メテオ・ストライク
空が失われたその光景を前にして、彼らはただ唖然とする事しか出来なかった。
見上げる一面の空を覆う、途方もなく巨大な石の塊。
かつて一度だけ見せて貰った天体魔導の深淵、それに等しい物だがあの時とは違う点が多々ある。
例えば、遠く離れた空の彼方から降って来たのではなく、魔法陣により唐突に現われた事など。
だから……隕石が地表に到達するまでに、もう数分もないだろう。
言葉が出ない。
絶望を感じる程誰も現状を把握出来ていない。
メリーでさえ、そのあまりの展開に思考が停止していた。
状況を理解なんて出来る訳がない。
天体魔導と転移魔導を組み合わせた遠隔での超広範囲魔導式というアウラでさえ実現出来ない魔法の深淵を雑に使って、全員纏めて圧殺してくるなんて物想像する方がおかしい。
最悪を越えた厄災、常識を嘲笑う不条理。
それこそがアリスであると、それこそがクロスの敵であると彼女達はまだ理解し切れていなかった。
だが、彼だけはそれを理解していた。
このタイミングで……苦戦を終え、一息付いたこのチャンスを逃さず、きっと何か動きを見せるとクロスは信じていた。
「とは言え……これは……」
空を見上げ、クロスは呟く。
残心を解かず、いつでも動ける様にしていたが……正直、少しばかり予想しれきない質量である。
おそらくメルクリウスでさえ単独ではこれをどうにかする事は出来ないだろう。
逃げる事だけなら、そう難しくない。
最低でも後三十秒はある。
だがきっとそれは無意味な考えでしかない。
あのアリスが逃げれる状況でこれを放つ訳がないからだ。
クロスは己が使う転移に巻き込めないメディかソフィア、あるいはその両方が逃げるだけの力を残していないと推測する。
『こいつなら絶対やる』
アリスとクロスの間にはそういう相手の行動を未来視レベルで推測するという信頼が築かれていた。
ステラとメリーを引き連れ転移で逃げるという手段もあるにはあるが、そんなものははなから選択肢に入らない。
メディとソフィアを見捨てるなんて選択を選ぶ位なら死んだ方がマシである。
「さて……どうするか……」
一応、幾つか手段はある。
あるっちゃあるのだが……問題はその手段がどれも試した事のない物で、そしてあんまり上手くいく可能性があまり高くないという事。
手段なんて恰好付けているが、ぶっちゃけ単なる『一か八か』である。
「クロス……」
静かに、ステラは傍に立つ。
どうやら予め近い位置に居たらしい。
「ん? ステラか。無事だった?」
「何とかね。それよりこれ……」
「うん。何とか出来る?」
「無理」
敵が技量を持たない物質で、しかもただでかいだけ。
斬れば何とかなるからステラの得意分野ではある。
ただ、ちょっとばかしでかすぎる。
少なくとも、今のステラの斬撃でどうにか出来る代物ではない。
「だよなぁ……」
「クロス。敢えて言うけどさ、ソフィアやメディだって例え自分が死んでもクロスには……」
「わかってるし、その上で離れるつもりはないよ。他の誰でもなく――」
「自分の為にでしょ。わかってるよ。じゃあ……どうにかしないとね」
「そうだね。どうにかしないとね」
魂の共有により、彼らは互いの心に触れ合っていた。
どうしようもないなと思いながらも、足掻く事を選ぶその心を。
一切隠し事が出来ずどんな憎しみだって互いに伝わる。
常人ならば気が触れる様なその近すぎる距離感が、彼らにはとても心地よかった。
「それでクロス。破れかぶれの手段があるんでしょ? 私はどうすれば良い?」
「んー。その前に一個聞いて良い?」
「何?」
「俺のさ、一番大きい物とか強い物って何かな?」
「実際に、それとも感覚的に?」
「イメージで。何となくのふわっとしたニュアンスで良いよ」
「だったら<愛>じゃない?」
その大いなる愛を受け、身を溶かしたステラにとってその回答は当たり前であった。
何なら他の女性達も皆同じ様に答えるだろう。
尚次点で『性欲』である。
