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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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七つの喇叭は等に鳴っていた


 絶対に抜け出せない。

 クロスに与えられた鏡からの脱出条件はアリスがそう思う位考え込んで作り出された物である。


 人間クロスの戦闘能力はお世辞で言っても高くない。

 少なくとも、人間という種族の枠を超えた物ではなかった。

 その彼が勇者という枠外達と共に居られたのは欠かさぬ努力だけでなく、絆があったから。

 毒という意味でも信用という意味でも、また愛という意味でも、彼らは皆クロスの作った物以外に味を感じた事はない。


 その絆を奪ったのだ。

 クリアなんて出来る訳がない。


 そしてその上で、アリスはこうも考えた。

『どうせ無駄だ』

 絶対無理。

 それはクロスが『クリアする事が無理』なのではなく、『どうせクリアしてしまう』という意味である。

 絶対なんて程度の用意で何とかなる奴だったなら、アリスは既に三桁回数クロスを殺せていただろう。


 そう、こいつは必ず出て来る。

 それを止める事など出来る訳がない。

 であるならどうすべきか。

 出てこない様に、時間稼ぎ出来ないならどうすれば良いか。


 そうしてアリスは、発想を逆転させる。

 クロスが止められないなら、クロスだけが出て来る様な状況を用意し、それを罠とすれば良い。


 自分が全力を出し用意した罠を一切信じず、クロスならやると信じる事。

 それがアリスの用意したもう一つの罠、所謂『裏案』である。

 いや、ある意味最初から気づいていたのかもしれない。


 それはもはや運命なのだから。


<クロスとアリスが出会う事を阻止する事は出来ない>


 アリスにとって最も避けたいと願うその時を阻止する方法なんて端からなかったのだ。 

 その運面は濁流の様な強い流れであり、矮小なる身で逆らう事は困難である。

 クロスがそうしようと決めた時点で、それは確定した未来と至っていたのだろう。


 出会う事を阻止出来ない。

 だったらどうすれば良いのか。

 狂いそうになる憎しみと近づく死への恐怖に怯えながら必死に考え、そして決めた。


『出会う事が避けられないならいっそ逢ってしまえ』

 そしてその時を作り出した。

 完全に有利な状況で、相手の生殺与奪の権限を奪った状態で、アリスはクロスを自らのフィールドに招き入れた。


 クロスは仲間なしの単独。

 場所はアリスが神殿化した隔離空間で、そして傍にはほぼ完全状態のクィエル。

 負ける要素全てを排除した状態で出会う事に、アリスは成功した。


 アリスは運命に打ち勝ってみせた。


 それでもまだ、アリスは素直にクロスを殺そうとしない。

 今この状況でも、死ぬ可能性は零にはなっていないからだ。

 クロスがクロスである限り、決してこいつは諦めない。

 だから、那由多以下の可能性だが未だクロスに殺される可能性は残っている。


 それがわかるアリスだからこそ、この期に及んで力押しを由とせず、更なる搦め手に走る。

 クロスを理解しようとしたからこそわかる、クロスの欠点をつく形の搦め手を――。




「さて、少しお話しましょうか。本題をすぐに……というのはあまりにも味気なさすぎるものね」

 アリスが微笑みそういうとクィエルはアリスの前にお茶を用意した。

「あれ? 俺の分はないの?」

 微笑を浮かべながらどこか残念そうなクロスにアリスは眉を顰めた。

 理解しようとした。

 理解したつもりになっていた。

 だけどやっぱり、この状況でそんな事を口に出来る様な奴を理解する事は無理そうだった。


「飲めるの?」

「飲めるけど?」

「……クィエル。美味しいお茶を用意してあげて?」

「何なら俺がアリスに淹れようか? そっちのクィエルちゃん? で良いかな」

 クィエルは静かに無表情のまま頷いた。

「クィエルちゃんにもさ? どう?」

「ははっ! あんたの淹れた物なんか飲める訳ないじゃない」

 クロスは両腕を横に広げ溜息を吐いた。

「残念」


 そうしてクィエルが淹れる様子を楽しそうにクロスは見守って、そのお茶を手に取り躊躇いなく口に含んだ。

