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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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例え生まれた事が間違いであれども


「予定とは大分違うけど……これはこれで悪くないわ。ねぇ? そう思わない?」

 クィエルはニタァと気持ち悪くも恐ろしい笑みをアリアに向けた。


 多くの犠牲にてアリアが後悔と屈辱に塗れ苦渋の瞳を向けて来て悦に入る。

 天使を背後から殺し、悲鳴の中嘲笑う予定であった。

 そんな予定であった。

 その予定は覆された。

 本当にミリアの指揮能力はクィエルの想定の外であった。

 とは言え、言葉通りこれはこれで悪くなかった。


 天使達は賑やかし程度だったとは言え、アリアの味方である事に代わりはなかった。

 しかも唯一役に立っていた、VOIDの動きを制限していたミリアを護衛に去っていった。

 賑やかしの役立たずどころか足手まといそのものである。


 総てのVOIDがアリアの方にを向いていた。

 正面にはクィエル、周りはVOID、その上自身はただ独り。

 孤軍奮闘と言えば聞こえは良いが、実情はただの孤独。

 この状況がどれだけ恐ろしいか、どれだけ不安か、それを考えたらクィエルは嗤いを堪える事が出来なかった。


 そんな中でも尚、アリアは笑っていた。


「何が……何がおかしいのよ!?」

「おかしい訳ではないですが、誰も失わずに済んだ事は良かったです」

 けろっと、アリアはそう言い放つ。

 自分は二の次、あくまで誰かの為。

 クィエルの笑みは消え、瘴気が更に膨張する。

 恨みや妬みの中に、更に怒りというスパイスが投入されていた。


「へらへらと……何もない癖に! 見捨てられた癖に!」

「別に見捨てられていませんよ? まあ見捨てられても良いですが」

「いちいち(しゃく)に障る!」

 クィエルはアリアの顔面に拳を叩きこんだ。


 アンジェの時にその威力を見ている為、アリアは最大の警戒を持って防ごうと両腕を交差して顔を護り、障壁を腕が交差する一点に集中させながら後ろに思いっきり飛び退いて衝撃を殺した。


 防ぐ為に全力で、全ての能力を費やして。

 メルトレックス形態での一点防護。

 そこまでやってようやく、両腕がぐちゃぐちゃになる程度で済んでいた。

 しかもそれがジャブ寄りのパンチというのだからもうアリアとしては笑う事しか出来なかった。


 腕を修復しながら苦笑するアリア。

 だけど、劣等感しかないクィエルには、その笑いは違う風に映っていて、ただ嘲笑している様にしか見えなかった。


「馬鹿にして……馬鹿にして、馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にして! どうしてお前なんだ!? なんでお前だけが恵まれている!?」

