勇気を継ぐ者
それはきっと天使にとって真綿で首を絞められている様な感覚であっただろう。
目の前にあるは滅ぼすべきバッカニア。
なのに、その背後から襲い来る愚か過ぎる蛮族達の群れ。
天使は人間を愚かな存在だと断言していた。
その側面は歴史という観点から見てさえ、誰にも否定出来ない。
人間は、愚かである。
だけど、天使は知らなかったのだ。
人間が愚かさである事は知っていても、その愚かさに底がないという事は。
戦場で天使を解体しながら死んでいく蛮族共。
実力が伴わない事を理解せず天使にただ突っ込む蛮族共。
いやそれどころか、天使というお宝を前に蛮族共は奪い合いの殺し合いさえ始めていた。
ヨロイなんて決戦兵器を交えた、敵味方の判別が一切つかない乱闘。
どうやら誰も彼もおうちに理性を置いて来てしまったらしい。
文字通り場は混沌と化し、誰にも収集が付けられない状態となっていた。
つまり……ターゲットから外れたバッカニアの一人勝ちである。
当然の事だが、一応上手くいかなかった時様に幾つか手札はアウラは残している。
蛮族と違って傭兵は約束を破らない者も多く、そしてそういう傭兵ほど優れている。
作戦が成功する可能性はそれほど高くなかった。
その為の対策をアウラがしていない訳がない。
例えば、騒動の中心地点にメルクリウスを投下するという方法。
何も考えずシンプルに全員を殺せば良い場所に彼女程適した存在はいない。
そうして敵を削ってから再び策を張り巡らせる。
絶望しないなら、絶望する状況を顕現させれば良い。
とろける様な悪夢でもなく、朽ち果てる様な幸福でもなく、ただ立ち上がれなくなる絶望を。
アウラにとって暴力とは、道具であった。
もっと言えば、脅迫の為の見せ札。
全部出しきるのではなく、八割程見せてから『こっちはまだ余裕だけど?』と余裕を見せるのがアウラの基本的戦術である。
相手がもう駄目だと思われるまで追い込み、最期に徹底的に絶望を見せる。
心をへし折る。
それこそがアウラの本質であった。
そうして混沌が加速しておよそ四十時間。
比較的真っ当な天使はあっさりと裏切り、『真なる天使部隊』なんて自称に酔いながら同族を討っている。
蛮族共は既に半数以上が潰れ、彼らの選択は逃げが主体となっている。
だけど、逃げる事は出来ない。
裏切られたという事がよほどプライドを傷つけたのか、天使達は全力で、死に物狂いで蛮族の背を攻撃しているからだ。
そしてその天使もまた、蛮族の殲滅に裏切りにと過度な戦力分散でチリヂリになり、容易く各個撃破出来る状態。
空を埋め尽くし地を暗くする絶望の天使部隊もスカスカになって、大地はすっかり日を取り戻す。
おおよそ決着と言って良いだろう。
その中で笑うのは、火の粉を払う程度の事しかしていないアウラただ独りであった。
味方であるはずの銀騎士も若干引いていた。
そう……決着はついた。
まだまだ天使に戦力は残っている。
追加戦力もまだ十分到着している。
だが幾ら天使を投入しようとも状況を制御する事は叶わず、蛮族と共に互いを貪り対消滅させる以外に道はない。
天使にはもう、ただ終わりを待つ事以外に何も出来る事はなかった。
だからこそ……。
「動くなら……きっと……」
アウラはそう呟く。
アウラは自分の器を理解している。
誰が生き残らせる事が正解か、誰が護られるべきか、誰が未来に最も必要か。
つまり、優先度。
そんな生きるべき優先度で言えば、自分はそう高くないとアウラは思っている。
だからこそ、アウラはこんな本命の前のオードブルに出向いたのだから。
そしてもしアウラの思う通りの展開が待っているとしたらタイミングはここ以外になくて――。
一瞬だが、支配し切っていた場の空気が乱れる。
混沌はそのままだが、明らかに空気が淀みだした。
瞬間、ぽんっと戦場の空気が霧散する。
代わりに入って来たのは、濃厚過ぎる死の気配だった。
突如として、<それ>は現れた。
ある時はまるで最初から居たかの様に背後から。
ある時はわらわれと地面の下から。
またある時は地に堕ち解体されかかった天使の体内から生まれるかの様に。
それは何の前触れもなく現れて、死をバラまきだした。
