幕間-アリスから見た今
遠くから、アリスとクィエルはそれを見た。
宇宙から飛来し、飛び蹴りにて隕石をぶち壊した、その規格外を。
ミーティア。
ステラという存在に限りなく似た何かであり、同時にステラという存在になり得ない何か。
過去の可能性、分岐点。
分類で言えば生物には決して当てはまらず、だが生物に限りなく類似する性質も持っている。
生物でない為極めて限定的な不死の力を内包し、同時にステラの分身でもある。
極めて不可思議な存在。
要するに、訳がわからん存在である。
その訳わからん存在が、わけわからん事をしでかした。
クィエルはただただ絶句していた。
物理法則を知っていればどこから突っ込めば良いかわからないと頭を抱える様な、そんな光景でさえあった。
単独で宇宙から飛来とか、あの質量程度で大気圏突入で燃え尽きなかったとか、ずっと黄金色に光っていたとか、そういう事でさえ単なる些事である。
そもそもの大本、根本的な話だが、距離的に間に合う訳がないのだから。
どこからともなく星と言える距離から数十秒程で地上に落下。
もうこの時点で訳がわからない。
転移とかワープとか高速移動とかそんな理解出来ない超技術――でさえない。
普通に宇宙から飛来して普通に間に合った。
アリスがわざわざ隕石を転移魔法陣に乗せるなんてとんでも技を使ったその理由さえ嘲笑うかの様であった。
更に言えばどの辺りに居てどこから来たのかクィエルの探知でさえ把握出来ていない。
突然宇宙に現われて、突然宇宙から堕ちて来て、突然惑星をぶっ壊して見えないどこかに還っていった。
全くもってでたらめである。
一方アリスは大爆笑していた。
「あはははははは! やっぱりあいつら馬鹿だ馬鹿! ふざけすぎでしょ! あははははは!」
「アリス……良いです笑っていて? あれは……」
おそるおそるクィエルは尋ねる。
普段のアリスなら、あれを見て笑わずきっと怒り狂っているはずだ。
そう……あれはクィエルの完全防護にさえ届きうる。
であるなら間違いなく、アリスにとっても命を脅かす脅威である。
なのにどうしてアリスが笑っていられるかと。
アリスにとっては逆だった。
命を脅かすからこそ、嬉しくて笑わずにはいられなかった。
「だから良いのよ。アラミタマ使った甲斐があったって事じゃない」
そう言ってアリスは『チップ』をクィエルに投げて来た。
「何時の間にこんな物を……」
情報を入力したチップをクィエルは取り込み……そして、その中身を認識する。
それは先程の<メテオ・ストライク>なんて言っていたミーティアの飛来攻撃に対しての対策データであった。
発動前から発動後、何ならそれを逆手にとった攻撃方法も含めありとあらゆる対策が、これでもかと細かく記載されていた。
確かに、あの馬鹿げた行動には驚異的な威力があった。
だけど、怖いのはその破壊力だけ。
対策を取りやすい大技が怖いのは初見の一度に過ぎず、二度目が通用する程、アリスは優しくなかった。
「これが見れたのは僥倖よ、本当に。最悪の場合私が、そうでなくともあんたが潰されてた可能性があるわね。……これ喰らったらあんた死ぬわよね?」
「まあ、跡形も残らないかと」
「んで、まだ怖い?」
クィエルは首を横に振った。
アリスの用意したチップに記載された対策は、本当の意味で完璧だった。
むしろ、使ってくれたら逆に利用し相手を壊滅させられるだろう。
「今はアリスが怖いです」
「でしょ?」
アリスがご機嫌な理由をクィエルは理解する。
自分にとって届きうる牙、隠していた手札を曝け出してくれたのだ。
アラミタマを使った意義があった。
十分過ぎる成果を出してくれた。
嬉しくならない訳がない。
「じゃあアリス。今回の手札の成果は『100点』って感じです?」
「んー…ここだけなら『120点』って感じだけど、まあ同時に嫌な事もあったから精々『80点』って感じね」
「嫌な事ですか?」
「そ。これ……」
一気に表情を変え、アリスはげんなりした様子でそれを指差す。
その先に居たのは援軍とし慌てて駆け付けた彼女達であった。
「これがどうしたんですか?」
「このタイミングで増援よ? 意味わかる?」
アリスの言いたい事が、クィエルには何もわからなかった。
「すいません。全く……」
アリスはやれやれという様な嫌味な溜息を吐いた。
「要するに、どうあがいても今回の問題は対処出来てたって話。こいつらが増援に来るという事実はそう言う事なのよ。そして同時に、これ以降はいかなる行動も無意味になるって事でもあるわ」
