かくして彼は真なる王となった
とうとう、この時間だけがたんなるパルスピカでいられる、本当の最後の時間だった。
アウラ達やバッカニア軍が必死に時間を稼いでくれているこの時間。
皆が正しき王を待ち望むこの猶予期間だけが、パルスピカという個人を見て貰える。
これが終わったら騒動が終わるまで、パルスピカは神魔の国に全てを捧げなければならない。
かつて王であったとは言え、あの時よりもその重圧は大きい。
なにせクロノアークは実質的な魔王国となるのだから。
だから、レンフィールドの後継者である必要があった。
いや、無数の小国が崩壊した事を考えると魔王国以上の領土となる可能性の方が高い。
アウラから、レンフィールドから、そしてクロスから託された魔王の地位。
それを背負う事が決まっているからこそ、四姫と過ごす最後の私の時間にパルスピカは……。
「では、お互いに恥ずかしい思い出を一つずつ暴露していきましょう」
にっこりと微笑みながら、爆弾を炸裂させた。
「……え? ……え?」
リョーコは茫然とした。
フィナやナルアは常識外れだしレキもまた愛さえあれば何でも許されると考える破綻者である。
パルスピカと自分だけは普通の感性をしていると思っていた矢先のこれであるから、茫然とする事しか出来なかった。
「いえ、大丈夫です。おかしくなったとかじゃあないんです。確かにまあ、最期の時間ですから色々話したい事もありますよ? ただ……普通の話出来ます? 今」
パルスピカの言葉にリョーコは何も言い返せなかった。
これから自分達は、国の最高責任者となる。
パルスピカだけじゃない。
その直属である自分達四姫も正式な役職となりその下に軍や官僚が付く。
そしてその最初の仕事として、今訪れている最悪の厄災に立ち向かわなければならない。
重圧を感じない訳がなかった。
こんな状態で楽しい雑談……なんて考えるだけで胃が痛くなる位に。
そんな不安を抑えながらパルスピカは必死に考え、そして思いついたのが暴露大会であった。
「リョーコ、ここは素直に聞いときなさい。神魔国の代表、我らが敬愛すべき神魔王様のお言葉ですよ」
ふざけた態度のナルアにパルスピカは苦笑する。
馬鹿にしているか紙一重の揶揄い。
でも、その気遣いが嬉しかった。
要するに……この提案はパルスピカの単なる我儘だった。
もっと言えば彼女達に対しての甘え。
これからの事を考えていると、パルスピカは心が折れそうになるし投げ出そうと考えてしまうし今にも泣いてしまいそうになる。
きっと二度と忘れられない恥を晒してしまうだろう。
ただ……恥を晒すだけなら良い。
恥程度で国が護れるのなら幾らでも恥さらしになる。
恥さらしどころか、きっと自分は恥を掻かない様意地を張ってレンフィールドの様にやらかす。
自分が意地になって、見栄を張って、しなくても良い我慢をして限界以上までやってしまって、そして勝手に絶望する。
そうならない為に、彼女達がいるというのに、きっと自分は素直に頼れない。
パルスピカは、自分の本質が意地っ張りであった事に今更に気づいた。
だからこその、暴露大会。
予め恥を晒して、恥を見せ合って、隠し事を減らして、そして彼女達に甘えやすい環境に変える。
甘えんぼな自分の最初の我儘が、これであった。
そんなパルスピカの内面を、ナルアは本人以上に理解出来ている。
パルスピカが『甘えたい』と考えた事を、テレパシーの様に魂が理解したからだ。
ナルアは若干……というか限りなく変質者よりだからこその特異能力である。
「と言う訳で僕の恥からなんですが……」
「ねぇ。やっぱりやめとかない?」
パルスピカの言葉に被せ、リョーコは不安そうに口に出す。
