ラスト・エピローグ(後編)
さんさんと照らしてくれる元気なお日様。
ふわーっとして、飛んじゃいそうな気持ちの良い風。
絶好のおさんぽ日和だなとキャロルは感じていた。
ただ同時に、小さな不安もその胸に。
これがただのお散歩ならただ楽しいだけで、帰ってお風呂場でエリーやシアにご機嫌で話し、ふかふかベッドに飛び込んですやりといういつもの一日で終わる。
だけどこれはおさんぽではなくて旅。
しかも冒険である。
ちょっとドキドキとちょっぴり好奇心が混じって、いけない事をしている様な、そんな気持ちにキャロルはなっていた。
まあ、実際に悪い事をしているのはキャロルではなくて大人達の方だが。
「どうしたのかな?」
クロスに優しく声をかけられて、キャロルは困った顔をした。
「ううん。冒険って初めてだから……」
「大丈夫。怖い事はないから。怖い物はぜーんぶ、俺が何とかするから」
「うん。そうだよね。おにーさんは……」
クロスが悲しそうな顔をするのを見て、キャロルは慌てて言い直した。
「お父さんは強いもんね」
「もちろん。お父さんは世界で一番強いんだから」
そう言って、クロスはドヤ顔をしてみせる。
キャロルはそれが本当であると知らない。
クロスが娘の為に動くなら、本当に世界最強であると。
だからキャロルにとってクロスは世界一優しくて、ちょっと良い恰好しいで、後女性にだらしない最高のお父さんであった。
「でも……お父さん。私邪魔じゃない? だって……」
キャロルが幼い事は事実である。
だが同時に人の機微に聡い部分もあった。
自分が捨てられっ子であり、貰われる際とても迷惑をかけたから我儘を言ったらいけないと思い込む位に。
だから、今回の旅でも自分はお留守番しようと思っていた。
なにせ、お母さんじゃない人との旅行である。
つまりお父さんが新しいお母さんになろうとしている人と仲良くなる為の旅行という事。
だったら、それに自分がついていったら邪魔になるのは明白。
だけど、冒険の魔力にキャロルは敗北しついて来てしまっていた。
それでも尚、邪魔かもという事にキャロルは怯えていた。
「え? キャロルを邪魔なんていう人と一緒に旅行なんてしないから大丈夫」
クロスは当たり前じゃないかみたいな目でそう言い切って、そしてその旅行の相方であるアウラの方に目を向けた。
皇帝直属であり実質的な支配者。
皇帝の宰相、アウラフィール。
そんな彼女のストレスが限界値を超えた事によって、この旅行は始まった。
と言っても、そう深い理由はない。
ラフィーちゃん出現、酒ぐびー愚痴りまくり。
クロスうんうん頷き一緒にお酒ぐびー。
何か楽しい事しようぜ。
私クロスさんと冒険とかしてみたかった、ぶっちゃけ皆が羨ましかった、エリーとかめっちゃ自慢してくる。
よっしゃ冒険しようぜ。
わーい明日出よう。
よし来た!
以上、昨日の内容終わり。
その後すっかり酔いつぶれ、アウラが目を覚ましたのがクロスの腕枕の中だったというのはまあどうでも良い事だろう。
そんな訳で、再び冒険の日々が始まった。
アウラは微笑み、頷いた。
「私はキャロルちゃんが嫌じゃなかったら、キャロルちゃんが一緒の方が嬉しいですよ?」
「え? どうして? お父さんの事そんな好きじゃない?」
割と本質を突かれアウラはきょどった。
「え!? いや、そんな事はなくてそうじゃなくて、いやそう言う事でもなくて……」
「どういう事なんですか?」
「あ、距離取った感じの敬語止めてキャロルちゃん。可哀想な物を見る目も止めて! いや、好きだけどキャロルちゃんも大好きだし旅は一緒が良いってだけだから」
「……本当に?」
「うん。私はお仕事で沢山嘘をつかないといけないの。だから、何もない時は嘘をつきたくないかな」
キャロルは目を細めた後、アウラの頭をよしよしと撫でた。
「……うぅ……良い子ね本当に……。キャロルちゃん。欲しい物があったら何でも言ってね」
「うん。わかった! ところで、えっと、何で呼べば良いですか? お忍び? の旅なんですよね?」
「賢いなぁ。何でも良いよ」
「お母さんって呼ぶべき?」
「ぶへっ!? いや、それはちょっと気が早いと思うけどまあどうしても嫌じゃないならまあそれでもやむなしと言いますか……えっと……」
もじもじとするアウラを見た後、キャロルはクロスの方を見て、小さな声でクロスに尋ねた。
「アウラ様、正直な人なんだね。本当にこの人が偉い人で大丈夫なの?」
「うん。普段は凄いけど疲れてるから少し気持ちが表に出てるんだよ。キャロルも優しくしてあげてね」
キャロルは幼い。
