来訪者が楽しんでいるその裏で(前編)
白虎門方面にある寂れた食事処『月丹』。
外見も内装もどこか貧相で、客の入りが少なく空席が目立つ。
必死に良いところを探して言葉にしてみれば食事処にしては静かな雰囲気となるだろうが……正直に言えば、店として不安になるとしか言えない。
そんな店なのだから新規の客なんて来る訳がなく、安い事、近い事、そして惰性で来る常連位しか残っていなかった。
なのだが……何故かそんな寂れた店に見慣れない新規の客が二名入って来た。
垢ぬけてはいるけど同時にどこか間抜けそうな雰囲気でどこか飄々とした雰囲気を持つ半鬼の男と、やたらと派手で綺麗な着物を着た珍しい金色の髪をした綺麗な女性。
そんなやたらと目立つ若い容姿の二名は客と給仕、台所担当皆が注目し、その店はいつもと違う静寂が訪れていた。
「やってる?」
男の声に給仕の娘は我に返り、いつもの様に大きな声で返事をした。
「あ、ああ! いらっしゃい。二名で?」
笑顔も何もない叫び声の様な言い方。
その言葉に男は微笑み頷いた。
「うん。席はどこに?」
「好きに座ってくれ。水は各自適当に。注文があれば私を呼んで……」
「一番安い定食と一番安い酒。後は……エリーはどする?」
「すいませんがお茶だけで。あまりお腹が空いてませんので」
そう言った後、二体は給仕の方に目を向けた。
「はいはい! 出来たら持って行くから座ってて」
そう言葉にし、給仕は埃を舞わせながら奥に走って行いった。
別に急ぐ必要がない程ガラガラで、たった一体の給仕で十分足りる程度の客数でもわざわざ走る給仕。
それだけで店の質の悪さがわかる。
それでも、この店が初見のその二体の魔物は特に気にもせず、適当な座敷で向かい合わせで座った。
しばらくすると、給仕はその二体の前にがちゃんと乱暴に食事を置いた。
「はいお待ち!」
ぶっきらぼうでちょっと怒った様な態度の給仕。
安い食事を頼む奴にはこれで十分という態度が透けて見えていた。
そんな相手に、客の男はニコニコとした間抜け面で話しかけて来た。
「お姉さん。これはどんな食事か説明してもらって良い?」
「……はぁ? ……ああ、もしかしてあんたら里のもんじゃないのかい?」
「そうなんだ。と言っても、ご飯とみそ汁と漬物って事位はわかるよ。詳しくどういうのか教えて欲しいんだ」
「詳しくたって言ったままだよ。たくわん……大根の漬物にわかめとあさりの味噌汁。それに銀シャリ。三十文にしちゃ十分だろ?」
「ぶん?」
「通貨の呼び方がぶるうどってのはあたしらも知ってるよ? でもさ、何か言い辛いじゃないか。わかりゃ良いんだよどんな呼び方だっておぜぜだって」
そう言って笑う給仕の言葉に納得したのか、男は馴れない手つきで箸を掴みたくわんを口に頬り込み次いでご飯をかっ食らう。
外国から来た割には、食べ方は様になっていた。
その直後、何か気に食わなかったのか男は少々以上に不満そうな顔を浮かべ、呟いた。
「なんだ。美味いじゃないか」
「……美味いと駄目な事でもあるのかい? うまけりゃ良いじゃないか」
「あーまあな。ただ……」
そう言いながら、男はちらりと周囲を見る。
その様子を見て給仕は察し苦笑いを浮かべた。
「言いたいこたぁわかったよ。こんな飯のまずそうな場所で美味いとは予想外って事だな」
その言葉に肯定するように、男は誤魔化す様愛想笑いを浮かべ後頭部を掻いた。
「んで、何が駄目だったんだい?」
給仕はただの興味本位で尋ねた。
どうせ客なんてそうそう来るものでもないし、慣れ切った常連は扱いが雑で適当な給仕がどうしようとそんな事気にもしないし怒る事もない。
