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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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『VOID』前編


 クロノアークという名となった自らの国、その外壁の外に出たレキの前に広がっていたのは、最悪をそのまま絵にした様な、そんな光景だった。


 無数の醜き鉛色の機械人形、それはただ一目見るだけでどれほど悍ましくこの世界を冒涜しているか理解出来てしまう。

 その醜悪さは本能で嫌悪を覚える程だった。

 外見がではない。

 あり方そのものが醜かった。


 レキの感性が鋭いからそう感じている訳ではない。

 きっと誰でもそう思うだろう。

 あれは死を感染させる不条理なのだから。

 それを象徴する様に、鉛色の機械人形と共に天使の残骸と蛮族の成れ果てが向って来ていた。


 足の遅さとクロノアークの防衛装置、そして決死の遅延部隊のおかげで死の軍団に壁が破られるまでまだ相当の時間を要する。

 だがそれは逆に、終焉まで時間の問題であるという意味でもあった。

 鉛色の人形が一匹でも壁を越えて中に入れば、総てが終わる。

 軍に所属している力ある者は多少マシだが、そうでない者ではアレに対処する術はない。


 アレの分類は兵器などではなく、むしろ疫病の方が近いだろう。


 だからこそ、彼女はここに来た。

 そこに居るのはレキだけではなく、隠れ里の者も一緒だった。

 雪女の中でも特に魔力に優れる十名、それがレキ氷結魔導隊の配下となる。


 レキの部隊は単なる魔法部隊ではない。

 彼女達は、レキを含めた雪女十一名は、パルスピカのデザイアの影響化に入っている。

 つまり、他国では国王直属の精鋭部隊に相当する存在である。




 パルスピカのデザイアは、優秀な存在を精鋭部隊に変える様な形に成長していた。


 四姫はタイガーと比べたら流石に劣るが、それでもかなり大きな強化を受けられる様になっていた。

 パルスピカが王となる覚悟を決めた事により、四姫を己の配下だと受け入れた事が大きい。

 四姫の場合はタイガーとは少々異なり、単純強化ではなく得意な能力が強化される様になっていた。

 恐らく、パルスピカのデザイアの応用性が成長したからだろう。

 

