感動の再会なんてなかった
クソダサジャージにてミコシに担がれて、横になって自宅の様に寛ぐミリア。
当たり前の様な淡々とした表情のまま。
そこに感動の再会なんてなかった。
固まった空気の中、酷く疲れた顔のアンジェが現れる。
かつて色々あった間柄の、クロスにとっても色々と難しい関係性のアンジェ。
そんなアンジェはクロスの方に目を向けず、そして止める間もなくミコシからミリアを蹴り落とした。
当然、そこに感動の再会なんてなかった。
「はいちょっとごめんなさいね。はいはい」
アンジェはミリアが文句を言うよりも素早く、クロスの前からずるずると引きずっていく。
何故かわからないが、酷く手慣れた動きだった。
少ししてから遠くから怒鳴り声の様な物が聞こえたかと思うと数分……。
ミリアはクロスの知る姿に比較的近い、少々幼く見えるが前に見た時に近い可憐な服装となり、人形達はミコシを捨て背後で待機モードとなっていた。
ミリアの可愛さに比例するかの様に、アンジェは更に疲れた顔になっていた。
「改めて……久しぶりね、クロス」
ミリアはクールな態度でそう声をかけてきた。
まるでさっきまで何もなかったかの様に。
というか、彼女的にはどうでも良い事だったのだろう。
「お、おう……。ところでミリア、さっきのが……前言ってたオフか?」
「ええ、アイドルも廃業した訳だし、しばらくはオフモードよ」
「そうか……。うん。まああまり気にはしないが、今の恰好も可愛いよ」
「そ、そう……。ありがとう。まあオフでもこれ位の服装は揃えているわ。普段は面倒だからしないけど今日は何故かアンジェが煩いかったからまあしょうがなくよ」
「そ、そうか。……アンジェも久しぶり。その……お疲れ」
苦笑いマシマシのクロスの顔に、アンジェは何も返せない。
本来ならば顔を出せないとか、殺されても文句は言えないとか、そういうシリアスな場面での再会をアンジェもクロスも予想していた。
予想していたのだが……今のアンジェには疲労以外の何の感情もなかった。
「……何か……うん。ごめん」
囁く様に、それだけをアンジェは口にする。
過去の事なんてもう気にもしていなかったし、クロスとしても可愛いアンジェとは仲良くしたかったから普通に声をかけて欲しかったが……疲れた顔で囁くアンジェを前にしたら、何と声をかけたら良いかわからなかった。
「とりあえず、皆で隕石処理しません? ミリアさんが頑張ってくれてますが……」
ソフィアは本題に話を戻す為、そう提案する。
砕けた隕石群は変わらず空から降り注いでいた。
「そうね。正しいわ。今の弱体化した私じゃあ全力を出してもたかが知れてるわ。アリアも頑張ってくれているけどそれでもまだ手は足りない。クロス、手伝ってくれる?」
そうミリアは提案してきた。
さっきまでの姿では想像も出来ない位クールな表情、態度だった。
「そりゃ当然。つか俺達の手伝いに来てくれた訳だし俺達が動かないと話にならんわな。続きはこれが終わってからしようか」
そのクロスの言葉に合わせ、全員が空に目を向けた。
ヴィクトアリアは常に誇れる自分でありたいと願っている。
それは家族を尊敬し崇拝し、そしてそうなりたいと思うから故。
家族愛がそのままアリアのプライドだと言っても良いだろう。
だから自分が馬鹿にされても大して気にもしないが、家族を馬鹿にされた時は激昂し、己の行いが家族の恥となる様な事があれば己を絶対に許さない。
家族を愛する自分を愛し、そして世界を愛する。
そんなアリアだからこそ、きっと彼女達もアリアを信じた。
特別な事は何もしていないが、その当たり前を機械であり神であるアリアがしている事が特別とも言える。
要するに……パルスピカが神魔王とし覚醒した様に彼女もまた王としての力に目覚め――いや、それは力という言葉では不適切だろう。
