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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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本物と紛い物


 それは誰も知らない事。

 誰も認識していない事。

 クロスにとって始まりであり終わりであって、そして同時に隠し事でもある。


 ステラさえ気づけぬ程巧妙に隠されていて、奥深くて、そして同時にクロス自身が忘れる程に当たり前の物でもあって。

 もしもそれを敢えて言葉とするならば、クロスが持つ最も深い闇となるだろう。


 皆がクロスを光であると捉え、皆がクロスに希望を持っていた。

 虹の賢者と呼ばれ、統一皇帝と呼ばれ、皆がクロスを称えた。


 だから、誰もクロスの闇に気付かない。

 その生涯の功績を美しいと捉え願いを掲げたアウラも、妄信し世界の全てとするステラ達も、何なら魔力で感情が見えるエリーでさえもが、気づけなかった。


 シアだけはうっすらと感じ取っていたが、それでも、ここまで膨張した物とは思わなかった。


 クロスは普通の人である。

 だから当然、光があるなら闇もある。

 シアはそう考えていた。

 シアは、誰よりもクロスが普通であると認識出来ていた。


 そんなシアでさえも、まだ認識が甘い。

 普通の人が、誰もを魅了する光を放つというその意味を。

 強すぎる光を持つその意味は、闇もまたそれに匹敵するという事であった。


 それはクロスにとってある事が当たり前であり己そのものであると言っても良い。

 己の根本を支える一つであるから思い返す必要もなく、だけど同時に忘れる事もない。


 つまり、あまりにも当たり前過ぎたが為に、同一であるステラにさえ今まで見えなかった。


 クロスの光は眩し過ぎるから、誰もそれに見向きもしなかった。

 クロスを英雄として、偉大として捉える皆にそれは決して見えない。

 クロスを普通の男として見る彼女達にとっても、大きすぎる闇は普通という足枷によって丁度隠れてしまう。

 その闇は、まるで幻影の様であった。


 故に、その境界線の間にある闇は見逃されてきた。

 誰も気づけなかったけれど、その闇はクロスそのものと言える程に深い物であるのに。

 しかも性質の悪い事に、クロスでさえも正しく闇を理解し切れていない。

 クロスはあまりにも痛みに慣れ過ぎてしまった。

 だから……誰にも気づかれぬ、己にしか認識出来ない巨大な闇を、クロスは小さな闇として認識してしまっていた。




 誰もがクロスを努力家であると認識する。

 異常なまでの努力をクロスが重ねた事だけは間違いのない事実である。


 人間時代、そこそこ程度の才能でありながらクロスは人類覇者たる勇者達について行く為クロスは限界を越え続けた。

 腕がもげようと戦いを辞めず、両足が砕けようとも走るのを止めず、動くのが頭だけになっても相手に嚙みついた。

 魔王国中枢相手であったから戦う相手は常に圧倒的格上で、その上クロスは勇者チーム分裂の為相当狙われた。

 それでもクロスは、生き延びた。


 訓練でさえ死の一歩手前……いや、文字通り死ぬ可能性が高い様な事を重ねた。

 皆が止めろと言っても止めず、己の才能のなさを受け入れないかの様に、無意味かつ無駄な努力を延々と続けた。

 あらゆる武器を極め、あさゆる手段を手にし、万能とも言えるだけの力を得たのは才能の頂点が浅かったから。


 全てがメリーの劣化でしかないと受け入れる事が出来ず足掻いたかつての夢。

 勇者クロードの隣と立ち友と呼ぶ為にまっすぐ突っ走り続けた、愚かな若者の輝かしい過去。


 友情の為に()()()にまっすぐ努力し続けた、誰にも出来ない誰にも負けない、誰も到達出来ない偉業。

 黄金の精神を持つクロスのみが出来た、凡人の限界を超えた証。


 それは誰にも否定出来ない事実で、皆の知るクロスである。


 だけど……それだけじゃなかった。


 死さえも恐れぬ日々を過ごせたのは、死を恐ろしい物と知りながらまっすぐその道を走れたのは、ただ光だけが理由ではない。

 確かに……友の為の努力を、勇者の仲間となる為の苦労を、あの日々をクロスは決して否定しない。

 黄金の旅路を、自分の絶頂期を、最高の時間をクロスは掛け値なしに愛している。

 だけどもう一つ、あの頃のクロスは、ただ幸せなだけじゃあなかった。


『これで死んだらもう駄目だからしょうがない』

『これで死ぬ様ならここまで』

『これは死ぬと思うけど、ここまでしないと意味がないし』


 そうやって続けた努力は、果たして努力なのだろうか。

 その考え方は、本当に希望と言えるだろうか。

 その考え方はまっすぐ前を向いた光であるだろうか。

 いや、そうじゃない。

 そんな物が光である訳が、そもそも努力である訳がない。


