ぷろじぇくとなんたら
温存していた洗脳済み天使と精神量産型天使、そしてVOID。
その大半を、アリスはクロノアークに叩きつけた。
後の事など考えず、余力も残さない。
文字通りの全戦力をアリスは投入する。
想定外の繰り返しに発狂している……事もまあ全く理由にない訳ではない。
だけど決してそれがメインではない。
衝動のまま行動する程アリスの精神が真っ当だったなら、世界はここまで苦しまずに済んだ。
どれだけ怯え狂おうとも、怒りに燃えようとも、アリスは決して感情を行動の理由としない。
出来ないと言った方が正しいだろう。
感情では最後の一線を越えない。
いつだって決定権は、理性が持っている。
生への執着が、アリスの心の底を常に恐怖で凍えさせ続けていた。
アリスの性根は根っからの臆病者である。
故に、総ての行動は慎重過ぎる程の臆病さによって決定される。
だから今回の決断も決して破れかぶれでも怒りに任せてという訳でもない。
クロノアークに攻撃を集中した理由は二つ。
一つは、未知であるからこそ少しでも理解する為に。
つまるところの、情報会得の為の威力偵察である。
生半可な戦力では無駄であると知っているからこそ、シアの底を見る為に戦力を集中させた。
この行動に、天使を使い潰し、VOIDを一極集中させるだけの価値があるとアリスは感じていた。
もう一つは、アリスが神の特性を知っている事、それが理由である。
つまり『信仰』の力。
シアを殺せなかったとしても、信者を殺せばその力は弱まる。
信仰とは双方の共有意識により成り立っているからだ。
成りたてであるシアならば、クロノアークを滅ぼすだけで存在が維持出来なくなる可能性はかなり高いはず。
例え消滅までいかずとも、クロノアークを滅ぼし信者を失えば神としてのメリットは消えデメリットだけとなる。
そう、アリスは神の殺し方をずっと昔から研究していた。
クロノスを殺す為に。
とは言え成果はまだ出ておらず、クロノスを殺す事は不可能であると言わざるを得ない。
それでも、シアならば十分殺す事は可能だろう。
シアはまだなり立てであり神としては赤子。
しかもこちらに現界している。
それならばまだ、十分手が届く。
神クロノスも、観測者三名も、アリスにとっては優先度の高い殺害対象である。
自分よりも強い。
それだけあれば、アリスにとっては殺すに十分な理由だった。
そういった事情を加味してアリスは天使とVOIDのほぼほぼ全勢力を投入し、しかも直接シアを狙わず、クロノアークに狙いを定めていた。
アリスの転移陣により現れ襲い来る大軍勢。
これまで拮抗していた数なんて所詮お遊びだったのだと思う程のその大軍を前にして、シアは堂々とした態度で微笑を浮かべ待ち構える。
だけど、内心は焦りまくっていた。
はっきり言おう。
アリスは恐ろしい程に、シアを過大評価している。
そのおかげでクロスは逆転のチャンスが見えたけれど、その分負担は全部シアに襲い掛かっていた。
覗かれている事がわかるから、決して弱みは見せず堂々と。
だけど、正直いってどうしようもなかった。
確かに、シアは神になった。
魂の位階はこの世界で頂点に等しく、超越者と呼ばれる存在にカテゴライズされる。
だけど突然強くなった訳でもなければ何か特別な事が沢山出来る様になった訳でもない。
長い時間をかけてクロノスが築いた物が、自らの信者の治癒能力を高める事と勇者システムだけという辺りでもうお察しである。
ぶっちゃけ言えば、あのオメガという名のミサイルを処理出来たのは、嚙み合わせが良すぎただけの偶然の産物、幸運の結果でしかなかった。
機械的アクセスが可能な神の瞳。
それがシアの新しい力、悲しき嘆きと真摯な祈りを込めた権能。
この<神の左目>の機能の一つに対象を認識するだけでハッキングし強制的に乗っ取るという、極めて機械に強い特性がある。
それがミサイルを奪えた理由である。
だけど、この機能が役立つ事はもうない。
なにせこの機能、使えるのは相手が無防備な時のみである。
プロテクトやカウンターハッキングといったハッキング対策に滅法弱い。
理由はとても単純で、使っているのが機械的知識皆無なシアだからだ。