それは王だから絶対でないといけない妄信とか、自分の恥を晒すのが怖いとか、そういった事ではない。
そうでなくて……下手な事を言うとナルアに餌を供給する事になるからの心配であった。
「あはは……大丈夫ですよ。大した事じゃないので。実は僕、数年前なんてそこそこ大きくなったのに漏らした事あるんですよね」
突如としてナルアは直立不動のままあおむけに倒れた。
「ほらあ! だから言ったのに! でもまあもう手遅れだし吐き出したら良いよ」
苦笑いを浮かべながら、リョーコはそう呟く。
ついでにナルアの顔を踏みながら。
レキもそっとナルアの手を、それも小指の先を履物で正確に踏んづけていた。
「実は、お父さんをお父さんと知らない時に殺し合ったんですよね」
「おっと、流れが変わったぞ」
リョーコは胃がぎゅるっとした様な嫌な痛みを覚えた。
ちなみにレキは反応しない。
既に知っているというかクロスに直接尋ね教えて貰っているレキはマウントを取るかの様にドヤ顔をしていた。
「まあ、殺し合いと言っても僕が馬鹿やっただけで、しかも実力不足過ぎて手も足も出ませんでした。向こうから見たらじゃれていただけでしょう。でも……怖くて怖くて……それで」
「いや、戦場での粗相はしょうがないよ。恥でもなんでもない」
リョーコの里は殺し合いを重ね生きている。
だからそれを、実戦の初めての怖さを良く知っている。
訓練でどれだけ優れた者であっても初の実戦で泣きわめき逃げる事はそう珍しくない。
初の実戦に上手くいっても、最初の命の危機の前にパニックになる者も大勢いる。
だから、仲間を見捨てての逃げの恥に比べたら漏らす事な恥の内にさえ入らない。
とは言えそれはリョーコの様な生まれた時から戦いに身を置く種族だからであって、一般的には恥ずかしいと感じるという気持ちもリョーコは理解出来ていた。
「まあその時お父さんには何も言われませんでしたけど……あれ気づいてない訳じゃなくて気づかないフリされてたんだろうなって思って、今考えても枕に顔をうずめてバタバタしたくなります。あ、おしっこだけですからね。一応。と、これが僕の恥です」
どこか吹っ切れた様なドヤ顔で、だけど相当に恥ずかしそうに、パルスピカはそう言い切った。
倒れたまま、ナルアはとても良い笑顔をしていた。
今まで見た事がないほどに、良い顔を。
何か知らんがムカついたリョーコとレキは、起き上がるまでそのムカつく顔を念入りに踏みつけておいた。
「では次は私でしょう。ええ、旦那様が望むのなら恥の百や二百喜んで晒しますとも!」
ずいいっとパルスピカの前に出て、レキはそう口にする。
誰よりも先に動くのは、誰よりも愛していると示す為。
誰よりも我儘なのは、愛以外に価値がないと考えているから。
それこそがレキである。
ちなみに、クロスは四姫の中ではレキを最も気に入っている。
クロス自身性根はチンピラに近く多少馬鹿をやる位の方が気心も知れる、小悪党よりの一般人である。
多少度を超しているが、強引に、周りに迷惑がかかるとわかっていても動くその気質は好ましいと感じている。
そして何より、愛が深すぎるその性。
正直他人の気がしない。
クロスが義娘として気に入るには十分な下地があった。
ただし、気に入っているのはクロス位であって、周囲の評判で言えば四姫の中でぶっちぎりで評判が悪い。
かつてのやらかしがあるフィナよりも悪いというのは相当であるだろう。
「いや、一つで良いよ。そして何が飛び出して来るかちょっと怖いね……はは……」
パルスピカは限りなく困惑に近い苦笑を浮かべる。
その位、レキが爆弾であるとパルスピカは理解出来ていた。
フィナ、ナルア、リョーコの愛には自覚がない鈍感なパルスピカでさえ、レキの真っすぐすぎる愛は伝わっている。