だけど同時に、賢い子でもあった。
この冒険の目的の一つに『アウラの慰安』があるという事を、キャロルはこの段階で理解して、そしてその為に自分も子供として日々に疲れた大人を癒さないとと決意をした。
「あ、でも……えっと、お父さんも偉い人だよね?」
「まあそれなりにね」
自称それなりと皇帝は言った。
「アウラ様も偉い人だよね?」
「出来たら様は止めて欲しいですが、まあちょっと偉い感じですね」
ちょっとと、最大権力者は言った。
「……偉い人が二人も一緒にいなくなって、まおー国大丈夫なの?」
クロスとアウラは互いの顔を見つめ合う。
キャロルは城の中でそれなりに偉い、つまり大臣的な人を想像している。
だが実際は最大権力者二名である。
それなりどころか最高である。
つまり当然、大丈夫な訳がない。
そんな事クロスもアウラもわかっている。
だが……。
「……一、二名がいなくなった程度で崩れる様なら、そんな物ない方が良いんじゃないかな」
クロスはそんな暴論を口にした。
「そうですね。独りを犠牲にした国家なんて存在する意味がないです。国は皆が支える物なんですから」
アウラもまたそれに同意する。
つまるところ、彼らの脳内はこうである。
『キャロルの意見は正論だ。文句のつけようもない。だけど
それはそれで冒険したい、サボりたい』
まあそんな訳で、不味いのはわかるが止める気はなかった。
「ふーん。大丈夫ならまあ良いね!」
キャロルは深く考える事を止める。
賢い子ではあるが、楽しい事を優先する程度にはキャロルはまだまだ子供であった。
「それでクロスさん。冒険って言いますがどの位の日々で、どの程度やりますか?」
アウラは今更ながらにそう尋ねる。
その位、此度は計画性のない物だった。
今だって近所の街までただ徒歩で歩いているだけである。
「割と本格的に? とは言えしばらくはアウラとキャロル優先で行くよ?」
「と言いますと?」
「冒険よりも旅行優先。具体的に言えば、アウラの知的好奇心を満たしながらキャロルのお勉強になる安全な観光地を巡る感じ」
「なるほど。……最終的にはまた別と」
「そうだね。幾つかやりたい事があるけど……特に一つ、やり残した事があってこれだけはやっておきたいかな」
「それは?」
「秘境。ランクの最奥」
ハーフブラッドから天使やアリスといった騒動で結局中断した冒険。
あのランク制の場所の、入る事を極端に制限された世界。
魔法至上主義で中に居る物は外を見下す程という隔離された場所。
その奥に何があるのか、何が待っているのか。
それはクロスにとって数少ないやり残しであった。
「なるほど」
「とは言え、しばらくは後の話かな。戦力も足りないし」
「え!? 戦力が足りない? クロスさんが居て!?」
アウラは目がたまげる程仰天する。
その位、それはあり得ない発言だった。
確かにクロスは未だ魂の負傷は治り切らずリハビリに近い。
だけど、そんな今のクロスでもタイマンかつ正面からメルクリウスを打ち倒せる。
アリスとの戦闘と勇者という自覚。
それによりクロスは明らかに成長していた。
そのクロスを相手に戦力が足りないというのは、もはやアリス再来位しか思いつかなかった。
「いや、戦うだけならそうなんだけど……」
「だけど?」
「あっちの方の特に低階層、キャロルの教育に悪すぎてな……」
「――なるほど。そう言う事ですか」
戦うのではなく、キャロルの目に入らない様に全部遠くで排除、または綺麗にしてしまう。
確かにそれなら、戦力が足りていないというのも頷ける。
あらゆる意味で、兵隊が必要であるのだから。
「という訳で、そういう時は協力頼むよ」
「もちろんです。キャロルちゃんの為なら」
「ありがと。まあ最終目的はそっちだが、他にもやりたい事は幾つかあるよ」
「例えばどんなのです? やっぱりクロスさんだから料理とかですか?」
「お父さんの料理美味しいもんね!」
ひょこっと顔を出し、キャロルは声を大にした。
「ふふーん」
クロスは自慢そうに喜ぶ。
クロスにとってもそれは間違いなく自慢であった。
特に今はトレイターという万能料理器具もある。
野外料理ならば誰にも負けないだろうという自負さえあった。
トレイターはまだ復活しておらず、理想の剣は戻っていない。
それでも、大体の事は出来る様になって来た。
まるでクロスと連動しているかの様に、クロスの状態が良くなるごとにトレイターも戻っていた。
「だけど違うかなー料理はもちろんやるけどね。あ、今日のお夕飯はアウラとキャロルの好きな物を作るよ?」