 また、四姫の配下達はそれらと異なりこれまで同様の、精々一割程度の誤差の範囲の強化でしかない。

 それでも決して弱い力ではない。

 強化自体の影響はそこまで大きくなくとも、彼の配下であるという事が重要となるからだ。


 影響下にある配下の様子をパルスピカは何となく程度だが探る事が出来る。

 詳しい状況を把握したり命令を下したりは出来ないが、精神状態や死亡の有無位なら判断がつけられた。

 受け取る感情から緊急事態かどうかを判断し、ストックされた足引きの力を発動させ支援を行う。

 そんな芸当が今のパルスピカには可能だった。

 目隠しをしながら能力を使う様な物だが、玉座で指揮を出しながら直接妨害支援が行える事の利点は相当以上に大きい。

 現時点の対象はタイガーと四姫、そして四姫の直属配下だが、それでも十分過ぎる程の範囲と言えるだろう。




 これはあくまで一説に過ぎないのだが、雪女は魔力と愛情が比例するなんて言われている。

 正しいと言うには少々暴論過ぎるが、あながち的外れという訳でもない。

 だからまあつまり、何が言いたいのかと言うと……ここにいる雪女は全員、レキの同類と言う事である。


「愛しの旦那様を護る為に……」

「私の最愛の敵? 滅ぼさないと……」

「消えろ……消えろ……」

 とっとと旦那を見つけた雪女の鋭すぎる殺意。


「まだ見ぬ私の旦那様が……」

「愛を知らぬのに死を与えるなんて無粋な……」

「憎い……こんなに愛したいのに愛する殿方が見つからない世界が憎い……」

 最後は若干違う狂い方だが、未婚の雪女もまた同様に狂っている。


 同胞を護る為、まだ見ぬ旦那様を護る為、そして……。

「では、いきましょう。私達の愛を示す為に」

 その言葉と共に、レキは全力で魔力を放つ。

 仲間の支援を受けて魔法は魔導となり、パルスピカのデザイアの影響により、その効果は大魔導の領域に至っていた。


 言葉にするなら、淡い蒼。

 どこか白く、そして蒼い氷の世界。


 凍える世界の中、見渡す限りに氷の壁が生まれていた。

 敵と黒壁を隔てる壁が。


「……旦那様の愛を受けても、この程度しか出来ませんか。未熟を恥ずばかりです……」

 見渡す限りのそそり氷壁を前に、レキは小さく溜息を吐く。


 透明度が高いから向こう側は見えるが実際は相当に分厚い。

 高さも十分にあり、翼でも使わなければ中には入れないだろう。

 フライトユニットが無事な天使の残骸なら越えられるだろうが、むしろそうなってくれた方が戦力分断が出来て有難い位である。

 総じて優秀な防壁であるのだが、レキはこれに納得出来ずにいた。

 以前、レティシアが使った氷の魔法はこんな物ではなかったからだ。


 円形全方位で、しかも全ての天使を完全に凍結させていたレティシアの広範囲氷攻撃。

 アレは威力、質共に桁外れで、ただ壁を造っただけなのに広範囲攻撃であった向こうに密度さえ劣ってしまっている。

 パルスピカの強化(夫婦共同作業)を持っても追いつけない事は、氷特化型としてのプライドに少しばかりの罅を感じずにはいられなかった。


 とは言え今は悔やむ様な時間さえ惜しいが。

 それに、極一般的な氷の魔法と愛憎深き雪女の心象を示す氷は決して同じ物ではない。

 だから比べるのは止めるべきだとわかっていても、やっぱり少しの悔しさがレキの心に残っていた。


 それは単なる氷の壁ではなく、雪女の心象風景。

 だから、氷の壁の周辺には天候が晴れなのに不思議と粉雪が舞い散っていた。

 ついでに、地面に薄っすらと雪が積もってもいる。

 それが彼女達の心、愛が深いその分強い悲しみを表す冷たすぎる景色。

『雪女の世界』

 その舞い散る優しい粉雪は、クロノアークと敵対する物だけを凍えさせる。


「では、次の地点に行きましょうか」

 見渡すばかりに壁はあるが、逆に言えば見渡す範囲にしか壁は生成出来ていない。

 バッカニア全方位を壁で覆い尽くす為には、後何十回か行わないといけないだろう。

「それは構いませんがレキ。魔力は……」

「歩いていれば回復します」

 全力全開の後、気絶もせず平然と歩きながらそう言い放つレキに、同族は少しばかりの恐れと、そしてその愛の深さに深い敬意を覚えた。




 リョーコは自分が四姫最弱であると理解している。

 魔人とは言えその血は薄く、また対人特化である為巨体とか翼持ちといった一般的な強敵に対しての対策能力も乏しい。

 純粋に実力不足な上にノウハウが生かし辛いのだから弱いのは当然と言えば当然だろう。


 だけど同時に、これもまた言い切れた。