というか……『自作でプログラムが組め天使の精神を育成する擬似空間をネットワーク上に生成出来るアリス』と『プログラム? なにそれ魔剣?』程度のシアで勝負になる訳がない。
確かに機械的なアクセスが可能である瞳だが、ぶっちゃけシアは雰囲気でこの瞳を使っている。
この世界最高の瞳、至高の魔眼である事は確かなのだが、悲しい事に、恐ろしい程の才能の持ち腐れであった。
もしこの瞳を持ったのがメリーやマリアベルだったら世界を変えられただろう。
メリーだったらVOIDにハッキングをかけ操る事が出来た。
マリアベルだったら自陣の機械を纏めて捜査し効率を跳ね上げられた。
そしてもし、アリスがこの瞳を持っていれば、自分以外の生命体全てを半月程度で屠る事が可能であった。
人類救済機構を完璧な形で己の手足とし、古代文明の遺産を復元し、機人集落に等しい技術力を手に出来る。
それだけのスペックをこの瞳は持っている。
だけど、その『たられば』はない。
これはシアに宿った祈りであり、シアにしか使えない瞳。
だから要するに……。
――やっべ、どうしよう。
女神で守護神であるシアは、さっそくやる事がなくなり、クロノアークの天井上でドヤ顔のまま置物となる仕事についていた。
天使やVOIDといった過去兵器、3Sやクロノアークといった未来兵器。
アリスと機人をきっかけに新しい発明が、本来この世界に存在し得ない色々な兵器が現れた。
そういった物がない時代、元々の戦争の主役、現代兵器の決定打となるのは『ヨロイ』であった。
魔力で動作する機械を操り動かす、搭乗型ロボットに限りなく近い何か。
ロボットと呼称するよりもむしろパワードアーマーの方が機能は近いだろう。
もちろん、勇者や魔王が最強である事に違いはない。
だけどそれらはたった一つしか存在出来ず、そしてその一つが破れたら戦争の敗北が決定する。
だから、ヨロイが主役である事に違いはない。
ヨロイは間違いなく戦場を決める決戦兵器である。
たが同時に、ヨロイには大きな欠点が無数存在する。
特に大きな欠点は、搭乗者の身体制限だろう。
分厚い装甲を持つ超重量の人型兵器。
それに反して搭乗するスペースは非常に小さく、搭乗者は小柄でなければならなかった。
更に、重量制限もある為搭乗者は軽ければ軽い程良く、更に更に魔力を使用する為膨大な魔力がなければ動かせない。
ゴブリンの様な小柄な種族か細身で小さな女性でかつ魔力の潜在量が高い者。
それ位に制限が厳しかった。
ヨロイのサイズは三メートルから四メートル程、大きくても五メートルまで。
そうでなければ自重にて動けなくなる。
搭乗者は女子供の様な身長、体重の者のみ。
欠陥兵器という声も決して少なくなかった。
それでも、その成果はまごう事なき決戦兵器であった。
更に言えば、その搭乗者制限はこれまで数多くの技術者が挑戦し破れた夢でもあった。
マリアベルでさえ、3Sの時搭乗者問題に相当苦労した。
アウラの交渉によって搭乗者なしという反則手段に出なければ未だ実用化に至っていなかっただろう。
そう『ヨロイは大きく出来ず、中の人は相当制限される』というのは、この世界の常識である。
地響きが聞こえる。
何度も何度も地響きに襲われたクロノアークにとって慣れっこの事象。
今度は何が出て来るのか。
またVOIDが湧いて来るのか、それともまた敵の秘密兵器か。
そんな思いの中現れたのは――モグラだった。
いや、モグラと呼ぶには色々とおかしい部分は多い。
だけど……一番近いのはやはりモグラであった。
やけにのっぺりして丸みを帯びたフォルムをした、愛くるしい姿の獣がぴょこっと地面から。
ただ、実際の音はそんな可愛い物ではなく『ボゴォ!』みたいな強烈な爆音だったが。
そう……爆音と称した通りこのモグラ、とにかくデカイ。
全長十五メートルは超えているだろう。
二足で立てばクロノアークの外壁にスケール感で負けていない。
そんなモグラはどこかドヤ顔みたいな表情で、しゃきーんと鋭い爪を空に掲げた。
エルダ命名『ごーるでんもぐー号』。
これはエルダラボチームが打倒マリアベルの為に生み出した発明であり、そして新兵器。
