門で暴力団体を一つ潰し、青竜門で詐欺集団を一つ潰し……。
本来なら一つで一週間位かかる様な大がかりな仕事を、エリーが主に立ったとはいえわずか三時間で五つ終わらせたのだ。
むしろ疲れたのに次の仕事にすぐ取り掛かるだけ、クロスにしては相当頑張っている方だと言っても良いだろう。
戦うのや殴るだけなら構わない。
そういった何も考えなくて良い作業なら、生前からこなして来た為得意な部類である。
ただ、小ズルい悪党を捕まえるなんて作業は出来ないとは言わないが、面倒でかつ時間が相当かかる。
それこそ、エリーがいなければ一つも解決出来ず今頃投げていたのが自分の事ながら想像に容易かった。
「次は……大分しんどい仕事ですね。外敵駆除です」
「ふむ? 詳しく説明頼む」
「わかりました。白虎門の外から他国の襲撃が予想されています」
「どこからの襲撃?」
「わかりません。どの国からの襲撃かわからない程襲ってくる国の数が多いというのも蓬莱の里の日常らしいですね。とは言え、蛮族に毛が生えた程度の小国程度でしょう。魔王国配下の里を襲う馬鹿なんてのは」
「……ふむ。つまりする事は?」
「門の傍で待機し、襲撃者を私達と少数の門番で迎撃ですね。結構、しんどい事になりそうです」
そう言葉にするエリーとは裏腹に、クロスは解放感溢れる穏やかな笑みを浮かべていた。
「俺としちゃそっちの方がありがたいわ」
「どの位敵が来るのかわからないんですよ?」
「それでもだよ。考えて、会話して、逃げる相手を捕まえるよりもただ戦うだけの方がよほど楽だ。まあ……一つ、不満はあるが」
「ああ……。何が不満か良くわかります」
エリーの言葉に合わせて二体同時に溜息を吐き、そして遠くを見つめる。
戦う事を楽だと答えるクロスの、たった一つの不満点。
それは、移動方法だった。
里名義ではあるが、ここは国と言っても良い程度には広い。
その国と言える程広い場所で、四聖門は国の端にある。
つまり、移動距離が非常に長いのだ。
一応だが、交通機関も存在しているのだが……牛車等で基本的に、とても遅い。
贔屓目に見たとしても、どれだけ急いでも走った方が早い位には遅い。
だから二体はどれだけ面倒だと思いながらも、急いでいる以上、仕事が詰まっている以上、走って移動する以外の方法を選ぶ事は出来なかった。
というか、全力で走らないと間に合わない。
二体は溜息混じりに、次の目的地の白虎門の方角目指して全力で駆け抜けた。
「代行様! 見張りなど私達が行いますからどうかお休みを!」
白虎門の門番達にクロスはそう叫ばれる。
だがクロスはその忠告に従う気はなかった。
「まあまあまあまあ。これでもそれなりに目は良いから安心してくれ。いや俺がというよりもエリーがだけど」
その言葉に微笑み、エリーは頷いた。
「正しくは魔力で空間を把握しているだけですが……まあ大差ないでしょう。ですので、私達で見張りを行いますから休んで下さい」
そんなエリーの言葉は門番達にとって大変魅力的だが、それでも流石に自分達の仕事を上に押し付けられる程、彼らの心は図太くなかった。
「いえっ。め、めっそうもありません! これは我らが行うべき使命ですから!」
そう叫ぶ門番と、それに従い頷く残りの門番。
だが、彼らの様子には明らかに疲れが見えていた。
本来、四聖門の見張りは数十人から百人程度で行う。
仕事内容自体は交代で見張り台から望遠鏡等の道具を使い見続けるだけ。
だから業務内容で考えるならば、実質五人でもいれば十分仕事をこなす事が出来るだろう。
だが、それだと見張りの負担はあまりに大きすぎる。
一秒でも早く敵を発見する為、緊張の中常に周囲を探る作業。
少しでも、ほんのわずかでも発見が遅れたら門の中に侵入者が流れ込む可能性もある。
自分達の行動一つで里の存続に変化が起きるという、恐ろしい程に重要な仕事。
その精神的重圧は非常に大きく、百人程度で分散しなければ能力の前に精神が潰れる様な業務だった。
ちなみに、現在はリソース不足により、見張りは最低数の五名で回している。
斥候から今日この日ここを襲撃するという予告があるにもかかわらずだ。
クロス達が見張りを変わろうかと言ったのはただの親切だけではない。
単純に、緊張と恐怖から作業効率が下がっており、このままだと敵発見が遅れると考えたからでもあった。
「それにさ、そっちの奥の彼。彼以外は正規の見張りじゃなくて別の役職なのを無理やり回されて来たんじゃない?」