彼女達は顔を見合わせ、そして互いに譲り合う。
とは言え大人が子供に譲り力で勝てる訳がなくて、キャロルは申し訳なさそうに呟いた。
「オムライス……」
「任せろ」
クロスは微笑み答えた。
「私のにもちゃんと絵を描いて下さいねクロスさん」
ちょっと揶揄う様に、アウラはそう言葉にする。
同じような顔で、クロスは言い返した。
「ハートマークで良い?」
「大きくお願いします……って、あのキャロルちゃん。どうしたんですか?」
両手で目を隠し、後ろを向くキャロルにアウラは尋ねた。
「見てないよ! ちゅーしても見てないから大丈夫だよ!」
アウラとクロスは顔を合わせ、くすりと微笑み二人でその頭を撫でた。
「それでクロスさん。結局言っていた、他のやりたい事って何だったんですか?」
キャロルの頭を撫でながらアウラは尋ねた。
「あー。知り合い巡りだよ。特にアリアにキャロルを会わせてあげたい」
「なるほど。そうですね。パル君もアリアちゃんもキャロルちゃんとしっかり挨拶していないし……」
「お兄さんとお姉さんですよね? 楽しみです!」
ちょっと怖いなぁ、本当の子供じゃないけど大丈夫かなぁという不安を押し殺し、笑顔でキャロルはそう言った。
とは言え、クロスの愛はそんな隠し事が通用する程度ではないし、アウラはそんな嘘が通用する程温くもない。
「大丈夫。二人とも家族にはべったべたに可愛がるタイプだから。皆お父さん大好きっ子だから取り合いにはなるかもね」
「それは……それはちょっと寂しいけど、でもそれも楽しそう!」
「ふふ、そうね。早く会いたいね」
そう言ってアウラはキャロルの頭を撫でた。
「アウラ―。何か勘違いしてるみたいだけどパルにゃ会いに行かないぞ」
「え? そうなんですか? クロスさんらしくない……」
アウラは少し責める様な目でクロスを見る。
クロスは血が繋がろうとそうでなかろうと関係なく子供を可愛がる。
そして同時に子供に差を作る事もない。
扱い方は全然違うが、愛情だけは均一に分け与える。
そのクロスがアリアには会うがパルスピカに会わないというのは、いくら男の子だからと考えてもあまりにもらしくなさ過ぎた。
ただ、その理由はそう難しい物じゃあなかった。
「いや、だってパルはこっちに合流するし」
「……へ?」
「いや、合流。一緒に冒険」
「……パル君、ちょっとしばらく離れられない状況じゃあ……」
「それを言うなら俺とアウラもそうじゃない?」
皇帝と支配者に続いて、王様までもが脱走する。
後の事を考えたらちょっとばかり不味い事間違いなしだ。
だけど、クロスもアウラもそれを言う資格はなかった。
「まあ、誰かが何とかするという事で」
クロスの他人任せ過ぎる言葉にアウラは同意を示した。
「そうですね。特定の誰かに依存する国なんてぽいーって事で」
「じゃ、そんな感じで」
「ええ、そんな感じで」
クロスとアウラは片方ずつキャロルと手を繋ぎ、そしてまっすぐ歩いて行く。
行先は特に決まっていない。
ただまあとりあえず、目の前の馬車に聞いて、そしてあわよくば乗せて貰おうと考えながら。
この後は、パルスピカと合流して世直しごっこをしたり、ソフィアから生まれた子供が双子で片方の名前がルビーだったり、パルスピカと盗賊対峙で競い合ったり、魔剣とトレイターが合体し人型となって認知を迫られたりするが、それはまた別の話――。
ありがとうございました。
これにて長く続いたクロスの冒険は終わりとなります。
楽しんで頂けましたら高評価ブックマーク等を是非お願いしたく思います。
途中の体調不良もあったり、ちょっとプロットが伸びたり筆が乗り過ぎてボリュームが跳ね上がったりして想像以上に長くなってしまいました。
いや2020年スタートって本当に長い……。
ここまでお付き合い頂けた事、真に感謝の限りでございます。
皆様のお付き合いのおかげにて、逃げる事なくまっすぐ完結まで突き進む事が出来ました。
少しだけですが、肩の荷が下りてほっとしております。
後ほんのちょっと、寂しいという気持ち。
これで本当に終わりではありますが、彼ら自身の物語は永遠に終わりません。
まだまだ馬鹿な事をして、そして明日に歩いて行ってくれるでしょう。
それと、お話を書く事を止めるつもりもまた御座いません。
新しい何かと出会う為に、これからも新作を上げ続けようと思っています。
ですので、どうか次にまたお会いしましょう。
あなたがまた私のお話を手に取って下さる事を、私は心より祈っております。
では……繰り返しますが、長らくのお付き合いの程、本当にありがとうございました。




