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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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前代未聞のVIPゲストが訪れた(前編)


 その親子旅行での蓬莱の里へ向かう移動手段は、馬車だった。

 けちって飛行系を避けた訳でも、これしか選択出来なかった訳でもない。

 そもそも、高位の吸血鬼すら跪く様な存在である純血のヴァレリア・ガーデンなら少人数程度であれば一瞬で転移させられる。

 わざわざ移動手段を用意する必要すらなかった。


 では何故、ヴァールは大切な娘との旅行に馬車を用意したかと言えば、その方が旅行っぽいから。

 ただそれだけである。


 色々な物を見て学んで欲しい。

 自分達にとって他所に街があるなんて当たり前を知らない娘にそれを知って欲しい。

 そして、新しい幸せな思い出をどんどん増やして欲しい。

 そうヴァールが望んだから、その旅行は馬車でのゆったりとした旅になった。


 とは言え、種族総とんでも親馬鹿な純血(ピュアブラッド)のヴァールが用意した馬車がただの馬車な訳がない。

 外見こそおっしゃれーで可愛らしい大型木製馬車だが、その内情はもはやチャリオットである。

 物理、魔導両方の方法で耐久力をこれでもかとあげ、その上で乗り心地に対しても最大限気を遣い移動中はほとんど縦揺れを起こさない、そんな馬車。

 魔王が外交の際に使う馬車を鼻で笑える程の高級品で、それは値段を付ける事すら出来なかった。


 更に、馭者兼牽引馬は名のあるセントール族の女性戦士五体。

 更に更に、護衛兼娘の友として虹の賢者とその従者が馬車に同乗していた。


 そう、何故か、クロスもその親子旅行に同乗する事になっていた。

 発案者であり、企画者であり、純血を全て巻き込む様な作戦を考えた手前、クロスはその提案を断る事が出来なかった。


「これだけでも、揺れない馬車を用意して良かったと心から思いますね。それで我が友よ。一体どんな理由で、どういう事に私と娘を使おうと思ったのか、具体的な説明をしてくれないだろうか?」

 ヴァールは楽しそうにエリーとおしゃべりをしながら馬車の外を見つめるローザの方を見つめながらクロスにそう話しかけた。

「いや、まあ……悪いとは思ってるんだ。本当に。ただ……」

「別にもう怒ってないさ。娘が楽しい思い出を作れている訳だし……それに、私が一緒である以上いつでもローザを護れる。だから怒ってはいないんだ。ただ単純に、何を企み何をしたいのか教えて欲しい」

 出会った回数はまだ片手にも満たないが、それでもヴァールはクロスに対しての風の噂とその気質から、悪意を持って何かをする様な馬鹿ではないという事は理解している。

 その上で、わざわざ純血種を巻き込むのだから何か大きな思惑があるのだろうという事を察してもいた。

 そんなヴァールの質問に、クロスは首を横に振った。

「言ってしまったらさ、意味がない事なんだ」

「ほぅ? つまり?」

「実際に蓬莱の里を見て、感じて、楽しんで、その上で、きっとローザとヴァールなら同じ結論に達してくれると信じてる。そうでないなら……どっちにしても失敗かな」

「ふむ。……やはり、君はあまり隠し事とか暗躍とかが得意ではない様ですね。それでは答えを言っている様なものじゃないですか」

「え!? まじで?」

 ヴァールは微笑み頷いた。

「ええ。わかりやすかったですよ。とは言え、それでどうにかしようとは思いません。全てはローザの感じ方次第です。その上で、まだ幾つかわからない事がありますが……まあ、それもすぐわかりますね」