むしろ新入りの変な二名の事を知りたいと思い聞き耳を立てている位だった。
「あー。そうだな。俺はにん……いや、昔こういう場末の酒場みたいな場所で不味い飯食っててな。んでそっちのエリーは昔軍の下っ端だった時にこういう雰囲気の食堂だったらしい。それが懐かしくなって、気づいたらここに入ってた」
「ああ。つまり感傷を味わう為にまずい飯食いに来たってことかい」
「そういう事。……失礼だったな。ごめん」
「良いさそんな事。ま、美味くて当然だ。客が食うだけならどうでも良いが、あたしも食うんだ。美味い方が良いじゃないか?」
「おお。確かにそりゃそうだ」
「ま、あんたの想い出に花は咲かせられなかったけど、美味いと思うなら美味い内に食っとくれ」
「ああ、無駄話に付き合わせて悪かったねおねーちゃん」
そう言って男が微笑むと、給仕は空虚な笑みを浮かべた。
「良いんだよ。どうせ暇だし、仕事なんて真面目にやる気おきねーしな」
その意味ありげな言葉に、男は反応しない。
あれだけ口が回る男は突然黙り込み、食べる事に集中していた。
ま、どうしようもないんだけどねぇ。
そんな事を想いながら、給仕は小さく溜息を吐く。
そう、もう……どうしようもない事だった。
「なあ兄ちゃん姉ちゃん。食い終わったらさ、さっさと――」
そう給仕が声をかけ終わる時には男の食器は空になり、不細工な湯飲みに入った酒を美味そうに飲んでいた。
「っかー。きっつい! 美味いけど味も匂いも濃い! つか度数高くね?」
「酒飲みが飲む酒だからねぇ……。それを言うならもっと金払って良い酒飲みなよ……ってのはまあ、兄ちゃん達には酷な話か」
給仕はそう言って苦笑いを浮かべた。
感傷というのもあるだろうが、わざわざこんな寂れた店に来て、一番安いのなんて頼む客に懐の心配をするななんてのは、酷な話以外の何でもなかった。
「んでお姉ちゃん。何か言いかけてたけど何か俺に用? もしかして店が終わった後一緒にってお誘い?」
そんな男の馬鹿みたいな冗談に給仕は苦笑いを浮かべた。
「金さえくれるなら考えても良いよ」
「……まじで? ちょっと真面目に考えようか……」
なんて事をのたまう男に、給仕は『これだから男は……』なんて情けない気持ちを覚えながら、そっと説教をし始めた。
「あんたさ、横に綺麗な彼女さんがいるじゃないか。一体何が不満なんだい?」
その言葉を聞き、今まで我関せずとお茶を飲んでいた女性はそっと口を開いた。
「あ、私はそういう関係ではないのでどうぞご自由に。とは言え、冗談でしょうが」
「え。いえエリーさん割と本気で……」
「お仕事を放り出して逃げる様な人が私の主様な訳ないので、冗談ですよね?」
冗談を強く協調する女性の言葉に男性はしゅーんとなり、背を丸め小さくなった。
「はい。冗談です……」
その様子を見て、給仕の女性はくすりと笑った。
「なんだ。やっぱりそういう仲じゃないか」
その言葉に二体は否定をせず、その代わり女は苦笑をして男はやれやれと両手を広げた。
「そんでおねーさん。結局俺達に何か言おうとしていたけど何を――」
男の言葉に女中が返す前に、寂れた店に相応しくない騒音が鳴り響く。
給仕は楽しく談笑した事を少しだけ後悔した。
給仕は別に善良なつもりなく、むしろ自分だけが幸せならそれで良いという小悪党だと自分の事を思っている。
それでも、全く関係ない外国の魔物を巻き込んだというのは、少しだけだが良心の呵責を感じた。
その音は入り口の方からだった。
引き戸の入り口が内側の、店の中に倒れ無残な姿となっていた。
