最期であるのだとしたら
その人の真価という物は、本当にどうしようもなくなった最後の場面にこそ発揮される。
そしてそういう意味で言うならば、パルスピカの真価は皆が想像しているよりもずっと遥か高みにあった。
クロスの息子だからでも、アークトゥルスの名を持つからでもない。
その重要となる要素にさえ、彼の本質は決して負けていない。
彼は本当に、最善理想の王であった。
パルスピカという名の王は、稀代屈指最高の王になるであろうと、あのアウラが確信を持つ程に。
国家最大の危機的状況。
そういう状況に陥っていながらも、国の機能が失われていない。
文官は書類を熟し、兵士は民を避難し、王は命を繋ぐ為出来る事を。
クロノアークは今尚その機能を維持し続け、ただ出来る事を必死に行っていた。
はっきり言って、あり得ない事である。
そんな聞き分けの良い者達ばかりであるのなら、アウラは今日この日まで胃痛に悩む事はなかった。
既にこの光景を見た全員が、空一面に見える魔法陣と白い筒を見た皆が絶望に染まっている。
心が折れたと言い換えても良い。
だというのに大した暴動は起きておらず、兵士が機能麻痺する事もなく、国は国という機能を持ち動き続けている。
それはアウラでもレンフィールドでも、そしてクロスでも出来ない事だろう。
彼が王として、王という名の歯車として理想であるからこそ。
国という機能を維持するその歯車は、未だ尚砕けていなかった。
だからこそ、アウラは惜しいと思わずにはいられない。
もう十年……いや、五年あれば、自分が一切表に出る必要がない程に成長しただろうと思うと、惜しくてしょうがなかった。
見てみたかった。
理想の王の統治する未来の国はどうなっているのかを。
そんな次代の希望の種を目の当たりにしながら、それを後世に残す事が出来ない。
パルスピカという王が本当の意味で王となるその瞬間を目撃出来ない事は、本当に悔しかった。
アウラは状況を正しく認識している。
国としての機能を維持し、少しでも多くの人を助けようとクロノアークは動いている。
少しでも多くの人を。
それは言い換えれば、もう対抗する手段がないという事でもあった。
アウラは絶望はしていない。
ただ、正しく状況を理解し、もうどうしようもないと理解し受け入れただけである。
この状況からどうにかするなんてのは神様でもない限り無理である。
……いや、このクロノアークには神がいて、そしてしっかりと働いてくれている。
だから、『もう神様でも救う事が出来ないどうしようもない状況』という方がより正しく、絶望的であった。
「……私の夢は捨てて良いです。だからせめて、パルスピカだけは、助けられませんか? 誰でも良いので、彼だけは……」
誰に祈れば良いかわからないが、アウラはそう祈らずにはいられなかった。
空に見える絶望。
それに対し出来る事はそう多くない。
クロノアークとしての行動は、まず状況の特定と被害予測。
続いて行われたのは地下深くに空洞を作り避難させる事だった。
ただし、この方法にて救われる命は実のところそう多くない。
全ての工程を滞りなく達成出来、全員が理想的に動けて尚且つ、爆弾の威力は限りなく希望的観測に近い数値であるという限定的な状況。
その上で、想定される救える命はおおよそ半数。
悲しい事に、国民の半分を生かす事がクロノアークの最善手であった。
そして、既に最善が叶う可能性も潰えている。
地下深くに避難地点を作る事。
その作戦の根本であるマリアベルがクロノアークの要請を無視しブッチしたからである。
「……良いのか? ここに居て?」
絶望の見える光景を、黒壁の外からヴィラは眺めながら尋ねる。
頭がおかしい程に暑い。
だから、ここから見える光景も暑さの幻……と思いたかった。
「良くないわよ」
暑い中でもヴィラの腕にしがみ付きながらマリアベルは答える。
そう、良い訳がない。
国家存亡の危機で、必死に動いている中で、やるべき事を放棄してこんな場所に居て良い立場ではない。
だけど、駄目だった。
その作戦に従う事だけは、マリアベルには出来なかった。
理想的な展開となり、救われる命の推定は半数。
その救われる半数に、ヴィラは絶対入らない。
クロスに罪の意識があり、自分が犠牲にと考えるヴィラが助かる事を希望する事はない。
そして希望した所で選ばれる可能性も皆無。
救われるのは王や文官、発明家といった内政要員に加え、多数の一般的な国民。
兵士やそれに準ずる者は後回しとなる。