 クロスは本当に、普通であった。

 能力もそうだが性格もちょっと欲深いだけで普通である。

 そんなクロスが努力を苦しくないと考える訳がない。

 その日々が苦しくなかったと思う訳がない。


 希望を追いかける事は、高すぎる壁に挑戦し続ける事は、クロスにとってまごう事なき重責であった。

 それこそ、死を恐れぬ様になる程に。


 要するに……クロスはその辛さ故に死に逃げようとしていたのだ。

 ここで死ぬならしょうがないなんて考えは単なる予防線でしかない。

 むしろその努力は、遠回しな自殺に等しい。


 光を追う事は正しい。

 その為に希望を持ち努力していた事も嘘じゃない。

 友の為というのもまた真実だ。


 だけど同時に、クロスは死に希望を覚える程に苦しんでいた。

 死を言い訳に努力を放棄しようと考えていた。

 それでも死ねず、死なずに続けられたのは心の光が強すぎたからとソフィアの治癒が優秀であったから。


 だけど光が強いからといって闇が深くないという訳ではない。

 むしろ輝かしい光に並ぶ程その闇は深い物であった。


『もう無理だ』

 その一言が、そのたった一言が、クロスはずっと言えなかった。

 輝かしい黄金を汚してしまうとわかるその泣き言が、クロスはついに言えずに旅を終えた。


 勇者との旅路が終わりクロスが金持ちの権力者たちに好き放題され、財産全てを奪われ山奥に閉じ込められ、孤独のまま生涯を終えた。

 メリーの薫陶を受けたクロスが何故こうも好き放題されたのかと言えば……どうでも良かったからだ。

 相手が宮廷に住まう政治の化物であったのは確かだけど、もう相手がどうこうとかそんなの抜け殻状態のクロスには関係がなかった。


 クロスはこの時既に、生きる意味を見失っていた。


 魔物として生まれた時もそうだ。

 人間である事を捨て去り魔物となった事にショックを受ける事もなく、やけにテンションが高かったのもそれが理由。

 生きていても死んでいても、自分が変わろうが消えようが、何もかもが正直どうでも良かった。

 もう一度死ぬのは嫌だけど、それはそれでしょうがない程度に割り切っていた。

 第二の人生とかそんな事さえ考えてなくて……いや、考える能力がなくて、状況にただ流されるだけになっていた。


 もしもこの段階でメリーやソフィアが見たら、その症状に気付いただろう。

 ステラやメディがこの時のクロスを見ていれば心配しただろう。


 変にテンションが高くなったり下がったりと落差が激しいながらもどこか虚無的な状態。

 つまり、クロスはうつ病に近い状態になっていた。


 とは言え、それは本当に魔物初期の頃だけ。

 今ではそうだったと気づける程度には改善している。

 アウラとメルクリウスが居てくれたから、幼稚園なんておかしな場所で子供達と触れ合って可愛い先生とじゃれ合って、そうやって少しずつ、クロスは自分を取り戻せた。


 だから、魔物として生まれてからの日々は毎日が輝いていた。

 無理をしなくても良い日々はどこか寂しかったけれど、間違いなく楽しい日々だった。


 それでも――。

 あの時、『諦めていた』という事実だけは、今も変わらず残っている。

 誰よりも努力したと皆が認めるからこそ、クロスだけはそれは違うと知っていた。

 そうじゃない。

 自分はそんな大層なもんじゃない。

 自分はあそこで、諦めてしまったんだから。


 クロスはこの状況は正しいと理解している。

 他の誰もがアリスを否定しても、他の皆がアリスを拒絶しても、クロスだけは絶対にそうしない。

 アリスを正しいとクロスだけは心の底から叫ぶ事が出来る。


 あの日諦めたクロスに、今のアリスを否定なんて出来る訳がなかった。


 つまるところ、アリスはあの日諦めなかったクロスである。

 あの時死に逃げようとしなかったクロス、才能なき中でも本気で努力を重ね、そうして才能がないという事実を、道理を、力技にて捻じ曲げたクロス。

 根性と気合だけで才能を凌駕し、クロードと並び友と心の底から呼べたクロス。


 そんなあり得ない理想、最高のIFを成し遂げ続けているのが、アリスである。


 クロスは逃げた。

 努力から、生きる事から、苦しい事から。


 だけどアリスは逃げなかった。

 今も尚、一番大切な物から逃げずに戦い続けている。


 だから、自分は勝てない。

 それは当たり前の事でしかない。


 クロスは自分が才能ないと思っていた。

 そう考えて腐ってしまった事もある。

 俺に才能があれば、俺に皆みたいな力があればと……。


 だけどそうじゃない。

 クロスはちゃんと、人並以上に才能を持っていた。

 彼ら程ではないけれど、クロスは人類全体で言えば十分上澄みであった。

 なのに、何甘えた事を言っていたんだと昔の自分を殺したくなる。


 アリスを見てみろ。

 才能とか以前に肉体がまともに動かせないんだぞ?

