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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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朱雀門ご乱心事変(後編)


 どうしたらこんな事になるんだろうか。

 木刀を持ちやんややんやとヤジを飛ばす集団から騒がれながら、クロスはそう思った。

 この状態に文句がある訳ではない。

 本当に何故こうなったのかクロスには理解出来なかった。

 察しが良い訳でも、お上の事情とやらもわからない。

 だが、権力を行使する事も行使される事も面倒な物だと知っているクロスはこの殴るだけで解決する状況に文句を言う事はない。

 なんやかんや難しい事をするよりも、棒切れ振り回した方がよほど楽である。

 おそらく相手もそうなんだろう。

 そう考えながら、クロスは同じく木刀を持ち相対する鬼の姿を見つめる。


 自分達と変わらない肌の色の代わりに、一目で鬼とわかる程巨大な二本の赤い角。

 その鬼は今のクロスと同じ様に、どうしてこうなったと言わんばかりに困惑した様子を見せていた。




 何があったのか。

 それをクロスは順番に思い出していく。


 ゴブリンの門番に足払いをかけたその時、女性の叫び声をクロスは耳にした。

「ちょっと、これはどういう事ですか!?」

 そう叫んだ女性の姿は青竜門で見た門番の恰好、革と草を多く使われた軽鎧と同じ姿だった。

 ヘルメットによって髪の色すらわからない、同じ様な小柄な女性が、三体。

 背丈や顔立ちに若干の違いはあれど三体の女性の魔物の姿は本当に良く似ていた。


 その三体を見た時、クロスは感心の様な物を覚えた。

 それは、その女性達が非常に珍しい種族の魔物だったからだ。


 目に見える女性の姿は三体だが、魔物の気配は一つのみ。

 それは同一種族の三体だからと言う訳ではない。

 この姉妹に見える女性三体は、これで一つの魔物。

 複数個体で一つの魔物を形作る群集型の魔物だったからだ。


 その種族の名前は『ケルベロス』。

 仕組みで言えばアリの巣などを社会型昆虫を想像したらわかりやすいだろう。

 ちなみに数は三体であるというルールがある訳でもなく、犬型の魔物であるという条件もない。


 複数個体があるにもかかわらず単独の魔物であり、複数体である同一個体で何か一つの物を護ろうとする特性を持つ。

 群集型でありながらも他種族に寛容で巣を持たず、戦闘力や知性等は非常に高度。

 それがケルベロスという種族である。


 ちなみにその存在は非常に珍しく、人間であった時のクロスすら見かけたのは三度だけで、魔物になってからは一度もお目にかかっていなかった。


 そのケルベロスの女性はクロスの方に敵意の様な物を向けていた。

 ボロボロになって倒れた四体の魔物に青い顔の魔物。

 それと、足元で倒れている門番らしきゴブリン。

 確かに、これではそう見えても仕方がないだろう。


 クロスはそっと、両手を挙げた。

「……抵抗、しないのですね」

「まあ、悪い事はしてないからな。やりすぎた感はあるけど」

「わかりました。では事情聴取をしますのでそちらの女性の方と共に付いて来て――」

 その言葉が、まずかった。

 そのゴブリンが『事情聴取』と偽って自分に酷い事をしようとした事がエリーの中には怒りとして残っていた。

 確かに、ケルベロスの女性は三体共に女性型であり、同時に非常に真面目そうである為そういう不埒な事はしないだろう。

 それはエリーもわかっているが、感情が納得出来ているかと言えばそれは別の話だった。


「信用出来ません。そちらにいる小鬼は私に事情聴取と称して不埒な真似を行おうとしたので」

 そうエリーは冷たく言い放つ。