 そう言葉にし、ヴァールは馬車の壁を……いや、壁を貫通し数十キロ先を見通した。

 今回の旅の目的地、蓬莱の里を。





「ヴァール。何かした?」

 およそ一月という長い時間をかけて目的地に到着した後、その目的地である里の入り口、青竜門の前で止まった馬車の中、クロスはそう言葉にした。

 無言のエリーに嬉しそうに笑うローザ。

 全員のその態度、様子、その理由がわからずヴァールは首を傾げた。

「はて? 何かありましたか?」

「……何かって……いやこれが普通か?」

「別に普通じゃないですか? 私にとっては普通ですが……もしかして蓬莱の里では珍しい事なのでしょうか?」

「いや……まあ……そりゃお前らはなぁ……」

 そう言った後、再度クロスは青竜門の方を見た。

 ずらーっと立ち並び敬礼をする門番と、優しく微笑み手を振る綺麗な着物を着た芸者達。

 そんな、明らかに異様な光景の青竜門を。


 門番が千体以上、芸者が百体程。

 ちなみに、今日ここに到着するという事を伝えてはいない。

 クロス達は相当回り道をしながらここに到着した事を鑑みるに……少なくとも一週間位はずっとこのままだっと伺える。

 これは当然クロスの知る普通の歓迎ではない。

 全ての吸血鬼の頂点に立ち、吸血達に崇拝される純血種にとっての普通の歓迎だった。


「……ヴァレリア様。一つ、尋ねても宜しいでしょうか?」

 エリーはおそるおそるそう声をかけた。

「ええどうぞ。それと、どうか気軽にヴァールとお呼び下さいエリーさん」

「わかりました。ではヴァールさん。……何か、贈りました?」

「ん? ええ。娘がお世話になりますので泊まる場所と、里名義で少々」

「少々とは?」

「えっとですね……硬玉屋名義で……確か百万ブルード。里名義で九百万ブルード。まあささやかですが、合わせてきり良く一本程包ませて頂きましたね」

 エリーは小さく、溜息を吐いた。


「エリー。額がでかすぎて良くわからん。それって幾ら位なんだ?」

 クロスは首を傾げながらそう尋ねた。

「屋敷を土地付きで買えますね。王都の」

「……はえー。すっごい高いってのはわかった。そりゃ……そうなるわなぁ」

「とは言え、額だけが原因ではないですねこれ。おそらくですがヴァールさんはヴァレリア・ガーデン名義として寄付をしたんだと思います」

 その言葉にヴァールは頷いた。

「ええ。ヴァレリア・ガーデンとローズ・ガーデンの両名義でお贈りさせていただきましたが?」

「……そりゃこの対応になるわ」


 ヴァレリア・ガーデン。

 赤薔薇のヴァールと名乗る彼は過去鮮血庭園と呼ばれた事もあった。

 その当時の事を知る者は少ないが、それでも、調べたら間違いなく絶句するような存在である。


 気難しくいつも偉そうな吸血鬼が平伏し心より敬意を捧げる純血種で、過去完璧な統治を果たした事で知られる元魔王。

 そんな相手が、莫大な寄進をして遊びに行きますなんて言われたら、どれだけ大げさに歓迎してもまだ足りないと思っても仕方がない事だろう

「はー。わかってはいたけど、やっぱりお父さんって凄いんだね」

 そう言って笑顔になるローザ。

 それだけだが、ただそれだけでヴァールは心の底から幸せそうだった。




 止まった馬車の方に迎えとしてきたのは、軍服に身を包む玉藍とハクだった。

「皆様の到着心よりお待ちしておりました。本日の案内を務めます、蓬莱の里里長の玉藍と――」

「青竜門臨時門番長の緑音久芒のハクと申します。どうぞ、ハクとお呼び下さい」

 そう言葉にし、二人は深々と頭を下げた。


「あれ? 雲耀は?」

 クロスの言葉に、ハクは一瞬で死んだ目となった。

「クロスさん。クロスさんの時、あの支離滅裂な頭蛮族男はどんな行動に出ました? そして、今回それが起きたらどうなると思います?」

「……オーライ。言葉ではなく、魂で理解した」

「とは言え、あくまで私は臨時。悲しい事ですが私では門番長の座を受け持つ資格は足りません。それでも、お客様の案内でしたら門番長よりも優れていると自負がありますので、今回は足りぬ身ではある事を恥じながらも、役に立つ為同行させて頂こうと」

