荒魂(後編)
相手は『王』だった。
冠を背負い、豪勢な鎧と赤いマントを身に着け、宝石の付いた杖を持つその姿は他に例えようがない。
あれが相手の本気。
敵がクロスを殺す為に用意した王という名の駒。
逆に言えばあれが王であるのなら……あれを殺せばそれで終わるはずだ。
そう考えた上でクロスの選択は――初手全力だった。
三重螺旋の魔力をトレイターに込め、黒の魔力を足裏や背から排出し推進力とし突撃。
そのまま持ちうる渾身を刃に乗せ、全力を相手に叩き込んだ。
奇襲に近いこのタイミングならば、避ける事は叶わない。
そもそも避けられても構わない。
相手が避けた場合はあの城を破壊出来る。
そうなれば、少しは周りの援護になるはずだ。
そんなクロスの一撃を前に、王は優雅に宝石の付いた杖の上部をクロスに向ける。
そして宝石より展開される魔法での障壁で、クロスの全力を容易く防ぎ切った。
自分だけでなく背後の城全てを覆う巨大な障壁。
広範囲にもかかわらずあり得ない程に頑強。
それだけでなく、込めた三重螺旋の魔力が爆発しなかった。
吸い込まれた……という感じでもない。
どちらかと言えば手元で霧散した様な感覚にクロスは襲われた。
三重螺旋による増幅した魔力を撃ち消すなんて出来る訳ないはずなのに、そうとしか思えない手応えだった。
「流石はキング。そう容易くはないか」
それは単なる独り言のつもりだった。
クロス達は最初から相手は対話出来る人ではなく、平気であると認識しているからだ。
だが、相手はクロスの言葉を正しく認識した上で微笑み、そして言葉を返して来た。
「なるほど。『キング』か。悪くない。では私は私という個体をキングと呼称しよう」
「しゃべれるのかよ」
「人型である以上会話する機能を有している」
「だったらさ、こう……話し合いで何とかならね?」
「期待させてしまったのなら申し訳ない。会話をする機能しかないのだよ」
「つまり、交渉の余地はないと」
「そう受け取って貰って構わない」
「さいで。まあしょうがないっちゃしょうがないけどな」
全力の一撃で駄目なら手数で隙を作る。
クロスは正面から連撃を叩きこみ、障壁の隙間を探った。
そんなクロスの努力を嘲笑う様キングは障壁を自ら消して、クロスのトレイターに己の杖を合わせクロスの連撃を弾いた。
ぶつかり合う剣と杖。
激しい衝撃と共に鍔迫り合い……押し負けたのはクロスの方だった。
振り下ろす斬撃を逆方向に強く弾かれ、両腕が上があった瞬間杖の先端がクロスの腹部にめり込んだ。
更に宝石は輝き、クロスにゼロ距離衝撃波を放つ。
「がっ!」
爆発の様な衝撃と同時に漏れる声。
共に内蔵が押しつぶされる様な痛みが走る。
視界が暗転し意識さえ消えそうになり……トレイターが、無理やりクロスの意識に介入し意識を留めた。
トレイターの献身に感謝しつつ、クロスは即座に後退し距離を取る。
ついでに腹部に喰らったダメージを少しでもマシにする為白の魔力を腹を中心に流し込んだ。
白の魔力、勇者の魔力は神より授かりし万能の奇跡。
本当に必要な事を求めれば、白の魔力はかなり融通が効く。
とは言え、勇者としての才能がないクロスでは単なる応急処置程度の事しか出来ないが。
「魔法だけと思ったか? 正面より打破せずして何がキングか!」
堂々と、雄々しくそう叫ぶ。
その姿を見て、クロスは本当の意味で相手が人間でなく、対話が無意味であると理解した。
正しく気取った、台詞回しの様な言葉。
その言葉は、恐ろしく、酷く、薄っぺらかった。
言葉を発するその背景が、厚みが一切ない。
信念を感じなければ優越感の為という訳でもない。
ただ必要だったから、そう言っただけ。
だから相手は人でなく、単なる『機能』だった。
溜息を吐きたくなる気持ちを抑える。
強敵である事に違いはない。
正しく、全力を出すに値する敵だ。
全力であろうと勝てる保証のない格上だ。
だけど、それでも……。
出来るなら、殺し合うなら心ある相手が良かった。
どうしてもクロスのテンションは上がらない。
ただ、だからこそどこまでも冷静でいる事が出来た。
戦闘は無言で繰り広げられた。
最初こそキングは幾つかクロスに問いかけたが、クロスの方が全く反応しなくなった為キングも言葉を発しなくなった。
キングは決して弱い訳ではない。
むしろこれまでのどの強敵と見比べても見劣りしない厄介な敵である。
だけど、心なき兵器には風情がない。
存在そのものが無粋の極みである。
意思なきVOIDにだって恨みや憎しみはあった。
天使だって心があった。
だけど、こいつには何もない。
本当に単なる道具であるこれは、VOIDや天使以下にしか感じられなかった。
やる気がなくなった訳ではないが、テンションはローのままだった。