ただ……告白の過程を通り越し結納とか子育てとかの話になるから愛そのものは理解出来ているが、その思考はまるで理解出来ないが……。
「大丈夫ですよ。大した事ではありませんから。あれは旦那様との関係を前進させる為、母上君であるアマリリス様を利用しようとご機嫌を取りに行ってめったくそに嫌われた時のお話で……」
「いや、この時点で既にヤバいんだけど。大丈夫? 僕の方から釈明しとこうか?」
「いえ大丈夫です。今ではそれなりに仲良くして頂いていますから。義母様と絆が結べず何が最良の嫁であるかという話ですので!」
ふんすと言い切るレキだが、そもそもパルスピカは嫁とか結婚どころか恋人になる事さえ受け入れていない。
ただし同時に、逃げ場はないと悟ってもいる。
クロノアークの王となってようやく、レキの常軌を逸した本気っぷりを本当に理解出来た。
レキは『王と結婚する為』だけに、バッカニアに来て、そして今日までずっとその準備をし続けていた。
最初から、パルスピカが王となるとわかった上で、王との婚姻の逃げ道を既に完全に封鎖していた。
パルスピカへのアプローチや、アマリリスへアピールよりもずっと前に。
だから、個人ではなく王という立場から見たら氷姫の価値は捨てるには惜し過ぎる。
正妻にする事さえ否定出来ない程に。
どれだけ評価を下げようとも、どれだけ周りが彼女を嫌悪しようとも、彼女をクロノアークが切る事は出来ない。
国の中枢に入り込み、利益が出る構造にしたのは、パルスピカが王となる現状を大昔から理解していたから。
国全体への利益という形で、レキは己の愛をパルスピカに示して続けていた。
「と言う訳でして、義母様に認められる為に毎日通い詰めて……そして今では私は義母様とは筋トレ友達です」
「……なんて?」
「筋トレ仲間です! あ、ちなみにこれが私の恥です。何とか旦那様との仲を認めて貰おうと頑張ってますが、良くも悪くも筋トレ友達で終わってます!」
「いや、え? ……え? どうしてそんな事に……というかなんで筋トレ?」
パルスピカは混乱しきっていた。
今のアマリリスは肉体だけでなく精神も貧弱で弱り切っている。
正直筋トレという言葉の印象とは真逆でさえあった。
「え? いえそれはわかりません。今凝っているとか何か目的があるとか何とか……」
「あ、でも確かに、最近お母さん肌艶とか大分良い様な……」
ずっと見ていたから気づかなかったパルスピカだが、言われてから実感する。
肌色どころか肉付きも少し良くなり、明らかにアマリリスは健康的で綺麗になっていた。
「ですね。かなり熱心にしてらっしゃいますし。おかげで私もそこそこですが鍛えられていますね。確認してみますか?」
着物をはだけさせ、そっと近づくがパルスピカは静かに目を反らす。
完全に興味がないその仕草にしょんぼりしながら、レキはきつけを正してくるナルアを受け入れた。
何となくだが、レキはアマリリスから相当の、自分と同程度の愛を感じそれが筋トレに繋がっていると感じている。
同じ様な偏愛を持つが故のシンパシーからの理解だろう。
だがそれはこの場では口に出さずにいた。
もしアマリリスに何か企みがあるとしたならば、自分だけがその協力者となる事こそ他の四姫を出し抜く最大のアドバンテージになると考えて。
「んじゃ次は私か」
リョーコは空気を読みながらそう発言した。
残ったのは何を言うべきか困惑しおろそろしているフィナと、何を言っても問題しか出てこないであろうナルア。
だったらパルスピカ同様ライトだけどちょっと変わった恥がある自分がこの場の空気を軽くすべきだろう。
そこまでリョーコは空気を読み続けていた。
良くも悪くもパルスピカと自分以外空気を読む奴がいないから。
「ん、悪いけどお願いして良いかな?」