 当然だが、アリスは信じられないという様な目をクロスに向け続けている。

 実際クィエルもアリスの『美味しい』という言葉の意味がどっちかわからず、ギリギリまで毒を入れるべきか悩んでいた。


「……うーん。良いね。美味しい。八十点」

「アリス、こいつ殺して良いですか?」

 殺意を抑えようともせずクィエルはクロスを指差した。

 生者への憎しみというよりも、上から目線の方がムカついたらしい。

「止めなさい。どうせ無駄よ。それより百点の腕前見せて貰った方が良いんじゃない? 八十点のクィエルちゃん?」

「……アリスぅ……」

 泣きそうな顔でクィエルはアリスの方を見る。

 アリスは嗜虐がそそられた様な顔を、クロスは楽しそうな顔をクィエルに向けた。


 裏表ではあるが、似た者同士みたい。

 そう言おうと思ったクィエルだがやめておいた。

 それはアリスの逆鱗で、言った瞬間きっと殺される。




 アリスはお茶を軽く口に含み、そして小さく溜息を吐く。

 気持ち悪すぎてサブイボが蕁麻疹かの様に出て、体が嫌悪で今にも震えそう。

 一緒のテーブルに着いている。

 その事実だけでも、アリスを苦しめるに十分な物だった。

「うん。やっぱり止めた。あんたとおしゃべりするとか無理だ。おぞまし過ぎる。さっさと本題に入るわね」

「アリスから言い出した事じゃないか……」

「煩い。と言う訳でクロス」

「何だい?」

「あんたの大切な人に手を出さないでいてあげるから死んでくれない?」

「……ふむ。結構譲歩してくれるんだな」

「ええ。その位あんたの事が嫌いだからね」

「そりゃ光栄だ」

 あはは、うふふと楽しそうに話し合う二人を、クィエルはぞっとした目で見つめる。


 何故それだけの内容で会話が成立出来ているのかまるでわからない。

 憎む合うとか好き合うとか以前の話だ。

 互いにどれだけ言葉の裏を理解出来たら成立するのか、何手先でも未来演算出来るクィエルでもわからない事だった。


「でもさ、俺が死んだら復讐に走らないか? 皆。いや、自意識過剰かもしれないけど」

「過剰じゃないでしょ。人間のあんたを破滅させた奴ら皆首すぽーんって跳んでるし」

「そいやそうだったわ。そんな奴らが居た事秒で忘れてた。んで、その場合はどうするんだ? 一方的に殺されてくれるの?」

「まさか。とっとと逃げるわよ。別の世界に」

「はーん。ならさ、俺殺さずに最初からそうすれば良いんじゃない? 追いかけるけど」

「自分で答え言ってるじゃない……だからあんた嫌いなのよ」

「はっはっは」

「あはは」

 楽しそう? に話すがクィエルは一切話についていけず、とうとうギブアップした。


「お願いですから、人の言葉で話して下さい……」

 まさか天使にそんな事言われるとは思っておらず、クロスとアリスはきょとんとした顔となった。




 前提条件。

 それはアリスが契約だけは絶対に破らないという事。

 嘘も付くし騙すし裏切りもするが、契約は絶対に順守する。

 それは他の誰でもなくアリス自身の為。

 悪党にさえも恐れられているアリスが契約さえ護らぬ様なら交渉相手さえいなくなる。

 だからアリスは自分の為に、自分さえも破れない契約を残す手段を持っていた。


 その事実は、逆に言えばアリスの様な性根でも契約を順守さえすれば、交渉相手には困らなかったという事でもあった。

 そうやってアリスは簒奪以外の方法でも秘匿された技術、知識も手にしてきた。


 つまりアリスは、クロスにこう言っているのだ。

『あんたを殺させてくれるならあんたの大切な人全員手を出さない様契約してあげる』

 そしてその条件をクロスは前向きに見定めていた。

 受ける受けないは別としてだが、詳しい交渉をすべき価値はあると考えていた。


 もちろんだが、アリスに企みがない訳ではない。 

 クロスの死後速やかにこの世界から逃れ誰にも手を出さない。

 そこに嘘はない。

 だからクィエルに殺させる。


 別にアリスがそう命じる訳ではない。

 元々クィエルはこの世界の生ける者全てを憎んでいる。

 だからそれの支援をちょっと行うだけで良い。


 アリス『が』殺されなければ契約違反とならない。

 それは屁理屈に近く、アリスらしからぬ契約の軽視ではあるが、アリスがそうなる位に彼女達の事をアリスは危険視している。


 特にメリーは時間さえ与えれば自分を越えると確信している逸材である。

 殺せるチャンスがある内に、是非とも殺しておきたかった。