「了解。今回は見ての通り俺じゃなくてメインはあっちだから。特にローザの方は良くしてやってくれ。生まれて初めての旅行なんだ」

 その言葉に、ハクは優しい微笑を浮かべた。

「わかりました。ではヴァレリア様とそのご息女ローザ様。長旅でお疲れでしょう。座って休む場所と、簡単な物ではございますがこの里ならではの軽食を用意しております。まずはそちらの方にお付き合いいただけるでしょうか?」

「餅! 餅ある!?」

 ローザの言葉にハクは微笑み頷いた。

「もちろんです。色々なお餅を用意していますよ」

 その言葉にローザは破顔し、ハクの手を取って急かす様にハクを引っ張り出した。

「……うん。これなら楽しめそうですね」

 ヴァールは優しい目をしながらハクとローザの様子を見つめた。




「うにょーん」

 口でそう言いながら餅を咥えながらながーく伸ばすローザ。

 それは嬉しくて楽しくて仕方がないという顔だった。

「すいません行儀が悪くて。ただ、出来たら自由にさせてあげてください。初めて尽くしで気持ちが高ぶっている様で」

 ヴァールの言葉に玉藍とハクは首を横に振った。

「気にしないで下さい。子供が良くする事ですしちゃんと食べてますので粗末にしている訳でもありませんし。それに……」

 そう言って、ハクはちらりと向こうのテーブルに目を向ける。

 そこでは、エリーが苦笑いするのを気にもせず、クロスが同じ様に餅をうにょーんと伸ばしていた。

「あっちで賢者様が同じ事しているので」

 その言葉に、ヴァールは苦笑いを浮かべた。


「それで、これからはどの様に動く予定なのでしょうか? 自由に動いても良いのですか? それとも、ツアーの様にお二方に任せたら良いのでしょうか?」

「どちらでも構いませんよヴァレリア様。ただ、本当に申し訳ありませんが護衛として私かハクかどちらか一体は傍にいさせて頂きますが」

 そう玉藍は本当に申し訳なさそうに言葉にした。


 そりゃあそうだ。

 この里総出で勝てない様な相手に、元魔王に護衛なんか必要ある訳がない。

 それを里の都合で付いていかせてくれというのだからそれは迷惑でしかない提案だろう。

 とは言え、里としてそれは譲れない部分である事もまた確かだった。


「ええ、構いません。ローザはまだ戦い方を知らない身ですので、どうか守って下さい」

 そう言ってヴァールは微笑んだ。

「ご理解に感謝を。それではヴァレリア様、ローザ様。どの様な楽しみ方をしたいのか何か意見はあるでしょうか? 一応こちらで幾つか案は考えていますが」

 そう言葉にし、玉藍は二人にお手製の資料を見せた。

 簪や櫛などの煌びやかな工芸品。

 茶器や蕎麦などの手作り体験。

 人形を使った演劇。

 そんな内容が書かれた紙を全て掴み、ヴァールは広げてローザに見せた。

「ローザ。どれを見てみたい?」

 ローザは、迷わず答えた。

「全部!」

「……どうやらそれなりに長期の滞在になりそうです。一応一週間位を目途にしていますが、その場合はいかほど追加で包めば宜しいでしょうか?」

 そんなヴァールの言葉に、玉藍は手をぶんぶんと必死に振った。

「いえ、もう十分過ぎる程頂いたんで大丈夫です」

「そうですか」

「その代わりという訳ではないのですが、一つお訊ねしても宜しいでしょうか?」

 玉藍の言葉にヴァールは頷いた。

「ええ、どうぞ」

「今回の旅行はローザ様を中心に、と言う事で?」

「ええもちろん。その為のものです」

「なるほど。では、これ以外にも幾つかお子様が喜びそうな内容を考えておきますね」

