厄介な信奉者達
訳がわからなかった。
この状況自体もそうだし、こうなった経緯も、それ以前に何もかもが訳わからず想定していない方向に話が進んでいる。
ステラだって別に自分の事を常識人だとは思っていない。
相当変わっているという自覚もあるし、何ならメリーからは『あんた天然が過ぎるのよ』なんて言われてたりもする。
そんな自分がまともじゃないかと勘違いする程に、これは異常事態である。
具体的に言えば、どこぞのロゲート界隈の類と同等の。
そう、奇人変人の類が関わり、混沌に堕ちて、何もかもがまるで訳が分からない事となっている。
だけど、この状況の都合が良い事は確かだった。
具体的な状況を言うならば……今現在ステラは平たい板の上に乗り、そのまま高速で移動している。
どの位の速度かと言えば、天使さえもぶっちぎる程の速度。
実際途中出て来た天使からはドップラー効果響く叫び声を聞いただけで攻撃らしい攻撃を受けていない。
そしてその異常なる速度の源は、板の下にいるのは、下半身馬の種族の大群。
つまり、下半身が馬で半裸の屈強ムキムキマッチョの男達が大きな板を持ち上げ、筋肉テカテカ汗ぴっかぴかの状態で全力疾走。
そしてその上にステラがいるというのが、ステラが『理解出来ない』と呼ぶ現状である。
ステラは板の中央でただじっと動かず、正座をして時が過ぎるのをじっとじっと待っていた。
ここで待っている事しか出来ない。
この状況となった張本人であるというのに、ステラは状況を一ミリに受け入れられていなかった。
時は数時間前……。
アリスの罠である鏡の世界からなんとかステラは抜け出し、すぐ状況確認を行った。
最も重要なのは、生きているという事。
自分が生きているという事はそのままクロスも生きている事に繋がるからだ。
だから、最悪の状況は避けられている。
同時に、こちらの世界にクロスが感じられるという事は既にクロスは鏡を脱出したという事でもあるだろう。
だけど、クロスを身近に感じ取れない。
どうしてかわからないが、クロスの位置が方角位しかつかめない程に、距離が離れていた。
そもそもこの現在地点がどこなのかわからない。
何の目印もない草原である為過去通った場所なのかさえ不明だった。
ステラは、クロスがアリスの罠にかかってとても遠い場所で動けなくなっていると予測した。
感じられない程遠いという事は、歩いていける様な距離ではない。
正直、大きな街に向かい転移陣を起動するという手段位しか移動方法が思いつかない。
だが、クロスがどの辺りに居るのかもわからないし、それどころか自分の現在地もわからない。
そんな状態で転移なんて使える訳がなかった。
正直言えば、認識が甘いとしか言えない。
まだ、ステラはアリスに対しての理解力が足りていなかった。
アリスが転移なんて簡単な解決策を残している訳がなかった。
この地方には転移魔法が使える都市どころか真っ当な街さえ存在していない。
今ステラがいるのはアウラフィール魔王統治時代からの空白地帯。
管理するに大きな問題があり、あのアウラでさえ厄介過ぎて放置するしかなかった曰く付きの場所であった。
焦りが募り、恐怖が宿る。
大切な人を失うかもという恐ろしさは、身体を容易く竦ませる。
とは言え、例え不安でも、何も手段が思いつかなくても、進むしかない。
ステラはクロスがいる方角に、一気に駆け出す。
その瞬間だった。
突然、道を塞ぐ様ステラの前に魔物達が現れたのは。