 そしてこれも当然だが、アリスがクィエルに殺させようとしている事までクロスは既に予測済である。


 そんな圧縮言語かと言わんばかりの会話をしているからこそ、アリスとクロスはクィエルに『人語を使え』なんて言われていた。




「って感じの軽い論争してたけどこれで良い?」

 面倒そうに説明するアリスと、その横で頷くクロス。

 それを見てまたクィエルは訳わからない状況で叫びだした。

「いや、言って良いんですかそこまで!? 私の事隠してたんじゃ……」

「は? あんたこの世界抹殺するでしょ? それとも私について来たいの? 嫌よ私」

「いや、そりゃそうですけど……普通隠しませんか? こういう交渉の時は特に」

「それも含めてお互いわかってるのよ。私が出し抜こうとしてるなんてクロスがわかってない訳ないじゃない」

「せやせや」

「いや、何で普通に乗っかってるんですか! そもそもですが皇帝クロス! ぶっちゃけ貴方が一番訳わかりません! どうして平然としてるのですか!?」

「え? 平然? 普通に見える? 膝とかがっくがくなんだけど。ほら」

 そう言ってクロスは椅子に座ったまま、自分の膝を指差す。

 それはそれは、見事な貧乏ゆすりだった。


 クィエルは唖然として何も言えなかった。

 クィエルの想像通り、クロスはこの状況に怯える普通の人である。

 普通の人なのに、普通でない事が出来ていた。

 極地であるアリスと対等に渡り合えていた。


「ね? こういう奴なのよ。だからあんたも割り切りなさい。メリハリつけないとついていけないわよ」

「せやせや」

「……もう、二人で好きにやって下さい……」

 クィエルはわざとらしく溜息を吐き、少し離れた場所に座った。


「あらら。相方さん拗ねちゃったね」

「相方じゃないわよ」

「じゃあどちらさん?」

「強いて言えばペットかしらね」

「ほほー。素敵な関係ですね」

「あんたの考えている様なのじゃないわよ」

「そりゃ残念。……さて、そろそろ話を戻しましょうかね。そんで、何をするつもりだい?」

 クロスは必死に恐怖を押し殺し、挑発的に尋ねた。


 死んでくれなんて言われて素直に受け取る訳がない。

 と言う事はつまり、クロスが『死ぬから皆を助けてくれ』と思う様な状況にする自信を持っているという事である。

 そして当然、クロスの考えは正しい。

 その為の手段を、既にアリスは用意している。

 お互いがお互いの嫌いな部分を、相当深い部分まで理解しあっていた。


「そうね。あんたがそう言ってくれるのが一番楽だからね。だから――楽しい愉しいショーを始めましょうか」

 アリスがわざとらしくパチンと指を弾くと、天井から小さなモニターが無数に現われる。

 そしてそれが映している物は、巨大な黒鉄の塊。


 見覚えがない訳がなかった。

 クロノアークという名を持つその場所に、息子の国に。


「さあ、素敵な光景を焼きつけましょう。残酷な景色で嗤いましょう。諦めた時が、終わりの始まり。その時お代は貴方の命。さあ、さあ、貴方はどこまで失える? 貴方はどこまで、信じていられる?」

 それだけは、その表情だけは、偽りではない。

 アリスは本当に、心の底から楽しそうだった。


 クロスの大切な物をいたぶる、その時間が――。




 無数のモニターから映し出されているのは、現在動きを止め防衛体制に入っているクロノアークそのもの。

 アウラを筆頭に四姫やレティシアが外を護り、VOIDや天使から抵抗を続けていた。

 きつい状況の様だが同時にかなり安定もしている様だった。

 とりあえず後数か月程度なら膠着状態を維持出来そうであった。


 その上空に、直径三メートル程の魔法陣が現れる。

 アリスお得意の転送魔導。

 その魔法陣の中央から、直系一メートルにも満たない丸みを帯びた白い何かの先端がにょきっと生えて来た。

 金属独自の光沢を持つ白い何か。

 先端から伸びる様に、徐々にその姿を見せ真なる形を顕わにする。

 それは、長さ二メートル程の筒状の構造をしていた。


 先端に丸みがある円柱構造で、後方には『小さな突起の様』な物が円を囲む様に生えている。

 白い塗装のされた金属の筒。

 それが何なのかクロスはわからないし知らない。


 いや、知る訳がない。

 これがミサイルと呼ばれる兵器であると知っている者はいるかもしれないが、機人知識の中でも最高峰のデウスエクスマキナ案件のこれの事を、知っている者などいる訳がなかった。