「もちろん! あ、重たい話じゃないけど前情報として、うちの集落の話を軽くするね。みんな知ってると思うけど」
その言葉にパルスピカは頷いた。
リョーコの集落は『魔人』という名の種族を討伐する為の『魔人』の集落である。
魔人は古き滅亡した……いや、滅亡すべき種族であり、血が濃くなると精神が不安定となり暴走し、周囲に多大な迷惑をかける。
そうならない為に血を薄めながら同胞を処理する事を生業とした隠れ里。
それがリョーコの集落である。
だが、そんな重たい宿命と異なり今の里の空気はとても軽い。
生き残った魔人はほとんどいなくなったから、そういった事情は建前と呼べる程に形骸化しているからだ。
だから現時点で言えば、非常に質の高い傭兵を輩出する隠れ里というのがその本質となる。
リョーコが来たのもパルスピカへの愛もそうだが、国に自分達隠れ里の民を傭兵として雇って欲しいという縁繋ぎの側面も持っていた。
魔人集落は自分達が非常に優れた傭兵であるという自負があった。
特に練兵技術は相当の物であり『腑抜けた臆病者に度胸を付ける方法』や『犯罪者を囚人兵部隊として運用する術』などは国にとって喉から手が出る程に欲する知識だろう。
「まあそんな感じの集落だからさ、どうしても集団戦闘が里としての中心になって、教える事が偏ってて、真っ当な勉学とか芸術とかは二の次になる訳ですよ」
リョーコは少しだけ嫌そうにそう言った。
芸術で発展したのは戦いに赴く歌とか、戦果を盛り上げる絵程度。
勉強は当然、軍に関してばかり。
追い詰められていた昔はしょうがないとしても、今でも尚その有様なのは、ぶっちゃけ里が軍事オタクであるからだった。
「んでこれから私の恥になる部分なんだけどね。私の名前、リョーコだけどこれ蓬莱風の名前だって前みんなに説明したじゃん?」
「そうですね。そう言ってましたね」
「そうなんだけど、あれ実は嘘なんだよね」
リョーコは苦笑いをしながらそう呟いた。
「そうなんですか?」
「うん。実は私の名前の由来は……リョコウバトです」
「……え? いえ、馬鹿にする訳ではないのですが……え? 何で? どこにそんな要素が……」
リョーコの姿からリョコウバトどころか鳩を想像とする事さえない。
何故名前の由来となったのか、パルスピカには皆目見当がつかなかった。
「生まれた時窓に鳩がいたからって父らしき生物が言ってた。ちなみにそこで見たのはリョコウバトでもなんでもないただの白い鳩だったのになんでかリョコウバトって思い込んだらしい。更に、名付けに使っておきながら父らしき何かはその鳩は絞めてその場で美味しく食べたそうです。出産したばかりの母を放置して」
「うわぁ……」
酷過ぎて、パルスピカはつい声が漏れていた。
「追加で付け足すと父らしき生物は何やらとんでもないやらかしがあったらしく、複数の妻にボコられて今では墓の下。妾文化が強い隠れ里でそれだからよほどの事をしでかしたらしいけど、当時子供の頃の私には知り得ぬ事ですね。興味もないし。と言う訳で生みの親含めて恥晒しでした」
「微妙に笑えません……。両親に恵まれた僕じゃあ特に……」
「殺し合いを複数度した父と、未だ癒えぬ心の傷を持つ母を持って本心で恵まれたと言えるパルは本当に凄いよ。掛け値なしに尊敬する。……うん、本当に大した事じゃないから笑ってくれた方が良いかな。それはそれとして思いつきで適当に名付けした父らしき者はこの手でぶん殴りたかったけど」
そう言って、リョーコは苦笑した。
フィナも、リョーコみたいに空気を読んで自分も何か恥を晒そうと考えた。
だけど、出来なかった。
恥がない訳じゃない。
恥しかないからだ。
考えてもみよう。
パルスピカと出会った後、自分は何をした?
