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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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最初の朝


「……思ったよりも普通だな」

 風呂を楽しみながらもそんな贅沢な感想をクロスは持っていた。

 五人から十人位一緒に入れる公衆浴場。

 それに一人で入れる事自体贅沢であり、入れるだけでも贅沢な話である。


 ただ、魔王城の、国を統べる王の城の風呂として考えたら少々以上に地味である事は否定出来ない。

 もっと巨大で、ライオンの首の像から湯が出る様な、そんなのを想像していた。

「つーってもまあ、本当の偉い人の風呂なんか知らないし案外こういったものなのだろう。きんきらきんとか落ち着かないし。とりあえず……堪能堪能ー」

 そう言葉にし、とろけ切った顔で湯舟の縁に顎を乗せた。


 クロスは知らなかった。

 わざわざメルクリウスが、庶民の出で荘厳な歓迎を気に入らないと考え、用意した風呂場のグレードを落とした事も、同時にメイド達が風呂場にいるクロスにお世話(意味深)しようとしているのをメルクリウスが物理的に妨害している事も……。




 風呂を上がり、そのままベッドに体を預け、クロスは驚くほどあっさりと夢の世界に入り込んだ。

 これで魔物となって二度目の夢。

 そして夢はやはり、彼らと共に旅した時の事だった。

 クロスにとってその時間が最も美しい時間で、そして最も生きたと思える時間であったのだからその時の夢を見る事は当然の話である。

 だからだろう。

 もう何年も前の事なのに、こんなに鮮明に、色褪せず思い出せるのは……。


『んでクロス。お前は三人の内誰が一番エロいと思う?』

 クロードが勇者とは思えないあり得ない話題を持ってきて、クロスは飲んでいた水を噴き出した。

『おまっ! 聞かれたら殺されるぞ!』

 一人はクロードの婚約者だし残り二人も将来的には妾の様な存在である。

 そんな人物の事を他人にどこがエロいとか聞くのは正直酷すぎるとしか言えなかった。

『あー。まああいつらは微妙だし別の奴の方が良いか』

『いやいや。三人共超美人だし微妙って……』

『そんな気を使わなくても……。まあ話を変えよう』

『そうしてくれ……』

『どんな女が好みだ?』

『あんまり変わってねーじゃねーか…………』

 そう言って溜息を吐くクロスに、クロードは楽しそうに笑った。


 普段のクロードはこんな品性のない事を言う人間ではない。

 清廉潔白が服を着て歩くような人物であり、誰からも尊敬された紛れもなく勇者らしい勇者である。

 そんな人物なのだが……クロスと二人きりになると何とも品のない話をする事が多く、下町出身のクロスの方がまだ品があるほどだった。


『いやさ、俺ら一緒に冒険する仲間だろ?』

『ああ。と言っても俺はあんまり役に立ててないけどな』

『まさか――。俺らの中でお前が一番の功労者だよ。俺が保証してやる』

『その保証の理由が全くわからねーなー。だが、俺も皆の事を仲間だと思ってるぞ』

『そして同時に、俺は勇者ではなくただのクロードとして、クロスを好んで――友人だと思っている』

『……ああ。俺だって勇者である前に、クロードを友人だと思っている。身分不相応なのはわかっているがな』

『むしろ光栄だよ。んでさ、友人なのに女の好みもわからないっていうのは寂しいなと思ってな』

 そう言って微笑んだクロードにクロスは困った顔をした。


『と言ってもなぁ……俺みたいな微妙な人間と結婚するんだから出来ても高望み出来ないだろうしなぁ』

『んー。高望みって言えば……例えば?』

 そうクロードに言われ、クロスは答えられなかった。

 欲を言うなら、あの三人。

 冒険の仲間となるだろう。

 全員美人で優しくて話しやすい。

 だが、それだけは幾らクロード相手であってもクロスは言葉に出来ない。

 クロードにも三人にも失礼な事で迷惑をかける発言となるからだ。


『……ちょっと思いつかないな。美人で愛想良かったらぶっちゃけ文句ない』

『また随分と……。お前ならもっと良い相手が見つかるさ』

