剣の理(後編)
太刀であるが故の刀身の重さが理由だろう。
宗麟の繰り出される剣筋は、クロスが普段見慣れた剣と比べ大分特徴的であった。
ニュアンスで言えば、重く鋭い。
振り下ろされるまではゆっくりと鈍重に感じるのに、一度振りが始まると一気に急加速する。
その緩急の激しさは刀身の重さと鋭さから来る物だと想像出来た。
間合い、立ち振る舞い、タイミング、剣筋、呼吸。
全てが独特。
だからか、打ち弾くのに非常に苦労する。
それでも、戦えない程ではなかった。
剣戟の音の後に、クロスは小さく呟いた。
「随分と腕をあげたな宗麟。迷いとやらは解決したのか?」
「クロス殿こそ……随分と深淵に入り込んだ様で……。迷いに関しては、今ここにいる辺りで察して頂けたら」
「難儀なものだとは思ったけど、予想以上だなあんたも」
「ええ、全くもってその通りで。ご迷惑をかけます」
宗麟はそう呟きながら無音の突きを放って来る。
その突きよりも尚鋭い殺意を浴びながら、クロスはトレイターで突きを受け流し蹴りを叩きこんだ。
剣での競い合いではそんな事しないが、これは殺し合いである。
クロスは手加減をするつもりなどない。
手加減など出来る相手ではないと、その殺意と磨き上げた技術が物語っていた。
宗麟は長身だが老骨でかつ細身。
クロスの蹴りなら一撃で背骨まで砕ける。
そのはずなのに、渾身の蹴りは宗麟に届かなかった。
いや、物理的な意味で言えば届いている。
確かに、蹴りは腹部に直撃している。
だが、薄い布切れで、コート一枚で衝撃は完全に止まってしまっていた。
「まあ随分と、色々な経験をした様で」
柔らかいのに硬いという不思議な感触で足を若干痛めながら、クロスは笑った。
「おかげ様で」
答え、静かに剣を向ける宗麟。
友達同士であった。
少なくとも、宗麟にとってクロスは息子を救った恩人のはずである。
だけど、宗麟は本当に、本気で、クロスに殺気を向けていた。
一騎打ち。
それはクロスにとって宗麟が友である故の決断だった。
宗麟としては別にステラとの二人同時であっても良かったし、全員で囲まれ殺されても良いとまで考えていた。
むしろその位覚悟しなければこんな不義理など恥ずかしくて出来る訳がない。
宗麟は別に狂った訳でもなければアリスの手下になり下がった訳でもない。
かつての恩義を抱えながら、真っ当な感性を持ちながら、その上で、正しく己の意思でクロスに刀を向けている。
「せめて理由くらいっ……聞かせろや!」
剣を絡め太刀を折ろうとするクロスの器用な技を宗麟は太刀を器用に捻り受け流し、数歩後ろに下がった。
「それで本気を出してくれるでしたらそうするのですが……クロス殿は優しいですから。現に今も……」
「はぁ? 俺が男に優しい訳ないじゃん。つかそっちだって本気出してないじゃん。あんたの本気はあの大太刀だろ?」
「いえ、今は大して変わりませんよ? 道具なんてそんなに」
トントントンとリズミカルに放たれる突きをクロスは軽く回避する。
軽く避けられているが、その全てが命を刈り取ろう殺意が満ち溢れている。
宗麟の人柄を知らなければ、恨まれているとさえ思う程に濃厚な殺意が。
「……概念に至ったのか」
「道半ばですが」
「……そうか」
クロスはピュアブラッドモードとなり、剣を構えた。
「やっと本気になって貰えました?」
「さっきまでも本気ではあったさ。ちょっと気持ちが変わっただけだよ」
それを言葉にするなら、悔しさだろう。
概念に至るというのは一種の到達点であり、どの様な形にしてもクロスにとって憧れである。
クロスは未だそこに至る道は見えず、故に剣で至るステラや宗麟に嫉妬を覚えて……。
いや複雑な感情なんてない。
ぶっちゃけ悔しいから負けたくなかった。
吸血鬼の力と鬼の力を噛み合わせ、クロスは己の身体能力を限界まで向上させる。
その結果、クロスの速度は何倍にも速くなった。
軽やかという言葉では足りぬ高速移動。