「ですが、彼女達はそこまで優秀であるとはとても……」
「実力がどうとかじゃなくて、運命論よ。一度変わった流れを変えるのは容易じゃない。結局主人公的な偶然が巻き起こるのよ、クロスって奴にはね……」
「え? アリス、まだ何かするつもりだったんですか?」
「え? 予定だったらもう三発位隕石落とすつもりだったけど?」
軽々と、そんな事をアリスは言い放ちクィエルを再び絶句させた。
「この場合増援があいつらってのが厄介なのよね。娘、ミリア、アンジェ。あいつら全員大した事ないけど成長要素が多い。それに天体魔導の対象に『まだ』なってない。それがなってみなさいよ? 特に娘。一体どんな風になるかわかったもんじゃない。こっからのちょっかいなんてのはもう相手の成長要素にしかならないんだから利敵行為に近いわ。だからもう放置安定よ。放置安定。そりゃ、あいつらが来なかったらもっと追い詰められたしワンチャン誰か一匹位殺せたけどさ」
ぶつくさと早口で文句を重ねていくアリス。
その様子がちょっとクロスのファンっぽくて、『クロス大好きですね』なんて言おうと一瞬思ったが止めておいた。
幾ら自分達の仲でも、これは殺されかねない。
そう思う位にまで、クィエルの情緒は育っていた。
アリアはクロスにとって大切な存在であるが、天体魔導の対象にはなっていない。
だがそれは今はまだというだけであり、今後そうならないという訳ではない。
そしてそれは、増援に来たミリアとアンジェにも同じ事が言える。
どちらもクロスから見て好ましい女性であるのだから。
アリアが全力となった場合、メルクリウスに憧れそれを真似た形態となった時、大体メルクリウスの五割程の力となる。
応用力を込めればもっと上にいけるが、純粋なパワーで言えば大体五割程となる。
アンジェの場合は全力を出す精神状況ではないが、全力となったならメルクリウスの七割から八割という程の力を持っている。
伊達に元五龍ではない。
ミリアの場合そこまでの力はないが、兵器を作る事が可能という時点で戦力としては十二分に頼りになる。
奇しくもこの三名は発展途上で成長係数が非常に高い。
その上、クロスの天体魔導の対象になる可能性を秘めている。
そんな存在がピンチにクロスの元に現われた。
限界を突破すれば隕石を処理出来る三名が、このタイミングでここに登場した。
それを偶然とアリスは思わない。
いわばそれは必然。
危機的状況となった時、覚醒し強くなる。
自分だけじゃなく、自分の周りの皆が。
そういう星の元にクロスは生まれた。
はっきり言ってそんな事実はなく、アリスの妄言である。
そうだったら、クロスは人間であった時に死ななかった。
だけど、アリスはそう思い込んでいる。
そして、例えそれがアリスの妄想に近い思い込みであっても、現実はアリスの想定通りに動いている。
クロスの力ではないが、クロスの周りの皆はアリスが見ている前で何度も成長してみせた。
クロスの元に皆が集まるという想定通りに。
だから、アリスは予定を変更した。
隕石を再び落とし、絶望させるという予定だったがそれはもう叶わない。
その代わりに……。
「クィエル。ちょっと働いてくれるかしら?」
「……え? え、ええ……アリスの為なら全然構いませんが……次の消費手札は私です? 少し早くないですか?」
「いや、死ぬまで使うつもりはないわ。まだ」
「はぁ……じゃあ何をすれば?」
「指示だすからVOIDで相手を誘導して」
「それは良いですが、何をするつもりなんですか?」
「……運命を覆すってのは、案外不可能じゃないのよ。あいつだけじゃなくて私でも出来るわ」
「はい?」
「だけどね、それって想像以上にパワーが必要なの。その後が続かない位に。だから……重要なのは運命を変える事じゃない。定まった運命の流れにただ乗りして、オールを漕ぐ様に少しでも都合の良い選択する事。それがあいつを出し抜く最も効率の良い答え」
一瞬、アリスがボケたか壊れたかとクィエルは思った。
元々突拍子もない事を言うタイプだったが、今日程陰謀論に拗らせた事を言ってはいなかった。
だけど、すぐにその考えは撤回する。
その瞳には冷たい殺意だけでなく、生きる為なら何でもするという強い熱も込められている。
つまりは……いつも通り。
曇りなきいつもの、悍ましいアリスの瞳だった。
ありがとうございました。