アリアもまた、王として生きるという運命に導かれつつあった。
つまり……。
「そちらはお願いします!」
一番前に立ちながら、後方を飛ぶ天使達に指示を出した。
「了解した。ヴィクトアリア様は……」
「私は正面方向全域を止めます」
腕のスロットを変換し、電気の力を盾とする。
赤く燃え盛りながら周囲に降り注ぐ隕石群。
まるで恐竜の絶滅ムービーの様な、世界の終焉にも似た光景である。
だが同時にアリア向きの場でもあった。
幾ら壊しても誰も傷付かない戦い。
頑張れば頑張っただけ助けられる、護る為に力を振るえる場。
地上に降り注ぐ隕石の破片を壊し周辺地域への被害を減らすなんてのは……完璧な程にアリア向けである。
アリアが何の躊躇いもなく全力を出すに値する誇り高い場であると同時に、この身に流れる気高き水銀の血が沸騰する程に興奮する戦いであった。
『憧憬渇望:機械甲龍メルトレックス』
憧れが形となり、願いが祈りとなり、誇りが力となる。
鱗の様な銀色の鎧が纏われた。
鱗状の鎧、巨大な手足とそれに負けない爪。
だけど、前と一点違う部分もあった。
彼女の背にはその身を全て覆い隠す事が出来そうな程巨大な銀色の翼が生え、そのまま空を飛んでいた。
まるで、本当の龍であるかの様に。
両手を広げたアリア指先全てから放電現象が発生する。
放電は同心円状に広がっていき、そのまま電磁シールドを形成。
シールドはまるでネットの様に無数隕石の破片を絡めとっていった。
ただ止めるだけでなく、数十メートル範囲の隕石全てがアリアの前に集まり一つの巨大な塊の様になった。
電磁を応用した磁力化による吸着。
そうして集まった巨大隕石を、アリアは誇りを宿す咆哮にて一度に消し飛ばした。
一度の咆哮で、空に隙間が出来る。
まるで雲の切れ目の様なその穴を、天使達は感慨深い表情で見つめた。
自分達で、これと同じ事が出来るだろうか。
自分達が、これ程の心を持ち地上を護ろうと思っているだろうか。
だけどその隙間は小さく、まだまだ無数に隕石は降り注ぎ続けている。
赤い流星が、地上を汚さんと堕ち続けていた。
「第一第二第五は広範囲に散開! 破壊出来ない隕石が見つかったらすぐ報告を! 第三部隊の方は私に続いて下さい。第四は地上で逃げ遅れがいないかを確認の後にお父様の方に合流し協力体制を!」
拙いながらも自信に溢れ、てきぱきと指示を出すアリア。
それに、天使達は誰も反抗せず素直に従っていた。
彼女達下級天使は皆異なる事情を抱えている。
共通する項目は、アリスの魔の手から逃れ、そのまま逃走した事位だろう。
そんな主義主張バラバラな下級天使達であっても、彼女達は皆アリアをトップとする事を受け入れていた
彼女達は、その希望に目を焼かれてしまっていた。
彼女達は、その一生懸命さに胸を痛めてしまっていた。
逃げ出した避難民を集めた第三勢力。
魔物世界にも人間世界にも居場所のない物達の最後の拠り所。
そう見るのは決して間違いではない。
だけど、決してそれだけではない。
彼女達はただのアリスの被害者集団ではなく、アリアを筆頭にした機械生命体の組織であった。
彼女は純粋な天使でない。
だが、機人集落を母に持ち英雄を父に持つ半機半人で光天使を名乗るというある意味天使以上に天使らしい。
そんなヴィクトアリアという存在は、天使が再び誇りを取り戻す事が出来る理想の旗本であった。
それは、全てを失った天使の目を焼くに十分な程に――。
天使達が裏切る事はない。
裏切り、憎しみ合い、蹴落とし合った末にどうなるかを彼女達は既に経験し、その果てにこんな場所にいる。
これが最後の機会であると天使は理解している。
もう自分達に後がない事を誰より。
だから彼女達は、心からアリアに尽き従っていた。
アリアが誰かを護りたいと願っている限りは……。