足場を魔力で固定しての立体機動によって目に終えぬ程の移動を繰り返して回り込み、ほんのわずかに軸がズレた瞬間に合わせクロスは剣を振る。
宗麟はそれを太刀で弾き、そのまま返しの一撃。
その一撃をステップで避け、足を斬ろうと低い姿勢で剣を振り。
宗麟は靴でクロスの剣を踏み、脳天に持ち手を叩きこもうとする。
踏まれている剣を強引に立て、腕力で無理やり切り上げる。
宗麟はそれを、後ろに滑る様に避けた。
異常に早い攻防の移り変わりは、まるでどちらも死を望んでいる様でさえあった。
両者共に殺すつもり以外の一撃を放たず、そして不思議とそれが決まらない。
実力が拮抗しているとは、誰も信じていない。
経験が違う、能力が違う、スペックが違う。
だから、クロスが圧倒しているはずである。
だけど戦いそのものは拮抗している。
クロスが手加減している訳ではない。
手加減なんてすれば既にクロスは死んでいる。
だからそれは彼女達にとって不思議で、そして恐ろしい光景だった。
「どうしてクロスは剣に頼っているんだろう。相手が剣なら得意な武器にトレイターを変えても、何なら投げナイフで牽制でも……」
「頼っているんじゃなくて、他の事が出来ないんだよ」
歯がゆい気持ちのメリーのぼやきに、ステラはそう返した。
「どういう事?」
「死なないギリギリのラインで動いてたら自然と得意な剣術中心になった感じ」
「……死線か」
「そう」
例えば、距離を取る。
例えば、トレイターを別の武器を、例えば刀に強い武器に切り替える。
そういう対剣士戦法をクロスが取っていない理由は、そうすれば自分が死ぬとわかっているからである。
宗麟には他の何もなく、常に刀のみで戦って来た。
だから、対剣士対策なんてされていて当たり前の物。
むしろ安易な対策で気が緩めれば、ただのカモで成り果てる。
そういう宗麟相手だからクロスの行動は制限され、間合いを詰め剣のみで戦っていた。
宗麟と戦う際、ずっと死の傍をクロスは渡り歩いている。
一歩間違えば死ぬというその制限をすり抜けながら、クロスは宗麟に剣という名の届きうる牙を振り抜いていく。
生きる為に、友を殺す。
それに何の抵抗もない。
その位、クロスは大切な物に溢れていた。
とは言え友を殺そうとする事に傷が付かない訳がないし、腹が立たない訳もない。
宗麟が自分の意思で馬鹿をやっているとわかるからこそ、クロスはどんどん腹が立ってきた。
「ああもう! 本気出してるんだからいい加減事情を話せ! 何かむかついてきたぞ!」
「怒りは目を曇らせますよクロス殿」
「うるせぇだったら怒らすなや!」
「はっはっは」
「てめぇ良い性格になったな本当に。一体何があったんだよ」
「――何も、何もありませんでしたよ。ええ、何も……。だから、その何かを探す為に、ここまで来たのです」
「……何もなんて事はないだろ。あんたの活躍も王都じゃ耳に入ってたぞ?」
「いいえ。何もなかったんです。私にとって価値ある物は……何も……」
そんなだから、それは宗麟としても縋る気持ちに等しかった。
息子の恩人相手に剣を振る不義理が、無礼がどれ程の物か宗麟自身わかっている。
それもただただ身勝手な理由と来たものだから、もう救いようさえもない。
それでも、宗麟にはそうそれしか考えられなかった。
剣で殺し合う事でしか、宗麟は生きる意味を感じられなくなっていた。
あれはクロスについて蓬莱の里を離れ、魔王国に入り、クロスとも別れ城下町に住みだしてからの事。
クロスと別れた後、宗麟は自分もクロスと同じ様に誰かを救いながら技を磨こうと考えた。
救うというより、ただ単に悪党を斬りたかったという方が正しいだろう。
手軽に実戦を繰り返せる悪党を殺し、そのついでに生活費を稼ぐ。
その方針が自分に向いていると宗麟は判断した。
そうやって生きて、宗麟もまたクロスと同様様々な経験をした。
ある時は盗賊を倒して金品を街に返し、ある時は支配された都市を解放し。
またある時は攫われた乙女を救い惚れられて。
本になる様な英雄譚は一通り経験した。