騒乱と殺し合う声は徐々に小さくなり、最期は悲鳴と命乞いのオーケストラとなる。
天使も蛮族も皆、それの前では等しくただの楽器であった。
それの外見は鈍い銀色の人型……出来の悪い人形。
金属特有の鈍い光沢を全身から放ち、また人と呼ぶには随分と機械染みている。
丸みを帯びた姿にも関わらず鉄板の継ぎ目が見え、内部機械がはみ出て、オイルが零れていたりと随分と粗悪な外見。
だが、人型機械である以上一応は天使に類する物なのだろう。
非情に、説明の難しい外見をしている。
ただ、例えで良いのならとてもわかりやすい物があった。
ゾンビの機械。
その雰囲気といい、死を振りまき感染させる特徴といい、かつての動く死体、リビングデッドを更に発展させた様な、そんな気配をそれらは放っていた。
「ふは、ふはははははは。終わりだ! お前らは終わりなんだ!」
地を這いつくばり、アウラの足を掴みながらその天使は叫ぶ。
最初アウラにマウントを取っていたその天使は、足先から機械の群れに齧られ徐々に感染しつつあった。
彼女は愚かで人を見下していた。
だけど、状況判断が出来ない程に愚かではなかった。
人間の仕業と思っていたこの天使を殺し動く死体とする手段。
これがこのタイミングでこちらに襲い掛かったという事は、人間の仕業ではない。
いやそもそもの話だが、ヨロイなんて原始的アーマーが限界な人間にこんな高度な自動人形は作れない。
外見こそ愚劣であるが、この人形は下級天使である自分達よりはるかにスペックが高い。
飛行機能がオミットされている事を踏まえてもだ。
人にも天使にも作り得ない機械の化物。
だったらもうこれは、アリスの仕業以外にあり得なかった。
であるなら、二つの事実が確定する。
天使はもう終わりであるという事と、人間は終わりと言う事、その二つ。
そして人間最初の犠牲者となるのは、逃げる事も出来ない目の前の女。
つまり……アウラである。
「お前の様な要職が……いや実質的な支配者が滅べば国は終わる。お前達が護って来た物は全て終わる! 無様だ。貴様らはやはり無様だ! 生きていても意味のない無意味な存在なのだ! ふあはははははは!」
天使の愉悦に、アウラは耳を傾け続ける。
正直言えば、こういう馬鹿は嫌いじゃない。
今にも自分が死にかけて、そして想像を絶する恐怖を味わっているのに恨みや憎しみのみを吐き続ける。
彼女は悪辣で、愚かで、邪悪ではあっても根性があった。
それを貫くだけの芯があった。
だからアウラは誠実に、最期まで悪者として、心をへし折りにいった。
「そうですね。貴女の言う通り『実質的な支配者』が死去すればその瞬間に国は終わります。本当の皇帝であるクロスさんは政治には不向きですし」
「ああ! だから貴様が要だ! 貴様が柱だ! そんな気様の所為だ。貴様が愚かにも外に出たから、バッカニアは負ける。貴様の所為で全てが終わりだ! 愚か者! 無能以下!」
「ええ、支配者なき国は滅ぶ。全くもって同意です。……それで、いつ私が自分が『実質的な支配者』だと言いました?」
「……は? お前以外に出来る奴など……」
「実はですね……ふふ、終わっているんですよ。だから私は外に出れた訳ですが」
「終わっている。何がだ……何だその言い方は。終わっているのは国で、人で、お前らで……」
「私の仕事は天使という本命の前の雑魚の露払い。ただそれだけです。私はその程度でしかありません。……つまり、我々は貴女がたと違って、この程度予測済みと言う事です。筋違いというか勘違いというか……本当、おめでた過ぎて可愛いですね、貴女」
そこには侮蔑さえもない。
なにせアウラにとってそれは、子供の戯言に過ぎなかったのだから。
それにやっと気づいた天使は……ついに言葉を失い、絶望から、己の意思で生を諦め生ける屍と化した。
そう、アウラが外に出て、完全に自由で戦う位に、もう終わっていた。
実質的な支配者の、その<引き継ぎ>が。
足を前に出す。
そのたった一歩が、あまりにも重かった。
これまで生きてきた時間と匹敵するとさえ、彼は思えた。
もう一歩、足を前に。
重圧は嵩み、背中にのしかかり、本当に体さえも潰れそうになる錯覚を覚える。