つまり……れっきとした『ヨロイ』である。
それは希望と挫折の歴史。
あらゆる困難を解消してきた技術者達が挑戦し、その全てを単なる無駄足にしてきた最悪の不可能。
ヨロイのサイズ、並びに搭乗者の制限なんてのは技術者にとってその様な常識であった。
むしろ知らない方がおかしい。
だから、その言葉の意味を彼らは深読みした。
『でっかいヨロイを作りましょう』
エルダの言葉を、最初彼らは冗談だと思った。
現在3Sと名乗る小型高速化次世代新兵器をマリアベルが作っている中で、いきなりそんな事を言うのだ。
本気だと思う方がおかしい。
だけどエルダがそれを撤回する事もなく、数分の時間の後に、それが本気であったとラボメンも理解する。
そして同時に、恐怖と尊敬にかられた。
マリアベルでさえ不可能であった事に真っ向から挑戦する。
その熱意は素晴らしいとしか言えない。
だけど同時に、それはこれまで全ての技術者が諦めた夢の先である。
出来る訳がないという想いしか持てなかった。
『貴方達なら出来るでしょ?』
平然と、エルダはそう言い切った。
自分でさえそこまで信じられないのに、この人は自分達をそんなに信じてくれているのか。
これまで多くの偉大なる技術者に並ぶと、それ以上だと思ってくれているのか。
そんな上司が持てた事は、技術者冥利に尽きる事この上ない。
そう思うと、ラボメンは泣くのを堪えなければならない程の感動に襲われた。
不可能へ挑む。
その挑戦は、その瞬間より始まった。
まあ、エルダがただ出来ないという事を知らなかっただけなのだが。
どうして誰も大きなヨロイを作らなかったのかと首を傾げる程度で、つまるところ、エルダは単なる素人の思いつきを口にしただけ。
誰かが『それ出来ませんよ』と言えば『あらそうごめんなさい』で終わる話でさえある。
周りの深読みから始まった大型ヨロイ製作は当然難色を示した。
そんな簡単に克服出来る様な物ならこれまでに幾度と実用化し正規採用されている。
大柄の魔物が搭乗出来ない事程大きな欠点はないのだから。
多少多くても、多少性能が低くとも、搭乗者に大柄の男性が選べたら、間違いなく戦況は変わるだろう。
それでも、彼らラボメンには心が折れない理由が三つもあった。
一つは、エルダが絶対の信用を向けてきているから。
二つは、エルダが挑戦する気概を持てる程に最適な開発環境を用意し続けてくれているから。
そして三つは……エルダなら不可能を可能にしてくれると、皆が信じているから。
エルダが彼ら部下を信じる様に、彼らもまたエルダを信じていた。
だから彼らは折れず、研究に研究を重ね――。
『いや、無理に小さな人に拘らず大きな人乗せましょう』
首を傾げながらエルダはそう口にした。
当然、ただ知らないだけである。
何で皆出来るだけ小さな人だけ乗せようとしているのか、子供を戦場に送りたいのだろうかなんてさえ思っている。
流石にこれはどうしようもなく、ラボメン全員でその理由を必死に説明する。
搭乗者制限はとにかく重要であり、それを軽くする程にヨロイそのものも巨大化する事が可能であると。
だけどエルダはやはりよく理解出来ず……。
「だったら搭乗者増やせば良いじゃない。別に単独搭乗に拘らなくても」
ぽろっと、眼から鱗が落ちる。
ギリギリを狙うミニマム思考での拡張をしている中での、ぶっ飛びすぎてあり得ない発言。
それは決して正しい発想ではない。
搭乗者を増やすなんてメリットの方が少ない位だ。
だけど同時に、視野が狭くなっている事に気付ける様なトンデモ発言でもあった。
確かに、それは正しい発想ではない。
だけど、全く考慮しないという事はそれはそれで問題である。
それだけ彼らが常識に縛られていたという事なのだから。
そうして、発想は逆転し一気にマキシマム思考に変化した。
出来ない事は出来ないままで、それ以外で強引に解決する。
高度な発想と技術を生み出す研究者とは思えない、清々しい程の超絶頭脳筋スタイル開発の始まりであった。
魔力が足りない。
じゃあ魔力が馬鹿みたいに多い人を乗せよう。
立たせる事が出来ない。
じゃあ普段は四足で偶に二足にしよう。
人型を維持出来ない。
動物にしよう! 絶対しよう!