むしろその方が良いだろう。
相手は精密な機械の様な何かなのだから、ムラなんてない方が良い。
だから、クロスのもやもやした気持ち以外に問題はない。
杖と衝撃波、剣と魔力。
互いの主な武器はそれ。
魔法の発動体でありながら頑強な杖と、驚異的な腕力を利用した棒術。
短めの杖である為基本片腕だが、片腕だけでクロスの両手を止めるのだから欠点となり得ていない。
また障壁、衝撃波、目くらましの光、炎と基本シンプルだが発動が異様に早く火力と殺意の高い魔法を扱う。
つまるところ、極めてレベルの高い前衛型魔法戦士である。
それはクロスの理想形……いや、万能性を捨て身体能力に特化している事を踏まえると、ソフィアの理想形と言っても良いだろう。
対してクロスは万能変化のトレイターと魔力を身体能力や速度のブーストに扱い戦っている。
携える相棒こそは唯一無二だが、基本内容はシンプルで所謂万能戦士。
そう、クロスは剣士ではなく武器を使い分けての戦士として戦っていた。
最も完成に近く、最も戦闘力の高い剣士としてではなく、一枚以上劣る万能性を生かした戦士。
それは手加減と言う訳ではなく、勝つ為に考えた上での選択であった。
勝つ為に。
つまり、クロスは既に勝利までの道筋を編み出している。
そこに到達できるかどうかは別問題だが、勝つ為にやるべき事は最初からわかっていた。
そしてその道を進む為には、何とか相手を上回り一瞬だけでも隙を作る事だった。
剣戟の音が繰り返される。
五分と言う訳ではなく腕力差でむしろ不利。
ただ、互いに防御の方が特異だから五分に近い状態になっているだけ。
だけど一つ、シンプルながら圧倒的不利な要素が一つ生み出されていた。
クロスが両手であるのに対しキングは片手。
要するに、片方の手が空いたままになっていた。
キングは空気を圧縮し、手の平の中に暴風の玉を作り出す。
それとクロスの目の前で炸裂させ、風の刃をまき散らした。
躱す事は叶わない。
風に対してアクションを取れば、次なる相手の杖が直撃する。
それは確実に、魔法よりダメージがでかい。
クロスは防御力を高め、魔法を無視し剣で杖を受け止める。
風の刃が全身に乱れ飛び、無数の傷が生み出されるが効いていないという事にした。
無視する以外にどうしようもなかった。
片手と両腕で五分な分、どうしても一手相手の方が手数が多いのだから。
この状態で勝利条件を満たす。
かなり困難な気もしているが、他にクロスは『身体能力が高く近接術を極めた魔法使い』に勝つ術が思いつかなかった。
アラミタマはクロスを観察し、こう評価を出した。
『経験豊富で万能性の高い剣士』
トロルやオーガの様に巨体でもなければスライムの様に軟体でもなく、あくまでベースは単なる人間の姿を模している。
だがその身体能力はドラゴンに引けを取らない。
潜在魔力も極めて高水準で、体内での魔力循環は一流魔法使い以上。
剣士として頂点に等しい技量を持ちながら他の近接術も高度に習得している事から応用力が高い事が想像出来る。
そしてなにより、神造兵装を使い熟している。
その神造兵装は魂としての格はこちらが上だが質は同等に等しい。
故に、純粋なスペックでごり押すのが最も勝率が高い。
そうして作られたのがこの『キング』という個体。
高度な戦闘力を持ちながら対近接に特化した魔法使い。
更に合流されない為他の個体へ指揮を下す指令能力も持ったこの場の支配者。
キングは文字通りの王であった。
キングは決して油断しない。
油断するという精神構造をしていない。
キングは決してミスを犯さない。
アラミタマは殲滅という目的の為だけに存在し、そこから作り出された端末であるキングもまたそれと目的を同一としている。
キングは決して敗北しない。
わざわざ観察したのは、絶対勝利を確定する為。
それこそがキングであるのだから。
クロスの正面からの縦斬りに合わせ、キングは杖の上部をクロスに向け突きを放つ。
強固過ぎるこの世界に存在しない宝石。
それは打撲用の武器であり盾にもなる。
ぶつかり合う事を覚悟し、クロスが弾かれない様手に力を入れた瞬間――キングは杖を反転させる。
宝石のついた上ではなく、細い先端。
杖はくるっと半回転し、非常に弱い力でぺしっとクロスの左手の甲を叩いた。
それは本当に大した力ではなく、授業中教師が寝ている生徒を叩く様な、そんな弱さ。
だけど変に力の入っていたクロスの手には十分な威力であり……想定外の方向からの攻撃に、クロスはつい思わず、トレイターをその手から零した。
クロスの相棒、頼れる武器、主の誇りと祈りを司る、無二なる守護者。
それが手から零れ、地面に落ちると同時にクロスの顔面に宝石が叩きつけられた。
更にキングは宝石に魔力を纏わせ刃を造り、クロスに襲い掛かる。