下半身馬で上半身人の種族。
恐らくセントールだろう。
全員男でかつ露出が多い服装……というか半裸である。
上半身は大体露出していて、例え布を羽織っていても何故か最低でも片乳首が出る様な服しか着ていない。
露出度合いで言えば蛮族に近いだろう。
ただ……蛮族にしてはちょっとばかり以上に整った服装をしていて、また単なる蛮族にしてはやけに筋肉質ではあったが。
「止まれ! 貧相なるメスよ!」
そう叫ぶ男は他の魔物よりも少しだけ大きく、やたらと綺麗な小麦色の肌をして、そして何故かサングラスをしていた。
本当に何故かわからないが、蛮族とかそういう方面ではなく別の意味でやたらと怪しい雰囲気を醸し出していた。
「……ああ、これは丁度良いわ。悪いけど、ちょっと足になってくれない?」
クロス以外の男に触れるのは正直嫌だが、背に腹は代えられない。
そう思い、ステラはその男にそう命じる。
セントールでも、走るよりはマシだろう。
「素晴らしく嗜虐的で悪くない誘い文句だが、その胸をもう少しマシにしてから出直せ。貧相なるメスよ。それよりもだ、貴様何故ここにいる!? 我らの聖域に貴様の様な貧相が何故立ち入っている!?」
「何? ここセントールの何か大切な場所? でも悪いけどそんな事気にしている余裕はないの。お願いじゃない。これは命令。私を運べ」
ざわりと、小さな騒動が。
直後に、爆発的な怒気がステラを襲った。
「……お、女……女が……色気のいの字もないチビでちっぱいタッパもケツもない貧弱貧相雑魚メスが……いうに事欠いて我らをセントールなどというぬるま湯に使ったお上品な奴らと同じ扱いをするなんて……許せん! 絶対に許せんぞぉ!」
どこが激昂ポイントであったかわからないが、どうやら相当の怒りを買ったらしい。
とは言え、都合が良かった。
会話は得意じゃないし、そもそも説得できる気がしない。
何故かわからないが会話がかみ合っている気がしなかった。
それに、ステラにとっては口によりも暴力の方が遥かに楽な説得方法であった。
「面倒だから、全員でかかってきて。秒で終わらせるから」
ステラの言葉に一瞬で殺気付いた。
確かに、言葉通りセントールとは違う様だ。
その濃厚な魔力、強烈な威圧感は別の魔物であると納得出来る。
セントールの上澄みを集めてもこうはならないだろう。
とは言え、前言を翻すつもりはない。
相手が何であれ、ステラにとってそれはしないといけない事であるのだから。
時間こそが、ステラにとって最大の敵であった。
今でこそあまり関係ない事だが、最近までこの辺りは魔王国にとって非常に重要な土地であった。
魔王国は繰り返される人魔大戦での敗北よって多くの土地を失い、国家存在として非常に重要な問題に頭を悩ませてきた。
それは国土の減少とか戦争の有利不利とかとかそういう話ではなく、もっと根本的問題。
純粋な資源不足である。
魔王国周辺や大都市と呼ばれる場所は問題ない。
だが、それ以外の部分に回すリソースが常に枯渇していた。
魔王国に含まれる土地はかなりの割合で、魔力異常地帯であり肥沃という言葉からは真逆の物であった事が理由として大きい。
だからこそ、この辺りの土地は非常に重要な意味を内包していた。
気候が安定して動植物に恵まれ、多くの場所と交通網を築く事が出来、そして人間界とは真逆に位置する。
『人間が攻め込めない恵まれた土地』
魔王国にとってここはそういう認識の場所であった。
だが、その土地を魔王国は所有する事が叶わず代々ずっと空白地帯である。