『例えば?』

 そう言われ、クロードは何も言えなかった。

 この時クロードが何を考えていたのかわからない。

 だが、クロスは自分程度の相手はクロードにも思い当たらないのだろうなと考えた。


 そして溜息を吐いた後、クロードは別の答えを提示した。

『俺の妹とかどうだ?』

『……お前、妹いたのか』

『ああ。二人いるぞ。顔はまあ……俺の血筋だな』

『んじゃ美人だな。間違いない』

 美形であるクロードの顔を見てクロスはそう言い切った。

 何故かクロードは嬉しそうだった。


『という訳でどうだ? 乗り気ならセッティングするが』

 その言葉に、クロスは悩んだ。

 勇者の家族なんて位の高い相手と自分が一緒になって、相手が不幸になるのではないかと。

 だが、それと同時にクロードは非常に乗り気になっている。

 だからこそ、クロスは悩んでいた。


『あー。とりあえず……平和になったら会わせてくれ。お互い相性が良くて、そして一緒になって不幸になりそうにないなら……検討したい』

 思ったよりも前向きな回答だったからか、クロードはとても嬉しそうにはにかんだ。

「おう! お前にお兄ちゃんって呼ばれる日を楽しみにしてるぜ」

 そう言葉にするクロードは本当に嬉しそうで、釣られてクロスも微笑んだ。


 果たされる事のなかった約束だが……それでもクロスにとっては大切な思い出。

 唯一無二の勇者であるクロードと親友であった事、それはクロスにとって確かな誇りだった。


 そう、間違いなく、一切の否定なく、自分は人間として、最高の人生を謳歌しきれた。

 一切後悔のない人生だったと言い切る事が出来た。

 だからこそ……今度の生涯もまた……。




 優しいノックの音が耳に響き、クロスは目を覚ました。

 清々しい朝の光と同時に、心地よいとさえ感じるほど綺麗な声がドア先から聞こえてくる。

「ご主人、朝だ。起きているか?」

 この城の中にいる時だけの自分のメイド、メルクリウスの声。

 その声にクロスは返事をした。

「ああ。おはようメルクリウス。起きてるよ」

「それは上々。叩き起こす手間が省けた。では十五分後に朝食を持ってくる。それまでに朝の支度を済ませておいてくれ」

「わかった」

 そうクロスが返事をするとドア先から先程の気配が消えた。

 それに合わせてクロスは着替え等の準備をして、朝食を美女が持ってくるのを待ち望んだ。


 そんな気持ちでいる事数分、ノックの音と共にドアが開かれ、胃袋を鈍器で殴る様な香りと共にメルクリウスが現れた。

「待たせたなご主人。ハーブチキンステーキとベーコンエッグ。一応両方持って来たが嫌いではないか?」

「特にないな。例えあったとしてもこんだけ旨そうな香りがするんだ。食わない訳にはいかないな」

「うむ。そうでなくてはな。では両方食うと良い。男なのだからそれ位いけるであろう。一人で食うのが寂しいなら一緒に食ってやっても良いぞ」

 メルクリウスはいたずらっ子の様な笑みに妖艶さを混ぜた様な顔でそう言葉にした。

 間違いなく冗談であるとわかるのだが、それでもクロスはその言葉に頷いた。

「じゃあ頼むよ。一人で食うのも寂しいし美人と飯を食う機会を逃したくないからな」

「……冗談のつもりだったのだがな」

「うん。わかってて言った」

「全く今回の御主人ときたら……。少しだけ待ってくれ。料理が冷める前には戻る」

 メルクリウスはクロスの朝食を一人用のテーブルに置いた後部屋を退出し、ジャスト一分後に紙袋と椅子を持って戻って来た。


「……はぁ。メイド仲間に羨ましいという目で見られてきた」

「何かすまんな」

 悪びれた様子のないクロスにメルクリウスは苦笑いを浮かべた。

「良いさ。寂しがりなご主人の面倒を見るのもメイドの務めだ。ま、話は後にしてさっさと食うが良い。せっかく作ったんだ。味わえよ?」

「おお。んじゃ、いただきます」

「召し上がれ」

 そう言葉にしてはにかむメルクリウスを見て、クロスは微笑みスプーンに手を伸ばした。




 クロスの前に用意された食事はバケットパンにジャガイモのポタージュスープ、ハーブを強く効かせたチキンステーキ、レタスとトマトが添えられたベーコンエッグに温野菜のサラダという朝食にしては極めて豪勢な物だった。