力があるから何をしても良いからと子供らしい我儘を重ねて来た。
本当に、それだけ。
我儘の過程で大勢の肉体や精神を傷つけて、そして他者を傷つける事が強さの証でそれが誇りだなんて勘違いしていた。
そしてその果てに復讐の刃がパルスピカに襲い掛かった。
今でも、彼の服の下には痛々しい傷が残っている。
その後も恥でしかない。
自分は誰かを不幸にしか出来ないからと全ての権利をパルスピカに預け、奴隷になろうとしてなり切れなかった。
ただ反省をしているフリしか出来ない、自分で謝罪の方法を考える事さえしていない、挙句の果てには変わろうという勇気さえ持てなかった……生きる価値さえない馬鹿。
それが、元五龍フィリーナの全て……。
「私は……恥以外何もない。何も――」
「そんな事はないですよ」
パルスピカはそう言って微笑む。
フィナに期待しているのは力だけではない。
あの日、あの時、一緒に泣いてくれたフィナだったから、パルスピカは過ちを犯さなかった。
クロスのコピーになるという最もクロスが悲しむ事をしなくて済んだ。
壊れかけた母親にトドメを刺さずに済んだ。
親不孝にならずに済んだのは、心の底から止めてくれようとしたから。
だからパルスピカはフィナに感謝していた。
「貴女が貴女自身をどう思おうとどうでも良いです。欠片も興味ありません」
レキはそう、吐き捨てる様口にする。
四姫はライバルではあるが決して仲違いはしていない。
だけど、己を卑下するフィナの発言をレキは許せなかった。
「ですが! それは心に秘めなさい。自分を貶めるという事は、従う王を乏しめるという事、即ち旦那様を汚すのと同意義であると、それを今すぐに理解しなさい」
「レキ……」
「私達は旦那様程の事は出来ません。私達は四姫全員が集まっても旦那様の足元にも及びません。それでも! だとしても! 私達はこれより、常に己を高く見せ続けなければならないのです! 王の臣下として、傍に立つ者として。つまり……その……」
「レキはさ、単純に悲しいからあまり自分を卑下にしないでって言いたいのよ」
リョーコは苦笑しながら、困っているレキの代わりにそう口にした。
「リョーコさん!? 私は別に……」
「はいはいどうどう。そう言う訳だからさ、一歩ずつだよ。どうしたら自分が許せるか、一歩ずつ考えてみよ?」
リョーコの言葉にフィナは困惑し、パルスピカの方に目を向ける。
パルスピカも微笑みながら、同意を示す様頷いた。
自分が誇りを取り戻す事。
大嫌いな自分を少しでも許せる様に成る事。
それは正直、わからない。
そんな方法本当にあるのだろうか。
ただ……今この場でやりたいが丁度一つだけあった。
「……ごめんなさい、みんな……。ずっと迷惑かけてた。謝らなくて我儘なままでいて、気づいたら謝る事さえ出来なくなって……だから……今更だけど、本当にごめんなさい!」
フィナは涙を堪えながら頭を下げる。
その後頭を上げ、静かにナルアの前に立って、そしてもう一度頭を下げた。
「特にナルアは……本当に酷い事をした。私の為にずっと叱ってくれてたのに、叱ると怒るの区別さえつかなくて話も聞かなくて……その挙句に……」
今でも時折、夢に見る。
自分が受けるはずだった猛毒に苦しみ、吐血し叫び暴れるパルスピカ。
そして、涙を流し殺意を込めて睨みつけるナルア。
最悪の、許されない愚行を起こしたと初めて知ったあの瞬間を。
世界が冷たくなって、足場が崩れた様な感覚に陥った、真実を知ったあの絶望の日。
おどおどと謝ってくるフィナを、ナルアは冷たく見据える。
その後、小さく溜息を吐いた。
「本音を言うとね、あんたのやった事は酷過ぎて許したくない。それ以前にあんたの事はどうにも気に入らないの。我儘で誇りもなくて……」
吸血鬼とドラゴンという関係だからだろう。
どうにも嫌悪を覚える。
美意識の欠片もないあり方がどうにも腹が立つ。
それはナルアにとって決して否定出来ない感情だった。
それでも……。
「だけど、全部許してあげる。パル君が良いって言うなら、私から言う事はないわ。また間違えたら叱って、改めて、そして上手く出来たらご褒美にお茶位は誘ってあげましょう」
「……どうして……」
「貴女がまだ『ただのお子様』だから。子供の我儘を許さない程私は器量の狭い女じゃないの」
そう言って微笑んでから……ナルアはフィナを抱きしめる。
驚くフィナだが、振りほどこうとはしない。
困惑しながら、ナルアの抱擁を静かに受け止めていた。
「もっと早くこうしたら良かったのかもね。悪いわね。私も意地っ張りなの」