クロスの言葉に見張り五体は皆が驚きの表情を見せた。
「……わかりますか?」
「うん。そっちの彼は話しながらでも意識を途切れさせず望遠鏡をのぞき込んでるし、同時に肉眼の目視も行ってる。逆に言えば彼以外は皆俺達が来ただけで意識が俺達に向いたからね」
クロスの言葉が図星以外の何者でもなく、五体は何も言葉を発せずにいた。
「クロスさんそういうの良くわかりますね。私も見張りとか経験ありますけど、そこまで見てませんよ」
「メリーに教わったからね。出来損ないの教え子だった自覚あるからこそ大事なポイントは何度も確認したって自負はあるよ」
そう言ってクロスはエリーに微笑んだ。
「……御慧眼。御見それしました。確かに、私は警邏が主な任務で、現在正規の見張りはたった一名だけです」
「でしょ? という訳で慣れない仕事を無理しても続かないし、このままだと失敗する。というか失敗しそうで緊張びくびくでしょ? だから俺らに任せてくれよ」
「……ですが、代行様方は侵略者の対処が主なはず。前段階で疲れては……」
「言い方は悪いが鍛え方が違うよ。俺はこの程度じゃ疲れない。見張りと実戦両方をこなすなんてのは俺達は当たり前だったしな。エリーの方なんかは肉眼で見るのと同じ感覚で遠くを見続けられるから疲れなんてほとんどない……よな?」
エリーはそっと頷いた。
「……わかりました。正直言いますと、肉体はともかく精神の方は確かにしんどかったので……一時間程、お言葉に甘えさせていただきます」
「そうしろそうしろ。一時間だな。わかった。その時間は俺とエリーで受け持つ。その間襲撃来たら……そこの鐘鳴らせば良いんだな」
クロスは見張り台に立つ大きな鐘を指差した。
「そうです。それと……これも」
そう言葉にし、門番はクロスに大きな巻貝を手渡した。
「……何これ?」
「法螺貝です。これを吹けば大きな音が鳴りますので」
「……まじで? え? これ笛なの?」
「はい」
「……あの鐘を鳴らしても聞こえる位煩いのこれ?」
「あれより煩いです」
「……すっげー。ああ、わかった。これは俺が預かるよ。面白そうだし」
「お願いします代行様方」
そう言葉にし、五体の魔物はクロスに深々と頭を下げる。
そしてそのまま見張り台から去ろうとするのを、クロスはある事を思い出し彼らに声をかけた。
「ねえねえ。ちょっと一つ訊ねたいんだけど」
そんなクロスの言葉を聞き、五体はそっと足を止め振り返った。
「あ、はい。何でしょうか?」
「君らは俺を代行って呼ぶけど、何の代行としてそう呼んだの?」
「あ、もしかして失礼だったでしょうか? でしたら呼び方は代えますが……」
「いやいや。そうじゃなくって単純に好奇心だから大丈夫」
クロスは慌ててそう答えた。
魔王の代行で、里長の代行で、四聖門全ての門番長の代行。
その自分を彼らは一体どの代行のつもりで呼んでいるのだろうか。
そしてどの代行が彼らにとって重要なのだろうか。
そんなただの好奇心で、クロスはそう訊ねていた。
「……正直に言っても構いませんか?」
「うん。どんな答えだって絶対怒らないから」
「正直に言いますと……そもそもの話ですが、何の代行様なのかすら私達はわかっておりません。ただ、偉い立場の代行様なので、絶対不機嫌にさせるな、とりあえず代行様と呼んでおけ。そう、上の方から言われただけですので。なので教えてください。代行様は一体何の代行なのでしょうか?」
申し訳なさそうな門番の言葉。
それにクロスは納得した様な顔で頷いた。
「なるほどねー。わかった。ちなみに俺は君達の上司が忙しい代わりの代行だよ」
「納得しました。では上司の代行様。お先に休ませて頂きます」
そう言葉にし、門番達は微笑みながら敬礼をして去っていった。
「……魔王代行って言わなくて良いんです?」
「別に良いでしょ。固くなられても困るし、偉そうにするの未だに苦手なんだよ」
「ですが……どうせすぐわかると思いますよ? その時彼ら驚きと困惑と罪悪感抱えません?」
「……大丈夫でしょ。……たぶん」
そんな後の事まで考えていなかったクロスはそっと現実から顔を反らし、彼らの仕事である見張りに逃げた。
ありがとうございました。
更新頻度位しか取り柄がない私ですが、最近少々込み入っており更新頻度が露骨に下がりそうです。
真に申し訳ありません。
とは言え、モチベーションの方は下がっているどころか上がっている位ですので、完結は必ずします。
どうか気長に、そして最期までお付き合い下さい_(._.)_