「……ありがとうございます。そうして頂けると助かります。恥ずかしながら今まで子育てなんてした事ないもので」

「それは大変ですね。では、この度の間は出来るだけ私やハクがお手伝い致しますので、何でも言って下さい。同性でしか出来ない事も多々あると思いますので」

 その言葉にヴァールは感謝を示す為に微笑みながら深く頭を下げた。



 クロスとエリーはヴァール達の様子を一つ離れたテーブルから見つめながら、お茶をすすっていた。

「やっぱり、やり手だよな玉藍」

 クロスの言葉にエリーは頷いた。

「ええ。緊張しながらでもヴァールさんの要望を理解し最大限に叶えようとしていますね。その姿勢、そのひた向きさにしたたかさ。言い方は悪いですが、里長の仕事以上に誰かの為に何かをする様な、そういった何かの方が向いていますね」

 クロスさんの様に、という言葉を飲み込みながらエリーはそう呟いた。

「なるほどねぇ。さて、それじゃそろそろ……」

 その言葉にエリーが頷き、クロスとエリーは食べ物に手を合わせた後テーブルを立ち上がった。


「ヴァール。そろそろ俺らは別行動するな。この里にはいるからどっかで会った時はよろしく」

「え? クロスさん達は一緒ではないんですか?」

「ああ。家族旅行だろ? そこに邪魔するつもりはないさ」

 クロスの言葉にエリーも同意し頷いた。

「ですがローザも貴方方がいた方が……」

「はは。それヴァールが不安なだけだろ?」

 ヴァールは苦笑いを浮かべた。

「……それは否定出来ません」

 ローザに何をしてあげたら良いのか、どうしたら良いのか。

 それがわからず困っているという事は、ヴァールの中では純然たる事実だった。


「大丈夫だ。玉藍にしろハクにしろ両方にしろ誰かは付いているんだし、本当に困ったら俺らに連絡来る様になってる。それにさ、そのぎこちなさを何とかする良い機会じゃないか? お前らは親子なんだから」

「……ええ。確かに……そうなれば良いなとは、思います」

「だろ? だったら頑張ってみろって。な?」

 そう言って、クロスはヴァールの背をバンバンと叩いた。

 元魔王に上から説教し背中を叩くなんて見る者が見たら絶句する光景。

 というか玉藍とハクは絶句していた。

 それでも、ヴァールはどこか嬉しそうだった。


「……わかりました。もう少し、考えてみます。ただ、どうしようもなくなったら手伝って下さいね? 友として」

「ああ。ヴァールとローザ。どっちの友としても、ちゃんと手伝いに来てやるさ。だから頑張れお父さん!」

 そう言い残し、クロスは店を出ていく。

 そしてエリーも軽く会釈をして、クロスの背を追っかけて行った。


「……お父さん、ですからね」

 そう呟き、ヴァールは気合を入れてローザの方を見つめた。

「一緒に楽しい物、沢山見ましょう」

「うん! ちゃんと付いて来てね」

「はは。置いて行かれるかもしれません。だから、歩いている間、手を繋がせて頂いても良いでしょうか?」

「しょうがないなぁ。良いよ、お父さん」

 そう言った後、ローザはやれやれと呟き微笑んだ。


 まだお互いに、どこか無理が見えている。

 ローザは無理に明るく子供っぽく振舞っているし、ヴァールは遠慮しかしていない。

 それでも、何とかなっている。

 まだ紛い物でハリボテの様だけど、ちゃんと親子になれているし……それに、今から一歩ずつ頑張ってみようと……そう、ヴァールは前向きに思う事が出来る。

 だから、きっと大丈夫。

 そうヴァールもローザも信じていた。


ありがとうございました。

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