多くの女性を虜にし、多くの街が彼を英雄と崇め称えた。
彼を慕い弟子になりたいという者も増え、彼の影響によって魔王国の刀使いの割合が数パーセント上がった。
蓬莱より訪れた高潔たる英雄宗麟。
金も酒にも女にも靡かず、ただ救う事のみを求める救世主宗麟。
多くの女を泣かせ、それ以上の涙を拭った善良なる剣士宗麟。
そんな宗麟がそうして得た物は……何もなかった。
そう、何もなかったのだ。
見知らぬ誰かを救っても満足感はなかった。
どれだけ多くの人に褒められようと、何の意味も感じなかった。
全てが徒労の様に感じ、残ったのはただの虚無であった。
宗麟という男は英雄ではなく単なる剣鬼でしかない。
だから救世などという行為は彼にとっては単なる無意味であった。
そんな自分の性根を知って……宗麟は絶望した。
自分を善良とは言わない。
そこまで他者に興味はない。
だけど、誰かを助けたら自己満足位はすると思っていた。
そうでなくとも褒められたらそれなりに嬉しいだろうとも。
だが現実は違った。
誰を救おうと、誰が生きようと、どうでも良かった。
誰かに称えられ、褒められ、惚れられても何も感じなかった。
むしろ褒め称えられる事がただただ苦痛であった位だ。
それでも助け続けたのは剣を磨く為と、恩義の為。
魔王を紹介してくれたクロスと、便宜を測ってくれた魔王に悪いと思い、彼は善良な英雄であり続けた。
苦痛を隠し、偽りの笑みを浮かべ、英雄を演じた。
宗麟という男の感性は生物からあまりにも外れてしまっていた。
そうして己が空っぽである事を知って、空虚さを埋めようと藻掻いて藻掻いて……ここまで来てしまった。
このままではきっと、罪なき者を斬る悪鬼になると己を恐れて。
答えなど見えないままに、ただ殺し合う事しか宗麟には出来なかった。
己が一本の刀である宗麟には、死合い以外に生きる道がなかった。
死にたい訳でもなければ生きたい訳でもない。
ただ、刀を振り続けたかった。
命を奪う刃は何も触れずにすり抜け、代わりに己の頬に小さな切り傷が。
頬に伝わる血を感じ、宗麟の心に歓喜が満ちる。
そうだ! これだ! これこそが私の生きる意味だ!
絶望が、一瞬で払拭された。
誰かを助けても何にも感じなかった。
それはそうだ。
人を助ける刀などある訳がなかったのだ。
女性に惚れられても何も感じなかった。
当然だ。
己は一振りの刀であるのだから。
英雄と褒め称えられる度に、心が腐っていった。
観賞用の道具としてしまわれる事を、己は良しとしなかった。
振るわれるからこそ、刀に価値はある。
命を奪うからこそ、形はその意味を持つ。
この様に、真なる強者に。
だけど、まだ、まだ。
まだ満ち足りない。
まだ満ち足り切っていない。
何か重要な物が、何か肝心な物が足りない。
己が真なる形となる為には、後一つ、何か……。
それを知る為に、宗麟は刀を振る。
命をかけ、命を奪う為に、死合いの世界に入り込む。
「宗麟。あんた……」
「わかっているのです。どれほど度し難い事をしているかと。息子を救ってくれただけで、一生頭が上がりませんのに。それでも、私は止まれなかった。私は、ただの外道だったのです」
まるで泣き声かの様に、剣戟の音が鳴り響く。
無数に連なり、演奏の様で、だけど不快と思う程に激しくて。
聞き入っている訳でもないのに、彼女達が誰もが手を出す事を忘れてしまっていた。
その音ではなく、その空気に飲まれていた。
それは紛れもなく――男の世界だった。
「総てが終わりましたら、腹を斬りましょう」
「いらんさ。つか勝つ前提で話すな。俺が勝つ」
「そうなら……ああ、それなら安心です」
微笑み、宗麟はクロスの眉間に刀を通す。
突く時は音も気配もなく、斬る時は激しく叩きつける様に。
そんな刀の呼吸を、クロスは感じつつあった。
「一手――披露仕る」
ギアが入ったのか宗麟がそう呟くた瞬間、クロスは宗麟の姿を見失った。
目を離していないのに、まるで霧になり霧散したかの様だった。