 叫びながら、クィエルは突撃した。




 笑ったのだって、別に深い意味はなかった。

 馬鹿にしている訳じゃあないし、そもそもそんな余裕がある訳でもない。

 戦力比なんて物を考えるのが馬鹿馬鹿しい位に差がある。


 アンジェとミリアが共にいて、それでようやく戦いが出来る位じゃないだろうか。


 それでもまだアリアはクィエルを相当過小評価している。

 だけど、それでも、アリア単独で相手にする様な存在では間違いなくない。


 じゃあどうして笑ったのかなんてのはまあ、本当に、何でもない理由である。

『苦しい時程笑ってやれってな』

 敬愛する偉大なるお父様の、人間時代の名言である。

 ステラからパルスピカが聞いた話を更に聞くなんて又聞きの又聞きな上に、話す人がアレな為相当補正は入っているだろうとアリアは思っている。

 けれど、概ね嘘ではないだろう。

 実際、お父様なら言いそうだとアリアも思っている。


 ただ、きっとそれは深い考えで言った訳でもないだろう。

 たんなる恰好付けの一環で、後ろに居る誰かを安心させる為の強がりで、だから下手すれば本人さえも忘れているんじゃないだろうか。

 とは言え、聞いた事を思い出してしまったからそうするしかないだろう。

 だからアリアは笑ってみた。


 笑う位しか出来ない程に、苦しい状況であったが故に。


 だけど、それが正解であった。

 クィエルの持つ死を感染させる力に、アリアは対抗出来ていた。

 神聖魔法、神の権能、ポジティブさ、愛、遺伝。

 どれが理由かわからないしどれも理由じゃないかもしれないけれど、それでもアリアは死に感染せず生者として戦えている時点で、行動は最適解に等しい。


 とは言え、戦力比が圧倒的な事に代わりはないが。


 殴られ、砕け、捥げ、壊れ。

 それでも治し、立ち向かう。

 痛みは消えず、治癒は追い付かず、徐々に格差は広がって。

 それでもまだ尚、立ち上がる。


 勝てないとわかっていても、絶対に諦めない。

 アリアはクロスと違い戦いを好まず、穏やかな性格をしている。

 だけど――アリアはクロス以上に純粋で、そしてクロス以上に前向きであった。


 それは不屈の闘志とか不敗の覚悟とか、そういうのじゃあない。

 ただ純粋に、アリアの心は挫けない。


 アリアはまだ、笑っていられた。




 叩き潰そうとも、壊そうとも、汚そうとしても、それでもまだ立ち上がる。

 まだ笑っている。

 やり過ぎたと思っていたけれど、まだ全然だったらしい。

 砕き、抉り、捥ぎ取り、嬲り。

 それでもまだ、アリアは戦いを止めない。

 その顔に、笑みを浮かべたまま優雅に。


 クィエルは尚憎しみに目を血走らせた。

 こいつは誰からも愛される。

 敵からもさえも、愛される。

 それがわかった、わかってしまった。


 なにせ、こんな状態の己がうっかり絆されそうになっていたのだから。

 世界の敵である自分が絆されかけた。

 その事実が、世界に捨てられた自分がアリアという愛される為の存在に心が揺さぶられたという事実が、クィエルをより深い絶望と憎しみに叩き落とした。


 自分はただ一つの愛さえないというのに、こいつは敵からも愛されるのか……。


「……ああ……そうか。そうすれば良いのか。……良い事思いついちゃった」

 一瞬、それを閃いた自分をクィエルは褒めてやりたかった。

 それは……自分にアリスが乗り移ったんじゃないかと思う位の妙案だった。


 全力で魔力を障壁に回し、ただ耐える為だけの無駄な戦いをしながら相変わらず口角上げながら見つめるアリア。

 それを見ながら、クィエルは自分の『妙案』の説明を始めた。


「ここには、私とあんたしかいない。でしょ?」

「え? あ、はい。そうですね」

「だからさ、何があったか後からじゃあわからない。違う?」

「たぶん、そうかと……」

「だからさ……頂戴よ」

「何を、でしょうか?」

「全部よ。あんたの全部、私に頂戴。今日からさ、()()()()()()()()。私が皆に愛されるの! あは、あはは……あははははははは!」


 楽しそうに、嬉しそうに。

 旅行前の子供の様な声色で、クィエルはそう言った。


 そう、奪ってしまえば良いのだ。

 そのガワを奪えば、アリアになってしまえば、今度は自分が愛される。

 クィエルなんて化物は捨てて、自分がヴィクトアリアに成れば良い。


「……貴女には、無理ですよ」

 それは拒絶というよりも、同情だろう。

 可哀想な物を見る目でアリアはクィエルを見ながら、そう呟く。

 だけど、クィエルは気付かない。

 自分の名案に、完全に酔いしれていた。

「そう? そう思う? これでも?」

 そう言って頭部の瘴気をどかし、出て来たのは――アリアと全く同じ顔であった。


「あーあー。まあこんな感じね。声もいける。能力も……あんた喰らえば大体代用コピー出来るし、うん。良い考えね! だからさ、頂戴ほら、早く、すぐに死んで。それは私のなの。貴女はもう十分良い思いしたでしょ? 私にも頂戴よ。ねぇ、ねぇ……ねぇって言ってるのよ!?」

 アリアは何も答えない。


 笑う事も出来なかった。

 ただ、クィエルが哀れ過ぎて。


 実力は、世界最高に等しいだろう。

 だけど、その心は、あまりにも痛々し過ぎた。



 

『これで良かったのだろうか』

 逃走の中、ミリアはもう何度目かもわからない無意味な自問自答を行う。

 馬鹿馬鹿しい程に意味のない行為だ。

 答えなんてそんなの、最初からわかりきっている。


 良い訳がない。


 天使を連れ、ただ逃げるだけの道のりも決して平坦な物ではなかった。

 どこからでもVOIDは湧き続け、常にこちらを追い詰めに来る。

 接敵すれば逃走が出来なくなり、触れれば死に感染し、力は元のミリアよりも遥かに強い。

 基本遅いけれど飛びつく速度は速い。

 つまりワンミス(イコール)即死の敵が無限に湧き続けるのだ。

 指揮能力に自信があるからと言ってもこれはもう別問題である。


 ここまで一機も欠ける事なく逃げられているのは天使が飛べるという理由も大きいが、それでも、間違いなく奇跡である。

 あるいは、アリアがクィエルの注意を引き付けてくれているからか。


 そう……アリアの目立ては何も間違っていない。

 ミリアがこちらに来てギリギリで何とかなっている状態であり、そうでなければ天使は間違いなく皆殺しにあっていた。


 そう、間違っていない。

 間違っていないのだが……。


 これで、良かったのだろうか?