つまり、作戦が完全成功しても、ヴィラとマリアベルは二度と会う事はない。
だからこそ、従えなかった。
とは言え、あまり問題視されてはいない。
作戦無視はマリアベルだけではないからだ。
パルスピカの統治により暴れる者はおらずとも、自らの望む最期の時を迎えたいと考える者は少なくない。
だから、国の要請を無視した者は少なからずいた。
わかりやすい所を言えば四姫。
彼女達も命令を無視し、パルスピカの元に居る。
理由なんて言うだけ野暮だろう。
「……あーあ。せめて私の企みが上手くいってたらなぁ……」
そうしたら、もしかしたらヴィラと自分は生きていられたかもしれない。
ヴィラが避難側に来てくれたかもしれない。
そんな事を考えマリアベルは後悔混じりの苦笑を吐き捨てた。
「企みって……また何かやらかそうとしていたのか?」
「大した事じゃないわよ。……ごめんね。体が弱くて」
「……は? いや、最近は別に弱いって事もなかったじゃないか?」
「いやー。も少し私の体が強かったらさ、こう……もっとあんたを満足させてたら、うまくいったかなーって思うとね……」
そう言って、マリアベルは自分のお腹を残念そうにそっとさすった。
体の弱さ。
満足。
お腹をさすってがっかり。
ヴィラはピンと来てしまった。
「……あ! おま! 最近甘える回数増えたと思ったら……そう言う事考えて……」
「まね。残念ながら失敗したけど。体の心配なんてせずもっと獣みたいにぶつけなさいよ。ヘタレめ」
マリアべルは悪びれもせずそう言って笑った。
子供が出来たら、ヴィラは自分の命を優先させてくれる。
子供を人質にしたら、ヴィラは何時までも父親として生きてくれる。
そう思っていた。
思っていたけど、間に合わなかった。
がっかりだった。
ヘタレなヴィラにも、弱い自分にも、時間がない今にも。
だから、こうするしかもうない。
一緒に生きてくれないなら、一緒に死ぬ事しかないじゃない。
パルスピカは優秀だった。
だけど、愛に対し少しばかり無頓着過ぎた。
マリアベルはブッチしてヴィラと最期を。
四姫も全員仕事をサボりパルスピカのお手伝い。
お手伝いと言っているが、傍にいる事がメインであり大した仕事はしていない。
特にレキは外で氷の壁を増産しなければいけない。
彼女の部下は優秀だが、クロノアーク全員を包む程の氷を維持出来るのはレキだけである。
ただでさえ外気温が馬鹿みたいに上がっている中で放置なんてすれば、間違いなく氷は解けるだろう。
そうなればVOIDは入って来るし汚染も侵攻するしと色々計画がぐちゃぐちゃである。
それでも、パルスピカは何も言えない。
いや、正しく言えば既にお願いしていて、そしてそのお願いも無駄に終わった後だった。
愛に生きるレキを説得できる程パルスピカは愛を理解出来ていない。
どうして残り三人もここにいるのかわかってさえいないのだから。
ただ、それでも良いとも思っていた。
理由は二つ。
一つは、計画そのものの成功率が低いから。
これで多くを救えるならともかく、その確証もない。
頑張っても全滅する可能性がある事も考えたらあまり強く命令する気にはなれなかった。
もう一つは、自分でも良くわからない。
わからないけれど、彼女達がここに居る事に文句を言う気分にはとてもなれなかった。
そうして、皆それぞれ最後の時間をどう過ごすかを考えていた。
パルスピカは最後まで王であろうとして、マリアベルは最後だけは素直に普通の夫婦になってみて、メルクリウスは最後まで一人でも多くを助ける事に誇りを賭けて。
そんな中、レティシアだけは逃げた。
『悪いけど、私だけなら何とかなるからここを抜けるわ。恨まないでね』
パルスピカとメルクリウスにそう言って、レティシアは転移にてクロノアークを離れた。
外に出られない状況でも、転移が出来るレティシアだけは逃げる事が可能だった。
誰もそれを責めない。
これがギリギリであったなら恨んだし呪っただろうが、事ここまで来てしまえばピュアブラッドが居た所で何も変わらない。
むしろ生き延びる数が一つ増えて有難い位であった。
そうして逃げた先で……レティシアは必死に、この状況を何とか出来る誰かを、クロノアークを助けてくれる誰かを探していた。
あのクロノアークという国の中で、レティシアだけは諦めていなかった。
そして諦めず助ける為外に出た事は、パルスピカどころかメルクリウスにさえバレバレであった。
その位、レティシアの態度は真剣でかつ必死な物であった。
未だに自分の求めている『熱』とが何なのかわからない。