 外見も素晴らしいと同時に味も当たり前の様に特別美味しい。

 昨日の夕食は当然として、今回もまた人間の時に食べたどの食事よりも美味しかった。


 一方、メルクリウスの食事はパンに肉を挟んだだけ。

 見栄えもさほどでこちらの食事と比べるまでもなく貧相な物だった。


「……あー、メルクリウス。どれか食うか?」

 その言葉にメルクリウスは片眉を上げて反応した。

「何だご主人。私に同情しているのか?」

「いや、どっちかと言えば心苦しい。作った人より良い物を食う事が」

 その言葉に、メルクリウスはニヤリと笑った。

「良い事を教えてやろう。見た目と味は比例しない。そして、私は自分が大好きだ」

「……もしかして……それ、美味いの?」

 適当なパンにただ肉を挟んだだけにしか見えず、当然野菜が一欠けらも入っていない。

 そんな不格好な料理だが、メルクリウスの顔は自信に満ちていた。


「私の御主人だしな。食いかけだが一口だけなら分けてやっても良いぞ」

 ふふんと尊大な態度でそう言葉にするメルクリウス。

 正直ここで食いたいと言えば負けた気になる。

 なるのだが……卑しくなってしまった口にクロスは勝てなかった。

「じゃ、良かったら一口くれないか? そこまで言われたら気になってしょうがない」

「良いだろう。さあご主人、口を開けるが良い」

 メルクリウスの言葉に合わせてクロスが口を上げるとメルクリウスはその手に持ったまま、乱雑に肉を挟んだパンを口に突っ込んだ。

 クロスはそれを慌てて噛みちぎる。


 ぶちっと恐ろしく弾力のある肉がはじけたその瞬間、肉に塗られたソース以上に強いうま味が口に広がる。

 その肉汁は乾いたパンにも吸い込まれ染みわたり、口の中で濃厚なシチューが生み出される。

 それでもなお旨味の広がりは止まらず、口の中で調和され味が複雑に交じり合っていく。

 まるで植物に水をやるかの如く旨味が体を浸透し、あまりの美味さに眠気も全て消し飛ばされた。


 そんな新体験に茫然としていると、メルクリウスは自慢げに呟いた。

「どうだ? 美味いだろ?」

「……人生で一番美味いと感じる瞬間が、昨日に引き続き更新されるとは思わなかった」

 その言葉にメルクリウスは満足そうにし、手に持ったパンを口に頬張り一気に飲み込んだ。

「ご主人と言えどもうやらんからな」

 そう言葉にし、メルクリウスは二つ目の同じ物を紙袋から取り出してかじりだした。

 少し羨ましいと思ったが、用意された本来の食事も十二分に美味しいため文句を口にする気はなかった。




「さて、食事も終わったしこの後の予定を説明しよう。きょうの予定は昨日に引き続き魔王閣下との会見となる。ここでご主人の呪いについての賠償の話となるだろう」

 メルクリウスにそう言われ、クロスは眉を顰めた。

「正直賠償って言われてもぶっちゃけ生まれ変わって得しかしてないしいらないんだがなぁ」

「ふむ? 人間が魔物に生まれたら地獄であろう。恨みはないのか?」

「元の体より強くてイケメンで文句言うほどおちぶれちゃいないかな」

「その前向きかつ難しい事を考えない適当さはドラゴン種としては好感が持てるが一般的には微妙だぞ」

「そう言われても……アウラの事恩人にしか感じてないぞ俺。だから罪悪感がちょっと辛くて」

「ふむ……。であるならば、尚の事賠償を受けるべきだ」

「そうなのか?」

 メルクリウスは頷いた。

「ああ。閣下も罪悪感で苦しんでおられる。それに、ご主人が賠償を受けなければ閣下は一生加害者として苦しまなければならないぞ? だからこそ、賠償を受け、取り決めをし、お互い恨まないと約束しあいそれで終わりにする。それは国と共に生きる閣下としての、由緒ある正しい謝罪の仕方だ」

「そっか、あっちも苦しんでるか……。わかった。そういう事なら適当に何か貰っておこう」

「そうすると良い。たぶん謝罪の話やら何やらで今日は無理だと思うが、時間があれば続いてご主人の身の振り方の話になる。アバウトで良いから何かしてみたいと思う事を決めておくと良いぞ」

「あー。とりあえず強くなりたいというのじゃ駄目かな?」

 その言葉に、メルクリウスは少しだけ驚いた表情を浮かべた。

「……ふむ。別に良いと思うぞ。それが確定であるなら方向性も考えておくと良い」

「方向性とは?」

「冒険者になって現場で学ぶ方法や訓練生、学生となって基礎や技術、または戦術から覚える方法。他にも商人となって傭兵を雇うのも強さだ。何を目的とした力かを考えると良い。オススメはしないが、軍への伝手なら私が持っているから紹介位は出来るぞ」

「ほうほう。んで、どうして軍の方はオススメしないんだ?」

「ご主人は元人間であろう。お互い気まずい思いをするに決まっている」

 仲間四人ほどではないが、クロスも相当数の魔物を殺している。

 そう考えたら当たり前の話でしかなかった。

 

「あー。そりゃ迷惑にしかならんか」

 そう言葉にし、クロスは居心地悪そうに頭を掻いた。

「……少し話し過ぎてしまった。時間が余りない。片付けはやっておくからご主人は閣下の元に向かってくれ。場所はここを出て右に向かい、階段を降りた先にある通路を左に行った先にある応接室だ」

 急いだ様子の見えるメルクリウスにクロスは頷き、そのまま部屋のドアノブに触れた。

「ああ。ご馳走様。美味しかったよ」

「それは何より。では昼食も期待するが良い」

 その言葉を聞き、クロスは微笑んだ後メルクリウスを残し退出して目的の場所に向かった。


 思った以上に広かったのと雑な説明であった為、当然の様にクロスは迷った。



ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
魔王様が閣下ということは魔族のトップではない感じなのかな?
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