それをしたであろう玄関外にいる誰か達は、ゲラゲラと煩い声をまき散らしていた。
「おっと。引き戸だったか。すまんな、わからんかったわ。もう十回以上来てるけどな」
ただ虚仮にするだけの言い訳をした後、その男はずかずかと店に押し入る。
巨体で棍棒を持った、いかにもな風貌の男。
その男に付き従う様に、同様体躯に恵まれた男達はぞろぞろと店の中に押し入り、他の客を睨みながら圧を放つ。
それに合わせてさっきまでいた客達は小さくなって静かに、その下卑た笑みを浮かべる男達の集団を避ける様に怯えた表情で店の外に出ていった。
「……ごめん遅れた。あんたらもさっさと帰りな」
そう、給仕は言葉にした。
「何か厄介事?」
のんきにそう尋ねる男に若干のイラつきを覚えながら、給仕はその質問に素直に答えた。
「この店潰せっていう連中さ。とは言え、大した事はしてこない。もう後がないから時々こうやってわずかに来る客を追い返すだけ。ただそれだけだからそこまで大事じゃないさ」
「門番様にゃ頼らないのかい?」
「頼れるもんかい。区画整理の兼ね合いで出ていくよう言われてるのに。むしろあいつらアレで門番様側なんだよ。……上手く取り入ったんだろう」
「ふむ。そうか……」
「ギリギリまでここを止めないあたしらが悪いのはわかってるんだけどねぇ……それでもさ、お上の命とは言えそのまますぐに出ていけってのは納得出来ないし、出来ても離れがたいんだよねぇ。やっぱり……。別にこの店が生きがいという訳でもなきゃ死んでも護りたいって訳でもないんだけどなぁ」
「あー。何となくわかるわ」
「だからもうあたしと奥にいるヘタレの料理人の二体しかいないけど、それでもギリギリまでは店を開きたいって頑張ってたんだ。それもそろそろしまいかねぇ」
「つー事はもうこの飯食えないのかー」
「そんな安飯がそこまで気に入ったのかい?」
「こういう気さくな空気で食える飯ってのはそれだけで貴重なんだよ」
「そういうもんかねぇ」
「俺にとっちゃ、そういうもんさ」
「ほーん。変わった生活――ってこう話している暇はないんだよ。あんたらさっさと出ていかないと」
給仕は慌ててそう言葉にした。
あちらもお上の意向を受けている為あまり派手な事をする気はない。
そもそも、する必要すらない。
もともといつまで出来るかわからない程度の飯屋だったのだから、こんな風にちょくちょく乱暴に出入りして客を脅しつけるだけで十分、潰せるからだ。
だからあちら側としてもここに嫌がらせをする理由も利点も特になく、これは意外に長持ちする店に対して釘を刺す行為に過ぎず、ゴロツキ共にとってはむしろ暇つぶしをしているという感覚に近い。
そんな下らない事だってわかってる事に、女中は新規の客を巻き込みたくなかった。
こうして美味しいと言ってくれているのだから、それならせめて綺麗な思い出として、この店を覚えて欲しい。なんてのが、この店、月丹に残った給仕としてのわずかながらの最後の矜持だった。
だから普段言い慣れない様なそんな気遣いを口にしたのだが……男は慌てるどころか呑気に笑顔のまま、そこから立ち上がろうともしなかった。
「んー。でもさ、連れがまだお茶飲んでるから」
その言葉通り、女はずずーっとやけに綺麗な所作で熱いお茶をゆっくり楽しんでいる。
まるで周りが見えていないその態度に、女中は若干ではない怒りを覚えた。
「わかってるあんたら? もう他に誰も客いないんだよ? 特にあんたみたいなべっぴんさん、嫌な思いで済まないかもしれないんだよ?」
「ははっ。もう手遅れじゃないかな?」
その男の言葉で、女中も気が付いた。