 ケルベロスの女性はエリーに疑惑を持つ様な眼差しを向けた。

「それは一体どういう――」

 ケルベロスがそう言い切る前に、ゴブリンが立ち上がり、叫んだ。

「そこの女は俺達が事情聴取をしようとしたのを妨害し、俺達を殴り飛ばしボロボロにしたんです! 助けて下さい桜花様!」

「……ふむ。という事らしいが、何か言い訳はあるか、そこの女」

 冷たく、鋭く、追及する様に桜花と呼ばれた女性三体は、エリーを睨みつける。

「そのナマモノ同然のゴミを信じるのでしたら、私は何も言いません。何を言ってもどうせ聞こえないであろう都合の良い耳には、何を言っても無駄でしょうから」

「そうやって開き直るのはまあ、そういう事なのだろうな。そちらの男性の様に大人しくすれば良し。そうでないなら……」

 そう言って、両者は最悪な雰囲気で睨み合いだした。


 最悪に険悪な雰囲気のまま、エリーと桜花がにらみ合う。

 それをクロスが何とかしなければと動こうとするそのタイミングで、騒ぎを聞きつけてか雲耀とハクが姿を現した。

 雲耀はゲラゲラと笑いながら、ハクは真っ青な顔で。

「お、桜花さん。その……何をしているのでしょうか?」

 ハクは震えながらそう言葉にした。

「緑音久芒のハク様。どうしてこちらに」

「同じ副門番長ですので、様呼びでなくても構いませんよ。それよりも……あの、一体何が……」

「今この暴徒の疑いがある二名の不審者を連行しようとしていた所です。申し訳ありませんがお手をお貸しいただけないでしょうか?」

 その言葉に雲耀はゲラゲラと笑い、ハクは更に顔を青くした。


「ハクさん。仲良く出来ていたと思いましたが、そういう事でしたか。いえ、別に文句はありませんよ? ただ、私が期待しただけですので」

 冷たく、冷たく……まるで氷の様な瞳のエリー。

 今まで知り得なかったそんなエリーの姿を見てハクは必死に首を横に振った。


「……もしや、知り合いですか?」

 桜花の言葉にハクは冷静に深呼吸をし、ゆっくりと、言葉を紡いだ。

「そちらの方は、アウラフィール魔王国より魔王様の代理としてこられた名代のクロス様で、そちらの女性はその従者である騎士エリー様です」

「……はい?」

 桜花は、三体ともぽかーんと同じ、口を半開きにした様な表情をした。


「まさか、そんな訳が……」

「青竜門門番長として、俺が保証する。つか昨日まで俺らは彼らと一緒にいて、ついでに里長の元に案内した訳だしな」

 そう言って雲耀は再度ゲラゲラ笑った。

「……雲耀さん。どうして笑ってるんです?」

 ハクの質問に、雲耀は笑顔で答えた。

「だって、これなら昨日の俺の失敗なんて大した事じゃないだろ?」

「……よそ様の不祥事に喜ばないで下さい」

 そう言って、ハクは盛大に溜息を吐いた。


「……え? まじで? 冗談とかじゃなくて、マジで?」

 一気に口調も崩れ、茫然と現実を認識出来ず、桜花はそう尋ねる。

 それに、ハクはそっと頷いた。

 ただそれだけで、一目でわかる程桜花の顔色は青白くなった。


「ど、どうしておっしゃって下さらなかったんですか!?」

 ただの逆切れでしかない、開き直るしかなくなった追い詰められた桜花の一言。

 それに、エリーはぽつりと呟いた。

「……言うの、忘れてた」

 相手が相当慌てているからか、逆にエリーは今更冷静になってきていた。


 ちなみにクロスは大げさになるから言いたくなかったので黙っていた。

 結局無駄だったが。




 そしてあれやこれやとわちゃわちゃとした後……何故かわからないが、クロスと朱雀門正規門番長の火伏(かふし)の二名はこの場で見世物の様な喧嘩をする事となった。

 本当に何故かわからない。

 わからないのだが、こうしないと非常に面倒な事になると……具体的に言えば最低でも朱雀門門番長並びに副門番長の辞任という防衛に関わる大問題に発展するという事だったので、クロスは納得しておく事にした。