クロスは気配を探ろうとするがすぐに止めた。
今から探っても見つかった時には真っ二つになっている。
故に己最大の武器を利用し、宗麟ではなく死の気配そのものを探った。
それは背後でも左右でもなく、空からだった。
構え、振り下ろすだけの天からの突き。
影を感じた時には全てが終わっている魔技。
その一撃を躱す事は叶わず、クロスは己の全てを持って立ち向かう。
剣聖一刀流、それは基礎を奥義とする剣。
正統であると同時に邪流の剣技。
素直で、そして真っすぐである程に鋭くなる。
クロスの憧れるその背、絶対の正しき剣であるが故に正しき程に強くなる。
トレイターを構え、全身の筋肉を震わせ、クロスは渾身を剣に込め全力で斬り上げた。
それは美技であり、魔技であった。
クロスは宗麟の振り下ろされるその一点、最も力の集中する僅かな先端に狂いもなく刃を重ねた。
全力渾身でありながら、針の穴を通す様な精度。
正しき王道の剣であるからこそ出来た事であった。
そして正し過ぎるが故に、そこまでがクロスの限界であった。
刀は正しさを求めない。
過程などどうだって良く善悪など拘るだけ無駄。
重要なのは殺せるかどうか。
その一点だけが剣に求められる事なのだから。
完璧過ぎるカウンターを喰らい、太刀は砕け散ってゆく。
だがその時には……宗麟は太刀を手放し地に着地していた。
その手に剣はない。
そのはずなのに、右手の平から、長い柄が見えていた。
左手で柄を握り、宗麟は右手からそれを抜き出す。
黄色混じりの毒々しい色をした、巨大な大太刀。
それは種族的特徴が入り交じった道具であり、宗麟の生涯を示す魂。
それは宗麟自身とも言えるだろう。
大太刀を静かに構える宗麟に、クロスは気付いてさえいない。
宗麟は友の命を奪う事に抵抗を覚える程真っ当ではなく――その大太刀は、美しく舞った。
一瞬の、間があった。
魔が宿ったと思う程に時間は凍った刹那の時間。
そして……。
「……どう……して……」
己の手から零れ堕ちている大太刀を見て、宗麟は呟く。
気づかれていなかった。
太刀の方しかクロスは見ていなかった。
殺意も隠した。
絶対に殺せると確信した一撃だった。
だが、宗麟の手から大太刀は零れ、クロスの手にはトレイターが握られ切っ先はこちらに向いている。
何故か、宗麟にはわからなかった。
わかったのは、クロスだけ。
クロスは静かに、涙を流した。
「そうか……宗麟。あんた……剣になりたかったんだな」
理解した。
友の心を、気持ちを、苦痛を正しく理解してしまった。
そして一度理解してしまえば、負ける可能性は万が一さえあり得なくなっていた。
「……何故、私が負けたのか教えて貰っても?」
それは呆れる程馬鹿馬鹿しい理由で、そして哀れな程に情けない理由。
実力とか、それ以前の話であった。
「俺に負けたんじゃない。あんたは……俺の相棒に負けたんだよ」
最初意味がわからず、宗麟は硬直する。
だが、その理由に気付くまでそう時間はかからなかった。
他の誰でもなく、己が刀である事に固執していたのは宗麟自身だったのだから。
気づいた時には、遅かった。
どうしてこんなに英雄となる事が煩わしかったのか。
何故人助けをする度に空虚となっていたのか。
一体何が気に喰わなかったのか。
つまるところ、それらは刀がやる事でないからだ。
褒められるのも、英雄も、担い手が受けるべき賞賛。
剣はただ、命じられるままに斬れば良い。
壊れるまでずっと、主に振るわれ使命を果たす。
それこそが幸せであるはずだ。
宗麟がなりたかったのは、そういう物であった。
クロスという担い手と、宗麟という名の剣。
剣が担い手と戦おうとする事自体が、間違いだった。
戦う相手を間違えた事が、いや剣が己で戦う相手を定めた事が間違いだった。
担い手なき刀が、主を持つ剣に勝てる道理はなかった。
「ああ……ようやく、ようやく我が心がわかりました。そうか……私の欲は、求めない事だったのですね」
宗麟が己の本質に行きつく為に、己が身が刀であるとする最後の断片。