 四姫の中で自分が最もクロノアークに貢献したと。

 それは自分の力でないからひけらかす事は恥でしかない。

 それでも、その自負を捨てるつもりはなかった。


 別に特別な事をした訳ではない。

 そんな能力はリョーコにはない。

 むしろ自分はただ名を貸しただけで、頑張ったのはその時あっちこっちから集まったプロジェクトメンバーの方。

 魔物だったり人だったりラボメンだったり時折マリアベルが茶々入れたりと大変だった、あのメンバーには発足者として同情しかない。

 だから、自分の能力で何かを為した訳では決してないから、誰かに誇るつもりはない。

 ただ自分でプロジェクトを開き、部下を集め、そして研究し実用化しただけ。

 それだけの事だった。


「総員、放て」

 言葉と共に百数十発の()()が一斉に敵を襲う。

 隙間のない弾幕に敵の足は止まり、天使や蛮族の成れ果ては単なる躯に戻っていく。


 何てことはない。

 リョーコの発足したプロジェクトは、魔人の魔力と錬金術と呼ばれる技術を組み合わせ、火薬を低コストで量産する事に成功していた。


 がっつりと『デウスエクスマキナ案件』。

 完全に機人注意内容なのだが……それを隠れ里暮らしのリョーコが知る訳がない。

 ついでに言うなら、問題となるのは戦後となる為生存戦争である現状にあまり関係のない事であった。




 火薬の量産。

 それは銃系列兵器のボトルネックである為、ラグナ率いる人間の兵器開発局にとっては最高のニュースであった。

 これで幾らでも実験が繰り返され、幾らでも打ち続けられる。

 不安定兵器の試行回数を増して安定化させられるだけでなく、更なる新型兵器の開発も行われた。


 一切クロノアークの外の資源や技術を必要とせず、黒壁の内側だけで、しかも魔人の誰かが居れば簡単に火薬を量産出来る。

 むしろ火薬よりも火薬の火力を上げる為の魔力関連の素材の方が今は足りない位であった。


 そう、火薬が何とかなっても別の何かがボトルネックとなる。

 だからこそ、リョーコの部隊が尚一掃輝いていた。


 リョーコだけは、火薬に己の魔力を用いて銃火器の威力を引き上げる事が出来る。

 これはプロジェクトの全体を知る発足者であり、そして魔力細部までコントロール出来るリョーコだけの特権。

 そしてその唯一の特権は……パルスピカのデザイア、その影響によって部下の兵器全てに対象を広げられた。


 近接格闘術でもなければゲリラでもなければ、魔人の血を濃くする事でもない。

 神魔王パルスピカの配下となった魔姫リョーコの特性は、直属の部下全員の火薬使用兵器を底上げするなんて極めて反則的な物であった。


 リョーコだけが、純粋な火薬だけの玩具みたいな銃で天使をなぎ倒す事が可能だった。

 そして、リョーコの能力は部下の銃強化だけではない。


 リョーコの真価は、指揮官であり傭兵としての経験とノウハウを持つ彼女の真価は、この後こそ発揮される。


 複数回繰り返した一斉掃射の後、鉛色の人形は足を止められても倒せていない事に気付く。

 それは単なる耐久とは少々異なる様だった。

「……これであいつらにダメージがないのは……いやそもそも……この状況は……そして違和感から見て……。なるほどね。……この手紙を誰か王の元に届けて頂戴!」

 リョーコは部下にそう命じる。

 本当は自分が行きたいが、魔力の影響を与える自分は離れられない。

 この地点に氷の壁が生まれるまでは、防衛ラインを引き上げるレキが来るまでは、ここを絶対に死守する。

 戦況を少しでも良くする為情報を集めながら。

 それがリョーコの戦いであった。

 派手な功績は稼げず、目立つ事もなく、ただただ地味な動きしかしない。

 それでも叩き上げの軍属からの評判は非常に良く、喧嘩早い奴が多い事は玉に瑕だが部隊への参加希望が後を絶たなかった。




 パルスピカの元には、これでもかと大量の書類が現場から届けられていた。

 それはリョーコからだけでなく、ラグナやアウラからも同様の物が。

 そしてそこに書かれた敵の生態を見て、パルスピカは静かに頭を抱えた。


 正直言えば、四姫をタイガー同様強化出来る様になって、己惚れていた。

 自分がいれば何とかなる、国を護れると驕ってしまっていた。

 誇りは王として大切だが、驕りは足かせであると知っているにも関わらず。


 もしもアウラと銀騎士が、ラグナ、メルクリウスが、倒れかかっているレティシアが無理をしてくれなかったら、鉛色の人形の前進を食い止めてくれなかったら、今頃黒壁のすぐ傍まで来てしまっていただろう。