エルダの雑な解決策が飛び交い続ける。
そんな馬鹿な……と思いながらも、やってみれば案外何とかなりそうな感じで研究が進められる。
というか何とかなった。
足りない部分を魔導機文明知識とエルダの発想と、後なんか良くわからん一体感が何とかしてくれた。
そうして完成したのが、超大型魔導アーマーの『ごーるでんもぐー号』である。
ゴールデン要素は全くないし号とつける割に後の事は考えていない。
まんまる体型に短い手足、ほとんど楕円の形状であるそれは、相手の戦意を喪失させるに十分な情けなさを秘めている。
誰かが『蓬莱の饅頭って菓子に似ている』と言ったから、このフォルムの事を饅頭フォルムと呼ぶ様になった。
もちろんデザイン周りは全部、エルダの趣味である。
マリアベルが成し遂げられなかった奇跡であるのに違いはないが、解決手段が発明ではなくごり押しである為、技術者たち全員が『これで良いのだろうか』というもやっと気持ちを抱える事になったなんていうふわっとした稀代の発明である。
ちなみにエルダはとても満足そうだった。
そのまんまる饅頭フォルムは、動物のぬいぐるみぽい外見は、エルダの好みドンピシャであった。
のしんのしんと短い手足で歩きながら、VOIDを蹂躙していくごーるでんもぐー号。
短いと言ってもVOIDを上から潰す程度にはその手足はでかかった。
馬鹿馬鹿しい外見である事に間違いはないが、VOIDの汚染を受けず一方的に踏みつぶせるというのは大きな利点であった。
膨大な魔力をリソースとする全身強い毛皮を持ち、尚且つ無限再生。
それがVOIDによる死の汚染を無効化し、天使の光線への耐性となっていた。
その動力と無限再生の根本となっているのが、搭乗者その一。
彼女、レティシアは『こんなはずではなかった』みたいなとってもあんにゅーいな表情をしていた。
理由があったとはいえ、一番の危機の時逃げていた。
だから自分はどんな事でも逃げたりしない。
罪の責任を、必ず取る。
更に言うなら、大勢の熱により生み出された兵器に乗る事。
それは熱を知る為の行動としては決して間違っていない。
贖罪と好奇。
だから彼女は自らの意思でそれに乗った……んだけど、ちょっと以上に今後悔していた。
いきなりめっちゃ頼み込まれたのをもう少し怪しめば良かったと、一時間程前の自分に文句を言いたい位に。
乗り心地は案外悪くない。
ほとんど揺れないし視界も広い。
魔力を吸われるのも特に何の感覚もないし、魔力量自体もまだまだ全然問題ない。
ピュアブラッドを搭乗者にするデメリットを加味しても、戦力としても十二分と言える。
このサイズが縦横無尽に暴れまわるのだ。
弱い訳がない。
走れて立てて、地面に潜れる。
ジャンプすれば空飛ぶ天使まで手が届く。
十二分というか、それ以上。
文句があるのは外見位のものだ。
ちょっとばかし可愛すぎるし間抜け過ぎる。
発明家エルダのこの動物センスとTシャツのセンスだけは何がどうあっても理解出来そうにない。
この珍妙なナニカの中に入っているのが自分だと考えると、ちょっとばかり死にたくなる。
これは本当に自分の望んだ事なのだろうか、これは本当に熱を感じる行為なのだろうか。
レティシアは自問自答を繰り返し続けていた。
これは贖罪であるのだから、やらないという選択肢は最初から存在しない。
ただ、ちょっとばかし気分があんにゅーいなだけで。
のっそのっそと短い手足を動かし走り、ぺしんぺしんとVOIDを潰す。
いやこれは単なるイメージで実際は相当激しい音をしているが。
十五メートル越えのヨロイが超硬いVOIDをすり潰しているのだからまあ、割かし酷い音が響いている。
下手くそロックバンドが二日酔いの中吐き散らかしながらストレスを楽器にぶつけるのと同じ程度には騒音だろう。
とは言え、レティシアは気持ちを切り替える。
不幸なのは自分だけじゃない。
自分の他にも搭乗者はいるし、それに何より最大の犠牲者がそこにいた。
そう……VOIDである。
でっかいぬいぐるみみたいな何かに潰されるというのは、あまりにも間抜けな死因で同情を禁じえなかった。
そうして繰り返していると、VOID、天使共にごーるでんもぐー号から距離を取り出す。
逃げている訳ではなく、遠距離戦を仕掛けて来ていた。
なにせごーるでんもぐー号の武器はその短い手足。