それは『考えない事』だった。
救う為にあれこれ考えていた事。
英雄とし多くを救う為に色々と試行錯誤していた日々。
それが最も、宗麟にとって辛い事だった。
『ただ何も考えず、刀を振り続けたかった。ただ刀であり続けたかった』
クロスは静かに涙を流す。
そうありたいという気持ちを否定したくない。
目指すべき物がある事を悪い事じゃない。
だが……宗麟の求める極地はクロスが考える頂ではなかった。
宗麟はただ、己という刀の担い手を求め、足掻いていただけだった。
「……俺に仕えろ、宗麟。こうなったお前を放置は出来ない」
これは刀というよりも妖刀の類である。
主がいなければ老若男女問わずに切り伏せる血塗られた刀となるだろう。
殺す事にしか意義を感じず、そしてその相手を選ばないのだから。
命を奪い死を振りまくVOIDと同等かそれ以上の怪異である。
故に、友である事を捨ててでも、そうしなければならなかった。
それは、宗麟にとって間違いなく理想の殺し言葉であった。
裏切る心配さえない。
それこそが、宗麟が望む生なのだから。
「宜しいので? 命じて頂けるならこの場で潔く腹を斬りますが」
「ダチに死ぬ様命じたい訳がないだろうに。それならせめて俺の為のツルギとなれ」
「――ああ、ようやく、私は辿り着きました。最初から、答えは見えていたんですね」
クロスの真似をして良い人ごっこをしていた理由は。
男性より女性を多く助け、英雄なんて持て囃された理由は。
何てことはない。
宗麟は最初から、己という刀の在り方をクロスに委ねていただけだった。
「それで、従者を持つ程度の格はあるつもりだが? 答えはどうだ?」
宗麟は大太刀を持ち、その場に跪いた。
「それこそが我が望み。主上殿。これより私は貴方の刀。例えどの様な命であろうと、この身をもって応えましょう」
そう答える宗麟の顔は、まるで憑き物が起きたと感じる程にすっきりとした物だった。
「はぁ……。普通のダチが良かったんだけどねぇ」
「そうお望みなら形だけでもそう振る舞いますが?」
「そういうのはもう足りてるから良い。好きな様に振舞え。んじゃ、さっそくだけど一つ命令させてもらうわ。死ぬかもしれんというかめっちゃ死ぬ可能性高いけど良い?」
「無論」
「んじゃ……後ろから来るアイツらの足止めを……いや、そうじゃないな」
クロスは宗麟の気持ちを理解出来ているだけでなく、男の子である。
こういう時、どういえば盛り上がり喜ぶか理解出来ていた。
「俺の刀よ。この場に留まり俺を追って来る敵を全て、その命尽きるその時まで切り伏せてみせよ!」
はっとした顔になった後、宗麟は嬉しそうなドヤ顔を見せた。
「委細承知! この場は任せ先に!」
宗麟に空気を読み、言ってみたかった台詞を口に出した。
大太刀を構え背を向ける宗麟。
そして振り抜きもせず、女性陣を連れその場を後にするクロス。
これもこれでまた一つの、男の世界であった。
女は理解出来ず男に苦笑いを浮かべるという意味での男の世界だが。
天使達は、見下していた。
空を飛べぬ人を、容量の少ない脳しか持たない人間を、野蛮で劣等な文明しかないこの世界を。
故にこの世界を導くのは偉大なる我ら――なんて考えていた天使は、一振りで皆死んだ。
再生成さえ出来ぬ程あっさりと、命を奪われた。
空にいた数百の天使を斬ったのは、遥か遠くの地上に見える老紳士。
数百メートルは離れた敵をたった一振りで全てというのは、初めての事。
いや、そもそも斬撃を飛ばした事でさえ初めての事だった。
やった事はなかったけど、出来るという確信はあったという不思議な状態だった。
老紳士は堪えきれずに、笑った。
「は、はは、は……あはははははははは! そうだ、これだ! これこそが私の望みだ!」
何も考えず、ただ命のまま斬るだけ。
そこに何の不快感も不安もなく、あるのはただ切り殺すという充実感のみ。
ようやく宗麟は、本当の意味で<刀>へと至った。
ありがとうございました。