少なくとも五代以上昔からそれは変わっていない。
武闘派魔王で近代最強と謳われたレンフィールドも、歴代最恐として名高い血も涙もない残虐なるアウラフィールも、そこには手を出すのを諦めた。
何故かと言えば、彼らがいたからである。
彼らは自然に溶け込む高い持続的戦闘能力を保有し、また現代社会からかけ離れきった独自の文化と感性を持っていた。
はっきり言えば、後者の方が厄介だった。
一般社会に溶け込む事が不可能な程のズレた社会性は、国にとって毒であった。
だからだろう。
アウラの交渉も篭絡も謀も、何もかもが上手くいかなかった。
配下にする事さえも不可能。
配下として使える程彼らの社会性は真っ当ではない。
大切な物が、あまりにも違い過ぎる。
そもそも、最大の敬意を示し魔王であるアウラが直々に交渉役として名乗り出た時点で、彼らへの理解力が足りていない。
交渉役は、アウラでは不適切であった。
おそらくそこらへんのチンピラでも連れて来た方がまだ成功した。
彼らは他者に対し求める物が一般的な常識とは非常に異なり、認めた相手以外だと誰に対してでも反骨精神を全開にしてくる。
その上で、彼らは素早く強い。
戦闘特化型セントールと言って良いだろう。
セントールと同列かそれ以上の移動能力。
セントールを遥かに超える筋力と耐久能力。
蛮族に毛が生えた程度の道徳程度しか持ち合わせていないとは思えない程の戦術指揮。
弓、槍という遠近共に優れた戦闘能力を全員が所有し、部隊一丸となり完璧な連携で行動。
その上、ちょっと不味くなったらいつでも離脱しゲリラ戦に移行する。
弓と槍なのは文明レベルが低いからではなく、現地調達できるから。
彼らは自然の中に居ればどこであれ、弓と槍を用意する事が叶う。
セントールを草原の民と称するなら、彼らは草原の戦士となるだろう。
アウラでさえこの土地を得る事を諦めたというが、それは言葉的に正しくない。
アウラが完璧な形で敗北し諦めたという方が正確な事実であった。
更に言えば、彼らを利用する事はあのアリスでさえも諦めた。
利用する事も、協調する事も、相互不可侵の契約さえも出来ない。
アリスにとっても彼らは『会話出来ない下賤な馬鹿共』であった。
彼らに交渉は通じない。
彼らにこちらの常識は理解出来ない。
誰にも利用されず、誰も利用しない。
彼らはただ己の誇りに基づき生きているだけの、限りなく自然に溶け込んだ特異種族であった。
戦闘が始まろうとしたのに、いくら待っても彼らは襲って来ず、ステラは若干焦れていた。
最初から、単なる蛮族にしては少しおかしいとは思っていた。
やたらと口調は強く女性差別的な事を口走る割に、彼らの目から劣情の類は感じられなかったからだ。
自分の容姿を褒めるつもりはないが、全くそういう目をこういう男だけの部族が見て来ないというのは少々おかし過ぎる。
彼らは蛮族とも兵士とも違って、何かズレていた。
更に数秒程待っていると、余計に戦いの気配は遠ざかる。
その代わり、小さなどよめきが響きだした。
どよめきというよりは、陰口を叩く様な気配に近い。
ステラはクロスの持つ特定の音だけを耳で拾う技術を使い、彼らの内緒話を盗み聞いた。
『三十万EPだと……そんなばかな。あの控えめ洗濯板のどこにそんな力が……』
『何かの間違いだ。あのおぼこ臭い奴にそれ程の力がある訳が……』
『まさか伝説の……ロ……ババ……』