「……何かすまん」

 クロスは正面に相対する鬼、火伏にそう呟き謝罪した。

「いや、こっちこそ……何か、すまん。割食わせてしまって……」

「いや。あんたなんか今回の騒動何も関係ないじゃないか」

「そっちも一方的な被害者なんだし……」

 そう言ってお互い気を使う様に慰め合う様に遠慮合戦をしていると、聞こえて来る周囲のヤジ。

 それは早く戦いあえという期待の声だった。


「……現金な奴らだ」

 そう、火伏は呟いた。

「でもさ、さっきまでのおもっ苦しい空気に比べたらよほど快適だわ」

 その原因の八割はエリーだが。

「……ま、そうだわな。ついでに言えば、祭りが嫌いな鬼はいないってな! それに名代様にゃ悪いけど、実は少し楽しみではあるんだよ。あの青竜門番長と戦いあっても一歩も引かなかったその実力、生前の経歴、ああ。巻き込んで悪いが……そんな奴と喧嘩が出来るのってのは嬉しいもんだ。鬼の血が滾って来る。こう……昂ってくるんだ」

「喜んでくれた方が俺としてもありがたいね。さっきまでの事とは関係なく、何も考えずぶつかり合おうや。そっちの方が、よほど俺も好みだ」

「……ほぅ。片方とは言え、あんたにも鬼の血が流れてるって事か」

「いいや。生前からこうだったさ。誰も死なない戦いなんて、どれだけ稀有な事か。そんな楽しく殴り合うなんて贅沢、楽しまないと損だろ?」

「そりゃそうだ。俺達鬼は喧嘩が生きがい。そしてあんたも楽しんでくれる。だったらもう、何の言葉もいらないな。楽しもうや」

 そう言葉にした瞬間、ビリビリと肌が痺れる様な、そんな戦いの空気が流れる。

 目は爛々と輝き、角は先程よりも更に大きく太く、それに合わせて体つきもどこか巨大になり。

 そして、口は凶暴な笑みを浮かべ――。


 そこにいるのは真の鬼。

 闘争を娯楽として嗜み、殺戮を呼吸と同程度の感覚で行う、戦闘種族の姿がそこにあった。


 火伏は巨大な得体を使い、木刀を片手で掴み、クロス目掛けて思いっきり振り下ろした。

 握った棒を振り下ろすだけの、剣技も何もない乱雑な一振り。

 それでも、地面に当ればクレーター位は作れる位には凶暴な一発。

 それに対しクロスは、用いる木刀で緩やかな突きを放った。

 迎え撃つそれはゆっくりで、まるで置くだけの様な突き。

 その置かれた切っ先に火伏の木刀が当たり――クロスの木刀切っ先が当たるそこから、粉みじんに砕け散った。

 火伏はニヤリと笑い、持ち手だけとなった木刀を投げ捨てる。

 それに合わせて、クロスも自分が持っていた木刀を投げ捨てた。


「どういう、つもりだ?」

 火伏の言葉に、クロスはまるで鬼みたいな暴力的な笑みを浮かべ、答えた。

「喧嘩だろ? 楽しむんだろ? だったら、こっちで行こうぜ」

 そう言って拳を構えるクロス。

 言うまでもなく、鬼とは力に優れた種族である。

 その鬼に対して、真向から殴り合いを求めるクロス。

 それは鬼にとって愉快な事この上なく……愉しそうに、楽しそうに……火伏はクロスの横っ面に全力で、その剛腕を叩きこんだ。


 そこから後はもう、戦略や作戦なんて何もなかった。

 お互い一歩も避けず、一切避けず、ただ交代々々に殴り合うのみ。


 お互いに傷が増え、血にまみれ、ボロボロになっていきながらも笑顔の絶えないクロスと火伏。

 その派手な殴り合いに盛り上がるギャラリー。

 名代に怪我が増えていく様子を見て真っ青を通り越し顔色が白くなる桜花とハク。

 楽しそうな顔をするクロスに対し呆れる様な苦笑いで溜息を吐くエリー。

 羨ましそうに見る雲耀。


 そんな戦いとすら言えない様な殴り合い、意地の張り合いは三十分にも及び、最後に立っていたのはクロスの方だった。

 力も、魔力も、精神も。

 全てを費やしてやっとの事で倒れた火伏の顔は幸せそうな笑顔で。

 その満足そうな顔を見降ろした後クロスは片腕を上げて勝利を誇示し、そのまま、前向けにぱたんと倒れた。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
これで解決することなんて何も無いと思うが ゲスが権力と暴力を背景に一市民を手篭めにしようとした事実も、ゲスの親玉がそのバックにいて同じことをした事実も、愚か者の言葉を信じてなんの瑕疵もない国王名代とそ…
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