その女中の叫び声に反応して、下卑た笑みを浮かべる集団がこちらに狙いを定めた、そんな目をしたのを」
「……今ならまだ間に合う。あいつらも門番様の威光を背負ってきている立場の時位は流石に帰る客には手を出さないだろう。そっちの姉ちゃんは尻位触られるかもしれんが……まあ命や貞操よりゃ惜しくないだろ。さ、早く」
それでも、この男女はのほほんとしたまま。
女はどんな量を飲んでるんだよと思う位ゆっくりとお茶を飲み続け、男はヘラヘラとした顔のまま。
関係者と思われたらどんな嫌がらせに遭うのかわかってるのかと思いながら給仕が急かすのなんて我関せずという態度。
そんな状態のまま、その嫌がらせの集団は三体がいるところにのしのしと歩き近づいた。
「なあ何か出してくれよねえちゃん。酒と酒と……酒で良いか。ここで食う位なら別の場所でもっとマシなもん食うからさ」
そう先頭の男の言葉に付け足す様に、後ろの男の一体が『ツケで頼むわ。この前もその前も、そのまた前もツケだったけどな』なんて言葉を付け足し、皆がゲラゲラと笑った。
それに女中は何も言い返せない。
確かに、今まで幾度となく押し入られてきたが嫌がらせとツケ払い程度で大した事はされていない。
だけど、これからもそうとは言い切れない。
一応お上の意向と自分達の得が合致しているから多少綺麗にしているが、普段から乱暴狼藉当たり前の危険なゴロツキ集団だと知っている為、給仕はぐっと言葉を飲み込むしか出来なかった。
「ふむ。ここってツケが利くのか。んじゃ俺もツケで良い?」
座っていた客の男の言葉に給仕は驚く。
一番安い飯と酒を頼んだのはただ貧乏じゃなくて極貧だったのか。
そんな事を思いながらは給仕は男の背を押した。
「ツケでもハケでも何でも良いから早くそっちの綺麗な姉ちゃん連れて出ていってくれ。そろそろ迷惑だよお客さん」
そう懇願する様給仕は言葉にし、男の背を押す。
だけど、男は座った姿勢のまま微動だにしない。
全力で押しているはずのに男は一ミリたりとも微動だにせず、それはまるで岩の様だった。
そしてそうこうしている内に、下卑た笑みの男達はもう一体の客に、恐ろしく綺麗な女の方に目を向ける。
そりゃあそうだ。
こんな飯屋に相応しくない綺麗で高そうな着物を着た、恐ろしく綺麗な女性。
男であるなら目を奪われるに決まっているし、何をしたくなるかなんて、言わなくてもわかっている事だった。
今まで嫌がらせ程度で事なきを終わっているが、彼らの本質はそういう、自分本意で誰かを貪り尽くす蝗の様な連中である。
「あーあ可哀想に。こんな場所に入るから酷い目に合う事が決まっちゃった。ま、楽しませてくれたら今日中に帰す位は許してやっても良いかな」
集団の奥の一人、明らかに目の奥が邪悪で、色に塗れた醜い笑みを浮かべる大男はその客の女性に手を伸ばし、触れ自分の物にしようとした。
「こらえ性のない奴だなぁ。それで何体壊したのか覚えてんのか」
脅しか本当か、そんな声を別の男が発し給仕は小さく震える。
給仕は悩んだ。
ここで放置をすれば、きっとこの客に来てくれた女は酷い目に遭うだろう。
だけど、ここでそれを静止すれば、その矛先は自分にも来る。
この女程じゃないが、自分もそこそこ程度、中の中程度の顔はしているつもりだ。
だからこそ、この男集団が怖く安易に助けるなんて選択肢は出て来ない。
結局自分は小悪党。
一番可愛いのは我が身であり、他なんてのは二の次。
そう、生きて来た。
それが自分の小さな器に適した正しい生き方。
だけど……それでも給仕は悩んだ。
だってそうだろう。
この二体の風変りなご新規さん。