あまりにもそれは、受け止めるには重たすぎた。
自分にその器がない事はわかっているからだろう。
それでも、足を止められない。
そうであると決めたのは自分で、そしてそうであって欲しいと願われてここにいるのだから。
そうして更に一歩、更に一歩と足を進め、彼は、少しずつ、その座に近づいて行った。
彼の前に、一人の男が立っていた。
いつも土に汚れながら畑仕事をしていた、大雑把で恰幅の良い男性。
男の名前はバッカニア。
蛮族から国王、熱心な女神信者から農家と随分と数奇な運命を辿った男である。
男は今初めて、礼服などという正装に身を包んでいた。
そして、男がこの礼服を見に纏うのは今日で最後であった。
この礼服は、国王かそれに連なる事を示す為に造られた物であるのだから。
男は跪き、杖を彼に手渡す。
それは正当性であり、証明。
つまり、バッカニアという国を示す象徴こそが、この杖である。
国の名を関する男が、初代国王である男が、彼に杖を渡す。
だからこそ、それはとても意味のある行為であった。
彼は渡された杖を、おもむろにへし折った。
これが終わりの合図。
今日を持って、本当の意味で、バッカニアという国は消滅し新たなる国へと転生する、その合図。
へし折られた杖を男は彼より仰々しく受け取る。
重圧に潰れそうな彼と異なり、男の肩は随分と軽くなっていた。
男は一礼し、その場を後にする。
正当性という資格を失った男は、ここにいるべき存在ではなくなった。
男はただの熱心な信者で、ただ畑仕事をする事だけが許された犯罪者となった。
かつて蛮族であり多くの無辜の民を汚したその罪を、他の誰でもなく彼自身が許さなかった。
去り際に、周りに聞こえぬ様小さな声で男は呟いた。
「ありがとう」
たったそれだけ。
詫びでもなければ後悔でもない。
憎しみもなければ嫉妬もない。
託す様な物さえも男にはなかった。
それは単なる、心からの感謝。
だから、彼の心もまた少しだけ軽くなった。
再び彼の歩みが再開される。
背筋が伸びきる様な綺麗な、誰よりも見られる品位ある礼服を身に包みながら。
この服の意味するところに負けない様、一歩ずつ静かに。
決して内心の不安を出さない様、己の真意を全て消し。
自分の感情を何時でも表に出せる様な贅沢は、為政者にはないのだから。
再び数歩、足を進める。
部屋の三分の一程歩いただけなのに、随分と長い事歩いた様な気分だった。
次に出会ったのは、少年少女。
この場には相応しいかと言えばそうでもないのだが、それでも彼らはまごう事なき正当なる、大聖堂の管理者であった。
少年少女は彼にではなく、天を見る。
「この者が相応しき者ならば、その証明を――」
声を揃え、祈りを捧げ、共に親代わりの一本の剣を持って。
そうして、少年少女と一本の剣の祈りに応え、玉座の隣におかれた燭台の蝋燭に小さな灯が灯る。
キャンドルに灯る弱弱しい焔。
だけどその焔は、輝かんばかりの黄金であった。
小さいけれど、その本質は金色。
正しく彼を表していると言えた。
少年少女は深く頭を下げる。
外見だけでなく精神年齢も同じ位だというのに全てを背負わんとする彼に、持てる限りの敬意を持って。
そうしてついに、彼は玉座の前に立つ最後の男の前までたどり着いた。
男の正式なる名を彼は知らない。
男もまた、己の正式な名を名乗るつもりもない。
敗北し、悪あがきさえも失敗し、力を失った男は長ったらしい名とファミリーネームを失い、元々の名だけが残っていた。
レンフィールドという名だけが。
かつての敗北の王、本来ならばこの場に最も相応しくない者。
その男がここに居るという事はどういう事か。
つまりそれは……彼がレンフィールドの後を継ぐという事を……所謂『後継者』となる事を示していた。
「パルスピカ。君は本当に、本当に後悔はないのかい?」
レンフィールドは彼の名を呼ぶ。
彼は小さく頷いた。
「では、どうしてそう決めたのか教えて貰えるかな」
それはレンフィールドにとっても寝耳に水であった。
彼はアウラの薫陶を受け、クロスの血を継ぎし正しき意味での未来の王。
世界統一を果たした皇帝よりも先に人と魔物の融和に成功した光、世界の希望である。