手には若干鋭い爪が付いているけれど、ただそれだけ。
距離を常に取り続ければ単なるデカイ的である。
そして当然……その対策を取ってある。
エルダは発明家として無能であると言えるだろう。
優秀なのは部下だけだ。
だけど、エルダは安全管理だけは絶対に怠らない。
搭乗者がいる以上中の安全は最優先なのが当たり前であり、そして起こり得る危機的状況は最初の内にリストアップし潰してある。
安全管理、その一点においてのみならばエルダはマリアベルさえも上回っているだろう。
だから、部下達はエルダの事を心から信頼する事が出来た。
「そんじゃ、よろしく」
レティシアは二体目の搭乗者に合図を送る。
そして操作権が、彼に引き継がれた。
ごーるでんもぐー号がすくんと立ち上がると、手の爪がにょきんと伸びる。
そしてその爪をぶんっと薙ぎ払う様に振ると、魔力の爪が発生し空に舞う天使を数機纏めて斬り裂いた。
「っしゃ! 命中!」
嬉しそうに彼は叫び、同時にごーるでんもぐー号はガッツポーズを取る。
二体目のパイロット、その名前はタイガー。
ごーるでんもぐー号近接戦闘特化の担当員である。
相手の銃撃をひょいひょいと軽やかなステップで躱しながら斬撃を放ち、敵を殲滅していく。
回避と爪撃は彼がお得意とする戦闘スタイルであった。
肉体と連動し直感的に操作できるパイロットシステムとしている為、複雑な動作はいらない。
つまり今のごーるでんもぐー号は、パルスピカ支援状態のタイガーと全く同じ動きが出来る状態であった。
まんまるお饅頭が二足で俊敏に動くその姿は、シュールさ以外の全てを置き去りにしていた。
さっきまでのしょんぼりモードと違いしゃきーんとした眉毛が見える。
ごーるでんもぐー号もやる気になっている様だった。
まあ、ただのヨロイだから意思はないはずだが。
レティシアは再び、自問自答に囚われる。
自分はここにいるべきではない。
自分はもっとクールなイメージだったはずではないだろうか。
いや、クールなイメージのはずだ。
深窓の令嬢とか、氷の姫とか、そっち方面でクールに『私は熱を感じたいの』とか言っていたはずだ。
こういうおちゃらけたのはもっと別の人がやるべきじゃないだろうか。
そう思うものの、膨大な魔力を内包し、長時間放出出来て、そしていざという時転移し搭乗者全員を助けられる。
そう思うと自分しかあてはまる者がおらず、納得は出来ずもやもやするものの誰にも文句を言う事が出来なかった。
ちなみに三番目のパイロットはレンフィールドであり、ごーるでんもぐー号の中で常に死んだ目をしている。
役割は戦術特化戦へのカウンター並びに逃走モードの為。
ただ、防衛戦である今回レンフィールドメインが使われる事はなく、もっぱらバックアップ担当で、死んだ目のまま戦闘のサポートを延々と繰り返していた。
一緒に死のうと思っていた。
全てを諦めていた。
そんなマリアベルの目前に繰り広げられた光景は……超でっかいもぐらが暴れ回る姿であった。
まるで玩具にはしゃぐ赤ちゃん動物の様にどったんばったんと大騒ぎするその光景を見て……ついに我慢しきれず、マリアベルは笑い出した。
「は、あはははははははは! 何あれ? 誰があんな物作ったの!? 嘘でしょ!? あはははははは!」
本気で、心の底から笑うマリアベルにヴィラは若干ビビった。
マリアベルはこれでもそれなりに経験を積んで来た。
3Sの時にヨロイについてのノウハウも相当学んだ。
だからこそ、理解出来た。
あのモグラは何も特別じゃない。
何一つ、新技術が詰まれていない。
発明という意味で言えば何も発明していない。
装甲は既存の物、構造も三世代位前のヨロイの流用、どの技術もこれまで良く見られる、魔王国時代に培われた物。
全て既存技術の平行活用である。
つまりそれは……既存する技術のみであれを生み出した『化物』が居るという事を示している。
これまで多くの技術者が諦めて来たヨロイの最大サイズ、搭乗制限を『蓄積してきた魔王国の歴史』と『ぶっとんだ発想』のみで突破してみせたのだ。
それは間違いなく、新発明や新技術よりもよほど価値のある事である。
なにせ誰でも真似出来るのだから。
古き技術への深い敬意と造詣、そして発明への愛がなければ到底出来る事ではない。
マリアベルだからこそ、それが理解出来た。