その彼らが、最後の客になるかもしれない。
その最後の客が、生きているのが嫌な目に合った店なんて覚えられるのは、正直我慢出来ない。
そう思ってしまったら、一番可愛いのは自分のはずなのに、見捨てるなんて選択取れなくなっていた。
そう思って動こうとするのだが……給仕の体は動かない、動けない。
勇気が出なかったとかそういう訳ではない。
思ったら即行動を実践してきた朱雀街的精神の給仕が、怖いとか不安とかそういう理由で足を止めるなんて訳がない。
動けなかった理由はもっと単純で根本的な事で、客の男が何故か給仕の手を握っていたからだ。
満面の笑みのままふるふると首を横に振り、ウィンクをするその男。
そんな呑気な男の所為で女中の動きは間に合わず、男の腕はその綺麗な客の女の方に行き、そして胸元をまさぐろうとする。
だがその不埒な手は……すっと、どこかに消え去った。
比喩表現ではなく、文字通り。
正しく、男の腕は消えていた。
肘の付け根位に斜めに切断面が生まれて消滅し、血の一滴も落とさず腕はどこかに消え去っていた。
あまりの事で驚き声を失う大柄な男達と、ニコニコ顔の客の男と茫然とする女中。
そんなもの我関せずとばかり、その綺麗な顔の女はずずずとお茶をすすっていた。
「て、てめぇ。何しやがった!」
手を伸ばした助兵衛な男を庇う様に立ち、狼藉集団の先頭にいる男はそう叫ぶ。
腕を失った男はただただ茫然とし、小さく震えていた。
そこでようやく、その女は湯のみを机に置き、顔を上げる。
ただし、その女が見たのはもう一体の客の魔物、正面に座っている男の方だった。
「すいませんクロスさん。我慢出来ませんでした」
「良いさ。俺もそろそろかなと思ってたしセクハラされるエリーは見たくなかったし」
そう言った後、男は微笑みながら給仕の頭を軽く撫で、そっと立ち上がった。
「俺らの分もツケで頼むよ。後で必ず、飯食いに来るついでに払うから。だから悪いんだけど、今日は夜位まで営業しててくれない? これから色々とやる事あるんだ」
「……やる事。それより、あんたらは一体――」
「てめぇら。俺らにこんな事してタダで済むと思ってんのか!?」
今までの様な嫌がらせをしてやるという軽い雰囲気でなく殺意に塗り固めた様な雰囲気。
殺しに馴れきった、悪党の風格。
そういう相手だと知っている給仕の女ですら、その気配を放つ十体程の魔物には恐怖を覚える。
だが、そんな殺伐とした空気など感じないと言わんばかりに客の二体は平然と立ち、特に何の感情も込めていない目でその男達を見ていた。
「おいてめぇら……何とか言えや! どこのもんじゃい。ワシらが白虎門の使いだと知ってこんな事してんのか!?」
そう叫びながら大男は客の男の首筋に短い刀を押し付ける。
喉に切っ先が触れ、今にも貫かれそうな状況なのに、客の男は動じた様子を見せない。
動じず、そっと人差し指と親指で刀をそっとつまみ……パキンと音を立て、そのまま刀をへし折った。
「なっ!?」
驚く集団とは異なり、未だに客二体の目は冷ややかで見ていた。
「……何と言うか……うん。偶然探してた一つが見つかったのはありがたいけど……超つまんねぇ。なぁエリー」
「まあクロスさんはそう言いますよね。それじゃあ後は私が」
その言葉に頷き、男は静かに一歩下がり、代わりに女が一歩前に出た。