『俺のディティクトマジックだぞ? 誤魔化せる訳が……誤魔化しだとしてもちょっと盛り過ぎ……いやだが……』
『再度計算で四十万を突破した。そんな訳ない。そんな奴いる訳ないだろ……もしいたら、そいつはどんな暴れ馬って事で……』
何かわからない。
わからないが動揺はどんどん広がっている。
こっちはもう戦うつもりだというのに全然攻めてこない。
更に言うなら、動揺ついでにやたらと容姿がディスられている。
子供っぽいとかがマシな方で、貧乳だとかチビガキとか、子供産めなさそうとか、まあとにかく言いたい放題である。
そういう悪口に強いステラでさえもその陰口には流石に殺意が湧く。
この場で五、六人殺しても無罪になるんじゃないかなとさえ思っていた。
「失礼!」
最初の色黒サングラスの男が、一歩前に出て来る。
さっきまでの態度より少しだけこちらを尊重する様な気配が感じられた。
「我が名はウマナミ! この豊満なる乳の様な大地を護る民の長である! すまないが一つ、そなたに質問させて貰えないだろうか!?」
「……どうぞ」
若干イラつきながら、ステラは答える。
そうすると……。
「では聞こう! そなたはドスケベか!?」
「――は?」
「ご婦人には今、とても淫らであるという疑いがかかっている! ご婦人はドスケベかどうか、答えられよ!」
「――――は?」
ステラはぽかーんと、口を半開きに。
あまりにもぶっ飛んだ、ふざけた内容の質問である。
これまで数々の変質者と巡り会って来たステラでなければ理解不能過ぎて頭を抱えていただろう。
だけどその代わり、ステラには思考をフリーズさせる事さえ許されなかった。
訳がわからん。
だけど、その声色と雰囲気は誰か死人が出るんじゃないかと思う位に真剣な物であった。
全員がムカつく位真摯の瞳でステラを見ていた。
「……ふざけている訳じゃ……ないんだよね?」
自分の感性がそうだと言っても、常識がそうだと信じられるおずおずと尋ねた。
「当然である! ご婦人がどれ程の男を喰らい、どれだけ性に奔放であったか、そしてどれほどの肉便器であったのかを、我らに伝えて欲しい。だがそれが全て偽りであったのならば……」
「訳わからないけど、私は大切な独り以外には、男に身体を許す気はないよ。これまでも、そしてこれからも」
その言葉でざわっとし騒動が彼らの間に広がった。
ただ、今度は怒りの様な物が彼らから感じられた。
それはまるで、裏切った……みたいな雰囲気だろうか。
いや、どちらかと言えば期待外れという様な、そんな風が感覚では近いだろう。
――訳がわからないけど、結局戦う事になるか。
そっと剣の柄を握ったその瞬間……。
サングラスの男ははっとなり、慌て叫んだ。
「ご婦人! その大切な男の名はなんと申す!?」
「――クロス。魔王、皇帝、賢者、好きなので受け取って。そのどれもが彼は好きじゃないけどね」
その名前が出た瞬間だった。
怒りは混乱、不審や憎しみ。
そういう気配が全て霧散し、総て恐怖に書き換えられる。
その空気はステラにとって非常に馴染みのある物だった
。
戦場で、化物に遭遇した兵士達が醸し出される畏怖と恐怖。
昔魔物達が、勇者クロードに向けてきたそれであった。
そしてその直後だった。
彼らが全員、ステラに対し平伏したのは。
四肢をぺたんと折り畳み、上半身も深々と。
それはそれは見事な程揃って頭を下げて――しかも全員から、あり得ない程強い敬意が感じられた。