 結局、後悔が繰り返される。

 選ばなければならない間違った選択肢に、頭が納得出来ていなかった。


「ミリア様。やはり無茶です。我々が殿に立って皆を――」

 天使がミリアに声をかける。

 わざわざ持ち場を離れてまで今更な進言に来るその有様にイラつきながら……。

「だから、そんな事をしても一秒も稼げ――」


 ぱしっと音がして、足に違和感が。

 ふと下を見ると……地面から沸き腕だけを出したVOIDが足を掴んでいた。


 油断……とは言い切れない。

 なにせ飛べないミリアはずっと地面で、殿となり天使を庇い続けて来た。

 重圧に耐え続けて来た精神的疲労を考えたら、このミスを油断と言い切るのは少しばかり違うだろう。


 人ならば、きっと恐怖で時間が止まった様に感じる状況である。

 あるいは、死を間際にした走馬灯。

 だけど、ミリアは違う。

 ミリアは機械である。


 状況を冷静に判断し、己のミスを受け入れ、即座に自分の足を付け根の部分から()()した。

 切り落とした足の切断面が、一瞬で腐食する。

 その速度から、ギリギリであったと理解する。

 ノータイムであったからこそ、アリアの本体は汚染されずに済んでいた。


「撤退! 殿とかいらない、そのまま全力で飛んで逃げろ!」

 人形に肩を借りて逃げながら、ミリアは叫ぶ。


 空を舞う天使達を見ながら、殿となり地を進む。

 今日この時ばかりは、空を舞う翼が羨ましく感じた。




 数十キロ移動し、休憩地点。

 ミリアは小さく息を切らしていた。


 殿として人形を作りながらずっと戦い続けて。

 劣化した機械脳が冷却を求め、肉体はスリープモードを求める。

 今のコンディションでは木製人形の一体さえも製造出来ないだろう。


 つまるところ、弱体化による後遺症の活動限界。

 だけど、今はまだ倒れる訳にはいかなかった。

 まだ、何も為せていない。

 アリアに頼まれた彼女達位は護らないと、流石に死んでも死にきれない。

 ――小鳩ちゃん達はどこに逃がせば良いかしらねぇ。


「あの……その……」

 おずおずとした口調で、先の天使が再び声をかけてきた。

 他の天使も、ミリアに注目している。

 ただし、腫物に触れる様な目でだが。

「何? 貴女じゃ殿は無駄だから止めろってまだわからない? 天使なんだから効率的に行きましょう? どうしても犠牲が必要になったら貴女を優先してあげるから。ね?」

 マトモに会話する体力もなく、雑に宥めようとするミリア。

 だから、その天使の顔に気付けなかった。

 その、罪悪感に染まった顔に。

 

 そりゃあそうだ。

 殿になって皆を生かすどころか、自分が話しかけ注意を反らした所為でミリアは足を失ったのだ。

 流石に天使だって気にする。

 特に、己の命を惜しまない天使であれば尚の事。


「わ、私の足を使って下さい!」

「……は?」

「私の所為です! だから、私にどうかお詫びの機会を……」

「何を言ってるのよ。別にそんなの……必要……」

 そう、必要ない。

 時間さえあれば足位作れるし簡素な義足なら今すぐでも出来る。

 だからそんな無意味な事をと思いそこまで言って――言い切る前に、ミリアはぴたっと口を紡ぐ。


 疲労した頭脳が、何かを思いつく。

 人間で言うならば……閃いた。


 かつて天使であった自分。

 現在天使である彼女達。


 ミリアは『未来を選択する力』を持たない。

 ミリアは英雄となる器ではない。


 未来を選べないミリアじゃあ『今』は変えられない。

 それは明確たる事実である。


 だが……。


「そうね。悪くないかも」

 じろじろと舐める様にミリアはその天使の姿を見る。

 天使は同意されたと思い、ほっと安堵の息を吐いた。

 ようやく償える。

 痛みがない限り、この罪悪感は消えない。

 だから、自分は苦しみたかった。


 天使はそのまま自分の足を引きちぎろうとして……。

「違うわ。そんなのいらない」

「……え?」

「そもそもだけど、私の足と貴女の足では価値が違う。そうでしょ?」

 きっと……きっと今のミリアをアリアが見れば、笑っただろう。

 自信満々な演技をする今のミリアを、その演技を貫く覚悟をしたミリアを。


 つまり……少しだけ、ミリアは昔に戻っていた。


「じゃあ、私はどうしたら……」

「貴女の足はいらないの。貴女が『私の足』に成りなさい」

「……え? え? そ、そういう事です? 跪て傅けとか足にキスをしろとか……そんな……」

「違うわよ。……なんで貴女頬を赤らめてまんざらでもなさそうなのよ。馬鹿じゃない? ……貴女だけじゃない。ここにいる全員に問うわ。これで良いの?」

 ミリアの言葉の意味はわからない。

 だから、ミリアはもっとわかりやすく尋ねた。


「人間に護られるだけの天使に、存在価値ってあると思う?」

 微笑みながら、だけど挑発的に。


 ミリアに今は変えられない。

 だけど、無理に変える必要はない。

 それは昔から変わらないのだから。

 ミリアに何も出来ずとも、『天使』という名の軍勢ならば、きっとそれは為せる。

 誰よりも人であり、それ故に天使を護りただ独りで戦う彼女の助けとなる事が――。


 我らは、それあれと願われ生み出されたのだから。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  そうあれかし……  不折の心かぁ……クロス以上と明言された以上は、クロスみたいに大事な所で折れることはないか。  自暴自棄で身代わりになったり、追い付けないと剣を落としたり……何度も折…
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