「さて、質問の内容はドコのどなたで、こんな事をしてタダで済むと思っているか。でしたっけ? それではやる気を失った主の代わりに私が……。里長ならびに四聖門門番長連名にてその権限全てを預かる我が主、クロス様とその従者エリー様です。崇めても良いですよ? という訳で短い間ですが、どうぞよしなに。それで、タダで済むと思うのか、でしたっけ? 逆に尋ねるのですが……どこのどなたが白虎門の名前を騙って区画整理なんて言って土地を無理やり奪って……ただで済むと思ってるのです?」
「……はぁ? 一体何言って――?」
その言葉は、轟音と衝撃波にてかき消される。
音と共にごろつきの一体はふっ飛び、壊れず残った方の戸を破壊しながら外に出ていった。
「悪いな。入口壊しちまった。修理代はこれで頼むわ」
そう言ってクロスと呼ばれた男は重たそうな革袋を机に置いた。
「あれ? クロスさん私に任せるんじゃなかったんです?」
「そのつもりだったけどさ……エリーの言い方で気付いたんだが、こいつらただの下っ端でこいつらを全部捕まえてもまだ終わりじゃないんだろ?」
「そうですね。白虎門の名前を騙るだけの誰かか後ろにいますから。まあ黒幕もどうせ下っ端門番かゴロツキの元締め程度のもんでしょうけど」
「ああめんどくせぇ。今日中にあと三つは潰さないといけないのに……。という訳でさっさと終わらせよう。それじゃ可愛いおねーさん。また夜に頼むわ。次はちょっとサービスしてくれたら嬉しいかな」
クロスは優しく笑顔で手を振りながら、男を順番に蹴飛ばし外に転がしていく。
当然ごろつきもただ蹴られない様抵抗しているのだが、そんな抵抗一切無駄で何の意味もなさずゴロツキはころころと外に転がりだされた。
「……こういう立場ちょっと楽しみにしていたけどなぁ。あんまり楽しくない……」
「一体何を楽しみにしていたのか私には良くわかりません」
「こう……偶然居合わせた店の危機を救うとかいう男としての憧れ、浪漫的な? とは言え、ちょっと微妙だったのは確かだから。もう少し良いシチュエーションを楽しみたいもんだ」
そう言いながら二体は出ていき、その後外で数秒程争う様な気配がした後、何かを引きずる音とクロスと呼ばれた男の小さな溜息だけが聞こえ……最後に、静寂が戻って来た。
「何だったんだろうか……」
そう言葉にし、給仕は男の置いていった革袋を手に取る。
それは、思った以上に重たかった。
「ところでクロスさん。先程の事で一つ訊ねても良いです?」
ゴロツキをぼっこぼこにして、その元締めの元に案内させてぼっこぼこにして、白虎門門番に引き渡した後、エリーはそう言葉にした。
「ん? 何?」
「どうしてツケにしたんです? その位は全然持っていたでしょう?」
「いや……こう……後で返しに来るってシチュエーションかっこよくね? 次はくっそ高い飯頼んで、倍位払って釣りはさっきのツケの分だとかいうの」
「……それなら少しはわかります。わかりますが……最後にお金置いて行ったじゃないですか。あれじゃお金あるのに払わず代わりにお金を置いて行ったなんて本当に意味の分からない変な事した魔物としか覚えられなくないです?」
「……ほんとだわ。……カッコ悪くね?」
「悪いですね」
そう言われ、クロスはしょんぼりと眉を落とした。
「ついでにですが、もう一つ良いですか?」
「……うん。何か嫌な予感するけどどうぞ」
「私が管理して、少ないお小遣いを渡している中で、頑張って貯めたお金を、全部あそこに置いて行って良かったんです? ただかっこつける為だけに」
「エリーさん。追加のお小遣いを……」
「認めません」
クロスは無言で肩を落とし、とぼとぼと歩き出す。
それを苦笑しながらエリーは見つめ、「しょうがないですねぇ」と優しく呟いた。
ありがとうございました。
少しパソコンがない環境となりますので一週間程お休みします。