 当然、普通の人が持っている才能さえも持っていない。

 積み重ねる体力も、知識も、何もなかった。


 本当に、アリスには何もなかったのだ。


 そんな何もない状態から、寝たきりで死ぬだけという状態から生き延び続け、今では世界最強である

 そう、アリスは成し遂げたのだ。

 ただ、努力のみで。


 クロスは出来ないと疑った。

 だけどアリスは疑わなかった。

 死を逃げ道としなかった。


 出来ないなんて疑わず、アリスは努力し続けた。


 だから……だからこそ、心から尊敬出来る。

 折れた自分にとってアリスこそが本当の光である。

 嫌う事なんて出来る訳がない。


 才能で負けたら嫉妬を覚える。

 だけど、努力で負けたらもう嫉妬する事さえも出来ない。

 ただ、己を恥じる事しか。


 皆が自分を光と呼ぶが、そうじゃない。

 クロスから見たら、アリスという存在こそが光である。

 眩しかった。

 完璧と言える程に、美しかった。


 だから、だから……勝てる訳がなかった。

 最初から、諦めたクロスが諦めなかったアリスに勝てる道理などある訳がなかった。




 殺しきれなかった衝撃が破裂音を生み、衝撃波を発生させ、カマイタチを巻き起こす。

 もはや近づく事さえ叶わない頂点の対決は、誰も傍に寄る事が叶わなかった。


 時空を超越せし存在、世界を越えし物、限界の先の更に先。

 神とさえ呼んで良い二つの魂がぶつかり合うそれは、隔離した世界ではなければきっと天変地異を引き起こしていただろう。


 そんな戦いの最中……アリスは凍える様な寒さを覚える。

 まとわりつく死、消えない恐怖、ついでにクロスの気持ち悪さ。

 何百年かぶりの真っ当な戦いに心が怯えているのと同時に、薄笑いを浮かべるクロスがとにかく気持ち悪かった。


 状況は若干のアリス有利。

 油断すれば逆転する程度の紙一重の差だが、同時にその紙一重は絶対に埋まらない差でもある。

 アリスが油断する事は決してないからだ。

 つまり、現状クロスに勝ち目はない。


 そのはずである。

 それはクロスもわかっているはずである。

 そのはずなのに笑っている。

 死ぬというのに笑っている事がとにかく気持ち悪く、そして怖かった。


 クロスは力任せの振り下ろしを放って来る。

 馬鹿の一つ覚えの様に斬撃の大半は振り下ろしである。

 普通の相手だったらまあ単なる馬鹿な行動だが、クロスに限ってで言えばこれが大正解となる。

 なにせおアリスは虚弱を魔力で誤魔化しているだけである為身体能力そのものは限りなく低い。

 能力なしなら五歳児にさえ腕相撲で負けるだろう。

 その上で、恵まれた男性の身体と小柄な女性という激し過ぎる体格差による上から斬撃。


 どれだけ卓越した技量を持とうとも、基礎にある事はそう変わらない。

 体躯差を利用され、重量を利用され、上から振り下ろされる斬撃こそ最も強い


 お互いに出来る事が大体読める今の状況では、間違いなく、力任せの最適行動がアリスにとって最も面倒と感じる手段であった。

 とは言え、あくまで『面倒』なだけだが。

 アリスは当たり前の様に下から受け止め、そして衝撃だけを受け流す。

 それを見ればまるでクロスの力にアリスが対抗している様にさえ見えるだろう。


 振り下ろした勢いが一瞬でゼロになり、クロスの脳は僅かな困惑を起こす。

 そのほんの僅かな隙を縫い、アリスはクロスの腹部に掌底を叩きこみ、灼焔を発生させる。


「あちぃ!」

 叫びながらアリスに蹴りを放つクロス。

 アリスは一歩下がりその蹴りを躱した。

「熱い程度で済ませるな馬鹿」

「今の俺は頑丈さに自信があってね」

「限度があるわ」

「あははははは」

「笑うな」

 ジト目で見て、そして再び刃を。

 どれだけ空気が軽かろうと、どれだけ軽口が飛び交おうと、互いの刃に乗るのは殺意だけだった。


 それでも、この時間はそう長くない。

 ほとんど本能的な直感だが、この場にいる全員がそれを理解していた。

 終わりの時は、もうそこまで迫っていると。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  確かに、アウラ様も、普通なら発狂している、少なくとも逆の立場なら即座に自分の首を切るって言ってたしなぁ……それに、アリスも人間から魔物に転生した事について、精神が崩壊してない方がおかしい…
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