「知らずの事はいえ失礼した! 我らバイコーン一同を持って『淫らなる化身、淫魔王夫人』を歓迎させていただきます!」
「――なんて?」
「し、失礼しました! ドスケベの権化、性欲魔人、世界最強のオスの肉便器様になんと失礼な――」
「――なんて?」
訳がわからない。
訳がわからないけど、彼らの慌てっぷりを見ると、馬鹿にしている訳ではなく今必死に褒めているらしい。
誉め言葉が足りないからステラが怒っていて、どんどん呼び方の卑猥度合いが高まっている。
理解したくないけど、そう理解出来た。
邪悪たるユニコーン
彼らの生態はとてもわかりやすい。
エロい奴程偉い。
だから『色気がない』という言葉は最大限の罵倒となり『肉便器』という言葉は女性への最高の誉め言葉となる。
彼らは別に愛を否定している訳ではない。
彼らもまたセントールと同様一夫一妻と一夫多妻は半々くらいの割合である。
ただ、彼らにとってエロさとは己の社会性を表す言葉であった。
奥様同士の朝の挨拶は昨夜の営みを軽く話して惚気る事。
昨日一度も自慰さえ出来なかったというのは体調不良を表す言葉であり、友であるのなら即座に抱え病院に連れていく様な大事。
性豪であるなら誰からも褒め称えられ、性に弱ければ貧弱と蔑まれる。
とは言え、全員が全員オープンという訳ではない。
彼らは恥じらいもまたエロスであるという理解もあった。
そう……彼らがこれまで歴代のどの魔王にも、アリスにも、誰にも従わなかったのは別に反骨精神の為とか権力嫌いとか、そういう事ではない。
交渉相手が、彼らにとって無価値であったからだ。
真面目で、誠実なアウラは彼らにとって無関心な子供であった。
冷酷で残忍なアリスは彼らにとって無価値な敵であった。
初対面での相互理解の手段が好きな性癖を語る事ある彼らに真っ当な交渉を持ちかけた事そのものが間違いだったという事である。
そんなバイコーンだが、意外な事に彼らは非常に厳格な縦社会型の生態をしている。
群れで行動するとか、長の命令は絶対とかそういう事ではなく、彼らの生態は奉仕種族に等しい。
ただし、それは自分達が認めた主にだが。
つまり彼らは、ずっと探していたのだ。
自分達の主になるであろうお方を、この世界で誰よりもドスケベであるという者を。
だからこそ、彼らはその名を知らぬ訳がなかった。
サキュバスを堕とし、ドラゴンを屈服させたその男の事を。
人間でありながら魔物さえも孕ませた、脅威の種付け男の事を。
賢者である事に価値はない。
魔王だろうと皇帝だろうと同じ事。
そんな物取れたパンツのゴム紐よりも価値はない。
重要なのはただ一点、どれほどドスケベであるかという事。
そういう意味で言えば、彼は完璧だった。
この地にまでその名が轟く程に、その偉業が彼らの心を震わせる程に。
遠い遠い世界の事だというのにバイコーン達はクロスの事を『淫魔王』と呼び、心の主としいつか出会うその時をずっと待ちわびていた。
そして時間は戻って板の上。
無数のセントールがぶっ倒れながら全力で走り続ける中、ステラは正座のまま微動だにしない。
何故板なのかと言えば、淫魔王夫人に手を触れるなど恐れ多いから。
何故馬車でないかと言えば、馬車なんてエッチな物使うのは淫魔王夫人には恐れ多いから。
ステラを運んでいる理由はもっと単純だ。
淫魔王の為に尽くす事。
それが性欲を司る種族としての誇りであった。
女が大好き、大変結構!
豊満な女性が好み、素晴らしい!
そうでなくとも女性はみんな美しい、マーベラス!