だけど、多少だが理解出来てきて、それ故にわかった事もあった。
『ここで彼らを見捨てたら、自分はきっと二度と熱を持つ事は出来ない』
それがわかっているから、レティシアは必死に、懸命に、ピュアブラッドらしくない程取り乱しながら、誰か助けてくれる人を探し駆けまわっていた。
「さて、クロス。どうする?」
馬鹿な奴らの無駄な努力を見せながら、アリスはクロスにそう尋ねた。
パルスピカの推測は大外れであり、地下に逃げた所で皆死ぬ。
レティシアが助ける誰かを見つける事はなく、見つけた瞬間にミサイルをぶっ放すから絶対に間に合わない。
そう……誰が何をしても無駄だった。
アリスは全てを監視し、そして後から行動を変更出来るのだから。
どうする? なんて聞いているが選択権利を委ねるなんて優しさをアリスが持ち合わせているなんて訳ではない。
どの選択肢も無駄だから、嫌がらせの為に聞いているだけである。
どんな選択をしようと最後に死を選ばざるを得ないというフローチャートは既に完成していた。
提案を受け入れた場合……死。
提案を拒絶した場合……最悪の光景を目の当たりにしもう一度同じ状況に。
次の犠牲はヴィクトアリア。
その次は蓬莱や泉守の里等クロスが旅をしてきた場所を片っ端に。
そして最後はステラ達。
クロスが死を選ばない限り、その戦力とその心が削り取られていく。
ここでアリスと戦うという道もあるだろう。
だが、それをアリスからは提案しない。
破れかぶれだとしても好ましくなく、そして例え戦うとしてもこうしてじわじわと削った後の方が勝率が高いからだ。
もし仮にクロスが予定外の行動に出て、気が狂っていきなり襲い掛かって来たなんて状況になったとしても、負ける可能性はほとんどない。
この部屋は物理、魔力、心理、魂、ありとあらゆる方面でのトラップ塗れであり、クロスが殺意を見せた瞬間全ての罠とクィエルが動き出す様になっている。
クロスが正気を失ってくれたのなら、その罠は確実にクロスの命を奪ってくれる。
だから、どの選択を選ぼうと何の意味もない。
アリスはただ、クロスを殺したいだけなのだから。
「そうだな……。んじゃ、こうしよう。契約内容ってこっちで決めれる?」
「ええもちろん。私が同意すればだけどね」
「んじゃ。これで頼む」
サラサラ―ッと文字を書き、クロスはそれをアリスに見せた。
意外と綺麗な字でなんか少しムカついた。
『この爆弾でクロノアークが滅びた場合、俺は即座に自害する』
「……は? 何これ? え? 何? ……は?」
流石にこれは、アリスもまるで意味がわからなかった。
契約と言っているが対価が何も記されていないから、これはもう契約でさえない。
ただクロノアークを見捨てで自殺するだけである。
アリスにとって百利あれど一害さえもなく、だからこそそんな物提案する意味さえわからなかった。
「俺さ、あいつらを信じるよ。つーか賭けるって言った方が良いかな」
「……は?」
「あいつらなら何とか出来る。それを信じる。だけどさ、死ねば助けられるのに何もしないってのは、ちょっと無責任過ぎると思わないかい? だからさ、信じた責任を取らないとな」
「……ごめん。意味が……意味がわからない?」
「クロノアークが助かる方に賭けた。それでまあ駄目なら、失った命の詫びに俺は首を斬る。そう言う事」
一瞬、叫びたくなったけれどやめておいた。
訳がわからないし気持ち悪いけれど、それでも……。
「まあ、死んでくれるならあんたが気持ち悪い事なんてどうでも良いわ。じゃあ、今から一時間後ね」
「おや、随分と時間をくれるんだな?」
「今のあんたなら心変わりする可能性も十分にあるからね。見てみなさいよ。今のその醜く酷い面」
「悪いけど今鏡はちょっと見たくない気分なんだよ」
「あらそう。んじゃ教えてあげる。真っ青よ。死ぬのが怖くて」
そう言われ、クロスはきょとんとした後微笑を浮かべた。
「違うよ」
「違う?」
「うん。死ぬ事じゃなくて、死なせる事が怖いんだよ。シアやメルクリウス、エリーや、アウラ。パルもそうだし、四姫とパルのあれやこれも見てみたい。まあその多諸々も含めて、あそこにいるのは、死なせたくない奴らばかりだ」
「……だったらあんたが死ねば良いじゃない」
「そうだな。魅力的な提案だ。だけど……まあ、信じるべきなんだよ。俺はさ」
「……そう。じゃあ、最期の一時間を愉しみなさい。あんたのその大切が消える最後の一時間をね」
ありがとうございました。