「やばいわね。いや、マジでやばいわこれ。アウラ様絶対これ知ったら頭抱えるわよ。下手すれば吐くわ」
空を飛び交う天使の群れとそれを指揮するアリアを見ながら、メリーはぽつりとそう呟いた。
「なして?」
魔力集めての剣ビームを雑に放って隕石壊しながらクロスは首を傾げ尋ねた。
「機械生命体の国が発足する……というかもう雛型が出来てるからよ。もうあれは国で間違いないわ」
ある程度隕石も落ち着いてきて、何体かの天使から事情を聞いて、そして実際に見てメリーが判断した結果……。
やべぇ。
それが答えだった。
他に言葉が出ない位、やべぇと――。
「それが何か不味いのか?」
「魔王国の正当性の一つにね、機人集落とのパイプを持つって事もあるのよ。まあ厳密には若干違うけど」
ある一定以上に集落の文明が栄えると、機人は集落のトップにコンタクトを取る許可が得られる。
ただし、これまでにその水準を超えたのが魔王国しかなかった為、機人が接触したのは魔王のみであった。
魔王国のみが機人の事を知り、そして交流を結んでいた。
大いなる存在との直接交流。
それが魔王となる為の正当性の一つとさえ言われていた。
だが……。
「んでさ、今クロノアークが魔王国の代わりとなる訳ですよ」
「ほぉほぉ。それでそれで」
「それで、この騒動が終わって、国として安定したとして……誰の元に機人は最初にコンタクト取ると思う? 誰が、この世界の代表となると思う?」
メリーはあえてクロスを除外し会話を進める。
当のクロスに至っては自分が皇帝であるという事をこの時点で忘れ、除外してくれている事にさえ気づいていないが。
「……パルじゃないの?」
「そうね。アリアちゃんが王になってなかったらそうなってたね」
つまりそう言う事。
国としての、王としての正当性が二分される。
機人とのパイプ役を持ち天使を従えるアリアと、人と魔物を平等に配下とするパルスピカの二つに。
仲良い兄妹であり、また真のトップが両方の父である皇帝クロスの為国が荒れる事はない。
ただ、魔王国の精神的後継国家であるクロノアークの立場からすると魔王国後継である自分達の地位を脅かすライバルがぽっと湧いた事になる。
アリアは機人のルールに接触しないが、機人でないという訳ではない。
むしろ機人の娘であり、しかも人とのハーフ。
それは機人にとって『映画の中でしかなかった理想』そのもの。
贔屓する様な人間らしさを機人は持たない。
だけど、アリアという存在に憧れない訳がない。
人間と機人の子供なんてのは機人全員の夢であるのだから。
機人がアリアを可愛がらない訳がない。
アリアは機人全ての娘であると言っても決して過言ではないのだから。
アリアが機人と密接な関係が築ける事は、その存在を知れば誰でも想像出来る。
「天使を手懐けた功績でも持ち帰れば十分だし、土地なんてのは余ってるし、そもそも天使のスペックって結構いかれてるし……これは国となった時本当に大変な事に……」
「すまん。全くわからんから簡単に説明頼む。アリアとパルがピンチっていうのなら強引にでも何とかするから」
「いんや。クロスの跡継ぎ競争で一抜けしたパル君をアリアちゃんがものっそい速度で追い上げ抜いたって話」
「……つまり……王様ダービー勃発か」
何故か嬉しそうにクロスはそう言った。
「いや、まあ、うん。そんな感じで」
「そうか。まあそれはそれでありだな。パルは多少逆境な位の方が伸びるし」
「クロス的にどっちに頑張って欲しいとか応援したいとかある感じ?」
「え? 俺に聞く?」
「皇帝様だし」
「……はっ! そいえばそだった。んー……じゃあ……強いて言えば……」
「いえばー?」
「やりたい奴がやれば良い。やりたくないのにやる事がないなら俺はノータッチで」
「応援してあげないの?」