「あの……すいません……」
おずおずと、デートの邪魔をする事がとても申し訳なさそうに、誰かがマリアベルに声をかける。
それはラボメンの一人であった。
「あん? 何? アレについて?」
しゃきーんと爪を輝かせきりっとした顔で爪を振るモグラを指差しマリアベルは尋ねた。
「えっと……その……反乱がありました」
「反乱?」
「はい。マリアベルラボラトリーのメンバーが造反をして……エルダ、ラボラトリーを名乗ってます」
「……ふぅん。どの位造反した? ラボメン全員?」
「いえ、下位メンバーだけです」
マリアベルの中で、更にエルダの株が上がった瞬間だった。
下位メンバーという言い方は好まないが、要するに主要でないメンバーの事である。
だったら、その主用でないメンバーとマリアベルが気にしない程度の資材や施設だけでエルダはアレを作り出したという事になる。
正直感動さえ覚える。
自分もまだまだだなんて本心で思えたのは、何時ぶりだろうか。
「……それで、その、どうしましょうか?」
「は? どうってどういう事よ?」
「いえ。その……裏切られた訳ですし、どう対処すればと……」
そう、ラボメンから見ればそれは立派な裏切りである。
エルダは取り立ててくれたマリアベルを裏切り、有能なメンバーを引き抜き、あまつさえ研究室を奪いわが物顔をしている。
それはどうみても許されざる行為で、マリアベルも怒ると考えた。
だけど、マリアベルに怒りはない。
怒るポイントさえさっぱりな位で、むしろ感謝と感動しかない。
エルダの事は知っている。
熱意はあったが基本無能で、そこまで伸びる子とは思わなかった。
だけどその認識はもう改めなければならない。
だってそうだろう。
自分よりも劣悪な環境で、あのもぐらを生み出したのだ。
自分に出来ない事をしてみせたのだ。
こちらが下手に出なければならない位だろう。
そう……発明家という立場で見れば、マリアベルは完全に敗北したと感じていた。
それはマリアベルにとって初めての敗北であり、そして同等以上の存在の誕生を意味する。
孤独であった自分に、ライバルが現れてくれたのだ。
嬉しくない訳がなかった。
「つまり独立でしょ? 好きにさせなさい。むしろ邪魔したら許さないわ。何なら移りたい奴が他に居れば行かせてあげて。退職金なんて幾ら積んでも良いから」
「は? い、良いんですか!?」
「良いのよ。……ヴィラ」
「わかってる。エルダラボの正式採用と、研究所の用意だろ? 神魔王様におねだりしないといけないけど……成果みせりゃ一発だろこれ」
「無理でもごり押しなさい。何なら許可は私が貰いに行っても良いわ。どんな立場であろうともパルは私のラボメンだし」
「可哀想だからやめたれ」
「良いのよその位価値ある事なんだから。少なくとも兵器部門はあっちに丸投げして良いでしょ。……とは言え、負けっぱなしってのも癪に障るわね。ヴィラ! ついて来なさい! こっちも目に物見せてやるわよ!」
そう言ってマリアベルは立ち上がり、ヴィラに命令する。
その苛烈過ぎるこき使いっぷりによって、ヴィラはたったの一時間で倒れた。
一時間。
その間にヴィラはパルスピカに意見を通し、国民全体に意見を伝え、ごーるでんもぐー号にも離脱の用意をさせた。
小さな大陸級のクロノアーク全域に意見を一時間で周知させたヴィラはぶっ倒れても文句なしの働きを見せたと言えるだろう。
そしてクロノアーク移動モードとなる許可を得た後、マリアベルは隠していた発明を披露する。
巨大的発想という意味で言えば、着眼点はごーるでんもぐー号と似ているだろう。
とは言え、こちらはもっと単純だが。
マリアベルがスイッチを切り替えた瞬間……クロノアークの両脇から極めて巨大な、蜘蛛の様な脚が生えた。
小さな大陸程もある黒い巨大な山。
それにごーるでんもぐー号が小さく見える程の巨大な脚が生えた。
その脚はわきゃわきゃと動き出し、ありえない速度かつ気持ち悪い動きを見せる。
そのままわきゃわきゃ移動で、クロノアークはその戦場からあり得ない速度で離脱していった。
蜘蛛化し高速移動するクロノアークの天井でふわふわ浮くシア。
そしてその隣にははこ座りっぽい恰好のごーるでんもぐー号。
シアは、自分の立ち位置は本当にここなのかとちょっとだけ自問自答を繰り返した。
ありがとうございました。