「これは……何だ?」

「まあ見てなさい。楽しい見世物となるから。……ああ、でもせっかくだから名前だけは教えてあげる。『オメガ』よ。それの名前は」

 そうアリスが言った瞬間、筒の後方に火が灯り、まっすぐクロノアークの方に向かっていった。




 それは人類救済機構による最後の救済。

 天使による救済が叶わない程人類が落ちぶれ、尚且つ天使が手を差し伸べる事が出来ない状況となった時にだけ解禁される最終兵器。

 

 ナンバーズと呼ばれる七大天使、その全てが失われた時に具現する真なる終わり。

 世界を終焉に導く、文字通りの終末を迎える七つの喇叭。


 故に、その名前はオメガ。

 世界を滅ぼす毒である。




 最初に気付いたのは、3Sと言う名の人類守護兵器だった。


 既に天使から外れたとは言え、その頭脳は天使のそれと同じ。

 その機械頭脳があり得ない危険信号(アラート)をキャッチする。

 それの事を彼女()3Sは知らない。

 だけど、アラートサインに『終わりの始まり』なんて出て来るのだから普通の状態ではない。

 それ故に、彼女達の行動は早かった。


 3Sには今そこにある飛来物についての知識はない。

 だがミサイルとそれに連なる兵器であるという事、そしておそらくこれは単なるミサイルではなく、最悪を詰んだそれであると予測がついている。

 かつて文明さえも滅ぼした事がある禁忌の兵器、それかもしくはそれに相当する物。


 だから、最初から無傷で何とか出来る様な代物でないと彼女達だけは理解出来ていた。


 己の命を犠牲としてでも止める。

 アウラの命令さえも無視し、3Sはその機械の身体を駆け巡らせ空を舞った。


 一分一秒でも早くアレを壊す。

 アレが何かはわからないが、少しでもクロノアークと距離がある内に壊さないと不味い事だけは間違いない。


 だから躊躇わない。

 迷う程人の命が失われる。

 躊躇う時間さえも惜しいと理解している彼女達は、即座にその刃をミサイルに叩きつけた。





 世界が――反転した。


 光が集約し、暗転、そして世界から色が一瞬奪われた様な、そんな瞬間だった。

 その後に爆発が発生する。

 人々は、はるか上空に黒い爆炎が圧縮された球体を見た。

 その姿は、まるで黒い太陽の様だった。


 その影響は凄まじく、触れてさえいないクロノアークの黒壁、その天井部付近が、まるで液体の様に溶けていた。

 壁一割の損失、そして無限熱量の間接被害でクロノアークは再生不能な程のダメージを受けていた。


 唖然とするアウラの横に、小さな欠片が飛んで来た。

 それは小さな、機械のパーツ。

 黒く焼けた、だけどギリギリで生きている3Sの、三機の天使のその頭脳。

 頭脳部分のみが、かろうじて無事だった。


 アウラは静かに、顔を青ざめさせる。

 3Sは完璧に等しい耐熱能力を持っている。

 その上嫌な予感がしたアウラは自分が出来る最高の防護魔法を直前に3Sにかけていた。

 その上で、残ったのがこのパーツのみ。

 後は全て消失した。

 その事実が、なまじ耐久指数の知識があるからこそアウラはその恐ろしさに気付いてしまっていた。

 あの球体は、触れる物全てを消滅させる様な、そんな反物質に限りなく近い出力を持っている。


 ちかっちかっちかっ。


 生き延びた回路が不規則な点滅をしていた。

 生きている証と言えば証だが、動力を失い完全停止しようとしている有様で一体何を無駄な――とアウラは一瞬考えたが、そうじゃない。

 それは逆。

 3Sは死にそうだというのに、何かを必死に伝えようとしていた。

 そしてその電気信号が軍の暗号表に沿っていると気付き解読して……。


「ウ、エ。シ、ヨ、ウ、ヘ、キ。イ、ソ、イ――」

 上、障壁、急いで。


 その身が為政者であるからだろう。

 アウラはあの爆炎が呪いや瘴気、毒の類であると即座に理解出来てしまった。


 すぐさまアウラは障壁を展開する。

 自分にではなく、クロノアークとその周辺に展開している仲間達に。

 アウラの様子に気付き、他の魔法使い達も同様様々な魔法の障壁を張り巡らし、クロノアーク全域をカバーする完全なるドームが形成された。


 その言葉の意味は、外の世界にてすぐ現われた。

 外にいるVOID達。

 動く死体でしかないそれらの動きが徐々に悪くなっていき、同時に徐々に体が黒くなっていく。