「どっちかに肩入れしない範囲でなら全力で応援する予定だけど?」
「なるなる。私的にはパル君推したいけど……」
「良いんじゃない? それもそれで。メリーならアリアに酷い事しないって信じてるし」
「嫌われたら泣いちゃう自信あるわ!」
「だよな」
「うん。ま、そんな感じで……まああんま関わらない感じなら、特に気にせず褒めてあげたら良いと思うわよ? きっと、凄く頑張ったと思うから」
メリーはこちらに向かってくるアリアと天使の集団を見てそう呟く。
空から降り注ぐ凶星。
その姿はもうどこにもない。
ただの一欠けらさえも、地上に降り注いぐ事はなかった。
クロスが大して仕事をする事もないままに、騒動は終わった。
微笑むクロスを見て、アリアは鎧を解除。
そしてそのままクロスの方にとびかかりその胸に抱きしめられた。
「お疲れ、アリア。良く頑張ったね」
そう言って撫でられるその姿はさっきまでの凛々しい姿とは逆で、年相応の幼さが表れていた。
クロスとアリアが親子の再会を祝い楽しそうに話をしているその時間を狙い、メリーは天使達を集め、そして交流という名前の恫喝を始めた。
この場に来たのは隕石の残骸処理といった仕事のない天使だけで、精々三割程。
それでも、既に数百という天使がここに集まっていた。
「んで、私アリアちゃんと違って甘くないの。あんたらについてもう少し詳しく話して貰えないかしら?」
娘であるアリアを王とし利用しようとする天使。
それだけで、天使達に猜疑の目を向けるに十分な理由だと言えるだろう。
英雄から放たれる、敵意混じりの鋭い威圧。
それを直に受け、天使達は体を震わせた。
今まで、彼女達に怖い物は何もなかった。
それは天使達の心が優れているからではなく、ただ何度死んでも問題ないユニットがあったから。
だが亡命状態の彼女達に命のストックはない。
人間と同じ様に、一度死ねば命は尽きる。
それ故に、自分達がこれまで一体何と戦っていたのか今更ながらに理解した。
自分達が戦っていた相手が、恐怖そのものであったと。
「……そうね。良いでしょう。だったらまず私からね」
そう言って立ち上がるミリアに……。
「いや、あんたはもう良い。つかこっちにいなくても良いからあっちでクロス達と遊んでらっしゃい」
あしらう様に言って、メリーは苦笑する。
そのポンコツ駄目っ子具合も真面目さも、メリーはもう十分に知っていた。
「……どうして? 私はこの場で唯一の上級機甲天使よ?」
「あんたについては大体知ってるしそもそも初期勢だし信頼してる。何なら私はあんたが『こっち側』に来るとさえ思ってるからよ」
「こっち側?」
「何でもないわよ未来のカメラート。良いからクロスとアリアちゃんの間に挟まってじゃれてらっしゃい」
「意味はわからないけど、まあ良いわ。クロスとは話したい事も幾つかあるしそうするわ」
そう言ってミリアはてくてくと彼らの方向に歩いていった。
「さて、それじゃあ……」
ずらりと並ぶ天使をメリーは順に睨んでいく。
気付けばおおよそ七百程が並ぶ。
随分と増えたなと思いながら、その中から五体を選出した。
「あんたと、あんたと、あんたと、あんたとあんたもかな? お前ら前出ろ」
おずおずと五体の天使が前に出て、そしてその内の一体が口を開いた。
「何故、我々が代表であると?」
「あん?」
「私達が各勢力の代表であるとわかったから呼んだのでは?」
「うんにゃ、あんたらが一番腹に何か抱えてそうだったから呼んだだけよ。……『勢力』ねぇ。んじゃまあ、その勢力とやらもついでに説明して頂戴」
メリーの言葉を聞き、五体はそれぞれ顔を見合わせ説明を始めた。
彼女達は皆亡命状態にある。
人類救済機構から離れ、アリスから逃げ使命を捨てアリアに救われたその状態は亡命と呼ぶに相応しい。