少なくとも、人間を虐殺し同族を実験体とし世界を分断しようとした自分の後を継ぐべきとは思えなかった。
「失礼な事を言っても宜しいでしょうか?」
いつもよりも丁寧に、師として扱いパルスピカは尋ねた。
「構わない。むしろ疑問を潰さない限り私はここを立ち退かないよ。誰が認めたとしても」
なにせレンフィールドはパルスピカに何も教えていない。
教える必要性を感じなかったからだ。
それで後継者というのは正直言って疑問でしかない。
政治に関してはアウラの方が優れており、またパルスピカ自身過去に王の経験がある。
むしろその記録を見る限り自分よりも上手く統治出来ている位でレンフィールドは関心していた。
だからこその疑問であり、同時に『光ある世界に生きるべき未来の希望が落伍者を後継者になどと何を考えている』なんて怒りさえもこみあげていた。
「……ありがとうございます。気を使って頂いて。そんな貴方に言うのは大変失礼ですが……消去法です」
それは、本当に失礼な事で、レンフィールドはつい言葉を失った。
無礼に怒るつもりはない。
愚か者のつもりではあるが、子供に怒る程愚劣になったつもりはなかった。
レンフィールドはまだ、彼を子供として扱っている。
だからこそ、ここを動けない。
まだレンフィールドは、納得出来なかった。
「僕は、アウラ様から指導を受けました。苦しくて、辛くて、出来ない自分が情けなくて……心が折れそうになって。そして、僕は理解しました。……アウラ様の後を継ぐのは、僕には無理です」
「それは、逃げではないのかい?」
「違います。能力以前に、純粋に方向性の違いです。あのやり方はアウラ様しか出来ませんよ」
そう言われたら、レンフィールドは納得するしかない。
アウラの統治は見事であり、同時に恐ろしくもある。
武力を主に扱っていたレンフィールドだからこそ、武力を使わない恐怖の実用がどれほど凄まじい事なのかを理解出来ていた。
アウラの後を継ぐという事はあの策略を覚えるという事。
裏切りと絶望で戦争を支配するという事。
圧倒的武力に口先だけで対抗し、飲み込むという事である。
それは能力とか才能とか以前に、真っ当なパルスピカにはあまりにも向いていなさすぎる。
アウラの前魔王であるからこそ、それだけは誰よりも理解している自負があった。
「では、君の道は何なんだい? 一体私の何を受け継ぐと?」
「僕は武力を持って、支配とします」
策略ではない。
それは才能がいるし、それを行う程パルスピカは歪めない。
優しさでもない。
それはあって当たり前であると同時に、それが特別統治に役立つという物でもない。
武力という力を支配の正当性とし、そして力を持って正しく国を制する。
かつてレンフィールドがそうしたように。
そしてそれだけが、自分が国を幸せに出来る唯一の力であると。
真っ当な武力、真っ当な内政、真っ当な外交。
即ち、誠実さ。
それこそが、パルスピカの選んだ道。
かつてそのカリスマにより小国を治め、配下と共に平和を築いた様に。
だからこそ、パルスピカはレンフィールドの後継者となる事を決めた。
そしてだからこそ……レンフィールドはパルスピカの最後の質問をしなければならなかった。
「では、私と違い君が過ちを犯さないとどう証明する? 私は彼の息子を私と同じ愚か者にする予定はないよ」
パルスピカは微笑んだ。
微笑んで、そしてこれだけは自信を持って言えた。
彼が何かを言う前、彼の後ろに四つの影が現れる。
四姫と呼ばれる彼女達は、一歩ずつ彼の後ろに。
「僕は貴方と違って、独りではありません。間違った時、叱って、叩いて、怒って、そして一緒に泣いてくれる彼女達がいます」
レンフィールドはつい、頬を緩ませてしまう。
やっぱり、この子もアレの子供だ。
まったくもってやり口が似てる。
どこか嫌味だけど、嫌な気持ちになさず清々しい敗北を与えてくれる。
自分の過ちを教え、そしてその先の世界を見せてくれる。
彼らがいるから……自分は、絶望ではなく希望を持って世界の為に生きられる。
レンフィールドは自信を持って言えた。
今この瞬間が、最も幸せな時間であると。
「……ですが、それが出来るのはまだ一人だけの様に見えますが」