 そうなれば、少しばかり不味い状況いなっていた。


 バッカニア時代に周辺に大量の機械を使った防衛設備を設置していた。

 それが今機動要塞ではなくその場に残っている理由である。

 だが、そのメリットはすでに半分位消え、このまま移動し逃げるという選択肢も出てきている。

 全方位鉛色人形に囲まれているから、強引にこじ開けなければならないが。


 そう判断するかどうかの瀬戸際となっている位、鉛色の機械人形の能力は常軌を逸していた。


 まず最初に判別された能力は、銃弾耐性。

 ただ頑丈な訳ではない。

 不思議な事に、鉛色の人形に銃弾の効果は薄い。

 金属だからとかそういう事じゃない。

 銃弾の方が弱体化するなんて訳がわからない報告が無数にあがってきていた。


 また、銃弾耐性なんて言いながらもその影響を受けるのは銃弾だけでない。

 魔法からエネルギー銃、単なる石ころにさえその影響を受けている。

 おそらく剣や槍といった近接武器も影響の範囲内である。

 そして、石ころがその変化を最も容易く観測出来た。

 投げた石が、敵に当たる寸前に空中で停止したのを見た者がいるからだ。

 つまり、銃弾耐性ではなく正しくはこうなる。

『触れる寸前まで近づいた物質を遅くする能力』

 そう思って良いだろう。


 続いて危険であると判断されたのは、行動阻害らしき能力である。

『鉛色の人形と直接戦闘すれば、離れる事が難しい』

 相手の速度は遅いはずなのに、どれだけこちらの足が早かろうと翼があろうと逃げ損ねてしまう。

 離脱出来た者もいるから逃走不能能力ではないが、何等かの阻害効果があるのは間違いない。


 蛮族や天使のおかげで、それに気づけた。

 国を護る為近づいた少数の犠牲のおかげで、それが確定した。


 逃げる相手の足を止める何かを、この人形は持っている。


 この時点で頭痛を感じずにはいられないのに、報告はまだまだ序の口だった。

 報告により発覚した鉛色の人形が持つ不可思議な能力は現時点で三十を超え、そして尚報告の速度は落ちず次々新能力が発覚している。

 こうしてリョーコに計測をさせているのに、変な力が多すぎて正しくスペックを測る事さえも出来ない位に。


 長所が無数であるのに対し、欠点でわかっている事は翼がなくて足が遅い事くらい。

 だがそれも、距離を考えたらそれほどの欠点とは言えないだろう。

 敵と国の壁までの距離を考えたら。


「熱と酸の複合溶解能力か……。たぶん二つの能力が同時に発動しただけでしょう。とは言え厄介です。氷壁がどの位持ちこたえられるか……。いえ、やっぱりおかしい……根本から……何か……」

 パルスピカは報告を見て、理解出来ない疑惑に悩まされた。


 鉛色の人形は外見全て同じの完全なる量産型である。

 その完全なる量産型が、どうして概念レベルの能力を複数個所有しているのか。

 現時点でも、最低三つは概念化しているとしか思えない能力が確認されている。


 確かに、能力一つ一つはそう強くない。

 概念能力としてどころか通常能力としても貧弱であり、それほどの脅威足りえない。

 銃弾のダメージが減少させたり傍に来たら逃げづらくなったりと部分的に厄介な物はあるが、それでもわかってしまえばそこまでの脅威でもない。

 鉛色人形の脅威は『死を感染させる力』と『単純なスペック』であり、後は全部おまけであると言える。

 だが、それが逆に不気味であるとも言えた。

 概念に触れるという事は極めるという事に等しい。

 それなのに弱いというのは本来あり得ない事である。


 能力の質は高いのに性能が低いという矛盾。

 それはむしろ裏を探って欲しいと言っている様にさえ感じる位だ。


 本当に何もかも訳がわからず、理解が全く及ばない。

 己の頭脳の至らなさにパルスピカは屈辱さえ覚えていた。


 ただ一つだけ言い切れる事はある。

 決戦部隊であり、総てを終わらせる刃。

 つまりクロス達。 

 彼らを支援する余裕が、クロノアークにないという事実である。


「……アリアは無事でしょうか」

 今外にいるであろう妹の事を思い一瞬不安で心が崩れそうになるが、すぐに切り替える。

 例え妹に何かあったとしても、今の自分は王として、この国の民を護る義務があると。


 王という名の歯車となり国民に奉仕する。

 それは敬愛すべき最凶の魔王アウラから習った教えの一つであった。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  パル君のデザイア、やっぱり目茶苦茶だな。  単純でありしかして複雑怪奇、その上発芽したばかりであり、まだまだ発展途上。  戦争終結時にはどうなってる事やら…… [気になる点] いえ、やっ…
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