だが、彼女達は皆それぞれ事情や目的……『目指すべき未来図』は異なっている。
大きな意味で言えば『アリアを王とする』点で一致しているが、アリアを王とするその意味は千差万別である。
純粋にアリアを真なる天使であるとする声もあれば単なる消極的賛成という声もある。
自分が再び人間にちやほやされたいという意見もあれば、むしろ人間に関わらず機械生命体だけの世界を作りたいと考える者もいる。
機人に対しても賛否両論であり、天使達の意見がまとまる事は絶対にない。
だから、仲違いしない様、争わない様五つの勢力に別れた。
アンジェによってそう分けられた。
「んで、あんたの目的は?」
一体目の天使に、メリーは尋ねた。
「メリー、私達は貴女と争う事はないでしょう。私達は単純に、何もかも失った後迎え入れてくれたヴィクトアリア様に感謝してる勢力ですから」
そう言って、彼女はにこりと微笑む。
最も単純で、そして逆に言えば最もアリアに期待していない勢力。
彼女達は何も期待していない。
ただ、アリアがアリアらしくあればそれで十分だった。
代表の様に救われた恩を感じる者もいれば、勢力争いやアリス騒動に疲れたから何も考えずアリアの命令を聞きたいと考える者など、基本的に『アリアのイエスマン勢力』である。
「そう。まあ嘘はないみたいね」
「嘘を付く理由もなければ必要もありませんから。私はその中でも過激派ですが」
「どう過激派なの?」
「ヴィクトアリア様万歳。ヴィクトアリア様の望む事こそ世界の望み」
キラッキラした目で、だけど真顔で天使はそう口にする。
その姿は少しだけ悍ましかった。
「ああ……眼を焼かれたのね」
「はい、きっと貴女の様に」
メリーは小さく溜息を吐いた。
自分にとってのクロスであると言い切る天使に、少しだけむかついて少しだけ同情した。
「んで、B勢力、あんたは?」
「いや私達はBじゃなくて……」
「覚えるのめんどいからBで良いわ。あんたはどうなの?」
「私は……人はやはり未熟だと思います。ですので、我らが管理すべきだと」
「ふぅん。つまり……敵と思って良いって事?」
「い、いえ違います! ヴィクトアリア様の統治が我々勢力の目標です! つまりヴィクトアリア様を王とし間接的に人類統治に協力する事を目的とした感じの派閥です!」
慌てた様子で、そう一気に言い切った。
彼女達の勢力にわかりやすい悪意はない。
敢えて言えば、パルスピカを王にしようとするメリーにとっては政敵となる事位だろう。
天使として人の上に立つ。
その為に天使の国を創り、間接的に人々を救済する。
それが大きな意味での彼女達の目標。
つまり、『合法的な世界征服』である。
強いて今までの天使と違う特徴を上げるならば、機人好意派閥となるだろう。
だから、機人とのパイプになるアリアこそが旗本として理想であった。
「んでC、あんたは?」
呼ばれた天使はきょとんとした顔の後、微笑を浮かべゆっくりと話しだした。
「それは私ですか? それとも勢力的な意味ですか?」
「あんたの意見」
「……その前にメリー。貴女は義姉妹の契りというのをご存知でしょうか?」
「……は?」
「人間には血の繋がらない女性同士で義姉妹の契りを交わすという文化があると聞きました」
メリーは凄く嫌な予感がした。
具体的に言えば、天使らしからぬねっちりした感情的な感じの嫌な予感が。
「……聞きたくないけど、つまり?」
「私は、ヴィクトアリア様に『お姉さま』と呼ばれたいです! 私がそう呼ぶ側でも可!」
力強くそう答える彼女に周囲の天使はドン引きしていた。
彼女を筆頭にした勢力は『アリアの親衛派閥』。
事情は様々だし皆がアリアが指導する現状に好意的な立場ではない。
だけど、自分達が『アリアを護らないと』と考える者達の集いである。