それ由来で、皆死ぬかもと最低三桁回数は思った事がある。
「愛かぁ……」
少し納得出来なさそうに、クロスはそう呟く。
どちらかと言うと強欲とか我儘とか、そっちの方が自分に合っているとクロスは思っていた。
「愛だよ。じゃなかったらクロス、世界をとっとと見捨ててるし」
「そういうもんかい?」
「そういうもんだよ」
「そかそか。んじゃそういう感じで」
「それで私はどうしたら良い?」
「もっと近くによってくっついて何なら抱き着いて欲しい」
ステラは首を傾げながら、ぎゅっとクロスにしがみ付いた。
「これで良い?」
「うん。ありがと」
そう言って、クロスはステラの頭を撫でた。
「別に良いけど……どうするの?」
「んー? そりゃ、俺達に出来る事をするんだよ」
「具体的には?」
クロスは空を指差した。
「これさ、天体魔導だよな?」
「たぶんね」
「まあそう思っておくよ。だから……天体魔導には天体魔導をぶつける」
そう言って、クロスは隕石から外れた遠くの空に指を向ける。
地平線に近い、随分と低い空。
正しく言えば、その空に浮かぶ極光の星を。
そこに『それ』はなかった。
そんな、青空に輝く黄金色の星なんて。
更に言えばぴかーって発光したりちかちか点滅したりとやたらと自己主張の強い星なんてこの世界に存在していなかった。
「……えぇ……」
突如現れた晴天の星、それが誰かわかった上で、ステラは呆れ顔となった。
もしもこの場にメルクリウスが居れば、もっと簡単な解決策があった。
メルクリウスをクロスの天体魔導により星と定め、強化すれば良いからだ。
どうなるかはわからないが、クロスもメルクリウスも『メルクリウスは強い』という共通認識を持っている為確実に戦力強化される。
真龍形態なら巨大質量にだって負けないだろう。
クロスの天体魔導は星と愛しの女性を同一視させ存在とクロスのイメージを補強する力。
この力だけで巨大質量を持つ隕石を壊す事は実質不可能である。
結局の所、『大好きで大切な女性』を『星の力を借り受けて強化する』事しか出来ないからだ。
大好きな女性である以上戦術兵器に見る事は(それを誇りとするメルクリウスを除いて)出来ず、星に例えるのはそれだけ好きという事で実際に星だと思える訳でもない。
だからクロスの天体魔導はあまり便利な力ではなかった。
だけど、そんなクロスの天体魔導にて例外が、一つだけ存在する。
クロスが愛した女性でただ独り、彼女だけは本当の意味で星に例える事が出来る。
彼女の名前は『ミーティア』。
彼女はステラの天体魔導が形を変えたもう一人の彼女。
つまり……彼女は天体魔導から生まれた、星そのものでもあった。
空に浮かぶ極光の黄金星。
それは自らの意思で失落し星海を泳ぎ出した。
『流れ落ち輝く星』
その名の通り、彼女は流星となり天から愛しい人の元に向かう。
黄金色の流星は本当の流れ星かの様にあり得ない速度でこの星に落下してきた。
クロスのガバガバすぎる発想を最大限生かしながら。
『めっちゃ早かったらめっちゃ強いんじゃね?』
おバカ過ぎる発想は機人集落で中途半端に習った物理法則の所為である。
だけど、それで問題ない。
適当だからこそ、強いイメージが現実世界にあり得ない影響を与えてくれる。
むしろ下手に知り過ぎると物理法則を超える事が難しくなる位である。
だから、これで良い。
その足りない部分は、ステラとミーティアの愛が補強すれば良いだけなのだから。
天魔失墜、燃え盛るかの様に輝く黄金の流星。
そこには、世界を壊す程の愛が込められていた。
「ステラ、もう一つ頼みがある」
空から降り注ぐ彼女を見ながら、クロスは呟いた。
「何?」
「ご機嫌取り、手伝ってくれ。頑張ったご褒美を沢山あげないと駄目だからさ」
「まあ……そうだね。あの子は正直で、ちょっとだけ我儘だからそうなりそうだ」
まるで親の様な目線で、二人は空を見つめた。
彼女の、ミーティアの叫び声が響いた。