子供が大好きで子供は護る物……血が繋がろうとそうでなかろうと我が子は何より愛おしい、完璧だ、あああ完璧だ。
彼らバイコーンがクロスという男の為に生きる事に何の躊躇いもない程に、完璧だった。
真っ当でエロい。
それが彼らの文字通りの理想であった。
そういう理屈を聞かされたのだが、ステラは話半分にしか聞いていないし明日になれば忘れるつもりである。
褒めてくれているのはわかるけれど、ちょっと誉め言葉が酷過ぎる。
流石に女として、あまり聞いて嬉しい言葉ではない物ばかり過ぎた。
「……大分近づいて来た。少しだけ……ほんの少しだけ右に寄って」
小さな声で命令をすると、下にいるサングラスの男が叫んだ。
「はいよろこんでー! 進路ちょい右いきり立つマラ位曲がれ!」
「おいおいてめぇのだと曲がり過ぎだろうが」
そんな事が聞こえ、ゲラゲラと笑う。
とにかく品がない。
ただ、邪な目は一切感じなかった。
貧相だからとかそういう事ではなく、彼らにとって性欲とはたぶん、儀式的な物であるのと同時にスポーツ的な意味もあるのだろう。
相手に同意がない限りそういう目を異性、同性に向けず、同意があったとしても両者納得出来る形にしかならない様細心の注意を払う。
そこには本来の文明以上に理性的で、同時に宗教的神聖ささえもあった。
そういう意味で言えば、彼らは紳士的であると言えるだろう。
その口の悪さと他種族を見下す癖がなければだが……。
「にしてもこの辺りはうっすい奴しかいなくて困るぜ。俺の十連ソロプレイ後のアレより薄い。どっかにドロドロ濃厚な奴はいないもんかね。我らの王の奥方位にさ」
「おいおい奥方様みたいなのがそこら中にいたら俺達じゃ全員干からびちまうぜ」
「そりゃそうだ。あははははは」
全力疾走しながらでも、下の彼らは割と楽しそうだった。
全力を出し切り倒れ離脱する時でさえ『俺はここまでだ……脱落した負け精子の如く倒れよう。お前ら、俺の屍を越えて孕ませろ!』なんて事を楽しそうに言っていた。
本当にこいつらは、下ネタしか口にしない。
更に言うならば、彼らはステラをドスケベ認定している。
そのことが若干ステラは不満だった。
どうやら相手の色欲を測る能力があるらしく、そしてその結果が非常にそっち寄りな数値だったそうだ。
貞淑なドスケベなんですねって言われても、正直どう答えれば良いかわからなかった。
ずっと下からは下ネタが響き、誉め言葉でセクハラをされ、気にしない様に待つ事十数時間。
とうとう、クロスの具体的な位置が特定出来る程に近づけた。
ふざけているが、彼らの種族としての能力は間違いなく一級品であった。
二百体を超えるバイコーンもここまで使い捨てにし過ぎて残ったのはわずか三十。
それでも、彼らは一週間の距離を十数時間までに縮めた。
「もう良いよ。ありがとう。後は好きにして」
そう言って、ステラは板の上から飛び降りた。
彼らはすぐ足を止め、姫に仕える騎士の如く即座にステラに跪いた。
今にも倒れそうな程疲れているはずなのに。
全員が全員、滝の様な汗を身体に纏っている。
ステラが思っていた以上に、彼らは疲弊した様子だった。
「好きな事と言われても、ナンパする程の女も居ませんし何か命令ありませんかい?」
部族の長であるだろうサングラスの男の言葉にステラは考え込む。
彼らと一緒に乗り込むというのは、流石にちょっと気がひける。
確実に彼らは皆殺しにされるだろう。
だったら……。
「……命令して良いの?」
「もちろん。ご婦人程の命令なら放置プレイだってイっち……おっと失礼。王以外はNGでしたね。まあ、どんな命令でも悦ぶ事だけは間違いありませんよ。淫魔王夫人の肩書きだけという訳ではなく、貴女程の方でしたらね」
「……そこは納得したくないけど……私なんか全然弱い方だし……。まあ良いか。まず、脱落した仲間と合流。その後は適当に周囲で人命救助しててくれない?」
「はぁ。まあ、うっすい奴らだし雑魚なのはしょうがないか。ナンパのついでに救って来ましょう。それで惚れられてトラブルになっても知りませんがね」
「ありがと。後、出来るだけ皆生きてね。終わったら貴方達の事クロスに紹介したいから」
「俺達を淫魔王様に直接紹介して頂けるのですか?」
「……え? う、うん。お世話になったし……」
その言葉に、彼らは本当に嬉しそうに喜んだ。
建前ではあるが、まあ嘘ではない。
例え本音が、『クロス以外の誰にもこいつらは預けられない』と思っただけであったとしても……。
「とにかく、出来るだけ無事でいてね」
そう言い残して、ステラは気持ちを切り替えクロスの元に急いだ。
ありがとうございました。