顔面へのダメージで動けずにいたクロスにそれを避ける事は叶わず――クロスの腹に、その刃はあっさりと突き刺さった。
ねじ込む様深くまで突き刺さり、背中にまで貫通する刃。
このままトドメを刺そうとキングは刃を引き抜こうとして――。
「……む?」
不思議な現象に、キングは眉を顰める。
腕が引き抜けない。
それはあり得ない事であった。
なにせキングはクロスの身体能力を超える様に設計されている。
対等な条件で身体勝負を行えばクロスに勝てる道理はない。
それが負傷時なら猶更のはずである。
だが、現実に腕は動かない。
そう……効率的であり勝利を目指すキングにそれは理解出来ない。
隠していた手札を信じ、トレイターを落とすなんて後先考えない行動を、わざと刺された上に総ての能力を使い拘束しているなんて、予想出来る訳がなかった。
逆に言えば、今のクロスは戦闘に使うべき全ての力を腕の拘束と耐える事に費やしている。
肉体はピュアブラッド化に加え鬼の要素を腹部に重点的に。
魔力は傷口を抑えるのと同時に相手の腕を掴む左腕に全力全開。
だから、今のクロスに出来る事なんて何もない。
魔法を使う余裕どころかぶん殴ってやる事さえ出来ない位だ。
だが、それで十分だった。
右腕が動かせれば、それだけで。
さくっ。
何かが――体を貫いた感触があった。
静かに、キングは目線を下に向ける。
クロスの右手のその先には、短剣が握られていた。
それを、キングは知らない。
どうして強固な鎧と魔力の防護を貫通したのかわからない。
そう、キングは、アラミタマはそれについて知らなかった。
かつての友の忘れ形見であるそれを――。
『反逆剣ベイルスカー』
それは通常受け継ぐ訳のない力を受け継いでいる。
英雄となり、王となり、そして殺戮者となったその生き様を。
憎しみから始まり、狂気が歓喜となり、そして逃れきれぬと悟った己の宿業。
あまりにも深く繋がり過ぎ、理解し過ぎたが為に死しても尚消えず……『せめて迷惑をかけない様、そして詫びになる様』という願いが込められた。
最悪の悪意を、贖罪という善意で包んだ刃。
これは、彼の為すべき概念をそのまま宿している。
即ち――王殺し。
この世界の誰よりも強い殺意を持ち、誰よりも深い悪意を秘めた者の忘れ形見。
それはキングにとって想定さえ出来ない。
なにせ『王殺しの概念』なんて物存在する事を想定する方がおかしい。
何が起きたのかわからない。
わからないが……キングは今、死のうとしていた。
本来ならば敗北してもスライム状に戻りアラミタマと還るだけで、死ぬ訳がない存在なのに。
キングは兵装の機能である為、そもそも生きていない。
故に、死ぬ事などあり得ない。
その因果さえ、その短剣は捻じ曲げた。
「じゃ、あばよ。とっとと死んで仲間を解放しろ」
クロスはトレイターを拾い、全力で攻撃を叩きこんだ。
ベイルスカーの影響で魔力は練れず、腕も動かず、袈裟斬りは深くに抉り込まれ、キングはその場に倒れた。
修復する事も、立ち上がる事も出来ない。
完全なるデッドエンドである。
そう……間違いなく、生物学的には現状は死に分類される。
だからその言葉は作戦とか機能とか関係なく、アラミタマの権能から外れ死のうとしているが故の反射。
単なる反射で、言葉が漏れた。
「王は……キングは……指導者。だが、指導者でさえ、歯車、パーツ。コアでは……ない」
言葉の意味が、最初はわからなかった。
だが、すぐに理解しクロスは全力で背後の城に斬撃を放った。
三重螺旋……は負傷で制御出来ず、二重螺旋での斬撃。
だが、意味がなかった。
通じなかった訳ではなく、城そのものがコアと無関係。
城はあくまで城でしかなく、壊れた瞬間元の形に復元された。
「おい! コアはどこだ!? どれを潰せばお前らを止められる!?」
ぽつりぽつりと、キングは答える。
聞かれた事を答えるのは、壊れた機械が故に、残り少ない余命であるが故に。
「コアは、中心。つまり心臓。最も力を入れた個体、アラミタマの中心。中心は……」
口をぱくぱくと動かすが、言葉が出てこない。
半透明で、液状化していて、そうして……キングは、ただの水になり果てた。
正しい意味で、キングは死んだ。
最後の言葉は聞き取れなかった。
だが、口の動きでクロスは何を言ったのか把握出来ていた。
『中心は、最も厄介な相手に』
アラミタマが誰を最大の難敵としたのか。
それは、クロスでさえちょっと考えたらわかる事だった。
その彼女は最初のサソリ戦の時、クロスのミスをカバーする為かなり大きく動いた。
しかも彼女の手札は手加減に最も不向きな技である。
だからアラミタマはその不可視の斬撃を彼女を――ステラを難敵とし、ハートをそこに向かわせていた。
ありがとうございました。