「うおぉぉぉぉぉぉ! 輝け私の黄金の足! めっちゃ痛いし熱いし冷たいし良くわからないけど頑張るぞー! 今必殺のー! <メテオ・ストライク>!」
空中で加速をかけ、そのまま跳び蹴りの姿勢に。
そして速度を更に加速させ、左足が隕石に直撃し極光を放った。
予想外な事に、激突した時は驚く程静かだった。
その数秒後に、雷鳴の様な爆音が空に駆け巡る。
そうして……隕石はひび割れ、バラバラに砕け散った。
やけにすっきりとしたやりきった顔のミーティアは、静かに光となり消える。
まあ限界を超え休眠状態になっただけだが。
「出来ちゃったね」
ステラの言葉にクロスは頷く。
「うん。みーちゃん頑張ってくれたね」
「沢山労わないとね」
「うん。そうだね」
そんな終わった感を出す二人をメリーはジト目で見つめた。
「あのさ、何か全部解決した感だしてるけど、まだ全然終わってないからね?」
「え? 終わってない?」
クロスの言葉に合わせ、メリーは空を指差した。
「これ、破片でも当たったら私死ぬわよ普通に。ついでに言えば全部落下したらこの辺りめちゃくちゃになるよ。最悪世界の三割位消し飛ぶ。ちょっと私でも放置出来ない位にやべー」
その言葉を聞いてから、クロスとステラは自分達の感覚がおかしくなっていた事に気付く。
最初の超巨大隕石を見た所為で、十メートル規模の破片を大した事がないと勘違いしていた。
実際十メートル規模の隕石だって地上に堕ちれば衝撃でクレーターが空くというのに。
「やっべ! どうにかしなきゃ!」
慌ててクロスとステラは剣を取り出し、あたふたとしながら戦闘態勢を取って……。
「大丈夫ですよ。慌てなくても。ゆっくりで問題ありません」
今度はソフィアの声が聞こえた。
クロスが振り向くとそこには、ボロボロになったソフィアとメディの姿があった。
「ソフィア、大丈夫ってのは? あと傷大丈夫?」
「すぐにわかります。傷に関しては夜にでも慰めて下されば。主にマッサージとかで。後ついでにその肉ぼ――」
すぱーんと小気味よい音を立て、メディのハリセンが炸裂した。
「……見た目程酷い傷ではないので大丈夫です。毒も消えてますし。それより、来ましたよ」
ソフィアの言葉の直後、空に見た事もない何かが複数現れ隕石群に向かっていった。
翼らしき物があり女性らしい体型だから天使らしくはある。
だが翼含めて銀色一色であり生物らしい要素は皆無。
水銀とかで形を作ったらそうなるみたいな、そんな全体的にまるっとした曲線多めのデザインをした人形だった。
それが何かはわからない。
だけど、それが誰による物なのかはわかる。
もうこの世界にこれだけの能力を持つ存在は、上級機甲天使は彼女しか残っていないのだから。
「遅れて悪かったわ。プロ――いえ、クロス。それでも、まだ役には立てそうね」
涼しく、それでいて耳辺りの良い優しい声。
そう長い付き合いがあった訳ではないが、忘れる訳がない。
忘れる事なんて出来る訳がない。
一生懸命で、それでいて真っすぐで可愛かった、彼女の事を――。
「ああ、そうか。来てくれたんだな。ミリア――」
そうして振り向き、微笑みながらその姿を見る。
…………。
……………………。
目をこすり、再びミリアの姿を見る。
そうして、それが見間違いでないと知ったクロスは、静かに絶句した。
ヴァーミリアン……いやミリアと名乗っている彼女は無数の人形により支えられ、板状の乗り物『ミコシ』によって担がれている。
その板の上で横になり、右手を枕にした俗に言う『肘枕のポーズ』を取り自宅かの様に寛いでいた。
更に付け足すならば、彼女はふてぶてしささえ感じる程の無表情で、恰好はクソダサジャージである。
アイドルとしての姿しか知らないクロスは、一瞬脳内の人物と目の前の人物が一致しなかった。
「凄い……クロスは女性の容姿関連の話題で困惑するなんて……」
そんな良くわからない驚きポイントでステラは驚愕していた。
ありがとうございました。