レンフィールドは呟き、フィナの方に目を向ける。
フィナ以外の三名が悔しそうな顔をするが、否定しない。
それが出来たのが、彼女だけだったのは事実なのだから。
「でも、すぐに出来ますよ。彼女達が僕の背を見ていてくれるなら」
「――そうか。だったら……彼より託された物を改めて君に託すよ。私の過ちを過ちのまま、価値ある物としてくれると信じている」
レンフィールドはそう言って、優しく彼の背にそれを羽織らせる。
クロスよりこの為に返却された『黒のマント』を――。
あらゆる形状、硬度に変更できる攻防一体の遺物。
それを扱うには黒の魔力が必要だが……きっと彼ならば、いつか使う事が出来るだろう。
魔人の娘さえも従える彼ならば、きっと――。
「では、相応しくない者はここから消えましょう。我が上司として、私を使い潰す事を期待しています。私がまた愚かな事を願わぬ内に……」
そう言って、レンフィールドは玉座の間を去る。
レンフィールドは、誰よりも平和を欲していた。
誰よりも平穏を愛していた。
誰よりも彼は、優しかった。
だからこそ、彼は駄目だった。
その目的の為に過程を捨て、己を捨て、ただ目的の為だけに生きるしかなくなる彼では、そのゴールには決して辿り着けない。
そうだと教えられたから……レンフィールドは、自分と違う道を歩く後継者に静かな期待を寄せた。
「……でも、僕もきっと間違える。きっと同じ様に、そして違う所で……。いや、もっと沢山間違いを犯すと思います。僕もきっと同類で、そして僕は先人よりも才能がないから。だから……僕を支えてくれますか?」
パルスピカは振り向き、彼女達に尋ねた。
「もちろんです。貴方様」
氷の姫、レキは真っ先に、そして迷わず答えた。
己の男がそうであろうとしている。
誰よりも正しき覇道を為そうとしている。
であるならば、この命尽きるまで総てを持って支える事こそが妻の役目。
なんと支えがいのある偉大な殿方であるだろう。
雪女として本懐をこれほど刺激してくれる殿方もそうおりますまい。
まあ、妻以前に恋人でさえないのだが。
「部隊長とか、そういう方面ならそれなりに役に立てる。好きに使って」
魔人リョーコはそう答える。
出来る事をざっくばらんに、傭兵であるかの様に淡々と。
愛情は内に秘める事こそ美徳であると考えているかの様に、だけどその熱は、愛は理解出来る程に溢れていた。
「いつもの様に、貴方の傍で。知ってると思うけど、私は有能よ? 貴方が捨てられない位にね」
吸血鬼、ナルアはそう答える。
自身満々に、自慢げに、誰よりも気高く。
それこそが吸血鬼であると言わんばかりに。
一目ぼれをした乙女である事も、気高き種の生まれである事も、そして性癖が歪んでいる事も、総て含めて彼女だった。
「私には、難しい事はわからない。役に立てるかもわからない。だけど……」
フィナは他の三名よりも、一歩だけ前に出た。
そして……。
「でも、貴方らしくない事をしたらすぐに止める。それ位なら出来るよ。こんな私でも……。大丈夫、貴方らしくあったならば、何でも出来ちゃうから。だから、無理しなくても大丈夫」
そう言って、微笑んだ。
三名は彼女に文句を言わない。
嫉妬しない訳ではないが、やっと笑えた彼女に水をかける程彼女達の友情は薄くなかった。
「……ありがとうございます。皆さんが僕を助けてくれるなら……僕は、己の不才を悟りながらも、やり遂げましょう。僕ではなく、僕を信じる皆さんを信じて」
そう言って、階段を上る。
一歩、二歩、三歩……。
数歩怪談を登りながら、羽織っているマントを正しく身に着け、そして終点。
パルスピカは、玉座の正式な主となった。
そうして、この機動要塞やら神聖なんたらやらと奇妙奇天烈な名前がつきまくった国の名前がまた変わる。
バッカニアという正当性を失い、神聖たる女神クロノスの証明である黄金の焔を携え、人と魔物が共存する国。
聖なる女神による正当性を持つ、魔なる者の王。
皇帝の血族が統べる国……。
『神魔国クロノアーク』
その王の座に、皇帝クロスは己の息子を指定した。
その国難を、危機を乗り越えると信じ、『パルスピカ・アークトゥルス・レンフィル』を――。
ありがとうございました。