その危うさから、立場の大きさから、恩義から、文字通り様々で護りたいという事でしか一致出来ていない。
A勢力の様なイエスマンになる事も出来ないし、B勢力の様に王として崇めたくもない。
むしろあんな幼い彼女に不安を持たない方がおかしい。
だから『自分達が護ってあげない』と。
天使の傲慢さ故に、機械生命体であるアリアを保護対象とする。
そんな感じの意見が彼女達の持論であった。
良くも悪くもニュートラルな思想の集いである。
代表の様に邪な奴は他にいないが、悲しい事に代表程能力の高い奴もいない。
ぶっちゃけこいつ上級に片足突っ込む位にまで成長してしまった。
「……とりあえずあんた、ロゲートって場所にだけは行くな。そこに行くようなら壊さないといけないから。んでD。あんたは?」
「我々は『消極的ヴィクトアリア様支持』派閥です。とりあえず恩義を返すまでは傍にいるつもりです」
『とりあえず』
それはつまり、どこかで『離脱する予定のある派閥』と言う事だった。
ある意味メリーは安心した。
全員が全員アリアに従う事を是とする。
その方がむしろ恐ろしい位だ。
「派閥の意味はわかった。そんで、あんたはの意図は?」
離脱勢力の代表を務めるなんて貧乏くじを引く意図が気になり、メリーはそう尋ねる。
彼女は、どこかもじもじとした様子のまま小さな声で答えた。
「……えっと……クロス様のお役に立ちたいと……」
「なんで?」
「そう……えと、……英雄の傍に立つ事こそ天使の本懐かと……」
もじもじとした仕草に若干イラっとしながらも、メリーは彼女の意図を理解する。
それが天使の本懐か機械生命体の感情か、純粋な生物としての気持ちかは知らない。
わからないが、彼女はクロスと一緒に居たいと願った。
愛か恋か敬意か憧れかもわからないままに。
「ふぅん。まあ今は却下。あんたの実力じゃ全然足りん。邪魔にしかならん。だからまあ、キリがついたらにしときなさい」
「……反対は、しないので?」
「しないわよ。あんたら勢力って爆弾じゃない。アリアちゃんが被害にあわない様に穏便に離脱出来る様手伝っても良い位よ」
「いえ、そういった意図ではなく、私がクロスに近づく事に不満はないのかなと……」
「別にどうでも。繰り返すけど好きにしなさい。と言う訳で私はあんたらの意見に全面的に賛成し部分的になら協力もする。例えば……クロノアークに来たいって奴がいたらアリアちゃんに言っておきなさい。そしたら後は私が何とかしたげるから」
何体かの天使が嬉しそうな顔をしたのをメリーは見逃さなかった。
嘘はない。
アリアの為に今こうして尋問しているし、こいつらが爆弾でアリアにとっての厄介者な事に変わりはない。
ただ、アリア勢力からパルスピカ勢力に引き抜こうなんてちょっと小狡い企みが全くないなんて事はなかった。
「んで最後のE。あんたらは?」
何となくだが、ここだけは他と比べとてもわかりやすい。
五番目の勢力、そいつらは皆やたらと重たい空気を放っているからだ。
誰も笑ってなくて、皆が、俯く様で。
そしてその目はどこまでも静かだった。
「私達は皆……目的は同じ。わかりやすいわよ。たぶんどこよりも」
「それは?」
「命とか、使命とか、どうでも良い。未来も、希望も、何もいらない。ただ……『アリスを殺せたら』それで良いわ」
氷の様な目は、単純なる殺意の現れ。
考えてみれば当然と言えるだろう。
天使にだって人間関係みたいに親しいとかそうでないとかあって、そして多くの天使がアリスの犠牲になった。
だったら、復讐者が出てもおかしくない。
特に、アリスは天使だけでなく人類救済機構そのものを殺したのだから。
「そ。まあなんとなくわかったわ。もう行って良いわよ。逆に私に用があるなら残りなさい」
不満そうな顔で散開する天使の中、数体の天使がメリーの元に残った。
ありがとうございました。