 そして最後には……。


 アウラは氷の壁の向こう側にて、VOIDがぱしゃっと音を立て黒い水となった瞬間を目撃した。

 比喩ではなく、本当に、機械の身体であったそれは液体になっていた。

 その上、黒い水は地面を経由し周囲をどんどん黒く汚染しているのも。


「……レキが此度のMVPですね。これ」

 必死に駆けまわりクロノアークの周りに造った三重層の氷の障壁。

 VOIDの侵攻を遅らせるだけのその氷が、黒炎により溶けかけてるその氷が、地面に伝わる汚染を食い止めていた。

 同時に、氷に触れた黒い水は黒い氷となり活動を完全に止めている。

 毒性がなくなったのかまではわからないが、汚染元が凍るという事実が判明しただけでも大きな利点となるだろう。


「……まあ、一旦退きましょうか。マリアベルに相談しないと」

 アウラはそう呟き溜息を吐く。

 3Sの頭脳部分である回路、それを持つ手が黒ずみ、内側からナイフで削いでくる様な強い痛みが走っていた。




「人類、凄いですね。耐えちゃいましたね。アレ」

 クィエルは他人事の様にそう呟いた。

「あんたは大丈夫なの? あんたの端末全滅したけど?」

「あ、はい。魂とか呪いとかそういうタイプじゃなくて、物理的な影響タイプなら逆流する事なんてありませんし」

「そう。と言う訳でクロス。どう思った?」

「どう……って言われても……。アウラは無事かなって……」

「大丈夫なんじゃない? あんたらならあの症状について解読出来るだろうし解読しなくてもあそこにゃ神様なんて輩が居る訳だしね」

 クロスは嫌な予感がし続けていた。


 失敗したはずである。

 最高峰の爆弾を起爆し、それでも誰も死ななかった。

 最初アリスの狙いは『アウラが汚染を持ち込みクロノアークを全滅させる』事を狙っているのかと思ったがそれも違う。

 アウラが会いに行ったマリアベルは外にいるし、またアウラは直接マリアベルには影響ない様自分の腕に障壁を張り巡らせている。

 アウラはそこまで迂闊ではない。


 だとしたら、これでもう打ち止め。

 完全なる失敗のはず。

 なのに、アリスはヒステリーを起こす事もなく上機嫌である。

 それがクロスの嫌な予感の根拠だった。


「まあ、そうね。完敗よ。本当に。ええ、私はアレでもっと誰かが傷付くと思っていた。あんたが泣き叫ぶ光景が見れると思っていた。アウラは当然だけど他の奴らも良い動きしてるじゃない。素直に褒めてあげる」

「…………」

 クロスは何も言葉にしない。

 じんわりと、手の平に汗が流れる。


 そんなクロスを見て、アリスは楽しそうに笑って、答え合わせをしてあげた。

「ところクロス。何で終わった感じでいるの? 私、アレが()()()()だなんて言ったかしら?」

 慌てた様子で、クロスはモニターに目を向けた。


 漆黒の太陽が消失するまで、世界を狂わす極大の熱量が消失し残骸となるまでにおおよそ五分。

 五分が終わった後も熱は多いに残り、周囲の木々は燃え黒壁の一部は再生出来ず溶けたまま。

 氷の壁も上から半分溶け、外気温は三十度前後、空気調整されているクロノアーク内の気温さえ十五度は上昇した。


 それでもなんかとか、生き延びた。

 3Sの自爆特攻のおかげで危機を脱出出来た。


 そう信じていた皆の前に現われたのは、次なる魔法陣。

 その数――九十九。


 無限熱量にて範囲を燃やし尽くし、その周囲の環境を汚染する瘴気擬似再現型環境破壊ナノマシンを内蔵するミサイル兵器――合計百発。

 世界を三度破壊するだけの火力と惑星単位で汚染する力を秘めたそれが、オメガの真の姿だった。


「諦めたくなったら、早めにね。決断する時間の猶予位はあげるからさ」

 ようやくクロスを苦しめられたからだろう。

 震え青ざめるクロスを嬲るアリスの顔は、心の底からいきいきとしていた。




ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  アリスとクロスだけは分かり合える圧縮言語とか、本当にお互いを理解してるよな。  クロスは『尊敬』、アリスは『嫌悪と殺意』、中身が全然違うし、そもそもアリスは『統計』しての『結果』であって…
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