嫌いだって言われた。
子供だって言われた。
なのにその抱擁からは優しさと思いやりしか感じられなくて……フィナは声を殺し、涙を流した。
しばらくしてから落ち着いて、そしてナルアが最後口を開いた。
「さて、私の恥……ねぇ。悪いけど、そういう恥って良くわからないの。ほら、私って何でも熟せて器量が良くて、そして誰よりも気高いから」
まるで『自分に恥ずべき所など一切ない』みたいな態度でお上品に笑うナルアはさっきまでの慈愛に満ちた姿とあまりにも違って……リョーコとレキは『うわっ』みたいな虫を見る目でナルアを見ていた。
パルスピカも苦笑しか出来なかった。
先程聖母かの様にフィナを抱きしめた姿が百点だとしたら、今の姿はマイナス三万点位だろう。
「フィナ。これが本物よ、良く見ておきなさい。これが本当の、現在進行形の恥しかないって奴だから」
リョーコはそう言い放った。
「はぁっ!? この美貌に溢れる私のどこに恥があるっていうのよ!?」
「恥を恥と気づかないから、貴女は本物だとリョーコも言ってるのですよ」
リョーコの代わりにレキも答える。
ショタコン過ぎて一目ぼれしたり、少年的いやらしエピソードで鼻血を出したり倒れたり。
間違いなく、まごう事なきナルアは恥であった。
ただ、リョーコとレキがナルアに対しとげとげしいのは、ただ変質者だからではなく、それが嫉妬からというのもまた事実もあった。
パルスピカとあまり一緒に居られないリョーコやレキと異なり、ナルアは内政、それも書類仕事を主に行うという都合上これまでも、そしてこれからもパルスピカと多くの接点が取れる。
変質者である事に対しての嫌悪もあるが、それでも嫉妬と牽制であるという側面も正しくはあった。
「あんた達言いたい放題ね。大体あんた達も――」
喧嘩腰のナルアだったが、すぐに声を止め真剣な顔つきとなる。
残りの三名も同様、気を引き締めた表情に変わっていた。
目を向けるのは、パルスピカの方。
パルスピカが再び玉座に座ったその瞬間から、彼女達のスイッチは切りかわっていた。
四姫は揃い、跪く。
最初からそう決めていたからだ。
パルスピカが合図を出したら、その瞬間から猶予期間は終わりだと。
パルスピカが最後の時間を楽しむのに満足したら、そこからは全力で任務を遂行すると――。
「まず、貴女達四名を僕直属の部隊とし『四姫』を正式な役職とします。主な役割は遊撃。僕の命令を聞きそれを遂行するだけです。良いですね?」
微動だにせず、彼女達は受け入れる。
パルスピカが無理をしているのだから、それをサポートするのは彼女達の務め。
多少の差異や考え方に違いはある。
だが、四姫の中心にあるのは間違いなく、パルスピカへの愛だった。
「そして……最初の命令を出します。アウラ様が……いえ、アウラフィールが……駄目だ。流石にそうは呼びたくないですね。まあ呼び方は後で考えましょう……」
こほんと一つ咳払いをして、パルスピカは言い直した。
「アウラ様を中心にしたメンバーで今危険な敵相手に必死に国を護っています。その戦闘に介入し解決させて下さい。……いえ、わかりやすく言い直しましょうか」
パルスピカは立ち上がり、玉座から短い階段を降りて、四姫の傍に立つ。
そして、高らかに命じた。
「手段は問いません。僕の敵を全て滅ぼして下さい」
王として、絶対者として、レンフィールドの後継者として、パルスピカは初めての命令を下した。
「畏まりました。我が旦那様」
レキは迷わず答える。
その愛が、誰よりも早く彼の為に動く事を是とするが故に。
「了解しました」
リョーコは短く、端的に。
だけど、心を歓喜に震わせて。
彼女はまごう事なき将である。
故に、真に仕えるべく主に出会った事は、この上ない幸運だった。
「任せて」
自信満々に、堂々と。
ナルアの様子は、ブレックファストを用意するようなものと言わんばかりに優雅であった。
「それが君の願いなら」
フィナはまっすぐパルスピカを見据え、答える。
初めて本当の意味で、彼の為に力を振るえる。
心が、歓喜に震える瞬間だった。
直後、四姫全員が自分の変化に気付く。
パルスピカの命を受けたその瞬間から、明らかに体の調子が良くなっていた。
王となった。
覚悟を決めた。
対等ではなく、四姫を部下とする事を受け入れた。
そんな彼の能力がデザイアが、成長していない訳がなかった。
「では、後はお願いします」
そういって王は、己が居場所に戻り堂々と座り直した。
内心の不安と恐れを全て隠したまま――。
ありがとうございました。




